2009年12月03日

【Pelikan Red Book】 その17

2009-12-03 012009-12-03 022009-12-03 032009-12-03 04







 ここからは1978年以降の部に突入する。今回は61頁から64頁まで。

 左端は株券かな?ドイツ語でAktieというのは株券のこと。1978年発行の2万株で100万ドイツマルクの株券らしい。ドイツマルクの最後の方では1ドイツマルク50円くらいだった。1978年当時はもっと高かったと思われるので、1ドイツマルク100円とすると、1億円の株券と言うことになる。1株5,000円ほど。

 解説を心眼で解釈すれば、ギュンター・ヴァーグナーの娘婿だったバインドルフ一族の物ということになるが・・・果たして真相は?

 雑談だが、【ペントレーディング in 東京】を最初に企画した際、会場内で札が飛び交うのに抵抗があり、会場内限定の通貨を作ろうかと考えていた。通貨は二種類で、PelikanとMontblanc。会場内の展示物にはすべてどちらかの通貨で価格をつける。そして日によって 1Pelikan = 0.8Montblanc のように為替レートが変わる・・・というもの。

 残念ながら通貨のデザインが出来ず断念したが、もし、この株券を当時見ていたら、インスパイアーされて実現していたかもしれない。残念。

 今まで雑にしか見ていなかったが、ギュンター・ヴァーグナー家の紋章の子ペリカンの数は3匹に見える。最初のPelikanのロゴでは4匹、その後2匹、現在は1匹。次のデザインチェンジのタイミングでは基本に返って3匹が実現するかもしれませんな。もっともロゴマークはシンプルなのが好みの独逸なので無理かなぁ・・・メルセデス・ベンツやモンブランも極めてシンプルなロゴだし・・・

 左から3枚目の画像がPelikanの本社ビル。持ち株会社は東南アジア資本だが、Pelikan製品の製造販売に責任を持つ会社の本社はドイツにあるらしい。

 このビルの色は、現在ではホテルになっている旧本社工場の色にあわせているようじゃ。拙者が 萬年筆研究会【WAGNER】 を色で強調表示する際も、出来るだけこれに似た色にしているのに気付いた人はいたかな?(たまに間違って色づけしたが・・・)

 右端はペリカンのタイプライター・リボン?のイラストがあるインクの吸取紙。実はPelikanは驚くほどたくさんの吸取紙を販売した。拙者も数十種類は持っていたが、中には1万円以上のものもあった。すべてをPelikan倶楽部の仲間に託したが元気でいるかな?


すべて想像で解説したので、attempto(1477番)しゃんに補足説明をお願いしたい。よろしくおねがいしま〜す!



☆☆ ここからがattempto(1477番)しゃんからのコメントから転記したものじゃ!


こんにちは。64頁の絵はどうも本文とは全く関係なく、キャプションによれば、インクリボンをうっとりと眺める女性秘書を描いた1941年の包装。実際には戦時経済による生産縮小と品質悪化がこの時代の特徴で、現実とはかけ離れた広告であるとのこと。
さて、ペリカン社は1978年にバインドルフ家が全株を保有した状態で株式会社に移行。しかし、書籍出版、玩具や化粧品製造、動物の飼料までつくっていた40もの子会社の業績は赤字続きで、1982年に就任した新社長ハッケルのもとで不採算事業の清算が進む。
そのようななかで大ヒットとなったのが、1979年のフランクフルト書籍見本市で紹介された児童文学のTKKGシリーズ。ターザン、カール、クレースヘン、ガビの4人が繰り広げる少年探偵もので(62頁左上の写真は本とLP)、映画化もされているようです。
さて、ペリカン社の業績が持ち直すのは400シリーズ万年筆復活のおかげだが、会社そのものは1984年にメトロ社(ドイツで数多くの百貨店・スーパーマーケットを経営する企業体)に属するスイスの企業に買収され、1986年にスイスで株式上場。ドイツのペリカン社は、スイスの持ち株会社ペリカン・ホールディング(1996年以降マレーシアの大富豪がその株式の大部分を握る)の子会社となった。
会社創業の地であるハノーファーとの結びつきも徐々に薄くなり、すでに1973年に筆記具生産ラインがハノーファーに隣接する別の町に移ったあと、ペリカン社は1994年にハノーファーの工場を完全に閉鎖。2003年には管理部門もポドビールスキ通りの敷地「ペリカン地区」を去った。63頁写真は現在のペリカン販売会社の本社ビル。


Posted by pelikan_1931 at 08:00│Comments(2) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック カタログ紹介 
この記事へのコメント
こんにちは。64頁の絵はどうも本文とは全く関係なく、キャプションによれば、インクリボンをうっとりと眺める女性秘書を描いた1941年の包装。実際には戦時経済による生産縮小と品質悪化がこの時代の特徴で、現実とはかけ離れた広告であるとのこと。
さて、ペリカン社は1978年にバインドルフ家が全株を保有した状態で株式会社に移行。しかし、書籍出版、玩具や化粧品製造、動物の飼料までつくっていた40もの子会社の業績は赤字続きで、1982年に就任した新社長ハッケルのもとで不採算事業の清算が進む。
そのようななかで大ヒットとなったのが、1979年のフランクフルト書籍見本市で紹介された児童文学のTKKGシリーズ。ターザン、カール、クレースヘン、ガビの4人が繰り広げる少年探偵もので(62頁左上の写真は本とLP)、映画化もされているようです。
さて、ペリカン社の業績が持ち直すのは400シリーズ万年筆復活のおかげだが、会社そのものは1984年にメトロ社(ドイツで数多くの百貨店・スーパーマーケットを経営する企業体)に属するスイスの企業に買収され、1986年にスイスで株式上場。ドイツのペリカン社は、スイスの持ち株会社ペリカン・ホールディング(1996年以降マレーシアの大富豪がその株式の大部分を握る)の子会社となった。
会社創業の地であるハノーファーとの結びつきも徐々に薄くなり、すでに1973年に筆記具生産ラインがハノーファーに隣接する別の町に移ったあと、ペリカン社は1994年にハノーファーの工場を完全に閉鎖。2003年には管理部門もポドビールスキ通りの敷地「ペリカン地区」を去った。63頁写真は現在のペリカン販売会社の本社ビル。
Posted by attempto at 2009年12月03日 13:49
本社ビルの写真は、シフトを使っているように見えるのですが・・・いかに?
Posted by pelikan_1931 at 2009年12月03日 08:16