2009年01月08日

解説【インキと科學】 その14

今回は人造コールタールから作られる各種染料のうちで、萬年筆と関係のある物をいくつか紹介してみよう。

 人造コールタールから作られる数多くの染料を応用上の性能から大別すると以下の10種類になる。

★塩基製染料
★酸性染料
★直接染料
★媒染染料
★酸性媒染染料
★アイス染料(不溶解アゾ染料)
★バット染料(建染染料)
★硫化染料
★酸化染料
★その他

 これらのうちで、インキ用として研究すべき染料は・・・

◎酸性インキ用用としては
 
★酸性染料
 ★直接染料
 の2者。

◎アルカリ性インキ用としては
 ★塩基性染料
 ということらしい。

 それぞれについて簡単な説明を本文より拾ってみよう。

 ★塩基性染料

 元来色素となるべき有機化合物は、その分子内に発色を司るクロモフィルと名付けられる原子塩と、オクソクロムと名付けられる根とが必ず存在するはずであるという学説があったらしい。塩基性染料においては、クロモフィルがアルカリ性を呈しているとか・・・

 クロモフィルがアルカリ性であるがゆえに、動物性の絹や羊毛の染色には向くが、木綿や麻のような植物性の物には色が定着しない性質を持っている。

 これは動物性の繊維は酸と塩基の両根を同時に備えている為、それを塩基性染料で処理すると、染料中のアルカリと繊維中の酸とが科学的に作用して染着きが丈夫になるが、植物性繊維中には酸性の根も塩基性の根も存在しないので化学的作用を営むことが出来ない。つまりは塩基性染料で植物性繊維を十分に着色できないことになる。

 ところが、植物性繊維でも、これをタンニン酸で処理した後で、塩基性染料を用いると立派に着色できる。このわけは、タンニン酸の酸根が木綿の繊維に付着して酸性を発揮するので、その酸根と染料のアルカリ根とが科学的に作用するからじゃ。

 塩基性染料は色が綺麗なことが特長であるが、概して日光と石鹸に弱く、かつ木綿においては摩擦に弱いという弱点がある。たしかに付着物と化合しているだけなので、擦れば付着物ごと落ちてしまうのかも知れない。

 塩基性染料には必ず軟水を用いなければならないというのも注意が必要。硬水を用いると染料がみるみる沈殿して役に立たなくなるとか。

 従って液自体が酸性のブルーブラックインキ用としては、液に特別な処理をした上でないと使えない。そういえば最近出てくる鮮やかな色のインクはほとんどが中性からアルカリ性寄りだが、塩基性染料で着色しているのかも知れないなぁ・・・。動物の皮膚である手の皮を強く着色するしなぁ・・・、アルカリイオン除菌クリーナーでないと落ちないしなぁ・・・


 ★酸性染料

 酸性染料は、染料自体が酸性の根を有している物をいう。前述の塩基性染料とは反対の性質を有するが、同じく動物性繊維の染色に用いられている。これは動物性繊維が両根を持っているから。ただし羊毛には強いが、絹糸ではやや弱いとか。これは絹糸のアルカリ性根が羊毛ほど強くないから。

 これは植物性繊維にはまったく用をなさない染料ということになる。塩基性染料の場合にはタンニンン酸という媒染剤があったが、酸性染料を媒染してくれる物がないから。

 これが重宝されるのは、硬水であっても差し支えないので、取り扱いが簡単ということに尽きる。

 ブルーブラックインキ用としては、この酸性染料を利用するのが当時は一般的だったので、インキ研究の中心だった!


 ★直接染料

 直接染料は、別名木綿染料といわれるほどで、何ら媒染剤を用いることなく、直接植物性繊維を着色できる性質を持つ。また動物性繊維も直接着色できるので、綿と羊毛の交繊物の着色には極めて便利な染料であるが、水洗、洗濯、日光等にあまり丈夫でないという弱点を持つ。それを補うために、染色後、ある種の後処理をして比較的染料にする方法も当時既に開発されていたらしい。

 では何故着色できるのか?これは直接染料の分子量が大きく、小さくても724、大きい物は3000にも及ぶ物があり、染料自体が立派なコロイドの性質を発揮し、粒子としての電荷を持っているから。染められる側の繊維もりっぱなコロイド性を有するので、その間に電荷吸着作用が働き、よって堅牢な染着が営まれるのだとか。

 ブルーブラックインクの染料として、並木氏が最も着目していたのが、この直接染料だったらしい。直接染料を用いたインキは滲みが少なく、かつ、書いた直後であってもインキが乾けば水やお湯がかかっても染料が拡がらないという性質を持っている。ただし、分子量が大きいため、コロイド粒子としての粒子の大きさのせいで自然沈殿が多いという欠点もある。

 良いところだけ拾えば、プラチナカーボンインクを説明しているような感じさえするなぁ・・・

 本日はここまでとするが、こういう1933年に一般向けに出版された書物にさえ、この程度の内容までもが書かれていた。やはり古典を当たるというのは重要じゃな!



【過去の記事一覧】

解説【インキと科學】 その13 
解説【インキと科學】 その12   
解説【インキと科學】 その11      
解説【インキと科學】 その10−2    
解説【インキと科學】 その10−1    
解説【インキと科學】 その9   
解説【インキと科學】 その7−2     
解説【インキと科學】 その7−1 
解説【インキと科學】 その6−2 
解説【インキと科學】 その6−1  
解説【インキと科學】 その5  
解説【インキと科學】 その4   
解説【インキと科學】 その3−2 
解説【インキと科學】 その3−1  
解説【インキと科學】 その2−3    
解説【インキと科學】 その2−2  
解説【インキと科學】 その2−1  
解説【インキと科學】 その1        



Posted by pelikan_1931 at 07:45│Comments(2) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 文献研究 
この記事へのコメント
venezia 2007 しゃん

インク工房を運営されているかたは、化学の専門家だそうです・・・
やはりインクブレンドには気をつけた方が良さそう。

もっとも拙者は高校生の時、ペリカンのインクをパーカーのインクを混ぜて楽しんでいた。

化学は得意だったのでpHだけは大がかりな装置で計っていた記憶があります。
Posted by pelikan_1931 at 2009年01月08日 23:09
学生時代の専攻がまさにこの分野でかつ私の極めて身近な人間が染料化学の専門家なんですが、これまで私の中では染料とインキがなかなか結びついていなかったのですが、この文章で密接な関係のあることを教えて頂きまさに目から鱗状態です。。。酸性、塩基性のタイプがそれぞれ有るわけですから、まちがってもインク工房のように、自分でいい色を作ろうなどブレンドしちゃうのはヤバイですね。間違って酸性と塩基性を混ぜると化学反応を起こして何か(塩)出来ちゃう、発熱しちゃうなんてことが大いに有り得るかもしれません。それでも実験したくなっちゃう血が騒ぐのはDNAのせい?
Posted by venezia 2007 at 2009年01月08日 22:11