【インキの沈殿について】
このインキの沈殿に関しては、当時各メーカーが死にものぐるいで解決策を模索しつつも、まったく回答が出せない状態であったらしい。渡部氏の口調からもその状況が分かる。
ただ、どうやら解決へ向けてのヒントを得てはいたようじゃ。もちろん、そのような重要事項をペラペラと話したりはしなかったはずなので、口調から推察するだけではあるが・・・
【インキ瓶の底に溜まる不気味な沈殿、それを私はインキの悪魔と呼びました】というセンテンスで、この問題がいかに万年筆メーカーにとって大きな問題であったかがわかる。
そして、それに続く【この悪魔をどうして征服するか?研究は自然白熱化せざるを得ません】によって、当時の研究者たちの燃える思いを感じさせてくれる。【戦前のプロジェクトX】かも・・・
渡部氏らは、インキ瓶中のインキは、その液面において常に空気と触れているため、絶えず酸化が発生しているに違いないとまずは考えた。インキが酸化すると水に溶けない黒変粒子が生成され、重力のため漸次容器の底に向かって沈降し、ついには沈殿物となって堆積するのじゃ。
この沈殿であるが、一度も栓を開けたことのないインキ瓶の中でも、夥しい沈殿物が出来る事実は、インキが空気と触れて発生する酸化だけでは説明できないことでもあった。
しかも沈殿物を調べてみると、黒変粒子だけではなく、常に多量の色素が共に沈殿していることも分かる。これは従来唱えられてきた沈殿の原理だけでは説明がつかない・・・
渡部氏らは、まずは、インキ中に存在する空気を疑った。空気はインキ面より上にあるだけではなく、インキの中にも大量に溶け込んでいる。むしろこれが原因ではないかと考えた。魚が住めるような井戸水や水道水ではなく、蒸留水を使ってみようと考えた訳じゃ。
もちろん、蒸留水には有機物はおろか、一切の不純物は入っていない・・・ということで、大いに期待してインク製造実験を行ったらしい。
当時はイオン交換樹脂など無かったであるから、莫大なコストがかかったと思われる。しかし沈殿物がないインキを作ることが出来れば、いくら高額になっても商品の差別化は出来ると考えていたのであろう。
ところが、ある程度の効果はあったものの、思ったほどの効果は出なかった・・・沈殿物が相変わらず出たが、色調の鮮やかさや色相の不動とか、インキのこなれとかには絶大な効果があったとか。不純物がないのだから当たり前と言えば当たり前だがな。
そこでパイロットでは、数年前から研究していたコロイド化学の研究に没頭し、結果としてこの難問題を解決することが出来たと想像される。この賢については後の章でも語られるであろう。
ところで、蒸留水をネットで調べてみても、中に空気が混入していないとの記載を見つけられなかった。45年ほど前に理科の実験で蒸留水を作ったときには、アルコールランプで沸騰させた水を、フラスコの大型のようなものを通して冷やして作ったと記憶している。とするならば水が気化してから冷えるまでの間にいくらでも空気が混入すると思われるのだが・・・違うのかな?
そもそも蒸留水を使ってもインキ中には空気が溶け込んでいたのでは?という気もするのだが・・・
【過去の記事一覧】
解説【インキと科學】 その2−2
解説【インキと科學】 その2−1
解説【インキと科學】 その1