今回の依頼品はWaterman Gentlemanの緑軸。キャップを付けた状態では、多少ラッカーが剥がれているが許容範囲かな・・・という程度。金属に直接塗ったラッカー(工業用漆)は剥がれやすい。Parker 75のラッカーもペリペリと良く剥がれた。ところがPilotの金属軸に塗った蒔絵は剥がれない。本漆だからか、塗る技術が違うのか・・・今度聴いてみよう。
インクがほとんど出ないと言うことで、まずは全部を分解してみた。
画像の状態に持ってくるまでに、5時間が経過し、背骨と肩が筋肉痛になった。とにかく硬かった・・・・・ 左画像をご覧いただきたい。なんとペン芯に接着剤がびっしり!何故こういう事をしたのか?おそらくは以前の利用者はかなり左に捻って書く上に、非常に筆圧が強かったのだろう。その場合、Gentlemanやレディ・アガサ、レディ・パトリシアなどは簡単にペン先がズレてしまう。何度もそういう状態になるのが耐えられず、ついに接着剤でペン先とペン芯を固定しようと考えたのか?萬年筆でインクが出る仕組みを全く知らない人がやったのは間違いがない。
そして万策尽きて、オークションに出したか、ボロ市に出されていたのを、かわいそうに思った依頼人に身請けされたのであろう。
右が接着剤を丁寧に取り除いた状態。ここまで清掃すれば問題はない。 こちらは修理前のペン先。根本に赤インクの痕跡がある。そしてペン先は多少曲がっているようにも見える。
拡大してみると、ペンポイントは上下段差有り、またスリットは途中でぶつかり、先端ではまた開いている。いずれにせよ、これではまともにインクは出まい。 そこで、一端スリットを全開にして形状を調整した後で、再度寄せた。
最初に上下に大きな段差を付け、片方ずつゴムブロックに両面テープで貼り付けたスキマゲージの上にあて、竹製の割り箸先端でしごいて形状を作るのじゃ。ここは匠の技・・・というほどではない。拙者とて10回目程度。要はどうやったら直るかという全体感を持つことじゃ。それに従って個々の部分を少しずつ直す・・・言葉で表現するのは難しいものだなぁ・・・
右の画像のように首軸にとりつけた。首軸の金属腐食はいかんともしがたい。今後萬年筆を購入されるなら、首軸に金属があり、表面に特殊加工がなされていないものは避けた方がよい。ほとんど問題が起こらないのは、旧のセーラー首軸だけ。そのセーラーでさえ、最近では首軸先端の金属をプロフィットからは取り外した・・・
このスリットの開き具合に注目して欲しい。これが【趣味の文具箱 vol.10】で紹介した【にゅるにゅる】の書き味を提供する調整。ペンポイントは細字用なのに、インクがにゅるにゅると紙の上に盛り上がるように出てきて、絶妙の書き味を提供してくれる。ただし、豆粒のような小さな字を書く人には向いていない。細くて大きな字を書く人向けじゃ! こちらは横顔。ペンポイントの厚みは意外に太い事がわかろう。ペンポイントもEFにしては大きい。この厚さと大きさが調整の幅を拡げてくれる。調整師にとっては腕をふるう余地の大きい、楽しいペン先!ペンポイントもあまり残っていなかったので、多少丸めに研いでみた。さすがWatermanの細字!非常によい書き味じゃ!
その他のトラブル。実はキャップがスカスカだった、分解してみると、インナーキャップがすり切れて、キャップを首軸に止める役割を果たしていない。しかも、インナーキャップが裂けている!
この部品はさすがに無いので、接着剤を盛って多少はキャップを強くHold出来るようになった。久保工業所ならすぐに直してくれる不具合じゃよ。
こういう満身創痍の萬年筆は、修理に時間はかかるが、終わったときの満足感は高い。依頼者の口元がふっと緩む瞬間を見たくて、この趣味をやっている。今後とも数多くの無理難題を持ち込んで欲しいものじゃ。
【 今回執筆時間:10.0時間 】 画像準備6.5h 調整2.0h 執筆1.5h
画像準備とは分解し機構系の修理や仕上作業、及び画像をスキャナーでPCに取り込み、
向きや色を調整して、Blogに貼り付ける作業の合計時間
調整とはペンポイントの調整をしている時間
執筆とは記事を書いている時間