2014年11月24日

萬年筆は刃物 V3 その11  【平面から曲面へ研ぐ】

ペンポイントを研ぐ職人は萬年筆が生まれたころから存在していた。金に溶着したばかりのペンポイントは、たいてい球形をしていたはずだが、それを用途に合わせたペンポイントの形状に研いでいたはず。
これが工場内で行われていた成型という名の研ぎ。実は、この段階でペン先の素質は8割方決まってしまうのだと思う。
この段階での出来が悪ければ、いくら調整師(出荷後の微調整)が頑張っても、秀逸な書き味の萬年筆には仕立てあげられないはずだ。
左右不均等に削られたペンポイントや、腹のおいしい部分を削り取られたペンポイントの調整余地は少なくなってしまう。ちょうど素材と仕立ての関係にも似ている。
まずは成型が上手に行われていないと、研ぎ師も腕の振るいようが無いのじゃ。ところが最近の萬年筆では、この成型段階に難があるブランドが海外には多々ある。
もっとも、昔は良かったのに・・・というブランドと、最近良くなったねぇ・・・というブランドと、相変わらず良いねぇ・・・といろいろだがな。
さすがに、相変わらずひどいねぇ・・・というブランドは生き残っていないのが救いじゃ。 

この成型がうまくいって市場に出荷された萬年筆であっても、書き手の癖に合わせるためのカスタマイズが必要な場合もある、というか、ほとんどの場合はそうだ。
出荷段階の書き味で、何も問題ない・・・と感じている人の80%以上は、調整された書き味を経験すればペンクリ通いするかもしれない。それほど書き味は激変する。
まぁ・・・良い書き味は知らない方が幸せかもしれない。良い書き味を追求すると、次第に萬年筆やノート、インクの遍歴を始めることになる。それは終わりの無い旅になることも多いしぃ・・・

では、カスタマイズとは何か?【端的に言えば、スイートスポットを埋め込んでいく作業と言って過言では無い】 という調整師がいたら、その人は自己満足者でしかない。アッ、拙者のこと?

実は先代の仙台の大橋堂さんは、研磨しないでカスタマイズされていた。有名なのは軸の重心を変化させたり、インクフロー改善のカスタマイズだが、実はもう一つやっていた。
それは、極端な書き癖の持ち主に対しては、わざとペン先に段差をつける作業。これは書き癖を瞬時に把握するワザがあれば出来るが、どの程度段差をつけるかは経験知だけがたより。

ずーっと昔、まだ左に大きく捻って書いていた頃に金ペン堂さんで購入したオマスは、よく見ると、わざと段差がつけられていた。
不覚にもその時には、それが事前に施されたカスタマイズと知らず、段差を直してしまい、書き味激変。でも今更金ペン堂さんには持って行けず2〜3年ほど寝かせてしまった。

どうやらカスタマイズが必要な萬年筆の70%程度は、インクフローか重心かペンポイントの段差を変えれば対応できると悟ったのは今から20年以上前。

では何故、今の拙者のカスタマイズが研磨中心になっているかといえば、フルハルターの森山さんの紹介記事をいろんなところで見てしまったから。

その後、川口先生と長原先生が2人でやっていたペンクリニック(川口先生が修理、長原先生がペン先調整の時代)に初めて参加し、【筋がええのう、弟子にならんか?】 とお世辞を言われてからのめり込んだ。

プロの調整師が仕上げたペンポイントをルーペで凝視すると、そこには平面と曲面が混在し、その境界はほとんどわからないくらいに連続している。

平面はスイートスポット用、あるいは、太い線の芯として使われており、曲線部分は筆圧によって太字になったり細字になったり・・・を演出する。
ひっかかりのないスムーズな筆記感が好きなら曲面を多くし、ゆっくりと筆記角度一定で書く人には(一般的には)平面を多くする。逆に高速筆記の人には曲面しか研ぎ込まないほうが良い。 

改めて調整を見てみると・・・

★インクフローの調整(スリットの幅調整、空気穴を詰める/拡げる)
★筆記バランスの調整(おもりの埋め込み:中屋のバランスコントロール/大橋堂のキャップリング、コンバーターへの鉛巻き)
★ペンポイントの段差調整(捻られた側のペンポイントを上げる)
★平面の研ぎ込み
★曲面の研ぎ込み 

の中で、筆記バランス調整と、ペンポイントの段差調整はWAGNERのペンクリではやってこなかった。拙者の趣味の部分が多いのだがなぁ。

平面から曲面への研ぎ込みはWAGNERの調整師はかなりうまいと思う。今後は、他のワザも少しずつ、実戦で使ってもらおうと考えている。 

Posted by pelikan_1931 at 18:00│Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック