この記事が発表されたのは1931年9月30日。Pelikanが回転吸入式のPelikan 100 を発売してから2年も経過していない。ペン先はMontblancから供給を受け、かわりにMontblancにインクを供給していたころ。
パイロットに限らず、萬年筆各社は品質の悪いインクに悩まされていた時代。逆に言えば品質の良い自社製インクを持っていれば、Pelikanのように、萬年筆を他社に遅れて作り始めても、またたくまにキャッチアップ出来たのだろう。
現代とは全く違う【インク優位】の時代だった・・・。最近であればインクが原因で軸を痛めたりすれば、それが【事件】となってしまうほど、インクトラブルは少ない。当時はインク事故などあたりまえでニュースにもならなかった。改めて幸せな時代に生きていると感ずる。
一方、既に完成されていて、画期的な機構発明がほとんど無く、装飾のバリエーションで目先を変えている萬年筆と違って、インクには今後大きな変化が予想される。と同時に大きなトラブルも予期される。
当時のインクはすべからく酸性だった。現在のインクは海外製には酸性インクが多いが、国内製には酸性インクはプラチナのブルーブラック一個だけ。あとは全て中性かアルカリ性インク。しかもpHの値が高くなってきている。アルカリ性の国産インクを使った後、良く洗浄しないで海外製の酸性インクを吸入したらどうなるのか?
じつは、そのせいではないかと思われるトラブルに頻繁に遭遇するようになってきた。ペンクリでは職人技だけではなく化学者としての知識も必要になってきている。実におもしろい。
この当時、インクの研究は5つの分野に分けて考えられていた。
1:筆跡の耐久力を高める研究
タンニン酸、没食子酸、硫酸第一鉄の割合を過不足無く調合することで、当時既に完成の域にあった
2:色相と色濃度の研究
色相の研究・・・・・色合いの落ち着きさとか鮮やかさの研究
色濃度の研究・・・色の濃さ、薄さの研究
一見簡単そうだが、人々の習慣や好み、地域性があり理論では取り扱えない分野
3:インク滓(カス)と沈殿の防止策の研究
萬年筆用インクでは最も重要な研究課題で、数多くの化学者が悩み抜いていた・・・
当時【手も足も出ない!】といった完全に手詰まりの状態だった
4:鉄ペンの防蝕に関する研究
沈殿物の防止には酸を入れざるを得ず、酸を入れると必然的に鉄ペンを腐食する
当時は鉄ペンの比率が圧倒的に高かったのか、この問題は大きな課題であった
5:インクの物理的問題の研究
インクの粘度、比重、氷点、表面張力、乾燥度など
萬年筆と科學には【インクの表面張力】がインクフローに影響するという件もも出ていた。また当時の暖房状況では、室内でインクが氷結する可能性も十分にあった?
実は、この【インキと科學】を執筆し始めたのは、パイロットが本格的に研究に乗り出そうという時期で、上記5つの研究課題について結論が出ているわけではなかったらしい。
読者に順次研究結果を報告するという事を予告することによって、会社としての研究活動にプレッシャーを与えようとしているかにも思える。まさに有言実行型経営者である。
蛇足ではあるが、今現在【旬】なのは【色相と色濃度】かもしれない。萬年筆用瓶インクとして4色しか発売していなかったパイロットが一挙に10増やし、セーラーもインク工房という形で無限の種類のインクを発売している。プライベートリザーブは混合出来るインクで差別化を始めた。
非常に楽しい時代になってきたが、時代の変化点ではトラブルも多発する。今一度、古(いにしえ)の研究成果を振り返り、今後発生しうるトラブルの予知に応用したいものじゃ。
【過去の記事一覧】
解説【インキと科學】 その1