Yemo-221の【 萬年筆調整レポート:1970年代 Montblanc No.146 14C-B 】 その2
萬年筆調整レポート
1970年代 Montblanc No.146 14C-B
2008-09-12
萬年筆研究会【WAGNER】会員番号:00221
Yemo-221
イ) 前置き
作業内容に触れる前に,萬年筆の書き味に関する考察と,そこから展開する私個人の調整観について述べたい.しばしば人々は萬年筆の書き味の良し悪しを論じ,あるものを「書き味が優れる」といい,あるものを「書き味に劣る」という.そこでは,あたかも萬年筆自体に「書き味」の甲乙が存在するかのように語られるが,しかし厳密にはこれは誤りだろうと思われる.
なぜならば,萬年筆自身は書き味を構成するいくつかの性質を帯びているが,書き味そのものの良し悪しについて最終的・総合的に評価するのは,あくまでそれを用いる人間であるからだ.そして同時に,書き味というものは書き手が萬年筆から受容する印象に過ぎず,そこには多分に個人の主観が介在する.ある人が書き味が良いと判断したものに,他の人も同じ評価を下すとは限らない(図イ-1).
図イ-1 同じ万年筆でも人により書き味の評価は異なる
好みの他にも使途や筆記性癖,味覚の閾値あるいは単にその場の気分などといった様々な主観のフィルターが存在し,これらを通して,人々が同一の萬年筆から得る印象は随分と異なってくる.また,同じ人であっても,経年によって上記のフィルターに変化が生じれば,ある萬年筆について,過去の評価とは異なる印象を受けることも十分に考えられる.例えるならば,若いうちは到底理解できなかった酒の味が,年を追うことによってその芳醇さに目覚めることがあるようなものである.
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このように,書き味というものは,ある人による,ある時点においてのみの萬年筆への評価・印象であって,書き味を調整するということは,究極的には萬年筆を使用者の現在の嗜好に合致させ,満足感を高めるよう工作することである.普遍的・絶対的に評価されうる書き味の性質を萬年筆に付与することは原理的に不可能といっていい.
とはいえ,一般的な人々が好む書き味の傾向というものは,ある程度は存在するし,もし存在しなければ,不特定多数のユーザーに大量の萬年筆を供給するメーカーは,宣伝はおろか設計方針すら掴めないことになってしまう.確かに,萬年筆の書き味には,最低限目指すべき指針が存在しているようである.鉛筆で例えるなら,「折れにくく,かつ滑らかに書ける」ということが大きな規範となっているように.一般的に,人々が萬年筆に期待する書き味の性質の例を挙げると,以下のようになる.
a) 線の掠れや途切れが発生せず,潤沢なインクフローを安定してもたらすこと.
b) 紙に引っ掛らず,スムーズに筆が運べること.
c) 滑らかさに強弱のめりはりが有り,書き手が頻用する角度と滑らかさが最大となる点が一致すること.
d) 萬年筆の捻りに対する許容範囲が,使用者の捻り癖の範囲を包含すること.
e) ニブが適度な弾力を備えていること. など
おおよそ,このような条件を満たしたとき,人はその萬年筆を「良い書き味」と評価することが知られている.調整師の立場からすれば,依頼者の嗜好を完全に把握しきれずとも,これらの性質を万年筆に備えられれば,依頼者の満足感を高めるという目的の大部分を実現することができるはずである.ゆえに,書き味調整の実質的内容は便宜上,上記の5項目を達成することとして定義して差し支えあるまい.そして,それぞれの項目を達成するために有効なペン先の調整法例は以下の通り.
a) ⇒切割り拡張,インク溝確保(スリット浚い),ペン先清掃,ニブとペン芯の整合性向上
b) ⇒ペンポイント段差解消,前方向湾曲変化(背開き解消),研ぎ(エッジ丸め)
c) ⇒研ぎ(スイート・スポット創出)
d) ⇒研ぎ(エッジ丸め)
e) ⇒横方向湾曲変化(反り・お辞儀化), 前方向湾曲変化(ウェスト緩め) など
もし,万年筆の書き味が悪いと訴える人が現れたならば,調整師はまず依頼者にとってどこが不満なのかを捕捉し,その原因を矯正するために最も有効と思われる調整法を適用することになる.
なお,上記の調整法のうち,「研ぎ」以外は基本的にアンドゥが容易であり,萬年筆の寿命に影響しないという点では危険度の低い軽度の調整であるといえる.ここでは,研ぎを外科手術に見立て,それ以外の調整を「整体」と呼ぶことにする.
危険度が低く,失敗しにくいという点,研ぎに比べ華やかさに劣るという点で,整体は初心者には軽んじられがちだが,その効用の大なることは研ぎの及ぶところではない.また,整体対象の異常を無視した上での研ぎはほぼ無意味であるばかりか,研ぎを行った後に修正するとペンポイントに新たな歪みが生じる可能性がある.そういった意味で,整体は調整の根幹であり,研ぎを行う前の前提条件であるといえる.
以上のことをまとめ,1つの萬年筆のペン先の調整過程を図示すると,図イ-2のようになる.
図イ-2 ペン先調整プロセスの大略図
大分前置きが長くなったが,ここまでに述べてきたことを踏まえて,実際の調整作業を進めてゆくことにする.
Posted by pelikan_1931 at 07:00│
Comments(9)│
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萬年筆調整
monolith6殿
これは失敬
実は前置きの部分は最初は各章にバラバラに散りばめていた内容を
後から「初めのほうに一纏めにしたほうが良いかな」と思い直して
急遽再構成し直したものです。
それに伴って「そこから展開〜」の一文を付け加えたのですが
改めて読み直せば確かに飛躍していましたね・・・推敲不足。
調整だけでなく、文章を書く前にもやはり下書きというか論の筋道を
明確に打ち立て、書いた後にも破綻がないかどうかしっかり確認せねば、
と猛省するばかりです。
前置きで言及した、「そこから展開する私個人の調整観について」は、あまり明確に述べられないまま、実際の分解過程へと話が進んでいるように見受けられます。どこかにちょこちょこと書き分けてあるなら、ひとまとめにして自分のポリシーを明確にした方が、読む側にとっては理解しやすいと思います。恐らくその後に続く分解や調整の過程は、そのポリシーを踏まえてのものであるでしょうから。
今後のWAGNERの活動とともに
私が如き見習い調整師が増えた暁に、
各人の筆の調整経過や調整理論に関する新仮説などを
このような報告形式で発表し合い、
さながら大学のゼミのような様相を呈するまでになれば、
師匠の提唱される「個人知の集合・普遍知への昇華」が
より一層活性化されることでしょう。
道のりは遥か遠いでしょうが、実現に向けて
気長に着実に歩を進めてゆきたいと思います。
そのためにはまず身近な先人たちの心技を積極的に盗み
自分自身の力量を高めていかなくては。。。
まず、貴重な師匠の稿を割いて
拙作の文章を載せて頂いたことに対して
この場で深く感謝申し上げます。
今後の調整活動を見越して、筆に施した調整内容を
その所有者にいかに理解していただくかを考えたとき、
このようなレポート形式で纏めるのが最も効果的だと思ったことが
今回の文章を作るに至った動機です。
初作にして、文章の構成法もおぼつかないまま
勢いで書き起こしたものゆえ
至らぬ点が多々あると思いますが、
各々方お気付きになった点が有りましたならば
ぜひご指摘のほどお願いいたします。
師匠
こんばんは 定性的な話ではなく客観的視点でのレポート、待ってました。楽しみですね。
しまみゅーらしゃん
ご明察!
Yemo-221しゃんは定例会で、ダメ出し現場を経験しているのでな・・・
わかってくれて筆者もうれしかろう!
shigeo666しゃん
あと4回ありますので焦らずに・・・
>図イ-1
「ダメ!」と言っているのは、女性なんですね…
うーん早く次が見たい