今回の依頼品は1950年代のMontblanc No.642Gじゃ。小型の萬年筆のはずなのだが、なかなか良い按配の重量バランス!
テレスコープ吸入機構なので非常に壊れやすい。コルクにインクを吸い込ませたまま乾燥させるとコルクが縮んでしまう。その状態で、十分に水分を含ませないまま強引にインクを入れてしまうと、インクがコルクと胴体のスキマを通ってピストン機構側にはいり、吸入機構をダメにしてしまう事がある。
テレスコープ吸入式は、使わないときは水を十分に胴軸内に入れたまま保存しなくてはいけない。拙者は月に一回は全てのテレスコープ吸入式の萬年筆の水を入れ替えていた。それに閉口して全てのテレスコープ式を手放してしまった。
テレスコープ式萬年筆のコルクは消耗品。年に一回くらいは交換する前提で使った方がよい。もっとも常に満タンのインクを入れて、毎日使っているのであれば、何年経っても劣化はしない。使わなければ劣化する。まるで筋肉のようじゃな。 今回の依頼内容は、ペン先がカリカリと異様に引っ掛かるので直して欲しいとのこと。また同時にオブリークを通常のMに研ぎ直して・・・というのも含まれていた。
画像で見る限りは、調整前からスリットは十分開き、インクフローは潤沢なはず。なぜカリカリするのかなぁ?と横顔を見てみると・・・
なんじゃこりゃぁ!ペンポイントの先端部の上側が斜め下に削り取られている。
この形状は【細美研ぎ】に似ている。【細美研ぎ】は超極細を実現するために、EFの先端部を削って、より横線を細くする調整。当然、スリットは極限まで詰めてインクフローを悪くして、一段の細字を実現している。
ところが、この萬年筆では、スリットを開いたままペンポイントを薄くしてしまった。これでは内側のエッジがカリカリと紙に引っ掛かってしまう。
調整方針としては、多少スリットを閉め、ペンポイントの腹の部分を多少丸めることになろう。また、依頼者はたまに右傾斜で筆記するので、現状のオブリークのままでは、右側のペンポイントがじゃまして気持ちよい筆記が出来ない。ここは左オブリークから通常のM程度に先端部を研ぎ直す必要がある。
こちらがソケットから外したペン先の全体画像。どうやらペン先はNo.142と共通のようじゃな。Montblancの裸のペン先を見ていると【ペン先の幅の割に長い】と気付く。
特にNo.14Xシリーズはいまだにそうじゃ。これはペン先とペン芯とが密着する面積を大きく取る為ではないかと考えている。ペン芯とペン先が密着する面積が大きいとグラつきは少ないし、インクフローの安定感も増す。
高級モデルはこのあたりにお金を使っていたわけじゃ。決して豪華な外装にお金をかけたのではなく、内部にお金をかけていた。だからこそこの時代のMontblancにファンが多いのであろう。
手もかかるが、性能も良い!1970年代のフェラーリに似ている? ますはスリットを詰めた上で、左傾斜のオブリークを真っ直ぐに研磨し直した。
この際、背中側から机の上に置いたペーパーの上でガリガリ削るのが最初の動作。腹側から削ると馬尻になる危険がある。必ず背中側から!
形状が真っ直ぐになったら、次に腹を削る。この際には依頼者の筆記角度で粗めのペーパーの上で文字を書き、その癖の方向に研磨を深めていく。
誤解している人も多いが、ここから先の作業は、ペーパーは手に持って、空中でペンポイントを研ぐ作業になる。机の上にペーパーを置いてやったら大変なことになりますぞ!
拙者は左右両手利きなので、萬年筆を右に左に持ち替え、細切れにしたペーパーも左右持ち替えながら研磨する。最近は老眼?で細部はほとんど見えていないが、指先の感覚で研磨度合いがわかる。従って3分に一回ほどルーペで確認するだけじゃ。指先の感覚に自信が無ければ、かなり頻繁にルーペで確認した方がよいですぞ。 こちらが調整が終了したペン先の拡大図。書いてみると・・・これは良い!
柔らかいペン先がイタリックの形状に研がれていると、得も言われぬ筆記感がある。
1950年代のMontblancは好きではないが、この細〜中字のスタブ/イタリックに研がれたペン先の書き味だけはMontblancが最高!こうやって調整で楽しめる拙者は幸せじゃ。どんどん持ち込んで下され。