2006年09月29日

解説【萬年筆と科學】 その1

意気込みが空回りしているように思える【第一章】

 【萬年筆と科學】は1926年1月号から『パイロット・タイムズ』に連載されたもので、パイロットの製作部長だった渡部旭氏が記事を執筆している。

 1926年といえば、ペリカンはまだ万年筆の製造に着手していない時期。そのころ既に万年筆の工業化の指針を語り、日本人こそがすばらしい万年筆を作れることを説き、基幹産業にまで押し上げようとした心意気に感心じゃ。

 川端康成の【雪国】の書出しにも負けない、迫力のある文用うる限りの物、見る限りの物、それは神のみの造り給うた物でなく、人の力で完成されたものであります。即ち原料と労役との和の結果であり生産の歴史は天興の物質と人類のエネルギーとの和の物語りに外ありません】で始まる第一章は・・・・結局何が言いたいのか良くわからない。

 非常に意気込んで書き出しているのだが、湧き出る想いのスピードの方が、渡部氏の書くスピードよりもはるかに速く、結果として話が飛びに飛んで、読むほうは翻弄されてしまう。

 ただし、渡部氏の熱い想いは読者の心も熱くさせ、いっしょに万年筆を造っていきたい!という気にさせられてしまうから不思議じゃ。

 【科學という舵を持たない萬年筆製造所は必ず難船の悲運に陥るに相違ない】として、あちこちから部品を集めて萬年筆を組み立て、それに自社の商標を貼って売り出す家内工業を批判している。

  渡部氏が書いた言葉にはいにしえの製造業が陥った【自前偏重主義】の思想が見える。外注を嫌い、全ての部品まで内部で作ってしまおうというものじゃが結果として人件費が膨れ上がり生産性が下がって会社存亡の危機に遭遇した企業が多かった。その反省から下請け制度が発達したのが日本、専業メーカー化が進んだのが独逸じゃ。

 実は現在では、ペン先製造をOEMに頼っている萬年筆ブランドがほとんどじゃ。ペリカンでも1929年に万年筆を売り出した時にはペン先はMontblancのOEMだったし、現在も独逸の大手ペン先製造メーカーに外注しているらしい。Montblancとモンテグラッパ社が同一のペン先製造メーカーに外注しているという噂もある。ペン先に関しては専業メーカーの方が圧倒的に低コストで作れるので万年筆業界全体としては【MakeからBuy】戦略が進んでいる。また独逸ではペン先製造メーカーの方が万年筆製造メーカーよりもはるかに大規模で、設備投資も出来る環境にあるらしい。製造個数だけで言えば、金ペンから鉄ペンまで、世界中のペン先の大半がドイツ製かもしれないですぞ。

 自分でイリジウムを作らないで、どうしてちゃんとした萬年筆が造れようか!という思想が根底にあるパイロットは例外的な会社と言うべきじゃろう。

 拙者はペン先外注は受け入れている。しかし、ペン芯まで外注してしまって良いものか?という気持ちは持っている。ペン芯が万年筆の命。ペン芯を外注している会社は【科學という舵を持たない萬年筆製造所】と呼ばれても仕方ないかもしれない。ペン芯はペン先との相性よりも首軸との相性の方が重要じゃから。首軸を作る会社がペン芯を製造しなければインクフローなんてコントロール出来ないと思うのだが・・・

 【お客様のニーズを知るものが流通を支配する】という現代から考えれば、【良いものを造ってこそ製造業。万年筆の利用者科學を勉強してちゃんと良い物を見分ける努力をすべきだ】との渡部氏の考え方は、ある意味ほほえましい。しかし製造業全盛期の製作部長の心意気は現在の日本の製造業が再度見直すべき【天の啓示】かもしれない。

 こういう製造部長の下で【ものづくり】をやってみたかった・・・・

 この第一章では渡部氏は科學ではなく情熱を語った。第三章くらいから本格的な科學話になりそうじゃ。お楽しみに!


パイロット会社案内【その1】   
パイロット会社案内【その2】   
パイロット会社案内【その3】
パイロット会社案内【その4】   
パイロット会社案内【その5】   
パイロット会社案内【その6】 
パイロット会社案内【その7】   
パイロット会社案内【その8】   
パイロット会社案内【その9】
パイロット会社案内【その10】  
パイロット会社案内【その11】   
パイロット会社案内【その12】    
パイロット会社案内【その13】  
パイロット会社案内【その14】
パイロット会社案内【その15】 



Posted by pelikan_1931 at 07:00│Comments(16) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 情報提供 
この記事へのコメント
kugel_149しゃん

拙者の団子事件を知っていよう・・・

腐った団子を食べて死ぬ思いをして以来、当日作った団子以外は食べないのじゃ・・・
Posted by pelikan_1931 at 2006年09月30日 10:13
みーにゃしゃん

考えてみれば、旧カナ使いの分を読むのは初めて・・・
ま、英語を読むような気持ちで、真意だけ外さないように読んでますが・・・

正直疲れる!渡部氏の言葉を借りた拙者の【老年の主張】になるかもしれん。
Posted by pelikan_1931 at 2006年09月30日 10:11
師匠、おだんご、お贈りしましょうか?
秋の夜長は、羊羹のほうがいいかな?
みなさーーーん、師匠の元気のもとは甘いものですよぉ!
Posted by kugel_149 at 2006年09月30日 04:58
こんばんは!
私は万年筆初心者なので「萬年筆と科学」というこの本は初めて知りましたが、皆さんの反応を見るとタダモノではない本と分かります。

今から過去を見つめる冷静な語り口の師匠と、この本から立ち上る情熱に同調する師匠。興味深く拝見しました。

私にはきっと半分位しか分かっていないのでしょうが、何だか分からないなりに、楽しみです♪(あぁ、またばかっぽいコメント…すみません)
Posted by みーにゃ at 2006年09月29日 22:03
kugel_149しゃん

この連載けっこうきつい。
火曜日くらいから寝つきが悪くなるのじゃ・・・
Posted by pelikan_1931 at 2006年09月29日 21:39
めだかしゃん

文部科学省もおつな事をしますな。
Posted by pelikan_1931 at 2006年09月29日 21:36
めだかしゃん

ほほう、きっかけですか・・・知りたい!
Posted by pelikan_1931 at 2006年09月29日 21:34
いよいよ始まりましたね。
一読してワクワクしました。
「パッションの共有」とはうまいなぁ。
渡部旭さんがもしご存命だったら、
師匠と新ブランド立ち上げなんてことに…。

毎週金曜日がたのしみです。
Posted by kugel_149 at 2006年09月29日 17:43
>こういう製造部長の下で【ものづくり】をやってみたかった・・・・

同感です。製品に対する思いが沸々と伝わってきました。これはすごいことですね。当時の社員がこれを読んだら、きっと感動したに違いない。
渡部旭氏にカリスマ性を感じてしまう。創生期の会社ではこういった人が社員を引っ張っていったんでしょうね。
最近、あることがきっかけで、パイロットについて考えることが多くなりました。(いずれお伝えします。)
Posted by めだか at 2006年09月29日 09:29
ついに始まりましたね。
イリジウムのメーカーは、今、世界で3社しかないそうですね。その1社がパイロット。しかもオスミウムが混ざっていて大変硬い。
実際、パイロットのものは、他社のペンポイントに比べて、研ぐのに時間がかかるような気がします。「バカ」と呼んだのも頷ける。
ちょっと前に入手した「元素周期表」に、各元素の利用例が写真付きで出てるんですが、オスミウムのところにはセーラーのクロスポイントが出ていて、イリジウムのところにはメートル原器が。因みに制作は文部科学省。
Posted by めだか at 2006年09月29日 09:12
298しゃん

万物を神が創る時代は終わった!
万年筆は化学工業、機械工業を駆使して俺達が作っているんだ!

という神への挑戦にもにたエネルギーを感じましたな。
Posted by pelikan_1931 at 2006年09月29日 07:56
創世期に活躍できたというのは面白いことだったに違いないですね。 今回紹介されていた文章はその充実しているからこそ生まれた名文と思いました。 たぶんもの作りの職人として必須の考え方では? もの作りの職人が尊重される世の中になるといいのですがね。 o(^-^)o
Posted by 298 at 2006年09月29日 07:52
二右衛門半しゃん

第一章から押されっぱなしじゃ・・・今後どうなることやら・・・
Posted by pelikan_1931 at 2006年09月29日 07:20
う〜む、凄い意気込みです。

いけにえの件ですが、原稿が終わってからぼちぼちとリクエストを考えることにさせてもらいます。
Posted by 二右衛門半 at 2006年09月29日 06:57
京都和文化研究所しゃん

第二章までは、パッションの共有化がメインじゃな。
Posted by pelikan_1931 at 2006年09月29日 06:37
5
pelikan_1931様
始まりましたね!! 『萬年筆と科学』。
現代の視点から 当時の内容が とらえられて 第1章での時代背景・思想が よくわかり 伝わって来ます。 ワクワクですね!!
Posted by 京都和文化研究所 at 2006年09月29日 05:27