2013年02月01日

金曜日の調整報告【 Montblanc No.139 14C-M ペン先がペキペキと鳴る 】

1今回の依頼品はMontblanc No.139じゃ。かなり久しぶりに見たなぁ。拙者が購入したのは10年以上前だったが、その当時は20万円以上かけて入手した。
ずいぶんと期待して購入したのだが、その機構には感心したものの、書き味に対する良い印象は無かった。むしろ1950年代のNo.146やNo.144の方が上だった。
また新品同様品を買ったのに、2箇所ほど自然と入ったクラックが見つかりガッカリした記憶がある。
それと比べると、今回の依頼品はいっそうくたびれているのだが・・・そのくたびれ方が実に良い味を出している。
インク窓やネジにはいくつかクラックが入っているのだが、それをシェラックや接着剤で上手く補修してある。また、ピストンのコルクは新品だし、軸表面も綺麗に磨いてある。
ただし、尻軸外しや首軸外しなどには大きなリスクが伴うので今回は軸関係は一切いじらない。ペン先とペン芯を首軸から抜いて調整後に押し込むだけにする。
コルクが死んでいたりすれば別だが、No.139や1950年代のNo.149は触らない方が良い。軸がNo.146以下のものと比べて格段に脆いのじゃ。首軸を捻ったらポロっと逝くのは何度も経験している。
またそうやってねじ切ってしまった首軸を接着剤で補修してオークションで売り払ったものにもペンクリで何本も遭遇している。あとでガッカリしたくなかったら、オークションでのNo.139や1950年代No.149は止めておくのが得策。

23ペン先は一見すると首軸に入りすぎているように見えるが、この位置で良いのじゃ。これ以上ペン先を前に出すとキャップの天井に衝突してしまう。
No.139や1950年代のNo.14Xはキャップ内部の天井が低く、キャップを締めたとたんにペン先が捩れる事故が多発している。必要以上にペン先を前に出すのは御法度なのじゃ。
現行のPelikan M800などとは設計方針が違う。ペン先の乾燥を防ぐためにインナーキャップ内の空間を出来るだけ狭くしたかったのかも?と考えている。はたして真相は?
ペン先のスリットが詰まりすぎの上、ペンポイントの背中側が醜く削り取られている。明らかに素人調整じゃ。裏書き用にメチャクチャ調整したのであろう。これは少し綺麗に研磨しておく必要がある。

45ペン先先端部の金の厚みと同じくらいしかペンポイントの厚みが無い。従って書き味はStubかカリグラフィーの様な字形になる。
それが実に良い感じ。ペン先は柔らかくてすぐに開くので、筆圧をかかれば縦線が太くなり、筆圧を抜けば立て線が細くなる。
そして横線は常に細くなるはず・・・だが、ペキペキと不愉快な音がする。これはペン先の寄りが強く、筆圧を抜いたとたんにペンポイントが衝突して発生していると思われる。
またスイートスポットが無いので、書いていてここちよくない。しかしこれを激変させられるのがこの時代のニブの許容範囲の広さ!調整師の実力が試されるポイントなのじゃ。

67左画像はペン先の表裏。スリットを拡げ、根元をやや平べったく拡げた状態。
オリジナルの状態でペン先をペン芯に乗せると、ずいぶんとペン先がペン芯よりも浮き上がってしまう。
これはペン先の曲率とペン芯の曲率が合っていないから。そこでツボ押し棒でペン先の曲率を大きくすると書き味は相当マイルドになる。
ペン先にはL139と誇らしげな刻印がある。同じペン先は1950年代の極初期のペン先にも使われている。
右側画像は裏だが、ハート穴より先にかすかに傷がついている。これによってインクフローを上げようという試みかもしれない。
とするならばこのペン先加工をした人は物理に詳しい人かも?ペン先裏根元の傷も調整人がワザと付けた傷かも?昔の調整師は調整の痕跡をペン先裏に残したと聞いたことがある。

8左は上がWAGNER 2009(SENATOR PRESIDENT)のペン芯で、下がNo.139用のペン芯。ボディの大きさはWAGNER 2009の方が大きいが、ペン芯はNo.139の方が太くて短い。
しかし構造は良く似ている。No.139用ペン芯は下部から上部に通じる空気溝があるがWAGNER 2009用ペン芯には無い。しかしインクフローは両者同じ程度で差は無い。
またインク漏れはWAGNER 2009では発生しないが、No.139ではたまに発生する。これはペン芯のインク保持能力以上のインクを胴軸内に保持するから。
特にテレスコープ式の吸入機構の場合はインク吸入量が極端に多いのでペン芯でインクを支えきれない場合があるのじゃ。そこだけは現行品の方がはるかに優れている。
萬年筆にノスタルジーを求めなくなって以降、拙者は自分では戦前の萬年筆を持つことを止めた。1990年代以降に作られた萬年筆だけを集めるようにしている。インク漏れがする萬年筆を拙者の名で後世に残したくないのでな。

9こちらが調整後のペンポイント拡大図。どうしてもコレ以上は研磨では直せない部分を除いて、No.139/No.149の太字のペンポイントらしいスリットの空き具合、背中の落とし具合に加工した。
スリットがこれくらい開いていればペン先が衝突する不気味な音は出なくなる。インクフローにも問題は無い。
太字の場合はスイートスポットを10000番以上のラッピングフィルムで研磨しないこと。特に平面に置いたフィルムの上でペン先を研ぐと酷いことになる。
フィルムはエッジを丸める際にだけ使い、最後に耐水ペーパーで表面を荒らすことによって書き出し掠れを防ぐのが太字調整の王道。
では何番くらいかと言えば・・・これは好みにもよるので一概には言えない。BB以上でインクフローが潤沢な場合は1200番で荒らす事もある。極細ならラッピングフィルム15000番でツルツルに研いでも問題ない。

10今回は中字といっても太Stub程度の字幅なので、2500番の耐水ペーパーで大きな傷を付けたあとで、それを5000番で少し拭うように研磨している。
その作業は平面に置いた耐水ペーパーの上で行ってはいない。TWSBIの萬年筆ケースに入っているスポンジの上に耐水ペーパーの使い古しを置き、その上で極端な筆記角度で4〜5回強く字を書く。
ペン先にインクを付けて原稿用紙の上で書き味を試し、引っ掛かるなら再度丸め、滑れば傷を付ける・・・という作業を繰り返して完成!
このスポンジを使う前はペーパーを手に持って仕上げていたが、TWSBIのスポンジを使う方が仕上がりが安定し、かつ作業時間も短くなる。このスポンジのためだけにTWSBIを購入しても良いと思えるほど重宝している。
自己調整される方はお試しあれ。


【 今回執筆時間:3.5時間 】 画像準備1h 修理調整1.5h 記事執筆1h
画像準備
とは画像をスキャ ナーでPCに取り込み、向きや色を調整して、画像ファイルを作る時間
修理調整
とは分解・清掃・修理・ペンポイント調整の合計時間
記事執筆とは記事を書いている時間
  

Posted by pelikan_1931 at 10:00│Comments(3) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
この記事へのコメント
yoppee! さん

戦艦空母の話などおもしろく聞かせて頂きました。地下鉄の話も面白かったです。
Posted by pelikan_1931 at 2013年02月03日 16:24
この度は調整して頂きありがとうございました。不快なペキペキ音が改善されただけでなく、横細縦太の滑らかな書き味まで作っていただき本当にありがとうございました。今後ヘビーローテーションに入れガンガン書きます。
Posted by yoppee! at 2013年02月03日 14:04
師匠、荒らす感じ、拭う感じ、強い字を書く感じを明日、ご指導ください、道具だけは揃ってます(笑)
Posted by whitestar_ftl at 2013年02月01日 17:45