2009年05月12日

火曜日の質問コーナー その77

万年筆評価の部屋では毎週火曜日に、質問コーナーを設けているが

第77回目の今回は筆記具全般に関する質問!


今回のアンケートあなたのご両親は萬年筆をお使いでしたか


 拙者は56歳。両親の世代は萬年筆を使うのはあたりまえ!という時代だった。

 ところが母は拙者がPilot 65の青軸を買い与えるまで萬年筆を使ったことはなかった。ずっとGペンを使って家計簿を書いていた。

 父親は経理マンだったこともあり、極細の安物万年筆数本と、サイン用のParker 75 14K-Mを持っていた。ペンポイントは球体でお世辞にも書き味は良くなかった。後にParker 75 14K-Fを買い与えたが、勿体ないと言ってほとんど使わないまま。むしろセットで贈呈したボールペンとペンシルを愛用していたらしい。

 萬年筆研究会【WAGNER】の若手会員の両親は、既に拙者より年下!といのがちらほら見かけられるようになった。我々の世代は、日常筆記に萬年筆を使うことが最も少ない世代かも知れないと考えている。少なくとも萬年筆を使う必然性を感じたことはない・・・。いったい会員の両親の世代は萬年筆を使っているのだろうか?これが今回の質問じゃ。


あなたのご両親が萬年筆を使っているのを見た事がありますか?

何歳ぐらいの頃、どんなメーカーの萬年筆を使っていましたか?


それでは Go



Posted by pelikan_1931 at 06:25│Comments(29) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Blog紹介 
この記事へのコメント
こんばんは

78歳で急逝した母は、前日まで日記をつけていました。
とにかくよく読みよく書いていましたね。

その母の若き日の想い出に、
小さな丸い卓袱台と、それに向かって手紙を書いていた
正座の後ろ姿、そして強い筆圧のカリカリ音があります。

昭和17年頃、私が国民学校2年生あたりの色濃い記憶です。
戦地への慰問袋に入れる手紙だったのでしょう。
いつも万年筆でした。多分、セーラーだったと思います。

母に連れられて文房具屋によく行きましたが、
「セーラー」という単語をよく耳にしましたから。

晩年には特に筆記具に拘ることはなく、
手当たり次第なんでも掴んで書いていたようです。

父親は書き物は一切しない人でしたね。
建築関係の仕事をしていて鉛筆を使いました。
板や柱に印を付けるために…。ノミで器用に削っていました。
Posted by ミノ爺 at 2009年05月14日 23:47
父親がパーカー75のスターリングシルバー軸。
母親はパーカー51を使っていました。

17年前に他界した親父の75は探しても見つからないのですが・・・
母親の51はまだ健在です^^
Posted by しんのじ at 2009年05月14日 21:47
ひさしぶりに実家に帰り、最近は万年筆を使っているという話をしていたら、親父殿が、「そういえば貰い物の皮巻きの万年筆があったはずだが、あれはどうしたろうか。」と言いだしたので、冷汗三斗。
ごめん、あれは高校の頃、俺がペン先を曲げてしまって、どこかにやってしまったんだ (心の声)。
万年筆の本を見て、それは、プラチナのシープだったと分かりました。机の抽斗から箱だけ出てきたので、購入してこっそり箱に戻しておくべきでしょうか。
Posted by がりぃ at 2009年05月14日 20:10
私が小学生のころ(昭和40年代)母親が万年筆を普通に使っていました。 予防接種の問診票や学校への提出物に,その万年筆で記入してくれていたのをよく覚えています。 
国産のもので,インクが出なくなると,振ってカタカタ音がするのを確認し「インクがない」と言ってはカートリッジを交換していました。(カートリッジはラムネのビンの栓のようにボールが入ってました。)
インクの色は,今から思えばブルーブラックでしたね。
父も使っていましたが,あまり記憶にありません。

当時はTVでボールペンのコマーシャルをよく放送していました。
「まっ黒けのけ・・・それでも30円まっ黒けのけ」や,「見える見える」(軸が透明でインクの残量が確認できる)など。 まっ黒インクや残量が確認できるのが,当時はすごいことでした。
ほかには,300m?書けるボールペンなんかもTVコマーシャルしてました。(距離はウル覚えです。)
Posted by ペルナン伯爵 at 2009年05月13日 23:08
こんばんは。

確か使っていたような気がします。
父はパイロットスーパーだったかな。
途中でボールペンに変わってしまいました。

母はモンブランの74かパイロットのスーパーかを使っていたように思います。

どちらも手紙や演説の原稿書きに使ってましたね。
Posted by 榊 主水 at 2009年05月13日 22:47
私が小学校高学年時に父がモンブラン、ウォーターマン、ペリカンを使っていると言っていたのを記憶しています。どの機種であったかは全く覚えていませんが、ペリカンで言えば140クラスの汎用の比較的低グレードであるような気がします。当時舶来品といえば現在よりは珍しいはずで、高級品ではないけどそれら海外品に対してある種のこだわりがあったようです。
Posted by venezia 2007 at 2009年05月13日 21:48
師匠、質問です

ウォーターマンCFの二重ペン芯の正しい位置はどういった向きでしょうか。
最近うまくインクが出ないので一応確認したいのです。
Posted by kouki at 2009年05月13日 14:38
父は文房具屋(本人曰く、貧乏具屋)を営んでおりましたが、その時は複写式伝票を使っており、万年筆ではなく、ボールペンが必須でした。

ただ、昔は趣味で小説を書いており、その時はブルーブラックのインクを使って、万年筆で書いていたように思います。万年筆は安物(多分、返品をくらったもの?)だと思いますが、パイロットは高級品だと言っていたので、多分パイロット以外でしょう。笑

母はセーラーを使っていた時期があるみたいですけど、種類は不明です。

ちなみに父は61歳、母は60歳です。
Posted by はっしー at 2009年05月13日 04:45
両親とも万年筆を使っているのを見たことありません。
帰省したときに「万年筆を買ったんだ〜」と話したら「ふーん」で片付けられたので、特に思い出もないようです…。
Posted by nancan at 2009年05月13日 02:00
母は若いころモンブランのスリムラインを使っていたそうです。
揃いのペンシルは今、もらって自分が使っていますが、万年筆はどこかに消えてしまったとか…
Posted by kouki at 2009年05月13日 00:25
父はまったく物に拘らないので、昔、貰った万年筆を捨てるぐらいでした
(母親が拾ったら、モンブランの12、32でした)。
普段使っているのは薬屋から貰った薬の名前が入ったボールペン。

逆に祖父は万年筆コレクター。
遺品として逸散してしまいましたが、手元にあるのだけでもヘミングウェイを筆頭に14やコンウェイ、オノトなど。日記を見ると「コンクリンを購入」とか、「ペリカンを購入」など書いてあるのですが見当たりません。
惜しいことをしました。

もう一人の祖父は僧侶だったので毛筆です(笑)

自分のものは必ず、父の海外の学会土産に万年筆を買ってきてもらいました。なぜか毎回タルガだったのですが、値段を間違ってノスタルジアの復刻版を買ってきたことがありました(笑)50$と500$を間違えたようです。お陰で高校生のときにノスタルジアを持つことになりました。ラッキー


Posted by つよし at 2009年05月13日 00:20
親父は専らボールペンで、母が万年筆を使っていました。
使っていたのはセーラーのキャンディと、シェーファーのノンナンセンスだったと思います。
PTA会報の原稿の下書きを万年筆でして、鉄筆でガリ切りをしており、勢い立てた書き方で筆圧も高く、カリカリした書き味が子供心に不快で、以後昨年まで万年筆を毛嫌いして過ごしてきました。

それが今やカリカリとヘロヘロの両刀遣い。
万年筆無しでは暮らせない身体になりました(苦笑)。
Posted by 墨田ペトリ堂 at 2009年05月13日 00:13
父は建築士だったので、専らロットリングの鉄ペン&モンブラン赤
という組み合わせで使っていたとの事です。現場では専ら消耗品で
使っておりました。
Posted by たかくん at 2009年05月12日 23:56
初めて書き込みいたします。
僕の親は、万年筆を使っていませんでした。

ボールペン、筆ペン、フェルトペンなどなどでした。

しかし、僕はただいま万年筆を愛用中です。
愛用品はパイロットのカスタム742 フォルカンです。
ほとんどの筆記に使っており、思考するにも書きながらのほうがまとまるので。
そんな僕は今年34歳になります。
Posted by こうぞう at 2009年05月12日 21:37
父は仕事柄万年筆は商売道具でした。パイロットスーパー100、ウルトラスーパー500、ペリカン400、モンブランNO.24、149の順で揃えていました。
ウルトラスパー500の存在感は圧倒的で、今でもその姿が目に焼きついています。父の棺に入れてしまったのが悔やまれます。
Posted by fukikomi at 2009年05月12日 21:12
父は、古くは、SANWAと言うメーカーのエボナイト製もの。後パイロットのエアロマチックのような吸入方式のもの。後、プラチナのオネストだったか、です。母は、ウォーターマンのグレー軸ステンレスキャップのレバーフィラーこれは、今はどっかにしまいこんで見当たりませんが、当時黒一色であった自分の万年筆環境の中では、なかなかかっこいいペンだったので幼心に良く覚えています。
Posted by オットー at 2009年05月12日 18:24
こんにちは。
万年筆を使っていたのは父だけで、montblanc149のBニブを使っていました。
Posted by BCNR at 2009年05月12日 18:23
初めまして、

父がプラチナ万年筆の#3776 ギャザード、細字を、宝物のように大切に使っていました。そのため、高校時代にボクがちょっと使ったら、烈火のこどく叱られた思い出があります。
Posted by 達也 at 2009年05月12日 12:47
母は、家計簿や日記にプラチナのショートタイプを、付けペンのようにインク壺に浸して使っておりました。

父親は、教員でしたから閻魔帳や授業のノートに使っていたはずですが、記憶にないです。テスト用の謄写版に使うための鉄筆と、採点用の赤のボールペン、ニューマンの0.3ミリのシャープペンを覚えております。
Posted by きくぞう at 2009年05月12日 12:08
おはようございます。
二人とも、プラチナを持っていました。
でも、小学生のころの発見時には、
二本とも、インクは固まりぎみ…。
年賀状書きの時に使用していたようです。

父は、スターリングシルバーのもの、
母は、ピンクの首軸のショートタイプのものだったように記憶しています。
今は、残っていません。

現在、
父は、セーラーのプロフィットと、
パイロットのワイン色の金属軸もの(モデル名は失念しました)を所有していますが、
あまり使用していません。
ですので、時々、父の机の引き出しを覗いて、
その二本を検品・管理しています。

母は、ペン習字の教材の付録についてきた、
パイロットの鉄ニブのものを使っていましたが、
ペン習字を辞めると同時に、捨ててしまったのでした。

そういう訳で、二人に万年筆をプレゼントする気には、いまいちなりません。
Posted by あおい at 2009年05月12日 10:13
はじめまして。
私の場合は父が数本の万年筆を持っていました。それを知ったのが廃棄するときでしたので使ってはいなかったようです。現在、万年筆を使っているのは親族の中でも私だけと思われます。
Posted by Keny at 2009年05月12日 09:33
おはようございます。

父親は出張中シェーファーのインペリアルを、めでたく私の持ち物となり
師匠に以前調整していただいた物を、
母親は?
子供の頃壊れたキャップレスを見た覚えが・・
それと通信制の大学に入学した時に入学祝いとしてモンブランを贈ったのですが今どうなってるんだろう(使ってるの見たことが無い、)・・です。
Posted by オヴリーク2104 at 2009年05月12日 08:56
失礼します。

両親には、全くその気配無し。
むしろ筆ペンばっか使ってましたね。

小学生の頃、大正2年生まれの祖父は、短歌の為に黒と青のVペンを使っていました。
その印象が、ハマるきっかけであります。
Posted by 『蓮覇』 at 2009年05月12日 08:55
うちの両親は昭和13年と15年生まれですが、わたしがものごころつく以前は使っていたようです。
私が再発見した中学1年生ぐらいの時は中でインキが固まっていました。
母方の祖父が海軍に在籍しておりましたのでその時につてができたのか、セーラーの工場出荷時に良いロットのを押さえて入手したとの話を聞いたことがあります。
Posted by 二右衛門半 at 2009年05月12日 08:46
おひさしぶりです。
両親の万年筆というお題にひかれ思わず出てきてしまいました。
私の父親は小さな町工場を経営していました。
仕事で請求書を書くなどはもっぱらボールペンで、私用でも万年筆を使う機会はほとんどなかったようです。
しかし、外国旅行に行った折に買ってきた万年筆がありました。
一本はパーカー75・スターリングシルバー、
もう一本はシェーファー・インペリアル・スターリングシルバーです。
しばらく父親自身が持っていましたがほとんど眺めているだけで、そのうち自分では使わないと見切ったのか、2本とも学生だった私にくれました。
さらにまた別の機会にモンブランの何というのか細身、金張りの万年筆を買ってきました。
これもしばらく眺めていたようですが、やはり私にくれました。
3本とも私がよく使いました。
パーカー75はペン軸部分を交換の後、私から私の長男の手に渡っています。
シェーファーは先頃久しぶりにインクを入れて机上に復活。
細身のモンブラン(学生時代はこれを一番よく使いました)はその後インク漏れなど調子が悪くなって使わなくなり20年以上眠りについたままです。
Posted by モカぶれんど at 2009年05月12日 08:26
教師をしていた父は2,3本の万年筆を持っていたようです。メーカー等は今となってはわかりません。机の上に黒くて異常に太い万年筆と二本のビンのインク消しがあったのを憶えています。40年以上も前のことです。
Posted by ヤッター万 at 2009年05月12日 08:02
両親が万年筆を使ってるなー
...と意識したのは小学高・低学年..。
メーカー名を理解?したのは高校時代
でしょうか。

父:モンブラン149、74(報道記者)
母:パイロット・エリート(版画作家)
Posted by yakumo at 2009年05月12日 07:38
父親が、プラチナ万年筆のスターリングシルバーの物を毛筆と使い分けていました。
 5年前に他界しましたがその時は、万年筆に興味がなくその肩身は、
二男の兄がもらいうけました。
残念、早く万年筆を使用するようになっていたらと思っています。
Posted by 嵐山 言丸 at 2009年05月12日 07:36
おはようございます。

ウチの両親が万年筆を使っているのを見たことはありませんね。
母はペン習字の添削をしていたようでプラチナの赤インクなんぞも出てきましたが・・・1980年以降はほとんど触ったことも無いかと。
今年還暦を迎えた父はと言えば,万年筆嫌いです。。。

最近探したところ,母の万年筆が数本出てきましたが,パイロット(ゴムサック式),E-300,エリートS,セーラー・ミニ,プラチナ・シープ18K,帝国金ペン,モンブラン#221(吸入式)といったところでどれも1970年代までのモデルですね。
Posted by mercuryo at 2009年05月12日 07:33