2009年03月26日

木曜日の調整報告 【 Montblanc No.146 14K-M 完全分解清掃 】

2009-03-26 01 通常、木曜日は文献研究なのだが、緊急修理が必要なNo.146い出会ったので、その顛末を報告しよう。

 この萬年筆は、ある大手企業の社長の所有物。縁あって拙者の会社の社長が訪問するのに同席した関係でお会いした。話題も話題のレベルも、拙者が口を挟めるような内容ではないので、黙々とメモを取っていたのじゃが、急に話しかけられた。

 【おぅ、君も赤いインクを使っているのか?俺もだ。老眼が入ってくると赤い字の方が読みやすいんだ。君は何歳だ?】【XX歳です】【おぅ、二歳下か。じゃ、君も老眼だな】次の瞬間には話題は先に進んでいた。有能な経営者は雑談とビジネスの話の切り替えが素早い!ちなみに拙者が使っていたのはPelikan ウォールストリートのボールペンにParker製GELインクレフィルの赤を入れていたものじゃ。

 【おぅ、萬年筆には黒インクを使うのか】その10分後、いきなり話が萬年筆に移った。【どうやら彼は萬年筆関係のクラブの代表のようですよ】と面談を仲介して下さった会社の社長さんがフォロー。

 【ほぅ、どこの萬年筆が好きなんだ?】【ペリカンです】【ペリカン?ああ、俺は嫌いだ。最近書き味が良いのを入手して、そればかり使っている】【見せて下さい】【コレコレ、インクが良く出て良いんだよ】【ドレドレ・・・(とルーペで見る)・・・ああ、デルタのオールドナポリですね。ペン芯はイタリア製によくあるものですが、ペンポイントが腹開き気味になっているので、インクが良く出るのでしょう。調子の悪いのがあれば直しますよ】【ほほう、どれどれ・・・これだけ使っている】と机の上に並べられたのが10本ほどの萬年筆。ほとんどにホワイトスターがついている。N0.145からNo.149まで、いろんな時代の物がある。ペン先は細字か中字。どれもそれほど強い書き癖がついていない。これは多くの萬年筆を均等に使ってあげたいという気持ちの表れ。選ぶまでは慎重だが、いったん選んだらとことん使ってあげようという人の萬年筆のペン先はこういう減り方をする。おそらくは社員に対しても同じような感じで接しておられるのではないかな・・・と感じた。

2009-03-26 02 その萬年筆群のなかに、こいつがいた。【これはインクが乾ききっていますね】【ああ、それは書き味が良くて大好きだったんだが、インクが乾いて、今は使っていない。水で洗えば、また使えるからいいんだ】【いや、エボナイト製ペン芯ですからエボ焼けもあるでしょうし、ピストンも固いから、良ければお預かりして今週中にお返しします】【・・・・じゃ】初めて会った信用のおけない男に最愛の萬年筆をいじられるのに何となく不安を感じておられるようだったが、これを直したい・・・という拙者の気迫が勝ったのか、奪うようにしてお預かりした。

 萬年筆研究会【WAGNER】のメンバーは萬年筆愛好家なので、こういう状態になった萬年筆は持っていない。微調整ですむ物がほとんどで、こういう大仕事が出来るものが少なくなってきている。千載一遇のチャンスと考え、失礼も顧みずお預かりした。もちろん先方社長の書き癖は把握した上でじゃよ。

 拙者の最も好きな、1980年代の14Kの金一色ニブで、素通しインク窓のモデル。ペン芯はもちろん二段。何度見ても飽きない美しさを持っている。

2009-03-26 032009-03-26 04 書き味が気に入って愛用していて、この程度しか摩耗していない。ということはかなり筆圧が低い。それほど寝かせて書かれているわけではないが、インクフローが良ければ筆圧を抜くというコントロールが出来る使い手。

 それにしてもこれほど綺麗なペンポイントの形状は初めて!Mの研ぎとしては出色じゃ。まるでBの研ぎのよう・・・

2009-03-26 05 問題はこちら。ピストンの中でインクが固まっていたが、弁の表面にも後側にもインクがべったりと付着している。社長が【最近つまみを回す時に固い】とおっしゃっていたが、これでは相当力がいったであろう。当然ながらこの状態は、ペン先を水の中に付けてピストンを上下するくらいでは変わらない。やはり分解清掃するのが正解じゃ。

2009-03-26 062009-03-26 07 ペン先にはエボ焼けが付いている。非常に綺麗な焼けなので消し去るのは勿体ないが、インクフローを元に戻すのには清掃するしかない。

 金磨き布でペン先の表裏を1分ほど研磨すれば下の状態になる。

2009-03-26 082009-03-26 09 新品時と同じくらいにピカピカに輝いてきた。金ペンが好まれるのは、柔らかさの他に変質しないから。エボ焼けというのもペン先の14金の中に含まれる銀や銅が硫化されるだけで、金そのものは変質しないらしい。すなわちぬぐい去れば元通りじゃ。

2009-03-26 10 こちらが全てのパーツを分解したもの。実は尻軸を外して、後からペン先とペン芯をたたきだそうとしたがビクともしなかった。10分ほどトントンと叩いてみたが変化が起きない。こういう場合、どんどんアドレナリンが出てきて叩き折ったことが過去に2回ある。今回叩き折ると打ち首になりそうなので、思いとどまって完全分解してペン先を外すことにした。

 幸いにして首軸側からソケットが外れたので、ソケット毎ぬるま湯に浸け、超音波洗浄機にかけ、インクをかなり落としてからペン芯をたたき出した。

 全ての部品をアルカリイオン時金クリーナーやロットリング洗浄液で洗いピカピカにした。ちなみに研究目的で完全分解したことはあるが、修理目的で完全分解したのは初めてじゃ。

2009-03-26 11 こちらが清掃後に再アセンブルした状態。この時代のMontblancはインク漏れが多いので、ソケットや首軸と胴軸との接着にはバスコークを使った。出来上がってから2日間ほどインクを入れて持ち歩いてみたがインク漏れはまったくなかった。これならお返ししても良い状態になったといえよう。

2009-03-26 12 ペン先のスリットを拡げ、インクフローが良くなる細工を施した。またペン芯の位置を多少前進させ、ペン先も前進させた。これはより柔らかいペン先の弾力にすると同時に、次回以降の分解洗浄の際、完全分解しなくても、簡単に後側から(ペン先とペン芯を)たたき出せるようにするための細工じゃ。発売時はかなりペン先を首軸に押し込んだ状態で出荷されているが、実際に使う時には、もう少しペン先を出した方が日本語書きには使いやすい。

2009-03-26 132009-03-26 14 こちらが横顔。ペンポイントの研磨はほとんど行わなかったが、一つだけスイートスポットを作り込んだ。そこで書けば良い感じになるはずじゃ。

 近日中に、人を介してお届けすることになろうが、実は、もう数本少し手を入れると絶妙の書き味になりそうなものもお持ちだった。あちらも調整してみたいなぁ・・・。最近献体不足に悩む調整師であった。



今回執筆時間:5.5時間 】 画像準備1.5h 修理調整2.5h 記事執筆1.5h
画像準備
とは画像をスキャナーでPCに取り込み、向きや色を調整して、画像ファイルを作る時間
修理調整
とは分解・清掃・修理・ペンポイント調整の合計時間
記事執筆とは記事を書いている時間 

      
   


【これまでの調整記事】

2009-03-25 Waterman ル・マン100 18C-L 書き出し掠れ        
2009-03-23 Montblanc No.342-G 14C-KM インクフローが今一歩    
2009-03-21 Waterman ル・マン200 18C-M ペン芯ズレ      
2009-03-18 Pelikan M750 18C-M ピーピーからの脱却      
2009-03-16 Montblanc No.204 14K-B 吸入機構交換       
2009-03-14 Pelikan 400 黒縞 14K-EF はかない書き味     
2009-03-11 Waterman ル・マン100 オペラ 18C-F おまかせ     
2009-03-09 Montblanc No.149 18C-F キャップ交換     
2009-03-07 Waterman レタロン 18C-M 生贄       
2009-03-04 Pelikan 500NN 14C-F ソケットがまがい物      
2009-03-02 Montblanc 1950年代 No.146G 14C-EF 生贄       
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2009-02-25 OMAS 360 18C-M 落下事故後始末     
2009-02-23 Pelikan M250 14C-F を F-Stub に研いで!     
2009-02-21 Montblanc 1950年代 No.146 14C-OB ピンホール     
2009-02-18 Sheaffer イントリーグ 14K-M なんじゃこりゃ?      
2009-02-16 Pelikan 140 14C-DF ペン先がすぐ乾く・・・      
2009-02-14 1950年代 Montblanc No.144G 14C-KM 隙間?        
2009-02-11 Pelikan 400NN 14C-DF ペン先がすぐ乾く・・・         
2009-02-09 Conway Stewart 14C-BB めちゃくちゃなペン先      
2009-02-07 Pelikan 400NN 18C-M えっ? 18金ペン先って・・・         
2009-02-04 Montblanc 1970年代 No.146 18C-EF 曲がり?       
2009-02-02 Cartier Must 黒漆軸 18C-F リフレッシュ       
2009-01-31 仙台大橋堂 赤漆軸 14K H-M 自己調整の軌道修正           
2009-01-28 Montblanc ソリテール・ステンレススチール 18K-M        
2009-01-26 Montblanc No.149 18C-F 面識の無い人の為に     
2009-01-24 Montblanc No.134 14C-OB このままで楽しみたい・・・      
2009-01-21 Montblanc No.234 1/2・G 健康診断        
2009-01-19 1980年代 Montblanc No.149 18C-EF にゅるにゅる化    
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2009-01-12 Pelikan 400 茶縞 14C-ST ピストン位置異常       
2009-01-10 Montblanc No.252 14C-EF 長刀研ぎの真似か?      
2009-01-07 Parker Duofold Canada 吸入機構不全      
2009-01-05 Montblanc No.142 14C-BB  ガタガタからの復活             
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2008-12-20 Pelikan M700 トレド 18C-OBB ソケットゆるゆる・・・     
2008-12-17 Pelikan M800 18C-M 妖しく鍍金      
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2008-11-12 Sailor Long Size モザイク 21K-M 長刀 ひっかかる・・・     
2008-11-10 Montblanc No.149 14C-EF ペン先交換     
2008-11-08 HAKASE Jade Green 14K-F  インクフロー絞り     
2008-11-05 1950年代 Montblanc No.142 14C-B ?     
2008-11-01 Pelikan M800 18C-M → 18C-B(PF) 交換しての仮説  

Posted by pelikan_1931 at 08:10│Comments(12) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 萬年筆調整 
この記事へのコメント
t_stone しゃん

首軸先端部のソケットの溝を左に回せば、分解加可能じゃ。ただし壊す確率も低くない・・・
Posted by pelikan_1931 at 2009年03月29日 12:40
ご苦労様でした。 
で、質問ですが、完全分解では胴軸と首軸を外されていますが、どのように外せばよい
のでしょうか?
80度くらいのお湯にしばらくつけて、左に回してやれば外れるものでしょうか?
胴軸に亀裂が入ったものがあり、その胴軸をほかのものに交換したいため質問させてい
ただきました。 例会に持ち込めればよいのですが、なかなか参加できないものですから。


Posted by t_stone at 2009年03月28日 00:30
takechanfavor しゃん

No.33X系は、こう上手くはいかないのじゃが、とりあえずお持ち下され。
Posted by pelikan_1931 at 2009年03月27日 07:43
orichan しゃん

郵送でもよろしいぞ。書き癖は100%理解しておりますので。
Posted by pelikan_1931 at 2009年03月27日 07:42
monolith6 しゃん

今回は道具もつくりますのでお楽しみに!作った道具がすぐに使えそうですな。
Posted by pelikan_1931 at 2009年03月27日 07:41
Fineman しゃん

事実は迫力がありますからなぁ・・・珍しく気後れしていた場面でした。
Posted by pelikan_1931 at 2009年03月27日 07:40
しんのじ しゃん

 そうなると、リスクも増えそうで・・・たまらなく魅力的!
Posted by pelikan_1931 at 2009年03月27日 07:38
あっぱれ、お疲れさまでした。
で、献体不足とのこと。いつもご多忙のようなので控えておりましたが、小生が所持しております333-1/2,334-1/2の2本が今日の調整報告のものと似た症状でござります。
ピストンがやたら固い、洗っていると次第にピストンを回す手にインクが付いてしまう、のような症状です。
4日の代官山にてお願い申し上げたき所存でござります。
Posted by takechanfavor at 2009年03月27日 00:20
献体不足でお悩みとのこと・・・

生贄(献体)はたくさんあるのですが、如何せん例会に出席できない状態に陥っております。悩ましいことです。どうしたら良いのでしょうか?トホホ・・・。
Posted by orichan at 2009年03月26日 20:27
 手元に同時代のものと思しき146があります。ニブ&ペン芯を前に出した方が良いとのことですので、私もやって頂きたいです。4月4日にお持ちしたいと思っております。
Posted by monolith6 at 2009年03月26日 18:54
臨場感があって面白いお話でした♪
Posted by Fineman at 2009年03月26日 10:29
でっ・・・

この万年筆をお返しすると・・・
その社長様がお持ちの万年筆を全て清掃・OVHすることになろうかと^^;
Posted by しんのじ at 2009年03月26日 08:55