【コロイド化学から見たインキ】 以前の章で、インクの沈殿を防ぐ目的で蒸留水を使ってみたが、案外効果が認められなかったとの報告があった。そこで渡部氏はさらなる化学的なアプローチが必要と考え、コロイド化学の研究も始めたようじゃ。
左図のようなビーカーを用意する。内側のビーカーは底を抜き、そこに膀胱膜を貼り付ける。いわゆる透析器。
この内側のビーカーの中に食塩水を入れ、外側のビーカーに真水をいれておく。時間がたつと外側のビーカーの水に塩味が付くのがわかる。
ところがインクの主成分の一つであるタンニン酸溶液を内側のビーカーに入れておいても、外側の真水にはいつまでたってもタンニン酸独特の渋みが付かないことがわかる。すなわち溶けたタンニン酸は膀胱膜を透過出来ないことがわかる。
このように、ある物は透過させてある物は透過させないような膜を半透膜と言い、この半透膜を通過する作用を透析と呼び、そして半透膜を通過する物をクリスタロイド、透析しないものをコロイドと呼ぶ。
いままで透析とか半透膜という言葉は知っていたが、具体的な事は何一つ知らなかったので非常に勉強になった。やはり学問は継続、継承が大事なのだなと痛感・・・
渡部氏はこの時点で何らかのヒントを得ていたように思われる。なぜならここから先の説明に勢いがある。人は誰しも自分の頭の中にあるアイデアを人に伝えようとするときに早口になる。渡部氏の文章はここから急に早口になっていると感じるのじゃ・・・ 左の表のように、タンニン酸はごくわずかは透析するが、実用上はコロイド(透析しない物質)と考えて良い。
そして透析するクリスタロイドの中には食塩の他にアルコールとかアンモニアがあるが、インキに関係のある物に限れば、没食子酸、硫酸第一鉄、硫酸、石炭酸、赤インキに用いるエオシンなどがある。
一方のコロイドには、タンニン酸、アラビアゴム、蜂蜜、青色素などがある。
赤インキに沈殿が無いのはその主成分である色素のエオシンがクリスタロイドであるから。ところがブルーブラックインキでは半透膜を通過できないコロイドの青色素、タンニン酸が多量に混在しているため、ストークス氏の粒子沈殿律が発生しやすくなるらしい。なを透析出来るかどうかは、粒子の大きさに依存する。その限度は1μ程度とされている。
没食子酸も硫酸第一鉄もクリスタロイドであり、タンニン酸のみがコロイドである。また別の実験においては、空気を遮断した容器にブルーブラックインクを入れて3年間封印したものを取り出し、インキ中の鉄分を調べたら、鉄分は一切減っていなかったが、沈殿物は出来ていた・・・
このことから渡部氏は、硫酸第一鉄が3年間沈殿しなかったのはクリスタロイドであるから、またコロイドのタンニン酸だけが沈殿したと結論づけた。そして、タンニン酸を用いないインクが作れれば沈殿問題は一挙に片づくとも考えた。ただし、当時の技術では没食子酸と鉄分のみでインクを作るのには、まだだれも成功していなかった・・・
【過去の記事一覧】
解説【インキと科學】 その3−1
解説【インキと科學】 その2−3
解説【インキと科學】 その2−2
解説【インキと科學】 その2−1
解説【インキと科學】 その1