今回の依頼は書き味の微調整。ほんの微細な調整じゃ。通常の定例会に持ち込まれた物ならば、その場で直すのだが、そうはいかない理由があった。
ひとつは、郵送で送られてきた調整依頼であること。もう一つは依頼者の感覚が非常に鋭敏であることじゃ。ツユダクは嫌いだが、ヌラヌラの書き味は好き!という矛盾した要望を持っている。
またピストンの後側にインクが回るのがイヤなので、Pelikanの場合はペン先ユニットを外して注射器でインクを入れるほど!従ってチャラチャラとした調整では(口には出さないが)不満が残っているのじゃ。 気になる症状が便箋1枚にびっしりと書かれている。調整して欲しい萬年筆で書かれているので、1行読めば依頼内容は見当がつく。外れた事はない。そういう意味では書き味の趣向が長期間変わらない依頼者である。
未調整との事だがスリットの空き具合など、普通なら絶妙と言って良い状態じゃ。コーナーの形状が多少角張っているが通常の筆記にはまったく問題はない。
実は依頼者は【ダメ出しの女王】しゃんと同様の癖を持っていた。通常筆記では絶対に紙に当たらない方向にまで二萬年筆を捻って書いてみて、一箇所でもカリカリ言うと、それが気になってしようがないというもの。最近はかなり収まってきたが、【ダメ出しの女王】しゃんが自立した現在では、最も書き味に過敏な反応をする会員となってしまった。昔と比べればずいぶんとまろやかな希望になってきてはいるが。 横顔を見ても特に問題はない。ペン先とペン芯の位置も誤算の範囲内。ただペンポイントの形状が多少角張っているかな?
強いて言えば、ペン先が多少背開き傾向にある。これをクィっと腹開きにするのは楽なのだが、そうするとインクフローが増えてしまう。それは厳禁!
制約条件が山ほどある中での調整なので、よほど気力体力が充実して、時間がある時でないと調整出来ない。いつも2〜3ヶ月は待ってもらっている。
調整方針としては、背開きはある程度修整はするものの、多少はその傾向を残しておく。これは引っ掛かりは少なくしつつ、インクフローを変えないようにするためじゃ。
またスリットはさらに詰めるが、少しでも筆圧を書けるとわずかにスリットが開く程度に微調整する。
さらにはペンポイントの外側のエッジを丸めることによって字巾を狭め、スイートスポットを作ることによる線の太さの増加を抑制するのじゃ。 その調整を施すには、ペン先ユニットを外す必要がある。いつもペン先ユニットを緩めてインク吸入をしているせいか、ユニットは力を入れなくてもすぐに外れた。
Pelikanはペン先ユニットを捻るときに段違いやスレが発生する確率が高い。実はペン先ユニットを持って捻るのは非常に危険な行為じゃ。書き味に鋭敏な人間のやることではない。そこで今回はピストンの後側にまわったインクの清掃方法を伝授しよう。 Pelikan 1931 White Goldは往年のPelikan 100の復刻である。単なる外観だけではなく構造も復刻している。従ってピストンユニットを右に捻れば抜ける!
その状態で胴軸内部を清掃すれば良い。ペン先ユニットをいじらないまま清掃できるので、ダメージを与えることもない。M300〜M1000ではこうはいかない。復刻版だからこそのメリットじゃ。 多少の背開きを残したまま、スイートスポットを作り込み、スリットを詰めた状態が左画像じゃ。
ペンポイントの研磨は終わっているが、ほとんど調整の痕跡は残っていないはず。時間をかけ、少しずつ削っては確認を繰り返した結果じゃ。
今回この状態を上手に記録できたのは、今後に非常に役に立つ。これはスキャナーの上に、ノックアウトブロックを立て、その穴に萬年筆を入れて先端部がガラス面に衝突した状態でのスキャン!マクロレンズでピントを合わすのは至難の業だが、この方法ならピンが必ず合う。弱点はスキャナーの光源によって先端部が光ること・・・これだけは避けられない。 こちらがスイートスポットを入れた横顔。多少斜面が急になっているのがわかるかな?
筆記角度変化のブレを吸収させるために斜めにし、接紙面積を拡げない為にスリットを狭めた。
プロの調整師の方々は、【お客様に育てられた】という言葉を口にするが、拙者の技術を育ててくれたのは、この依頼人であることは間違いない。深く感謝したい!