第10章は内容が豊富なので、数回に分けて紹介する。今回は【未酸化インキの種類】について。
ブルーブラックインキの中には、酸化インキと未酸化インキがあるということ、そして当時のインキは全てが未酸化インキであると言うことは先に説明したとおり。
その未酸化インキを主配合物の如何によって種別すると以下の三種類になる。
【1】タンニン類鉄インキ(Iron Tannin Ink)
【2】タンニン酸鉄インキ(Iron Tannic Asid Ink)
【3】没食子酸鉄インキ(Iron Gallic Acid Ink)
上記を簡単に説明してみよう。
【1】タンニン類鉄インキ(Iron Tannin Ink)
これは元々は五倍子という原料の煎汁に硫酸第一鉄を混ぜてインキを作った物。別名五倍子鉄インキ(Iron Gall Ink)とも呼ばれており、主成分はタンニン酸と没食子酸と鉄の三者。
しかしながら煎汁の中には、多くの不純物が含まれているため、直接インキを作るには多くの不便不利が伴っていた。
この文献の当時では、タンニン酸や没食子酸の精製工程が大いに進歩しており、それらの生成物を安く簡単に購入できるようになっていたので、五倍子の煎汁から直接インキを作る手法は廃れていた。
ウォーターマン・インキも元々は五倍子の煎汁から直接インキを作っていたが、この文献の数年前から方式を改め、精製タンニン酸、精製没食子酸を使うようになった。
この方式にすると、作られたインキの中のタンニン酸、没食子酸の割合を一定に出来るばかりでなく、インキの仕込みにかかる時間も大幅に短縮された。
五倍子の煎汁を使う場合は、インキを仕込んでから瓶詰めするまでに半年、1年、長いのになると3年などというとてつもない長い時間がかかっていたが、新方式ではせいぜい3日から長くて7日程度で十分であり、なおかつ、忌むべき沈殿は、はるかに軽微になった!
しかしいずれの方式をとるにせよ、その主成分はタンニン酸と没食子酸と鉄なので、これらを総称してタンニン類鉄インキと呼んでいた。
当時、この方式を使っていたのは、パイロット、ウォーターマン、ステフェンスインキなど。
【2】タンニン酸鉄インキ(Iron Tannic Asid Ink)
この方式は、タンニン酸と鉄(硫酸第一鉄)だけを主成分とするインキで、没食子酸を混用しないものを言う。もちろん精製タンニン酸を用いる方式なので、製造工程は至極簡単だが、インキの酸度を相当強くしなければ沈殿を生じやすいという欠点がある。
当時のパイロット以外の国産メーカーは、ほとんど全てがこの方式を用いていたとか・・・。渡部氏は萬年筆用のインキに関しては、一日も早く没食子酸の長所を加味するように改良すべきだとの提言をしている。
【3】没食子酸鉄インキ(Iron Gallic Acid Ink)
この方式は、没食子酸と鉄だけを主成分のする方式で、タンニン酸を用いない物を言う。もちろん精製没食子酸を用いる新方式で、インキの酸度を極度に弱くしても沈殿の心配が無く、萬年筆用としては甚だ有利な特長を有しているが、色素の色合いを打ち消す欠点と、粘度が不足する不便があったらしい。
当時無酸インキと呼ばれていたものがこれにあたったとか。ただ実際に製品化していたのは、カーターインキくらいしか存在しなかったらしい。
渡部氏はこの製法に非常に危機感を覚えていたようで、日本でも研究するべきであると提言している。
現在のインキの多くが中性かアルカリ性であり、また色のバリエーションも驚くほど増えている。ひょっとすると、この方式の発展型なのかもしれない。とするならば、まさに渡部氏の感はあたった事になる。恐るべしじゃな。
次回は、【ブルーブラック・インクの耐久性】がテーマ。お楽しみに!
【過去の記事一覧】
解説【インキと科學】 その9
解説【インキと科學】 その7−2
解説【インキと科學】 その7−1
解説【インキと科學】 その6−2
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解説【インキと科學】 その1