2006年08月23日

水曜日の調整報告 【 Montblanc 1970年代 No.146 】

2006-08-26 146 01 このNo.146の調整依頼を受けて試し書きした時、どこに不具合があるのかわからなかった。少なくとも拙者に取っては非常に書き味の良い万年筆であるし、拙者が書き癖も熟知している依頼者にとっても不具合があるとは思われなかった。貴重な1970年代の18Cニブを持つNo.146で、書き味も良好なのに何故いじる必要があるのか?

2006-08-26 146 02 ルーペでペン先を拡大してみて合点がいった。ペン先先端が大きく下に曲げられている。依頼者にNo.146を譲った人は、万年筆を熟知しているはずじゃ。この万年筆のイリジウムも一番おいしいところを使えるようにペン先を加工した!只者ではない。

 しかし、書き味と同時に見栄えも人並み以上に気にする依頼者には、この湾曲が許せなかったのじゃろう。これよりおいしいペンポイントの部分は無いので、書き味は良くはならないよ・・・という前提で調整を開始した。

2006-08-26 146 03 Montblancのペン芯はエボナイト製にしろ、プラスティック製にしろフィンが折れやすいので、ペン芯を後ろからたたき出す方が安全じゃ。従って、尻軸を外す器具を持ってないと苦労することになる。拙者は専用工具を入手しているが、専用工具が無くても作ることは出来る。拙者はピンセットを加工して作っていたが、らすとるむしゃんはフォークを加工したものを使っている。これが非常に具合が良い。今度、アウロラの尻軸を外す器具を作ってもらおうかな?Montblanc用ではフィットしないので難儀している。

 ペン先の修理じゃが、まずは湾曲を直す。若干の柔軟性を増す為にややペン先を上に反らし気味にする。この作業は勘だけが頼りの細かい作業じゃ。ツボ押し棒の先端ではなく、軸部分を曲がったところにあて、多少しごくようにする。その状態でルーペンで確認し、もう少し力を入れるかどうかを判断するわけじゃ。多少でも反らせすぎると、後の作業が大変になるので、慎重に・・・

 一度曲がった物を反対側に曲げると目に見えない程度の表面の波打ちが発生する。目には見えないが、光の反射で感知出来る。これも直さなければ修理とは呼べない。こそで、ペン先表面の波打ちをペーパーで削り取り、金磨きクロスでペン先を持つ手が火傷するくらい擦りまくって段差を消すのじゃ。

2006-08-26 146 04 さらには、詰まっているスリットを開き、インクフローを上げる。これは非常に重要なポイント。イリジウムの一番おいしい部分を使っていた調整を、まずい部分で書くように調整するので、筆記感の悪さを感じさせなくするためには、まずはインクフローを良くしてごまかす必要があるからじゃ。

 同時にペン先を下に湾曲させると、ペン先は腹開き状態になる。これも書き味が良かった原因。これを上に反らせると背開きになってしまう。これを腹開きに改造しようとすると、スリットの部分が表面よりも多少凹む。その場合はスリットの両側を削って凹を目立たなくする必要がある。

 これらをまとめて一回の削りと磨きで解消しなければならない。万年筆初心者相手なら絶対に気付かれない部分ではあるが、WAGNER会員のように万年筆溺愛者になるとそうはいかない。そういう意味では調整にも非常に気を使うが、それが腕を上げさせてくれるし、楽しませてもくれる!

2006-08-26 146 05 出来上がった物がこれ。一番上の画像と比べても、どこが変わったのかまったく気付かないじゃろう。こちらの画像のほうがペン先が綺麗に見えるが、これは画像濃度の問題で、実物では区別がつかない。

2006-08-26 146 06 ペン先の拡大図を見ると差が歴然!下に湾曲していたペン先が真直ぐに伸びている。イリジウムも紙への当たりに合わせて多少は削ってある。

 今回は貴重なNo.146の1970年代の18Cモデルということで、筆記者の書き癖に合わせるよりは、本来の美しい姿に戻すことを優先した。No.146は苦手!と常々言っていた依頼者なので将来的に他の人の手にわたる可能性も高い。その場合の調整の余地を残しておくのも万年筆に対する思いやりじゃ。

 調整は目の前の依頼者とその万年筆とだけ向き合うのではなく、想定される将来の利用者も念頭においてやらねばならない。そういう意味で、見知らぬ人の調整は絶対にやらないことにしておる。依頼者の行動パターンを多少でも知らないと【万年筆にとって幸せな調整】は出来ないからな。


これまでの調整記事

2006-08-19 Montblanc Monte Rosa 
2006-08-16 Sheaffer Tuckaway  

2006-08-10 Montblanc No.256 KOB   
2006-08-05 Conway Stewart Floral   
2006-07-29 Montblanc 1950年代 No.146 
2006-07-22 Montblanc No.74改 Kugel
2006-07-15 シェーファー ノスタルジア・バーメイル
2006-07-08 シェーファー ニュー・コノソアール
2006-07-01 アウロラ 88 オールブラック

万年筆は刃物! その1 【研ぐとは?】
万年筆は刃物! その2 【心構え】
万年筆は刃物! その3 【準備する工具類】
万年筆は刃物! その4 【インクフローの調整】
万年筆は刃物! その5 【書出し掠れの調整】
万年筆は刃物! その6 【引っ掛りの調整】
万年筆は刃物! その7 【ガタツキ、ズレの調整】
万年筆は刃物! その8 【書き味硬め調整の極意】
万年筆は刃物! その9 【書き味柔らかめの調整】
万年筆は刃物! その10 【ペン先曲がりの調整】



Posted by pelikan_1931 at 07:00│Comments(8) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 万年筆 | 情報提供
この記事へのコメント
OMAちゃん

それは楽しみです。
Posted by pelikan_1931 at 2006年08月24日 04:19
二右衛門半しゃん

2桁番台のニブの裏には数字が刻印されておるが、Cというのは初めて聞きましたな。
Posted by pelikan_1931 at 2006年08月24日 04:18
らすとるむしゃん

Montblanc用カニ目は削ると耐久性が落ちるので、専用が欲しいな。
Posted by pelikan_1931 at 2006年08月24日 04:17
salty7しゃん

ニブを拡大してみるとわかりますが、Montblancのニブは芸術品ですな。
Posted by pelikan_1931 at 2006年08月24日 04:15
初めてのクーゲル(22)を手に入れてオイルストーン、サンドペーパー、マイラーベースで色々やってみたのですが訳が分からなくなってきました。ほんわかと柔らかくて気に入っているのですが、そもそもリファレンスとなるような書き味を知らず無謀でした。よく見るとペンの表面が微妙に波打っています。裏にも手を入れた形跡が・・・今度持参します。Won't you please, please help me?
Posted by OMAちゃん at 2006年08月23日 21:36
関係のないところで申し訳ないのですが、本日、MONTBLANC No.22後期型が手元に届きました、で、さっそく分解掃除、銀リングがないことを除けば、かなり掃除が行き届いているようでした、ペン先も水で洗い流す程度で綺麗になりました、ペン芯もきれいなものです。
銀リングは遊んでいる汎用リングを入れて・・・・。

イヤ、それはいいのですが、ペン先を外したところで、疑問が出てきました。
今まで気づかなかったのですが、ペン先の裏、一番奥に25C(Cは右上に小さく)という記載が!
これは初めて見ましたが、どういう意味なのでしょう?
Posted by 二右衛門半 at 2006年08月23日 20:59
朝から良い物を拝見できて・・・幸せ気分です!!。
146の70年代18Cシングルカラーですね!!。
それを師匠の調整とは贅沢すぎるメニューで・・・・羨ましい限りです。

ところでアウロラの治具はモンブラン用を少し削れば使えそうです。
Posted by らすとるむ at 2006年08月23日 10:38
師匠、おはようございます!僕もこの70年代18Cニブつき#146を試し書きしてみましたが、細字のくっきりとした字が書けて、とても良い書き味だと思いました。ただ、確かにニブの先端が鷲の嘴のように湾曲しているので、18Cの#146は元々そのようなニブの形状で出荷されるのかなぁなどと暢気に考えていました。やはりペン先がいじられているのですね。
 師匠の調整後は、ニブの背筋がしゃっきりと伸びていて、とても美しい形状になりましたね。
Posted by salty7 at 2006年08月23日 09:51