1980年代の半ば、萬年筆を求めて毎週末アメ横を徘徊していた頃、拙者にとってS.T. Dupontの筆記具は別格の雰囲気を漂わせていた。
値段も飛び抜けて高かったし、格好も良かった。軸に漆が塗られるとかくも高価になるのかと驚くと同時に、いつか買ってやろう!という想いをつのらせていた。
ボールペンは何本か購入したが、なかなか萬年筆には手が出なかった・・・
今回紹介するのは、そのころショーウィンドゥに鎮座していたS.T. Dupontのクラシック 青漆軸じゃ。たしか定価で7万円ほどで、アメ横での値引率も極めて低かったように記憶している。
ショーウィンドゥを眺めているだけで、実際に試し書きしたことはない。拙者は試し書きさせられると断れないので、よほどの事がないと試し書きしなかった。また自己調整を始めてからはキャップを外す事もほとんどなかったなぁ・・・ 長い間インクを入れないで保存していたのだが、久しぶりにインクを入れてみて、その書き味の良さに驚いた!細字でここまで書き味がよいとは!
あわててペンポイントをルーペで眺めてみると・・・ずいぶん前の拙者の調整じゃ。かなり時間をかけているが、スイートスポットを悩みながら作り込んでいる事が良くわかる。稚拙だが真剣に、時間をかけて調整したペンポイントじゃ。 この青漆は、クリップにも入っている。よくぞまぁ、こんな狭いスペースに漆がはいるものじゃ!
聞くところによると、S.T. Dupontの漆塗りは、まずは漆の厚み分だけ金属を削り落とすらしい。・・・気が遠くなるほど多数の工程がありそう! こちらはクリップの根元に彫られた刻印。反対側には製品番号が彫られている。
それにしてもどういう技法で彫ったのであろう?1980年代にはレーザー彫刻機はまだ世に出ていなかったのではないかなぁ・・・。ということは一文字ずつコンコンと打ったのかな?人間技では無いようにも思えるが・・・ この萬年筆はDupont製であるが、コンバーターは購入時には付いていなかった。Dupontのコンバーターは非常に入手しにくい時期があったので、手に入るコンバーターを片っ端から試してみたところ、Parker製が最もすんなりと合うことがわかった。
実際にインクをコンバーターに吸わせて書いてみる・・・
何も言いたいことが見つからないほどの滑らかさと、絶妙のインクフロー!実に端正な書き味の萬年筆じゃ。
【端正な書き味】・・・は100%の褒め言葉ではない。【端整な顔立ちの二枚目】が決してモテモテではないように、【端正な書き味の萬年筆】も嗜好品としては飽きが早い。一方で日常使用品としては、常に安定した書き味を提供してくれるので、ついつい手が伸びがちになる。
そして、ここが重要だが、このDupontの青漆軸は、それなりの服装をしていないとまったく似合わないのじゃ。
この萬年筆の用途として一番ふさわしいシーンは?
4〜5人が小さなテーブルで会議し、一方の壁からはフリップチャートが垂れ下がっている。そこに油性マジックで書かれた大まかなコンセプト図の、ここそこをDupontの萬年筆の尻で(指示棒のように)指しながら議論を繰り返し、良いアイデアはおもむろにキャップを外して、小さな字でフリップチャートに書き込む。
そして全員が堅苦しいスーツとネクタイを着用している・・・そんなシーンに似合うのがS.T. Dupont製萬年筆のあるべき姿かなという気がする。
そういう意味では現在のデュポンの萬年筆は、重厚さと値段こそ上がったものの、【端正な雰囲気】からは遠ざかっているような気がする。S.T. Dupont製のタージマハールとアンダルシアを布で擦りながら、ふと、【この2本は端正な感じはただよわせていない・・・】と感じた。