2005年12月26日

Gunther Wagner社の本社5

これまでGunther Wagner社の社史に載っている写真をいくつか紹介してきた。これからも数多く紹介するが、いくら写真を眺めてもわからないことがある。

Gunther Wagner社とPelikan社との関係である。Gunther Wagner社はいつからPelikan社になったのだろうか?社史を隅々まで読めば書いてあるのかもしれない。

あるいはペリカン・ジャパンに聞けばすぐにわかることかもしれない。しかし、ここはWAGNERの組織力に期待したい。

翻訳出来る人、諜報員等フルに活動していただいて情報を寄せられたい。夜露死苦(ヨロシク)!


2005-12-26 本社_1800年代1838年の創業であるが、左の絵の1870年の段階でもそれほど大きな会社とは思われない。

この11年後の1881年の従業員数でもたったの39人だった。創立50周年の1888年ですら従業員は62人しかいなかった。

それが1938年の段階では3701人に増えている。

それでは、従業員数が397人の1906年当時の社屋と、1938年の時の本社屋の絵を比べて見よう。


2005-12-26 本社_1900年代2005-12-xx 1938_本社工場全体図左が1906年のハノーバ本社屋の絵で、右が1938年の絵だ。

大田舎に建っているのは事実だが、30年間の間に本社だけでも相当増築されているのがわかる。

先日紹介した研究室や事務室が社屋のどこにあったのかを、窓の形などから想像するのは実に楽しい。
  
このころには世界各国で生産や販売が始まっており、独逸本国では入手できなかった珍品もあったようじゃ。

1870年の本社の看板には【Contor・・・・】と書かれている。1906年の絵には【GUNTHER WAGNER】と書かれている。

いったいPelikan社という名前はいつできたのじゃろう。ぜひ調べて教えて欲しい。このままでは年を越せそうに無い。



Posted by pelikan_1931 at 07:30│Comments(20) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 万年筆 | 情報提供
この記事へのコメント
298しゃん

Pelikan池の位置の推察あたってましたな! 入り口の右側に池があったことが、万年筆と科学の落丁部分に書いてあった!この情報も298しゃんからいただいた。
Posted by pelikan_1931 at 2006年07月26日 16:55
この社屋は重要文化財になったというのがうなずけますね。ぜひ一回本物を見てみたいものです。
Posted by 黒船 at 2006年01月05日 23:02
aurora_88しゃん

そうであったか、、、いずれにせよ、1871年に社名変更じゃと思うがな。その年に会社を買い取っておるからな。
Posted by pelikan_1931 at 2005年12月31日 12:38
すみません、私の入力間違い。正しくは
 「1863年」
です。
Posted by aurora_88 at 2005年12月31日 11:46
aurora_88しゃん

ギュンターワグナーは1930年の10月12日になくなっておるからな。
彼が入社したのは1863年、1871年に会社を買い取ってGunther Wagner社としたと社史にかいてある。そのカタログは100年間違えておるな。
Posted by pelikan_1931 at 2005年12月31日 10:08
部屋の片付けをしていたところ1994.01の表示のあるペリカン日本株式会社のカタログが出てきました。
その最初のページから一部転載。

 〜1963年には科学者ギュンター・ワグナーが経営に参加、
  社名を「ギュンター・ワグナー・ペリカン社」と改めました。〜

とあります。信じますか?
Posted by aurora_88 at 2005年12月30日 19:05
拙者は、左端の下から3センチほどのところかなと考えておる。地面から1メートルほど下がったところに池がありそうじゃ。
Posted by pelikan_1931 at 2005年12月29日 09:56
298しゃん

ほほう、そういわれればそんな気もします。
Posted by pelikan_1931 at 2005年12月29日 09:49
私の推理では・・水蒸気が左右に出ていて 人が前を歩いてる建物の右手の茂みの中と思います。 窓形状が四角でその下が少し壁というのはこの建物しか見あたらないですねぇ
おっと凄く捜査に期待が・・アセ;; あはは 私の調査は相当むこうの気分がよくないと答えていただけないのが難点ではあります(笑)
Posted by 298 at 2005年12月28日 23:12
4匹のペリカンのすんでいた池はどのあたりだと思いますか?
Posted by pelikan_1931 at 2005年12月28日 03:13
stand_talkerしゃん

298しゃんの捜査は、刑事が聞き込みで情報を集めるような方式で、一番効果がありそうですな。
Posted by pelikan_1931 at 2005年12月27日 05:54
298しゃん
さすがです。そう、海外とはクリスマスになったらお話できません。
クリスマスといえば、ケンタッキー・フライド・チキンですが、あれは日本でだけやっている行事で、海外では特別なことはやっていません。
またカーネルサンダースの人形も日本にしかありません。
Posted by pelikan_1931 at 2005年12月27日 05:52
ご迷惑おかけしました。
 しかし、やはり最終的には298さんの「直接的」な攻撃が有効そうです。
 恐れ入りました。>298さん
Posted by stand_talker at 2005年12月27日 01:34
取りあえず、Pelikan社に「あんたとこ何時からPelikanという社名になったん?」と質問しましたが・・クリスマス休暇で返事は遅れそうです。
Posted by 298 at 2005年12月26日 23:38
謎が謎を呼ぶ・・・
Posted by pelikan_1931 at 2005年12月26日 23:24
History of the company Pelikan には 1878年に Pelican をLogo にしたとはありますが・・
Posted by 298 at 2005年12月26日 23:05
Hauptpreisliste は Mail Price List のことらしい。100周年記念の価格表 1938 らしい。最後の70ってのは何かな?
Posted by pelikan_1931 at 2005年12月26日 20:29
紹介いただいたHPの間違いを発見した。
1957年と紹介されている、子供ペリカンが2匹のロゴは、1938年の社史に紹介されている。
GUNTHER WAGNER HANNONER Pelikan HAUPTLISTE 70 と書かれた本の中央にそのロゴがある。
その頁の紹介には、Julilaums-Hauptpreisliste 1938 とある。

だれか訳して!
Posted by pelikan_1931 at 2005年12月26日 20:18
あ、間違えました。Wagner家の紋がペリカンだったようです。すみません。
Posted by stand_talker at 2005年12月26日 08:26
http://www.levenger.com/levenger/PenHistories/History1_PEL.asp
の記事によれば、1878年に初めて使用したようです。Hornemann’s Paint and Ink Factoryのブランドを流用したのでは?
Posted by stand_talker at 2005年12月26日 08:05