今回の患者はPelikan 400NNじゃ。今までに何本も登場しているはず。ペリカンはモンブランに比べて機構がしっかりしているので、比較的トラブルは少ない。唯一といっていいほどの弱点は、ピストンが硬くなってしまうこと。今回の症状がまさにそれ!
奥歯をかみ砕くほど力を入れて・・・というわけではないが、かなり力が必要。インク瓶に浸けてインクを吸うような不安定な状態では、とても上手く回せないほど硬い!
また保護者はツユダクのインクフローが好きなため、【書いたときにインクがこんもりと盛り上がるような書きごこち】をお望みじゃ。こちらはおやすいご用! ペン先を拡大してみると、スリットが詰まっているわけではない。となればもう少し拡げるだけでよい。
これでスリットというかペンポイントが密着していたら、お辞儀しているニブの猫背を治す治療が必要となり、調整戻りとの辛く長い戦いを強いられるところじゃった。
おそらくは前の所有者がある程度ペン先調整を心得ている人だったはず。 横顔を見ると、保護者の書き癖で書くと、腹側のエッジがかなり不愉快な引っ掛かりをする。もう少しマイルドに紙にあたるように腹を削っておこう。
こういう筆記感は、依頼者と同じ筆記角度で書いてみないとわからない。利用者が見えない状態で調整しても、依頼者と同じ角度とは限らないし、書き癖が依頼者の好みに合うかどうかはわからない。先日のペンクリでも、ぬらぬらの書き味をエッジの立ったザラザラのスタブの書き味に!という要望もあった。
それほど書き味の好みは千差万別!また1年間の間で、好みが何度も変わる人もいる。拙者じゃ! 【にしおかすみこ風に・・・】
書き味に贅沢になった人を満足させるには、相当高度の調整が必要となる。その為には、何よりも経験じゃ。場数を踏まなければ引き出しの数は増えない。経験年数の長い調整師ほど、また、萬年筆製造・修理のいろんな分野を経験しているほど引き出しは多くなる。
引き出しの数では、アマチュアはとうていプロには勝てない。プロに匹敵する仕上がりに近づくには、いかに丁寧に時間をかけて調整するかじゃ!
これから調整師をめざす人は【丁寧さ】を忘れないように精進して欲しい。それこそがアマチュアが上達する秘訣じゃ! ピストンを軽く動かせるようにするには、いくつかのプロセスがある。
1:ピストンユニットを後から専用工具で抜き出す
2:ピストンの弁のめくれなどをサンドペーパーで綺麗に丸める
3:ピストンに左の画像にある時計用のシリコングリースを塗ってピストンユニットを再び胴軸に押し込む
というプロセスになる。時計用のシリコングリースにはセイコー製とシチズン製がある。拙者は自宅ではセイコー製を、ペンクリではシチズン製を使っている。使いやすいのはセイコー製だが、携帯性はシチズン製が優れている。
これを塗ればウソようにピストンは軽くなる。いろんな使い道があるので、ぜひ一個は持っておくと良い。特にペリカンには有効じゃ! こちらはスリットを拡げた後のペン先。これが限度だと思うが、これだけ拡げておけば、細字のインクフローとしては不満は無かろう。
ややペン先が前に出ているようにも思えるが、元々の位置もこれくらいだったので、それを尊重した。ペン先とペン芯の関係でいえば、ややペン芯を前に出している。
これはペン先のアップ画像のスリットが暗くなっている部分(ペン芯の先端)を比較すればわかる。ペン先の波形の彫りの交点付近にペン芯先端が位置するのが美しいと考えている。機能的には、別にどこでも問題はなさそうじゃ。ペン芯とペン先のカーブがあっていればな・・・ こちらは横顔。ペンポイントの拡大画像を調整前のものと比較すれば、やや腹の部分がなめらかな曲線になっているのがわかろう。これが引っ掛かりを無くし、滑らかに書けるコツ!
滑らかに書けるのが好きな人は、自分の筆記角度にあわせて、少しだけ腹をさらってみると良い。
そして滑らかな書き味にとって最も重要なのは、低い筆圧で書くことと、萬年筆を真っ直ぐに持って手首を捻らないで書くこと。
これを追求していくと、自然と萬年筆の後の方を持つことになる。後を持てば手首を捻れない。これこそが良い書き味を満喫できる秘訣なのじゃ。
持ち方は多少我慢すれば2〜3ヶ月で変えられる。いつも書き味に不満を持つか、持ち方を変えて多少不細工な字を書くかじゃ。
本人が意識してるほど他人は字の綺麗さを重視してはいない。綺麗な字はすぐに忘れられるが、不細工で個性のある字は覚えてもらえる。お笑い芸人の方が、二枚目スターよりももてるようなものかも・・・
ストレスを感じながら綺麗な字を書こうとするよりも、気持ちよく下手な字を書こうではないか!
【 今回執筆時間:3時間 】 画像準備1.5h 修理調整0.5h 記事執筆1h
画像準備とは画像をスキャナーでPCに取り込み、向きや色を調整して、画像ファイルを作る時間
修理調整とは分解・清掃・修理・ペンポイント調整の合計時間
記事執筆とは記事を書いている時間