2018年09月07日

入れ歯と刃物の狭間

何年も前から〔万年筆は刃物〕と言い続けてきた。これは言い得て妙だと自画自賛しているのだが、この言葉だけでは、〔熟成 / 育軸〕などという言葉を表現できない。

実際、書き味の悪い萬年筆を使い続けていると、だんだんとエッジがこなれてストレスが減ってくることがあるのは間違いないのだろう。

残念ながら拙者は経験したことが無い。自己調整をやっていなかったころは、悪い書き味の万年筆に当たるとすぐに買い直していた。

そもそもふつうの人よりも筆記量が少なかったので、時間をかけて熟成することなど無理だわ・・・と悟っていたからだ。

〔熟成 / 育軸〕派は、今でも結構いらっしゃる。そして皆さん、かなり筆記量が多い方々ばかりだ。

また、〔熟成 / 育軸〕期間中は対象となる萬年筆ばかりを集中的に使って強引にエッジを丸めたり、筆圧でペン先を開きインクフローを良くするような作業をされている。

これは萬年筆のどういう状況を直そうかということが明確にになっていないと難しい。

目的さえ明確になっていれば、ひっかかりを目立たなくしたり、スリットを拡げるなどの行為は、比較的短時間で達成できる。

そして、その行為自体は、スポーツのトレーニングそのもので、かなり苦痛ではあるが、それをやっている自分自身に陶酔できる。そこには浪漫があるのだ。

拙者も数年前にそれに憧れて、買ったばっかりの萬年筆を調整無しで書き続けたことがあるが、まるっきり変わらないので半年でギブアップ!

筆記量が少ない上に筆圧が弱いとあっては浪漫は体験できないと悟った。

いわんや、筆記角度に合わせてペンポイントが摩耗してぬらぬらになるなんてあり得ないほど遠い将来のことになるし、そうなったら逆に筆記角度が狂うとガリガリに引っかかる。

いわゆる、〔コテ状〕のペンポイントは、使い続けて出来上がった平面がペンポイントの接紙に出来ている状態。

その筆記角度でのみ書き味が良いのだが、少しでも角度が変わったり、捻りが出るとエッジがガリガリと引っかかる。

実は、書き手に合わせてペンポイントを研いで絶妙の書き味にする際には、まずはこの〔コテ状〕をサンドペーパーでわざと作り、そのエッジを丸めていくのだ。

これによって、ヌメヌメでありながらどこにもひっかからないという理想の書き味が実現できる。

この状態を称して〔万年筆は刃物〕と呼んでいる。ここからは使うほどに書き味は劣化していき、ある段階になれば少しひっかかりが出てくることもある。

また、筆記角度が変われば、線幅が前より太くなったり細くなったりという不具合も出てくる。

そういう場合はペンポイントを研ぎ直せば、再度自分好みの書き味に変わっていく。

包丁でもカンナでも、刃物はすべからく研がれて状態が一番切れる。そして使うほどに切れなくなっていく。

ところが、萬年筆の場合は、使っているうちに不具合を感じなくなることがある。明らかにペンポイントが摩耗するだけの長期間書いていないにもかかわらずだ。

これに対して〔万年筆は入れ歯〕と名付けた。〔万年筆は刃物〕だけでは説明できない状態を表現するための補助理論。

入れ歯や差し歯や矯正装置は、入れた当初は気になって仕方なく、食べてもおいしくないものだが、数日たつとあまり気にならなくなる。

1ヶ月もたつとそれが普通になり、食べ物もおいしく感じられる。口が入れ歯に合わせて補正をするからだ。

書き味の良くない萬年筆の場合も同じで、〔最高の書き味を経験したことがなければ〕、使っているうちに手の方がペンポイントのおいしいところを見つけて握り方が変わる。

すごい人になると、数十本の萬年筆の個々のスイートスポットを手が記憶していて、数文字書いただけで最適の握り方、捻り方、筆圧に修正してくれるそうだ。

そういう人は、〔万年筆は刃物〕状態の万年筆が酷使によって書き味が劣化しても、〔万年筆は入れ歯〕現象が働き微調整をしてくれるのだとか。

結果として、調整された萬年筆をふつうの人よりも長い間、良い書き味で使い続けることが出来る。

また、そういう人の萬年筆を再び〔万年筆は刃物〕状態にするのはごく短時間の作業で出来る。

どうやら
〔万年筆は刃物〕状態に研いだ萬年筆を、〔万年筆は入れ歯〕現象で長生きさせられる人が、もっともストレスの無い萬年筆生活を送れるのだろう。

となれば、書き味の悪い萬年筆を
〔熟成 / 育軸〕する行為もトレーニングとしては必要不可欠なものと言えるのかもしれない。

ひさしぶりに苦痛を我慢してトレーニングを始めて見るかな?


Posted by pelikan_1931 at 21:59│Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote