30才のころ、1年間の異業種同部門交流研究会に参加していた。会社のお金で就業時間中に他社の同部門の人と集まって研究会を実施し、1年間の仕上げに共同執筆で論文提出が義務付けられていた。通常は月に1回、5時間の会合じゃが、論文の提出期限が迫ってくると月2回になったりする。都合15回ほど(合宿も含めて)交流会を開催した。
業種は違えども同じ仕事をしている人の集まりなので、悩みはまったく同じで、非常に話が弾んだ記憶がある。WAGNERはどうか?職業も年齢も性別もイロイロ、唯一共通しているのが【万年筆に夢中】ということ。悩みを共有しているのではなく、【悦楽を共有】しているので、よりいっそう盛り上がる!良いですぞぅ!
その異業種同部門交流研究会では毎回議事録を取った。当時はワープロなんて一般的ではなかったので、書いた議事録がそのままコピーで出回る。従って若手で読みやすい字を書き、まとめが上手な人が選ばれ、毎回議事録を取ってくれた。
彼が議事録を取っている様子を見ると、万年筆で書いている。しかも横細、縦太の字で非常に読みやすい。紙の一番上に書かれた【議事録】というタイトルは、斜め線をほとんど使わないほれぼれするようなイタリック調の文字で書かれていた。聞けば楽譜を書く万年筆で書くとか。会社でも若手なので議事録を取る係りにされることは多く、慣れていると豪語していた。彼のすばらしいところは議事録を取ってはいても、ちゃんと議論に参加していたこと。当初20人くらいいた研究会が組織変更や転勤で最後は6人くらいまで減り、論文執筆は泣きそうだった。なんとか入賞をいただいたのも全て彼の綿密で読みやすい議事録のおかげ!と皆で感謝したものじゃ。
彼が使っていたのが、このプラチナのミュージックじゃ。かなり使いこまれていたが間違いない。当時の複写機は青字ははっきり出ない事もあって議事録は黒色と決まっていた。彼は当然カートリッジを使っていたが、必ずスペアインクを1箱持ち歩いていた。
実はこの事実が根底にあって拙者が万年筆を買おうという気になった。あの【うまくはないが読みやすい字】にあこがれてな。彼は【この楽譜用の万年筆で書くと下手な字がちょっとはマシに見えるんです】と言っていた。
ペン先を拡大してみると、スリットが斜めに2本入っている。上のスリットはハート穴のやや下にずれているのがほほえましい。ハート穴もスリット切りも通常の自動化工程では出来ないのでおそらくは手作業。1万円程度の万年筆に手作業のペン先というのは非常にお徳じゃな。
このプラチナのミュージックが他社のミュージックと大きく違うのはペン先の厚さが異常に厚い事。真横から見ると左のようになっている。イリジウム近辺の厚さはエラの部分の5倍もある。ハート穴近辺もけっして薄くない。結果として非常にガッシリとした字が書ける。ミュージックペンというと、ペラペラの書き味になりがちじゃが、プラチナのミュージックはガッシリとしていて、むしろ通常の太字としても非常に魅力的。いまでは伝説になったプラチナ・スクリプトには及ばないが、このミュージックも相当すごい。彼の性格からして無造作に選んだのではないはず。おそらくは各社のミュージックを試して、自分に一番合ったものを選んだのじゃろう。
ふと彼に会いたくなった ・・・ 万年筆は思い出も増幅してくれる ・・・

