2008年06月19日

解説【萬年筆と科學】 その79 ハンガリー・イタリアの萬年筆業界

 今回で【萬年筆と科學】第三巻の最後の回となる。ここでは単なる訪問記というよりも、渡部氏の決意のような物も書かれていて面白い。そちらを中心に抜き出してみよう。

 6月30日に一行はウィーンを立ちブタペストに向かった。汽車の窓から飽かずに沿線の景色を見ているうちに、ある考えがムクムクと沸き上がってきた。 いまに、あの車掌さんも、税関の役人さんたちも、畑のお百姓さんも、村の人も、町の人も・・・パイロットの愛用者になってくれる、いや愛用者にしてみせる 決意した。

 そう考えると、多くの旅行者がするような 【旅の恥は掻き捨て】 という気分にはどうしてもなれません。と同時に東京の工場の諸君が一人残らず、今の私の気分で各自持ち場の仕事を真剣にやってくれることが何より大切だとつくづく思うのでした。

 旅の途中ではこういう心境になることが良くある。雑念が消えるため、ピュアな心になるからであろう。自分の属する組織のありもしないネガティブ情報をまき散らすような輩には、こういう渡部氏の前向きな姿勢を伝えていかねばなるまい。日本が発展した背景には、こうした先人の意志があったのじゃ!

 真の発展の為には飲み込むべきところと、表に出して鼓舞するところを慎重に選ばないといけない。不平不満を書きつらねても世の中は変わらない・・・まずは自分が一歩を踏み出さねば誰もついてはこない。

 不平不満は誰にでも言える。しかし自ら変革行動を起こせる人は1000人に1人もいない・・・拙者はやるぞ!

 世界を旅してみると、日本が何もかも大変な立ち後れであることを痛切に感じます。ことに経済的な規模組織活躍というものが目立って貧弱です。今の日本は「よく働きそしてよく遊ぶ」というような英国流の考え方をする時代では断じてありません。どうしても「よく働き、そしてまたよく働く」のでなくては英米独にとても追いつけません。 ・・・・中略・・・

 私共お互いは子孫の為の捨て石になるのです。それを忘れて欧米流に一週間40時間労働の尻馬に乗ったりするのはとんでもない間違いです。人並みになるべく少なく働いて、なるべく多くエンジョイしていたのでは、いつまで立っても日本は浮かべません。

 渡部氏は自分の心に向かって話しかけているのか?はたまた手強いパイロットの労働組合に対して言っているのであろうか?いずれにせよ三現主義:現場、現物、現実を欧米視察で実践した結果、相対的な当時の日本の状態が良くわかったのであろう。

 ハンガリーの万年筆市場は、政治を反映して独逸製の天下!Montblanc、Pelikan、Luxor、Adria、Vandyke、Normix、Turcsany・・・などが多かったらしい。

 拙者は最初の3社しか知らない。Luxorはルクソールと思っていたが、渡部氏は発音に忠実?に【ルクザー】と呼んでいる。どちらが正しいのかなぁ?

 次に伊太利亜である。ローマでは早速日本大使館に出かけ、伊太利亜との商取引事情を尋ねてみたが、返答は・・・

 【物々交換ならともかく、万年筆を売っても代金を取り立てる方法がない】とのこと。ムッソリニー君、ケツの穴が小さいぞと言ってみたところで話にならず・・・商売は当分見込み無し。

 いやはや、戦前は伊太利亜気質もすごかったようですな。一時の中国よりもはるかにひどい!こんな国で作っている万年筆なんて信用出来るのかいな?

 ちなみに、当時の伊太利亜の万年筆業界は不振で、米国製をたまに見かけるくらい。英国製は皆無、独逸製もほとんどなく、あとは伊太利亜製の安物。

 その安物とは、AURORA、OMAS以外は聞いたこともない・・・Montegrappaは記載されていない。渡部氏はAURORAオーロラと呼んでいる。ダイヤのおばちゃんの呼び方は渡部流ですな。またOMASオーマスとか・・・

 渡部氏は166日間かけ、15ヶ国、53都市、20工場を視察した。そして出した戦略とは、世界で戦うには高級品路線に方向転換すること。

 当時に日本の万年筆の価格は、世界と比べると3割程度。これは安物、実用、中級、高級、最高という各等級毎にわけて比較した結果、どの等級でも日本製は3割程度!このままの価格帯で安物を世界に出していっても相手にされない。輸出高を増やすのに、安物を量産するのではなく、値段の高い物を同じ数だけ作れば売上げは三倍になるではないか!というのが渡部氏の考えの根底にあるのであろう。

 そして、それが今、蒔絵万年筆という形で実現されている。1939年に渡部氏が語ったことは、脈々とパイロットの中で受け継がれ、2000年ごろより花開いたということになる。

 今、渡部氏がパイロットの万年筆部門だけの会社の社長になったらどうするか?利益を確保することだけを考えれば、自社ブランドは海外向けに蒔絵万年筆だけに絞り、のこりは小ロット限定万年筆製造(WAGNERXXXXなど)、そして海外ブランドの部品製造に絞るかも知れない。

 現在では、販売品メーカーよりも部品メーカーの方が数が少なく技術も高い産業はいくらでもある。大型TVメーカーは多くあるが、TVの前面に使うガラスメーカーは数が少ない。すなわち儲かるのじゃ。

 大企業は複合体なので個の最適が全体最適になるかどうかはわからないが、万年筆生産だけを抜き出せば、あながち外れていないかも知れない。新機構のアイデアでは伊太利亜にかなわないかも知れないが、総合的製造技術では世界一ではないかな。もちろん、品質管理も含めた上での評価じゃよ。


過去の【萬年筆と科學】に関する解説

解説【萬年筆と科學】 その79−3   
解説【萬年筆と科學】 その79−2  
解説【萬年筆と科學】 その79−1       
解説【萬年筆と科學】 その78−3  
解説【萬年筆と科學】 その78−2  
解説【萬年筆と科學】 その78−1    
解説【萬年筆と科學】 その77                  
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解説【萬年筆と科學】 その56 
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Posted by pelikan_1931 at 07:00│Comments(2) 文献研究 
この記事へのコメント
こまねずみしゃん

僂鬚気鵑舛汎匹爐里魯シャレですな。変換で出てこないのがよい!
Posted by pelikan_1931 at 2008年06月19日 23:52
 市場視察とともに、「自分はパイロットの代表者なんだ」という想いが強かったのでしょう。だからこそ「旅の恥は掻き捨て」という気分にはなれなかっのではないかと思います。
 現地語読みするか、英語読みにするかでもかわってきますよね。ある程度普及しないと、読み方は定着しませんね。尺貫法を使っていた戦前は「cm」も「センチ」「サンチ」と読まれていたくらいです。

 恐らくは、組合に対して言っているのだと思いますね。週40時間労働と言うのは「人生をエンジョイするため」ではなく、疲労回復や最低限の家庭生活や社会生活を考慮すると、この程度が労働時間として妥当と言うことです。これを破ることは労働のダンピングになります。今は中国などがかつての日本と同じことをやって、日本企業を苦しめているわけですが。
Posted by こまねずみ at 2008年06月19日 10:17