今回は壊れた物が持ち込まれた。3本の1960年代No.149と1本の1970年代No.149じゃ。以前から【1960年代のNo.149は壊れやすいので手を出さない方がよい】と警告を発していたが、今回まとめて持ち込まれた為、どこが壊れやすいのかを具体的に説明できる。
通常では全て修理不可能とされるものだが、壊れた4本から部品を組み合わせて2本は再生できた。それを何回かに分けて過程を紹介しよう。
1本目の1960年代No.149は上の画像のとおり尻軸が動かなくなっていたが、あとは比較的綺麗。 特にペン先はすばらしい状態。もちろん筆記するのはスリットが詰まりすぎているが、上から見た感じ、ペン先の拡大画像とも惚れ惚れするほど美しい。いくら日本での最高格付けを受けてもパイロットの大型ニブにこういう荘厳さは無い・・・不思議じゃ!
この当時は研ぎも秀逸。右側画像(拡大)を見ていると素粒子論や宇宙論を読んでみたくなる・・・かもしれない。 横顔も良い!かなり剛性の高いペン先で、少々の筆圧をかけても、細字でありながらビクともしない。
ペン芯はもちろんエボナイト製で、1980年代ものとは違って、途中に切れ込みがないタイプ。以前紹介したように、切れ込みがあれば製造時に時間削減が出来るのだが、それ以前のペン芯じゃ。調整師から見れば1980年型の方が作業効率が良くて助かるが、衝撃に強いと言う面では、スリットが無いほうが優れている。
ペン先は筆記角度に合わせて摩耗している。ということはこの摩耗の前後をうまく丸めれば格段に書き味の良いペン先になる。スイートスポットが明確なペン先の調整ほど楽な事はないのじゃ。 問題点はココ!1960年代の尻軸部分は胴体に押し込む形になっている。1970年代からは軸にネジが切ってあり、そこのねじ込んで固定するように設計変更された。
ネジ部分が無いだけ内径が広く取れ、インク保持量も多いというメリットがあるが、デメリットの方がはるかに大きい。なんといっても胴体が薄いので壊れやすいこと。ピストンも径が大きいので軸内部との摩擦抵抗も大きく、インクを入れたままにしておくとすぐにピストンが廻らなくなってしまう。無理矢理回そうとすると・・・壊れるのじゃ!今回も同じ症状・・・ ペン先には表も裏もエボ焼けがびっしり!エボ焼けはインクフローを悪くするので取り除いた方が良いのだが、装飾的には実に綺麗!従って拙者はコレクション用のNo.149のエボ焼けは除去しないようにしている。わざと作ろうとしてもエボ焼けが出来た試しがないのじゃ・・・
エボ焼けを取るのは簡単で、金磨き布( http://www.amazon.co.jp でも販売:金みがきクロスで検索されたし)で丹念に擦ればよい。特に裏側のエラの部分は取りにくいのでルーペで確認しながらぬぐい取ること! こちらは調整済のペン先。スリットは多少拡げ、スイートスポット周囲に心地良いオアシスを作り込んである。
インクフローは紙の上に盛り上がるほどで実に良いのだが、これは好みの問題もあるので、すぐに絞れるようにしておこう。この所有者はかなり筆圧が強いが、インクが出ないので筆圧をかけなければならなかったのか、高い筆圧にあった萬年筆を捜した結果No.149に行き着いたのかは不明。これが分からないと調整は完了しない。 ピストンを専用工具で外してみると、螺旋棒がネジ切れていた。下は1970年代の壊れていない物で、上が60年代の壊れた物。ピッチの互換性はあるのだが素材は違う。
おそらくは1960年代の螺旋棒の素材問題が多発し、1970年代モデルからは素材を変えたのであろう。そういう意味では長い間改良を重ねながら生き延びている定番モデルにはそれなりの存在意義はあるのじゃ。 ピストンの根元が折れている。そしてピストン棒の内部に、上記の螺旋棒の折れた部分が残っている。力一杯ピストンを捻ったあげく、螺旋棒を折り、さらにはピストンの根元まで割ってしまったということ・・・なんたる怪力の持主。
1960年代No.149があまり中古市場に残っていないのは、このピストン・トラブルと胴軸割れが原因。特にピストン・トラブルが圧倒的に多い。 懲りたので拙者は絶対に1960年代No.149を薦めない。またキャップ・クリップとペン先+ペン芯の部品価格より高い値がつけば絶対に購入しない。
8月6日には、この萬年筆に部品供給して復活させるプロセスを紹介しよう。壊れた萬年筆でも部品レベルで再利用出来るものはいくらでもある。特に標準化が進んだMontblancやPelikanでは時代を超えて共有できる部品も多い。
もし壊れたら、近くの萬年筆修理をやっているお店に寄付しなされ。きっと他の人の萬年筆修理に役立つであろう。WAGNER会員は拙者までお送り下されよ。萬年筆文化興隆には皆で助け合わんとな・・・
【 今回執筆時間:8時間 】 画像準備2.5h 修理調整4h 記事執筆1.5h
画像準備とは画像をスキャナーでPCに取り込み、向きや色を調整して、画像ファイルを作る時間
修理調整とは分解・清掃・修理・ペンポイント調整の合計時間
記事執筆とは記事を書いている時間