2005年09月09日

万年筆は刃物! その5 【書出し掠れの調整】

書出しの掠れ。これは外国人にとっては何が問題か理解出来ないようだ。海外でペンクリをやったり、その場で見ていた人によれば、彼らは試し書きする時、インクが出ないとガリガリと力を入れて書いたり、出るまで振ったり、紙の上でトンカチのようにペンポイントを紙に打ち付けたりする。それから書き始めるという。皆が皆そうではないだろうが、書き出しは気にしないらしい。そこから後の書き味については日本人に負けないくらいうるさい人もいるとか。
ソリが山の斜面をゆっくりと滑り降りるような書出しの滑らかさを求める日本人と、大排気量の改造車でダッシュのスピードを競うスタートのような書出しでも気にならない米国人。民俗性だろうか?
いずれにせよ、日本人はいくらヌラヌラ書けても、書きだしが毎度掠れるペンを極端にいやがる。この掠れという現象は、主として太字万年筆に発生する。極細から中字くらいまでは、ペンポイントのどこが紙にあたろうと、インクも紙に触れるのが普通だ。インクさえ紙に触れれば書き出しの掠れは起こらない。書き出しの掠れについては、調整師の人も非常に気を使う。削るだけなら30分もあれば出来る調整が何週間もかかる場合、大抵は書出し掠れのテストををしていると考えてよい。調整戻りの影響を一番受けやすいのも書出し掠れだ。
掠れは利用者の癖にも依存する。たとえば、左から右に書き出す確率が高い人【住所が京都で、苗字が村】であれば、左から右に書き始める機会が多い。【勢崎町の藤】さんなら、右上から左下にはねる書出しの確率が高い。書出し掠れは全方向に掠れる訳ではない。一文字目の最初だけが掠れなければ問題ないと割り切れば対策は比較的簡単だ。

原因 Д撻鸚萃汗阿鬚笋蟆瓩て馬尻のようなイリジウムになり、インクが紙に付かない。

     これは調整初心者が陥りやすい罠。ヌラヌラの書き味はイリジウムの丸めで出す

     のではなく、紙にあたるイリジウムの面積で出すもの。従って丸めないほうが

     ヌラヌラになる。丸めはイリジウムのエッジを極わずかに滑らかにするだけで十分。

原因◆Д撻鸚茲離ぅ螢献Ε爐15000番のラッピングフィルムで磨いた為、インクをはじく。
     これはよくある症状。極太を素人調整して磨き過ぎると、書出せば気持ちよいが、

     書出しで掠れてしまう。また書いている途中で字が滑る感覚がある。

     極太の調整に15000番を仕上げに使うのは好ましくない。15000番はVintageの

     Pelikan 400NNのペン鳴りを抑える時に表面を滑らかにする時以外は、、、かな。

     エッジを取るのには重宝だが。

原因:イリジウムの段差が書出しの方向と合っていない。

     上から見て左側が下がっているイリジウムのペンを左に捻って【藤】が書き出し

     ならインクは一切紙に当たらず、イリジウムだけがむなしく紙の上を滑る。


それでは対策を記述しよう。あくまでも日常調整の範囲で記述する。あまり無茶しないように!

その1:書出しの確率の多い方向を決める。

その2:その方向に向かって後ろからあたるほうのペンポイントをわずかに下に下げる。

      これには親指の爪で上から押さえる。

その3:下に下げたほうのペンポイントの内側を丸める。4000番か5000番のエメリー、

     あるいは8000番から15000番のラッピングフィルムを手に持って、削らない方のペン先

     を人差し指の先で後ろに押さえるようにして、反対の手で丸める。少しずつね。

     これで数本はダメにする覚悟で。たいていやりすぎる。

その4:ルーペで確認してOkならば、金磨き布の上で、ペンを立てて左回りの8の字旋回を

     高速で100回。右回りで100回。縦長の8の字ね。

その5:ペンを寝かせて金磨き布のうえで、左回りの無限大記号を高速で100回。同じく

     右周りを100回。これらはバフガケなので高速でやらないと意味が無い。

その6:この段階ではインクを入れてもスキップしてインクは紙に付かない。でもあわてて

     ペンクリに持っていく必要は無い。まず、インクをペン芯いっぱいに含ませる。

     2000番くらいのペーパーをスリットに挟んで両側各5回ずつほどすりすり。

     この段階で驚くほど滑らかな書き味になっているはず。だが騙されてはいけない。

その7:インクを吸入させる。ペン先を上にして、ティッシュでペン先とペン芯のインクを全て

     拭い取る。スリットのインクもふき取る。イリジウムに息を吹きかけて乾燥させる。

     その状態で30秒待つ。

     ペン先をひっくり返して、スリットにインクがたまったら、いつもの書出し方向に線を引く。

     これで問題なく線がひければ完璧。そういうことはめったに無い。

その8:5000番の独逸製の耐水ペーパーで、ホントに軽くイリジウムをすりすりする。

     このときはエメリーは指で持っておく。

その9:10000番のラッピングフィルムの上にインクを落とし、そのインク溜まりの中でイリジウム

     を軽く転がし、その7と同じく掠れを試す。ザラザラ感覚とヌルヌル感と、掠れの攻防!

     落ち着かせ所は本人にしかわからない。

     だいたいここの作業で生贄が10本くらいになる。

 

他人の万年筆の調整を頼まれて一番悩みが多く、楽しいのが掠れ調整。最後が妥協というのは終焉の無いドラマのよう。自分との戦いだ。妥協の無い職人さんはここに時間をかける。

細字を売っていればこういう妥協は入らない。太字でも持ち方を変えろといえば苦労は無い。今の書き方のままで気持ちよくさせようとすると、調整に時間がかかる。でも調整師は依頼者の笑顔が見たくてやっているのでこの時間は苦にならないと思う。たぶん。
挫折したら、腕の良い調整師にフォローしてもらおう。たぶん勉強になる。

そこから生贄100本までは早い。なんせ終わりの無い戦いだから。
拙者もまだ毎日戦い続けている。究極の妥協点を求めて!   めざせ生贄1000本!

    

2005-09-09 AM



Posted by pelikan_1931 at 06:00│Comments(13) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 万年筆 | 万年筆
この記事へのコメント
実は、この【その5】が、万年筆を研ぐのサビだったんです。金磨き布やペーパーで引っかかりを取り除くのは、多少の練習ですぐでいるのじゃ画、この掠れ取りには経験が要る。拙者の調整時間の大半は掠れ対策じゃからな。
特に他人の万年筆は筆記角度を正確に再現しないとダメじゃ。最近、これを正確にやる方法を見つけたのじゃ画、これは企業秘密じゃ。
Posted by pelikan_1931 at 2006年01月30日 23:01
Rappen系
IBIS系
100系
100N系
400、400N系
400NN系
140系

上記分類が書き味のベースとすれば、その中での評価と互換性を考慮した評価(140と400NNのペン先交換)は面白いでしょうね。

雑誌ネタにするには、編集者が理解し、納得しないと難しいのでは?

取っておき企画にのこしておいて、まずは、現代万年筆のペン先バリエーションを各社のを全て書いてみる、筆跡を晒す!というのが欲しいなぁ。

これってParkerやPilotがカタログでたまにやるくらいでしょ。
OMASのBBとかStipulaの1.1なんて筆跡見た人少ないのでは?



Posted by pelikan_1931 at 2005年09月21日 04:36
>ちと実験
 それが可能なのがペリカンの良さですよね。
 各種ニブを付け替えてニブの硬軟やボディとのバランスを組み合わせて試せるのは、本当にすばらしい事です。時代や価格帯をも超えられる凄さ。

 通常ボディとキャップ、金属ボディに金属キャップという組み合わせに対してオリジナルニブ、複写用超硬ニブ、復刻中硬ニブ、シャイベン等などを組み合わせる! これは万年筆ユーザならぜひ体験したい世界だと思います。これに字幅とインクの組み合わせが来たら、、、、オソロシー。

 M's Dad さんにこの世界を垣間見せられ入門しましたが、全部を自分では用意できませんし(当たり前)、比較するなら大規模なプロジェクトが必要。ユーザ会で、この組み合わせ企画やれたらなぁ。

 きっと、某万年筆雑誌も飛びつきますよ。(^_^)
Posted by stand talker at 2005年09月21日 00:04
ま、奥が深いということで、、、
ちと実験してみますわ。
No.140のペン先をNo.400NNにつけて、、あ、400NN持って無い。
Posted by pelikan_1931 at 2005年09月20日 20:35
>ユニットごと変えた
 はい。単にはずして付け替えただけです。そこにはなーんの工夫もありません。
 しいて挙げれば、外した後、数時間は移動のために乾燥させていた、というくらい。ペン芯が乾燥して少し白っぽくなってました。

 ユニットのネジ径が同じだったので付け替えられたのですが、元々のペン先とはサイズが違う事も影響あったのかと思います。140のペン先は400系より少し短いので。
Posted by stand talker at 2005年09月20日 08:03
掃除もしなくてですか? う〜ん なんでかなぁ、、、不思議。
ユニット毎変えたんですよね。
Posted by pelikan_1931 at 2005年09月20日 05:52
書き出しの掠れについて、面白い経験をしました。

ペリカン140に付いていたペン先、これがかなり掠れるものでした。
書き出し、縦でも掠れるのです。筆記(線の)途中でも掠れる。
「こりゃー、pelikan_1931さんに診て頂かなきゃダメどすなぁ」と思っていたのです。

ところが・・
このやんちゃボウズを、別のボディーにつけたところ、、、おやん?結構調子がいいのです。
不思議です。インクの供給、ペン芯ユニットだけではないのか???
使用したインクは同じです。不思議です。

今回は不満はないのですが、この逆があったら・・・トホホ (^_^)
Posted by stand talker at 2005年09月20日 01:34
M's Dad しゃんの持ち物は生贄には出来ないなぁ。
別の物で練習してね。まずは、相談してね。何を調整するかによって微妙に調整のニュアンスが変わるので。
Posted by pelikan_1931 at 2005年09月13日 04:14
稀代の研ぎ師が「後継者」を発表した!
どうなるかわからないけれど、と前置きした上ではあったが、
10年先をめどに“練習”を開始するという。
わが耳を疑った…。
意外な感じがして、さびしくもあり、そして不安になった。

技術を鍛え上げたとしても、
万年筆と万年筆をいじることが本当に好きで、
しかも、万年筆が好きだという一風変わった人間をひきつけてやまない人間的な魅力がなければ、愛用の、大切な万年筆を預けることはできない!

ある程度の自衛手段を講じなくてはならない、とどこかで記したが、
覚悟を決めて本気になって取り組むべきときがきたように思う。

このブログを読み、試し、練習しなくては。
ランブロー本が旧約聖書だとすれば、
このブログでの連載は、まとめたら、新約聖書になるにちがいない。
Posted by M's Dad at 2005年09月13日 00:19
ペン芯を噛むのだけは止めてくれぃ。

尻軸を噛むのは外人がよくやるが、ペン芯を噛んだのは1883年にウォーターマンが万年筆を発明して以来、お主が初めてやもしれんな。

そういえば、第三話で知らせた【小道具一覧】を書いたメモを東急ハンズで見せたら【万年筆がお好きなんですね】といわれたとか。

予想外では、100円ショップのツボ押し棒が木製からプラスティック製に変わっていたとかの情報も入ってきた。

面白くなってきた。
Posted by pelikan_1931 at 2005年09月11日 01:57
この頃は、他でイライラなものですから、万年筆の掠れでのイライラにいたる間が無いのは幸せ?です。 書出のかすれやひっかかりは気になり出すともう...、気になりますね。思わぬ力で曲げたり、噛んだり(?)笑。生け贄の1本を救っていただいたり。m(_ _)m
以来おとなしくしていましたが、「万年筆は刃物」シリーズ またまた「すりすり虫」が起き出してきました。危険です。
Posted by k_watarow at 2005年09月10日 11:45
stand talker しゃん

縦にはまず掠れません。そこが救い。
書出し確率論は自分でイライラすることから導き出しました。
特殊相対性理論に匹敵すかな? そんな大層なものではないが、
確率を考えて調整されたものはストレスが1%程度に減ります。
Posted by pelikan_1931 at 2005年09月09日 23:44
pelikan_1931 さんは生贄がお好きなんですねぇ。。。(^_^)

>書出しの掠れ
 確かにこれは気になります。これだけは(も?)妥協できませんもの。
 参考になります。
 
>書き出しの確率
 私にとって、これは新しい単語です。メモメモ。
 しかし、縦だろうが横だろうが、一度気になると・・・・もうダメ。


集中したい時に、それを妨害されると、ほんとうにダメです。。。
この湿気の季節、結構イライラしているかも (^_^)

イライラ解消に、一日2回は、このブログ。(^_^)
Posted by stand talker at 2005年09月09日 20:01