2008年11月13日

解説【インキと科學】 その10−2

 今回はブルーブラック・インクに言及しながら、実は、紙の質についても述べていて非常に参考になった。一番興味を持ったのは、紙に書かれた文字が退色する過程についての知見。紙の中に残留した漂白剤(紙を白くするために用いる)のせいで、インクの色が退色してしまう・・・など。

 ここまではインクの沈殿物の問題に終始していたが、ここでは耐久性に言及している。

 英国の文豪ミルトン(1608年〜1674年)が所持していたバイブルの第一頁には、彼および彼の家族一同の誕生日をペンで書き並べてある。文字の多くは暗黒色を呈していた。ただ、彼の娘デボラァの誕生日の記述、1652年のものだけは、やっと筆跡がわかる程度しか残っていなかった。つまりは、当時から良いインキと悪いインキとの間の耐久性には大きな差があったということ。

 一方で、渡部氏がこの文章を書いた時代であっても、2〜30年で退色している例もある。世間ではインキの耐久性は近年になるほど貧弱になっていると指摘する学者もいた。渡部氏の見解は、貧弱になっているとは言わないが、(パイロット・インキ以前までは)たいして進歩していなかったということじゃ。

 一方でインキ側の肩を持つ学者もいた。レヘネル氏は、インキの退色は紙質の影響が大きいと断じていた。すなわち昔の紙は、全て手製で色も褐色であったが、当時の紙は全て機械製でしかも塩素や石灰で極度に漂白されていた。この漂白剤の残留物がインキの退色をいっそう早めていると力説していたとか。この説を渡部氏は全面的に支持している。

 またある学者は、インキの耐久性も大事ではあるが、その前に紙の耐久性を考えるべきであると主張していた。当時のように木のパルプから作られた紙では、おそらくはインキが退色するはるか以前に紙自身が消失するであろう・・・と。

 紙が遊離塩素を含有するということは、インキに対しては致命的な悪作用を及ぼす。如何に良質なインキといえども忽ち文字を侵されてしまう。

 比較的安定だとされるでさえ塩素と遭遇すれば漂白されてしまう。いかなる有機染料でも塩素に抵抗しうる物は皆無!とまで言い切っている。

 そういえば、カルキを含む水道水をビーカーにいれ、中でブルーインクの付いた萬年筆を洗っても、しばらくするとビーカー内の水は、また無色に戻っている・・・。ちなみにカルキとは次亜塩素酸ナトリウムのことで、まさに塩素分が入っている。

 インキ自体の配合の妙も書かれた文字の耐久性に大きく影響するらしい。タンニン類鉄分との割合は、ちょうど良い状態以外は耐久性を下げる原因になるとか。

 タンニン類より鉄の量を多く処方したインキを作ってみると、最初はりっぱな青黒色を呈してるが、案外早く退色して褐色に変わるらしい。

 紙上に書かれたインキはまずその中にある硫酸第一鉄が空気酸化して硫酸第二鉄となるが、これはタンニン類とは極めて化合しやすい物であるため、直ちにこれと化合して文字の黒変作用が生まれた。

 ところが鉄分が多すぎると、タンニン酸と化合できないで残った硫酸第二鉄は行き場を失ってしまう。これらは既に黒変作用していたタンニン類を自分の中に取り込んでしまう。これをDecompose作用と呼ぶらしい。これによってせっかく黒変した文字が褐色にかわってしまう。それだけではなく、黒変粒子は防水性であったにもかかわらず、それが分解されて可溶性なものに戻ってしまうため、水をかけると文字が消えてしまうようになる。インキ中に鉄分が多すぎることは、かくも恐ろしい事なのじゃ。

 それではタンニン類が過剰の場合はどうだろう?元来タンニン酸は空気に触れると酸化して茶色になるが、これに石灰のごときアルカリが働くと腐植土に化成し、きな粉のようにボロボロな粉になってしまう。

 すなわちタンニン酸が過剰のインキで【石灰で漂白された紙】に文字を書けば、インキ中の過剰タンニン酸は直ちに残留石灰、空気中の酸素と化合して粉末となり、この粉末が文字中の黒変粒子に分解作用をおこさせて、これを褐色にに変色させる。もし紙中に遊離塩素でもあれば、腐植土の褐色まで漂白され、ついには文字が消滅するということになる。

 鉄分が多すぎても、タンニン類が多すぎても文字は退色するということじゃ。まったく奥が深い!



【過去の記事一覧】

解説【インキと科學】 その10−1    
解説【インキと科學】 その9   
解説【インキと科學】 その7−2     
解説【インキと科學】 その7−1 
解説【インキと科學】 その6−2 
解説【インキと科學】 その6−1  
解説【インキと科學】 その5  
解説【インキと科學】 その4   
解説【インキと科學】 その3−2 
解説【インキと科學】 その3−1  
解説【インキと科學】 その2−3    
解説【インキと科學】 その2−2  
解説【インキと科學】 その2−1  
解説【インキと科學】 その1     



Posted by pelikan_1931 at 07:00│Comments(7) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 文献研究 
この記事へのコメント
ボールペンについても4地域のデータが揃ったのでまとめてみました。
1.シリアル番号の分母(2桁の縮約数値)は、AM−10、FE−06、NE−06,SE−10
2.割り当て可能なシリアル番号は、AM:0001−9999、FE:0001−6000、NE:0001−6000、SE:0001−9999
(刻印桁数が4桁固定なので、千倍した数値が10000でも9999が最大値)
3.4地域合計の割当て可能な番号は、31,998本分でモンブラン社公表値の3万本より1,998本多い。
理由として思いつくのは、(1)地域別の偏りを吸収するため、(2)不良品の返品・交換に備えるためのアローアンス、の二つです。
万年筆についても言えることですが、割り当て可能数が多いということが、必ずしも公表値より出荷数が多いということを意味するものではありませんし、出荷数≦公表値≦採番可能最大数 の条件の下で、メーカーが責任を持って製造・販売すれば良いことだと思います。
Posted by Mont Peli at 2012年10月18日 11:26
その後もシリアル番号のデータ集めをしておりますが、ebayに出品された万年筆の説明文にシリアル番号の開示があり、NE 0788/10と記載されているので半信半疑です。
(私が分析に使ったNE地域の分母は「10」ではなく「04」でしたから)
もし、これが誤記載ではなく実在する番号だとしたら、同じ地域コードに二つの分母が存在することになります。
二つの分母は異なる識別子なので、さらに1万本(正確には9999本)分のシリアル番号が割り当て可能になります。(4地域合計3万1千本)
Montblanc社公表値の2万本の発売本数に変更がなくとも、初期の分母では地域別の需要の偏りを吸収できなくなった場合には、こうした一部地域の番号追加も考えられるので今後も調査を継続します。
Posted by Mont Peli at 2012年10月06日 00:49
E.M.H さんの問題提起に対する答えをまとめましたが、今も pelikan_1931師匠のブログをご覧になっていますか?

私がHemingwayのシリアル番号を解析して導いた結論は次のとおりです。
1.販売地域を4分割(地域の略号がAM,FE,NE,SE)。
2.販売地域ごとに、0001から始まる4桁の通し番号を付与
3.販売地域ごとの出荷予定本数は、xxxx/xxのスラッシュの右の2桁の数字を千倍した値(これが分母)
4.通し番号(スラッシュの左の4桁)の最大値は、地域ごとの分母(出荷予定数)に等しい。
5.万年筆に割り当て可能なシリアル番号(全世界販売数)は、最大21,000本。4地域の積和:(5+4+4+8)X1000
上述のとおり、割当本数は地域の需給動向を反映して按分されており、SE地域は8000番まで割り当て可能ですし、E.M.H さんのお手元にある5000番を超える番号からも、各地域一律5千本説は明確に否定できます。
Posted by Mont Peli at 2012年09月29日 06:39
きくぞうしゃん

幼少の頃、まだ、プロ野球とかを見ていた頃。ピッチャーがロージンバッグを手にしました・・・

とかアナウンサーが言っていたのを記憶しているが、ロジンだったのですな。

酸性紙と中性紙では、インクの耐久性がずいぶん違うようです。以前、10年ほど前にmonolith6しゃんの研究投稿を見た記憶があります。
Posted by pelikan_1931 at 2008年11月16日 10:42
先程の投稿ですが誤りが有りました
刻印はSE 6xxx/06ではなくSE 69xx/08でした
ちなみに他に所有のAM刻印の物はAM 49xx/05、FE刻印の物はFE 06xx/04でした
2万本というのが各国単位での販売本数なのかが疑問です
全世界単位で2万本であれば4地域ですので各刻印ごとに0001~5000なら2万本で納得するんですが69xx/08となると、、、
Posted by E.M.H at 2008年11月13日 16:37
最近購読させて頂いております
関係無い話題で済みませんがモンブラン作家シリーズヘミングウェイのシリアルでSE.NE.AM.FEなど販売地域を示すシリアルナンバーですが最近入手したSE刻印の物は
SE 6xxx/06
です
各シリアルナンバーは5000番までかと思っていましたが6xxxってあるんですね
FE向けは2万本とメーカーサイトにも表示が有りますし5000本*4ロットの2万本で間違いないと思われます
SE向け刻印はxxxx/06でxxxxの部分が5000本だと3万本ですが6000番台があるとなると何本なのか急に疑問になって投稿させて頂きました
詳しい方いらっしゃいましたらお手透きの時にこちらで紹介して頂ければ幸いです

Posted by E.M.H at 2008年11月13日 16:07
液体(印刷やペンなどのインク)で記録するため、滲み止めとしてサイズ剤としてロジン(松ヤニなど)を使用します。
このサイズ剤を定着させるため、硫酸アルミニウムが使われました。こうした紙を酸性紙と呼び、図書館などで紙が劣化しボロボロになる事態となっています。

こうした酸性紙によるインクの変化は無いのでしょうか。
Posted by きくぞう at 2008年11月13日 10:23