今回は反応を抑制する【負触媒】作用の説明じゃ。これは通常多くある加速的な触媒作用の反対の働きをするもの。
たとえば非常に不安定で分解しやすい過酸化水素水でもこれに極少量の硫酸か食塩を混ぜておくと、熱に対して分解が遅れ、大いに安定になるのだが、これは硫酸や食塩が負触媒として働くかららしい。
インクの世界で硫酸のような酸分を混ぜるのは、硫酸第一鉄が酸素と化合して硫酸第二鉄に化成するのを、酸の負触媒作用によって防御するものと見ることが出来る。こういう負触媒を安定剤と呼ぶこともある。
それではインキ中の酸分が鉄ペンを浸食する反応に対しても負触媒をするものが無いだろうか?というのが研究テーマ。
さらに、ついでに、その負触媒がインキ中の粒子の電荷統一も出来る物でありたいと夢はふくらんだ。
・・・ そして ・・・ 成功した!
特許説明資料は前段、中段、後段に分かれ、
前段では【コロイド電荷を陽性にする統一することにより自然沈殿を防止する作用】について説明し、
中段では【ペン先の浸食によりインキが分離沈殿するのを防止する作用】について述べ、
後段では【負触媒作用によりペン先の浸食を防止する作用】について説明している。
それが実際に効果があるかどうかについては、英国のリデアル博士の研究結果が出ている。
1932年4月8日に報告された物で、当時としては非常に権威ある物であったらしい。おそらくはパイロットが研究依頼したのであろう。
ちなみにこの記事が掲載されたのは、同年の7月9日。約一ヶ月の船旅を経て届いた実験結果を見て、喜び勇んでこの記事を執筆したのではないか?文体にうれしさがあふれている!
上の表のように、パイロットは圧倒的にインキの沈殿量が少なかった。またペン先写真のように、パイロットインキに浸した鉄ペンは、他社製インクに浸した物は冒されて黒く変色しているが、パイロットだけは色が変わってないのがわかるかな?
当時の印刷をそのまま複写して掲載した物を、さらにスキャナーで取り込んでいるので、他社製インキに浸した鉄ペンの浸食具合の差はよくわからないが、パイロット・インキに浸した物だけは、白いままで一切冒されていないのがわかる。 上の表をグラフに表してみると、左のようになる。これはインキ粒子の電荷を統一した事と、負触媒作用を利用した事の相乗効果として達成されたもの。まさに【あまりに破天荒の事実!】とか【思わざりき、国産の威力!】と自画自賛していたのもうなずける。
当時日本はおろか、欧米でもインキ粒子の電荷を陽性に統一して自然沈殿を防止し、かつ、負触媒作用を利用して鉄ペンの浸食を防御するという新原理によって作られたインクはなかった!
実験報告を行ったリデアル博士も、実際に試験をおこなうまでは信じてなかったらしいが、実験結果を見てからは、このインキに非常に興味を持ち、共同出資で英国にパイロットインキの製造工場を設けたいとか、特許権を譲り受けたいとさえ言ってきていたとか!
それほどまでの衝撃を研究者に与えたパイロット・インキは、当時としてはまさに画期的な発明であったのであろう。
拙者が子供のころ衝撃を受けたのは、いつまでもポンポンはね回っているスーパーボールだったが、おそらくは当時の文化人は、このインクに対してスーパーボール並の衝撃を受けたのであろう。
【萬年筆の調子が良くなり、また、鉄ペンが今までの倍以上長持ちし、かつペン左記が汚れない】という手紙が発売と同時に続々と舞い込んできていたらしい。
【過去の記事一覧】
解説【インキと科學】 その7−1
解説【インキと科學】 その6−2
解説【インキと科學】 その6−1
解説【インキと科學】 その5
解説【インキと科學】 その4
解説【インキと科學】 その3−2
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解説【インキと科學】 その2−2
解説【インキと科學】 その2−1
解説【インキと科學】 その1