【Pelikan Red Book】 その14






今回は48頁から53頁まで。全てペリカーノについて書かれた文章じゃ。何故そこまでペリカーノについての頁を割くのかがわからない・・・というのが正直な感想。
ペリカーノはPelikan 140の安価ラインとして発売されていたPelikan 120のマーケット、すなわち学童市場を確保するために発売されたモデルであろうと想像している。
欧州でのお習字(カリグラフィー含む)は萬年筆で行われる事が多く、その市場規模は大きい。また、子供の頃からPelikanというブランドに慣れ親しませるという意味でも意義はある。
かつて日本マクドナルドの創設者である藤田田氏は、【
5歳〜7歳で親しんだ味がお袋の味だ】といって顧客ターゲットをそこに絞り込んだとか・・・。
銀座の1号店が見えるオフィスの窓から、若手社員に向かって【
30年後には日本人は金髪になる】と豪語したのが1975年。たしかに最近金髪が多くなった。
Pelikanのペリカーノ市場戦略も同じような狙いがあったのかもしれない。最近ではさらに下の世代を狙ったのか、Pelikano Junior なども投入している。日本では、キャンディやプレピーが存在する市場なので、それほど売れているとは思わないが、大人でも使っている人をよく見かけるので、ひょっとすると?
50頁の下段の図の一番上を見ると、ペン先が撓っているような絵が描いてある。そうだったかなぁ・・・ほとんど使ったことがないので感想もないが、気になる。もしペコペコと撓るペン先なら、同一モデルを捜しだして試してみたいものじゃ。
穿った見方をすれば、カートリッジインクを売る戦略の一環として作られたモデルともいえよう。ポスターには、気密性やカートリッジの利便性を誇示しているものが多そう。
もし、カートリッジを売る戦略とするならば、インクの種類が多いのも納得できる。日本では一部しか発売されていないが、Pelikanのカートリッジインクの種類は非常に多い。
拙者が以前ホノルル・ペンショップで購入したペリカンのカーキ色のカートリッジには驚いた。黄色もあったし、ピンクは今でもあるはず。同じ色の軸に入れて楽しむ事が出来るようになっているのであれば学生にはうける。
拙者も高校生の時には、混合インクで30色くらい作って、中国製万年筆(100円〜600円)に入れ、改造した学生服の内ポケットに挿していた。それをマーカー代わりにして、教科書、参考書、ノートに記入していた・・・
解説文にはもっと面白いことが書かれていそう。
attempto(1477番)しゃんに補足説明をお願いしたい。よろしくおねがいしま〜す!
☆☆ ここからがattempto(1477番)しゃんからのコメントから転記したものじゃ!
こんにちは。今回は6頁にわたってペリカーノ(とJr.)の長いサクセスストーリーですね。ペリカーノこそがペリカン社万年筆の稼ぎ頭でしょうから。
第二次大戦後の万年筆普及で学校生徒向けの需要が生まれたのですが、当初は、ペリカン120のように簡易ペン先をつけたものが中心でした。
ペリカン社は1959年に行なった学校での筆記教育に関する大規模アンケートの結果をもとに1960年にペリカーノを発売。子供でも扱えるように重心を前に置き、インクは簡便なカートリッジ式。シルバーとブルーという色合いも1000人以上の生徒に行なった調査で決定(伝統的な緑軸+黒はまったく駄目だったそうです)。
渋る販売店を納得するために初めてテレビコマーシャルを流し、1964年には大ヒット商品になりました。ペリカン社は以後も筆記教育の調査・支援を続け、その結果に基づいてペリカーノを年々改良。
1965年に新しい大型で曲線を描くペン先と新しい首軸、そして嵌合式で丈夫な真鍮製のキャップを導入。カートリッジ式にもかかわらずインク窓も装備しました。
以後のモデルチェンジはおもに外観をモダンにしていくためものでしたが、ペン先だけは改良を続け、1969年に投入された高い圧力に耐える新型ペン先は1979年まで大人用の万年筆にも使用されました。
1973年のモデルチェンジは首軸グリップ部分の改良で、左利き用のペリカーノも登場。
さて、この時代には消費者行動にも変化があり、ペリカン社はいち早くスーパーマーケットでの絵の具、クレヨン、ペリカーノなどの販売に踏み切ります。他方、文具専門店に忠実であり続けたのがラミー社で、この状況はこのあと何年も続いたそうです。
さて、1978年には再びデザインとペン先を変更。こうした変更でサイズ、重量とも小学一年生には大きくなりすぎ、まったくの筆記初心者をターゲットに1993年に発売されたのが、より短く、軽いけど、太めのペリカーノ・ジュニアです。色も派手なイエローと紫など。
「しまみゅーら」さんの疑問に答えているのが、52頁右段の内容です。イギリスで子供が万年筆のキャップを気管に詰まらす事故が起こり、イギリスでは生徒向け万年筆のキャップは、最低16ミリの直径にするか、これ以下の場合には角張ったキャップ、もしくは呼吸できるよう「空気穴」をもつことになったそうです。
2001年につや消し透明の軸を持ったペリカーノJr.が登場、2005年に首軸グリップ部分を改良。他方、2002年にペリカーノも透明カラーをまとった新型が登場したそうです。これが現行型?
6頁分となると抄訳も長くなりましたが、以上で。では。
Posted by pelikan_1931 at 07:00│
Comments(9)│

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カタログ紹介
☆attempoさん
お返事ありがとうございました。なるほど、本文中に書かれていたとは。私も昔ドイツ語を習った記憶があるのですが、挨拶程度しか覚えておりませんです。(汗)
確か、パーカーなども同じ理由でキャップに穴を開けてましたよね。
どこかで、旧型ペリカーノJr.はこの穴あきキャップのせいで干からびるのが早いと読んだことがあるので、一長一短ですね。
foolsbook しゃん
注射に使っていたりして・・・
attempto しゃん
いつも、ありがとしゃん! 本文に反映しておきました。
しまみゅーら しゃん
なるほど、ペリカンは、そういう営業ルートを開発していたんですな。
私も仕事の現場でペリカーノを使っていますので、非常に興味深く、attemptoさんの抄訳を拝読させていただきました。
ありがとうございました。
そういえば、ドイツ人の友人曰く、小学校時代には「ペリカーノ」派と「ラミー」派が競合していたそうです。ちょっととんがった生徒は、ラミーを使いたがるんだとか。
(つづき)1973年のモデルチェンジは首軸グリップ部分の改良で、左利き用のペリカーノも登場。
さて、この時代には消費者行動にも変化があり、ペリカン社はいち早くスーパーマーケットでの絵の具、クレヨン、ペリカーノなどの販売に踏み切ります。他方、文具専門店に忠実であり続けたのがラミー社で、この状況はこのあと何年も続いたそうです。
さて、1978年には再びデザインとペン先を変更。こうした変更でサイズ、重量とも小学一年生には大きくなりすぎ、まったくの筆記初心者をターゲットに1993年に発売されたのが、より短く、軽いけど、太めのペリカーノ・ジュニアです。色も派手なイエローと紫など。
「しまみゅーら」さんの疑問に答えているのが、52頁右段の内容です。イギリスで子供が万年筆のキャップを気管に詰まらす事故が起こり、イギリスでは生徒向け万年筆のキャップは、最低16ミリの直径にするか、これ以下の場合には角張ったキャップ、もしくは呼吸できるよう「空気穴」をもつことになったそうです。
2001年につや消し透明の軸を持ったペリカーノJr.が登場、2005年に首軸グリップ部分を改良。他方、2002年にペリカーノも透明カラーをまとった新型が登場したそうです。これが現行型?
6頁分となると抄訳も長くなりましたが、以上で。では。
こんにちは。今回は6頁にわたってペリカーノ(とJr.)の長いサクセスストーリーですね。ペリカーノこそがペリカン社万年筆の稼ぎ頭でしょうから。
第二次大戦後の万年筆普及で学校生徒向けの需要が生まれたのですが、当初は、ペリカン120のように簡易ペン先をつけたものが中心でした。
ペリカン社は1959年に行なった学校での筆記教育に関する大規模アンケートの結果をもとに1960年にペリカーノを発売。子供でも扱えるように重心を前に置き、インクは簡便なカートリッジ式。シルバーとブルーという色合いも1000人以上の生徒に行なった調査で決定(伝統的な緑軸+黒はまったく駄目だったそうです)。
渋る販売店を納得するために初めてテレビコマーシャルを流し、1964年には大ヒット商品になりました。ペリカン社は以後も筆記教育の調査・支援を続け、その結果に基づいてペリカーノを年々改良。1965年に新しい大型で曲線を描くペン先と新しい首軸、そして嵌合式で丈夫な真鍮製のキャップを導入。カートリッジ式にもかかわらずインク窓も装備しました。以後のモデルチェンジはおもに外観をモダンにしていくためものでしたが、ペン先だけは改良を続け、1969年に投入された高い圧力に耐える新型ペン先は1979年まで大人用の万年筆にも使用されました。(つづく)
ペリカーノJr.を使っているので、興味深く読みました。
●キャンディやプレピー
伊東屋や丸善に行く人には想像できないかもしれませんが、地方に行くとプレピーよりもペリカーノJr.の方が置いてある確率は高いかもしれませんよ。プレピー万年筆は万年筆店と稀にデパートの文具売り場に並んでいるくらいですが、ペリカーノJr.はオシャレな雑貨屋さんにも並んでいたりしますからね…。(雑貨屋さんに置いてある万年筆としては、ブルネンのも多いです)
少なくとも、今勤めている高校の生徒にプレピー万年筆を使っている子を見たことは一度もありません…。
●気密性
現行型では塞がれましたが、旧型のペリカーノJr.にはキャップに穴が開いていたそうですが。
第二次大戦後の万年筆普及で学校生徒向けの需要が生まれたのですが、当初は、ペリカン120のように簡易ペン先をつけたものが中心でした。
ペリカン社は1959年に行なった学校での筆記教育に関する大規模アンケートの結果をもとに1960年にペリカーノを発売。子供でも扱えるように重心を前に置き、インクは簡便なカートリッジ式。シルバーとブルーという色合いも1000人以上の生徒に行なった調査で決定(伝統的な緑軸+黒はまったく駄目だったそうです)。
渋る販売店を納得するために初めてテレビコマーシャルを流し、1964年には大ヒット商品になりました。ペリカン社は以後も筆記教育の調査・支援を続け、その結果に基づいてペリカーノを年々改良。
1965年に新しい大型で曲線を描くペン先と新しい首軸、そして嵌合式で丈夫な真鍮製のキャップを導入。カートリッジ式にもかかわらずインク窓も装備しました。
以後のモデルチェンジはおもに外観をモダンにしていくためものでしたが、ペン先だけは改良を続け、1969年に投入された高い圧力に耐える新型ペン先は1979年まで大人用の万年筆にも使用されました。
1973年のモデルチェンジは首軸グリップ部分の改良で、左利き用のペリカーノも登場。
さて、この時代には消費者行動にも変化があり、ペリカン社はいち早くスーパーマーケットでの絵の具、クレヨン、ペリカーノなどの販売に踏み切ります。他方、文具専門店に忠実であり続けたのがラミー社で、この状況はこのあと何年も続いたそうです。
さて、1978年には再びデザインとペン先を変更。こうした変更でサイズ、重量とも小学一年生には大きくなりすぎ、まったくの筆記初心者をターゲットに1993年に発売されたのが、より短く、軽いけど、太めのペリカーノ・ジュニアです。色も派手なイエローと紫など。
「しまみゅーら」さんの疑問に答えているのが、52頁右段の内容です。イギリスで子供が万年筆のキャップを気管に詰まらす事故が起こり、イギリスでは生徒向け万年筆のキャップは、最低16ミリの直径にするか、これ以下の場合には角張ったキャップ、もしくは呼吸できるよう「空気穴」をもつことになったそうです。
2001年につや消し透明の軸を持ったペリカーノJr.が登場、2005年に首軸グリップ部分を改良。他方、2002年にペリカーノも透明カラーをまとった新型が登場したそうです。これが現行型?
6頁分となると抄訳も長くなりましたが、以上で。では。