
当時は萬年筆はまだ高級品であり、鉄ペンを使う人も多かった。拙者の母も1983年にPilot 65を買い与えるまでは家計簿、年賀状等は全てGペンで書いていた。
たまに父のParker 75を試してはいたが、線に表情が出ないということで、気に入らなかったらしい。Pilot 65を使うようになってやっとGペンの使用頻度が減ったがゼロにはならなかった。Gペンにはそれなりの良さもあるのであろう。
ということはこの文章が書かれた1932年ごろには、ツケペン使用者の数は比較にならないほど多かったはずじゃ。パイロットも萬年筆だけではなく、インキ販売による利益も相当に大きかったと思われる。
上の図は、インキ瓶の中に鉄ペンが不注意で落ち込んで、そのままになった場合どうなるかという説明に用いた図。そんな事があるのか?と不思議に思うが、当時では【度々経験すること】であったらしい。
たしかに筆記途中に、ペン先ホルダーからツケペンが外れてインキ瓶の中に落ちたとしても、とりあえずは別のペン先を付けて筆記を続け、あとで拾い上げよう・・・と考えていて忘れてしまう事は良くありそう・・・身近にピンセットなどは無かった時代だったろうからな・・・
当時のインキは、どんなインキでもその中に硫酸や塩酸が混入してあるので、鉄ペンが中に落ち込めば、どんどん腐食していく。すなわち鉄と酸との間に化学作用が営まれる。するとそこに水素が発生して気泡となり、液面に浮かび上がる。
水素イオンは陽性なので鉄ペン全体が陽性に荷電されることになり、周囲にある陰性コロイドをどんどん吸収してしまう。電荷統一をしていないインキではタンニン酸や色素粒子は【陰性】なので、当然陽性に荷電した鉄ペンに吸着されてしまう。
3〜4日も経って鉄ペンを引き上げると、色素の天ぷら揚げをしたようになり、インキの方はすっかり破壊されて酷い沈殿が出来、インキの色も薄くなり使用不可能の状態になってしまう!
ところがインキ粒子が【陽】に統一されていれば、鉄ペンがインキ中で【陽】に荷電されても、周囲にある粒子と吸引する心配はないことになる。すなわち、インキ中に不用意に落ちた鉄ペンによるインキの破壊に極めて強い抵抗力を発揮するのじゃ!

パイロット製インキだけが他社とまったく違うカーブを描いているが、これが電荷統一の効果である。もっとも時間が経過すれば、いくら電荷統一したインキであっても破壊は進んでいくものらしい。このあたりの原理も知りたいものじゃ。
渡部氏は、【インキを混ぜると言う事は、血液型を考慮しないで輸血する事に等しい!】と断言している。たしかにこれまでの説明を見ていると、電荷統一がなされたパイロットインキとなされていないアテナインキを混ぜるなんてのはとんでもない愚挙!
昨日、萬年筆に詳しくない友人から【インキが出なくなったんだけど・・・】という連絡があった。よく話を聞いてみると、【黒インキが少なくなったのでブルーブラックと混ぜて使っていたらインキが出にくくなった・・・】とか。
今回のblogを読んで、インクの混合使用の恐ろしさを理屈としてわかっていただければ幸いである。
渡部氏は、一本の万年筆には一種類のインクで行かねばうそであると断じている。そしてもしインキを変えるのであれば、萬年筆を隅から隅まで洗浄し、使用すべきインキを注入したら、十分に振り混ぜた後これを廃棄して、二度目に注入したインキから使うぐらいの心がけがありがたいと結んでいる。
【過去の記事一覧】
解説【インキと科學】 その6−1
解説【インキと科學】 その5
解説【インキと科學】 その4
解説【インキと科學】 その3−2
解説【インキと科學】 その3−1
解説【インキと科學】 その2−3
解説【インキと科學】 その2−2
解説【インキと科學】 その2−1
解説【インキと科學】 その1