2008年08月21日

解説【インキと科學】 その4 

 当時のインク製法では、インクの沈殿を如何に防ぐかが最重要課題だった!そこで渡部氏らはコロイド化学に目をつけ、調べているうちに、ブラウン運動に目行き当たった。(本文ではブラウン運動と表記)。

ブラウン運動は、溶液内の分子衝突によって、微粒子が不規則な動きをする現象で、動きを発見したのがロバート・ブラウンであり、理論を証明したのはアインシュタインらしいが、本文中にアインシュタインの名は出てこない。

 なぜ渡部氏がブラウン運動に魅力を感じたかと言えば、もしブラウン運動が永久に発生し続けるならば、沈殿物は溶液中をさまよい、決して底には溜まらないのでは?という期待があったからじゃろ。


2008-08-21 01左はスモルコウスキー(Smoluchowski)によるブラウン運動の振幅方程式であり、本文で紹介されている。

 渡部氏の凄さは、この方程式からインク化学にとっての啓示を引っ張りだした事。方程式を理屈として理解するだけではなく、自分の仕事に対する解釈を施して紹介している。こういう方程式は、高校生ぐらいの時なら興味津々理解しようとしたであろうな。


2008-08-21 02 左が各パラメーターの説明だが、要約すると・・・

【1】ブラウン運動の振幅Aは粘度ηの平方根に反比例する

 すなわちブラウン運動は粘度が大きくなるほど遅鈍となり、反対に粘度の小さなサラサラインクほど活発になるということ。

 これまではインクの粘度を上げることによって沈殿を防ごうとしていたのが、ブラウン運動を応用するなら、サラサラインクでも沈殿を防げるということになる。渡部氏が最も貴重とする解釈じゃ。


【2】ブラウン運動の振幅Aは粒子の大きさの平方根に反比例するが粒子の重量には無関係である事

 すなわちブラウン運動は溶液中の粒子の図体が大きくなるほど動きがのろくなる!これは粒子の大きさがある一定以下になると、地球引力から解脱してブラウン運動を始めるということ。従って、インクの粒子をある一定以下の大きさにすれば、引力による沈殿を防げることを意味する。粒子の細かいインクを作る意味を教えてくれる部分じゃ。


【3】ブラウン運動の振幅Aは、溶媒1モル中の粒子数Nの平方根に比例する

 溶液中のインク粒子が少ないほど沈殿は少ないことを意味している。つまりは少数の粒子でも濃い色が出せる色素があれば、沈殿は防げることになる。これも研究テーマとしてはおもしろかったであろう。


【4】ブラウン運動の振幅Aは、絶対温度Tの平方根に正比例する

 すなわち、温度が上がると運動が活発になるということ。温度が上昇すれば溶液の粘度も下がるので、ますます好都合と言うことになるが、逆に温度が下がった場合は?

 沈殿だけを考えれば、暖かいが、直射日光の当たらないところに保存するのが良いとなる。


 ブラウン運動自然衰滅するものらしい。渡部氏はブラウン運動の若返り策が無いものか?どうして自然衰滅してしまうのか?・・・と、沸々と興味が湧いてきたようじゃ。次回は【ブラウン運動は自然衰滅】がテーマ!楽しみじゃ!


【過去の記事一覧】

解説【インキと科學】 その3−2 
解説【インキと科學】 その3−1  
解説【インキと科學】 その2−3    
解説【インキと科學】 その2−2  
解説【インキと科學】 その2−1  
解説【インキと科學】 その1   


Posted by pelikan_1931 at 07:00│Comments(4) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 文献研究 
この記事へのコメント
きくぞうしゃん

牛乳でブラウン運動とは!

拙者ならせいぜい、ブラウンのひげそりで削ったひげの粒子で観察・・・
そんなには小さく削れないか・・・おそまつでした..._| ̄|○
Posted by pelikan_1931 at 2008年08月24日 08:42
牛乳を水で薄めた溶液でブラウン運動を観察しました。
ブラウン運動による沈殿防止を目論んだわけではありませんが、牛乳は高速で攪拌し脂肪球の均質化(ホモジナイズ)をします。
数式を拝見すると、粘度を下げて暖かくして保管すると、沈殿は防ぐことが可能なのかと。もしくは、粒子径を小さくする(ナノ粒子インク?)、粒子密度を下げる。

ということで、P社のあまりお好きでないインクの灰色のように、ナノ粒子を薄く水に溶いたシャバシャバインクは、沈殿物が少ないと言うことになるかと。
Posted by きくぞう at 2008年08月22日 14:02
しまみゅーらしゃん

部屋の温度が冷凍庫というのは検討がつきませんな。

部屋の温度がサウナ並というのは現在経験中ですが・・・
Posted by pelikan_1931 at 2008年08月21日 20:50
>【4】ブラウン運動の振幅Aは、絶対温度Tの平方根に正比例する

 ということは、インクを冷蔵庫に保存…というのは、ブラウン運動を妨げ、
沈殿を起こしやすくする行為である、ということですよね。

 私の住んでいる青森県など、冬には部屋の温度が冷凍庫並に下がりますから、
心配ではありますね。

 ただ、この時代と今の時代のインクは違うでしょうから、大丈夫かな、とは思いますが。
それよりも、冬はインクが蒸発せず、全部のペンにインクを入れておいても
大丈夫!な季節なので、かえって助かります(笑)。
Posted by しまみゅーら at 2008年08月21日 09:22