2012年07月13日

金曜日の調整報告 【 Parker Sonnet 18K-F 生贄 】

1今回の依頼品はソネット。初期のふわふわのペン先付きではなく、多少硬くなったあとのもの。それにしてもキャップリングのメーカーや製品名の刻印の雑なこと・・・。当初、偽物かと考えたほどだが、ペン芯の設計からキャップの設計まで全てオリジナルと一緒なので(とりあえず)疑いは晴れた。満足はしていないが。
ただ、この外観品質では店頭販売は無理かも?特に首からルーペをぶらさげたり、ポケットからルーペを取り出して検品するような人には絶対に購入してもらえまい。

ただし一度(ひとたび)キャップを後ろに挿して握ってみると評価は変わる!実に筆記バランスが良く、いわゆる【手に馴染む】萬年筆へと一変するのじゃ。インクを入れるまでは・・・

23こちらがペン先の拡大図。こんな精度のペン先を作るようでは萬年筆メーカーとしては終わっている・・・。この萬年筆を作っていた頃がパーカー最悪の時代ではなかったのか?
最近のカタログに掲載されているソネットにはこんな酷いペンポイントは付いていない。
左右非対称の上に、ギチギチにスリットが詰まっており容易にはインクが出ない。またエッジはガリガリ、左右のペンポイントの高さも違い、紙を抉るような音をたてながらの筆記となる。
最近は丸研ぎPelikan(Sheaffer風)を見慣れているので多少こころが広くなってはいるが、20年前にこのペンポイントがついた萬年筆が送られてきたら、ひとしきり暴れた?でしょうな。

45こちらは横顔。ペン先の斜面部分の仕上げを見てもギザギザが残ったままで悲しい。書き味にまったく関係ないところとはいえ、作る側のプライドが微塵も感じられない。
国産萬年筆にこういう手抜き部分を発見したことはない!(もっともそれほど国産萬年筆を購入してはいないが・・・)
最終検品工程の人の程度の差がこういう不良品を市場に流しているのかもしれない。ひょっとすると、工場で不良品とされたものが、大量に横流しされ、再アセンブルされてネット市場に出回っているのかも?
あるいはMBAあがりの経営のプロによる、単年度利益を最大化するためのコストカット戦略の犠牲になったのかもしれない。命に別状のない限り、彼らは検品の工数さえ削減しようとするから・・・

6ペンポイントを正面から見た画像。左右のペンポイントの大きさの違いは甚だしく、かつ、左右でペンポイントの背の高さまで異なっている。
こういう状態だと、必ずどちらかの内側エッジが紙を削るような動きをするので、書き味は最悪となる。
この悲惨なペン先を極上のペン先に変身させるには、まずは斜面を削って出来るだけ左右対称の形状にすること。
次にスリットを開いてインクの通りを良くすること。最後にスリットが開かれた状態でスリットの内側を研磨して引っ掛かりを取り除く。

7こうして調整されたペンポイントを正面から眺めると、左画像のような状態に変化している。前の画像とじっくりと比較して欲しい。
スリットを多少開いたうえで腹開きにしたことによって紙当たりが非常に柔らかくなった。
またスリットの内側を丸めたために引っ掛かりはなくなった。上下左右斜めに筆記しても引っかかる事はない。通常の文字の書き方であればだ。
ペンをこねくり回して引っ掛かりをチェックする人用の調整ではないので悪しからず。

8こちらがペン芯にパチンと嵌まった状態のペン先。ソネットのペン先は肉薄で横方向にはかなり弾力がある。
この弾力は縦方向にもある程度効くのだが、これがソネット独特の柔らかい書き味を演出している。
この設計思想は見事なのだが、これまでに真似をしたメーカがどこもない。特殊な合金配合なのであとの加工が難しく、大量の製造個数が確保できないと割に合わないのかもしれない。
設計はすばらしいのに、製造技術が追いついていない。萬年筆製造の自社工場を設計と同じ国に持たない?企業の宿命かもしれない。

910こちらは別の角度から見た、調整後のペンポイント周辺の画像。スリットは開き、醜い瘤などは綺麗に削り取られている。
またペン先斜面も2500番の耐水ペーパーを貼り付けた発泡スチロールによって研磨したので見栄えもずいぶんと良くなっているはずじゃ。
そーっとインク壷に浸け、あまったインクを布で拭き取ってからそっとペンポイントを紙に下ろし、スーっと縦線や横線、斜め線を引き、最後に住所と名前を書いてみる・・・
その瞬間に思わずガッツポーズが出ること請け合いの書き味に変化した。パーカー伝統の書き味は失わず、しかも力を入れないでも書ける・・・
あとは、乾燥との戦いであろうな。拙者がソネットを使うときには、いつも天冠の中をパテで埋めて空気の出入りを止めていた。
このパーカー独自の空気が素通りする機構は、赤ちゃんがキャップを飲み込んで喉に詰まらせた時に、とりあえず窒息しないようにとの配慮だとか。(真偽不明)
スノーケルが失明の危険があるからと廃止されたのと同じようなくだらない理由。
パーカーもシェーファーも6σ Qualityを誤解しているのではないか?問題の評価は、発生頻度とその発生による遺失利益の積で考えるのが一般的。
遺失利益(訴訟費用)にだけとらわれるあまり、消費者の要求品質を満たしていない製品を市場に流し続けることの愚かさにパーカーもやっと気付いたらしい。
インジェニュイティではキャップのどこにも空気穴は無い!偉いぞパーカー!インジェニュイティこそがパーカーにとっての救世主になるはず。期待してまっせ派生モデルを!


【 今回執筆時間:4.5時間 】 画像準備1.5h 修理調整2記事執筆1h
画像準備
とは画像をスキャ ナーでPCに取り込み、向きや色を調整して、画像ファイルを作る時間
修理調整
とは分解・清掃・修理・ペンポイント調整の合計時間
記事執筆とは記事を書いている時間

Posted by pelikan_1931 at 08:30│Comments(5) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 萬年筆調整 
この記事へのコメント
monolith6さん
このキャップの刻印は・・・戦後の動乱期の日本の長屋工場程度の品質です。悲しいなぁ・・・
Posted by pelikan_1931 at 2012年07月15日 23:49
 パーカーの回し者ではありませんが(と言っても説得力が弱いのですが)、これまでに経験したことを総合して申し上げますと、どうも入手経路によっては、メーカーがB級品でハネた筈の部品が、他のA級やB級の部品と組み合わさり、完成品として流通してしまうことがあるようです。

 この萬年筆を、mercuryo さんが正規のルートを通って入手したのだとすれば、メーカーの品質管理に大いに問題ありと言えますが、もしもオークションなどを通じたものである場合には、横流しB級品である可能性が疑えます。

 75にも、ともすればこういった品が出てます。

 蛇足ながら私も、未調整のパーカーは、太字を除き手に合わないものが殆どです。
Posted by monolith6 at 2012年07月13日 17:32
京都大会にて同様の(もう少しまし?)ソネットを調整して頂きありがとうございました。驚く程よくなった書き味とご指摘の筆記バランスの良さと大らかなつくり(大雑把)から気楽に使用、出番が多くなりました。
Posted by Xantos at 2012年07月13日 13:57

おはようございます。

『ペンをこねくり回して引っ掛かりをチェックする人用の調整』

という記載にどきっとしました。
ワタクシと言えば、
よそ見をしながら超高速で和英入り混じった文章をガシガシ書く(汗)ので、
正しい持ち方とか正しい書き方とか、そういう状況ではありません。
それはそれは酷い使い方をしております。(汗汗)
その上でも快適に書けるようにして欲しいと、
調性師の皆様に、

『あーでもない、こーでもない、あそこが嫌だ、ここが嫌だ、、、』

とダメばかり出しているので、、、、

(^-^;

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Posted by きゃんでぃ小海老爺です。 at 2012年07月13日 11:18
pelikan_1931師匠,お疲れさまでした。
このペン,不信感たっぷりで買いました。パッと見から怪しい組み合わせにクオリティの低さに・・・こんなソネットあった?と思いながら・・・

今回75とソネット2本を合わせて生贄に捧げて,なるほど,なんとなく未調整のパーカーが合わない理由が判ってきました。。。
Posted by mercuryo at 2012年07月13日 09:11