2020年06月20日

アサヒカメラ 創刊94年の歴史に幕

2020-06-20今月号が月刊誌【アサヒカメラ】の最終号となる。コンテストに投稿したことは無いが、若い頃は毎月購入していた。

拙者が中学校の写真部にはいったころは、アサヒカメラ、カメラ毎日、日本カメラの3紙があった。

顧問の先生が毎月購入されてたのがアサヒカメラだったので、それは毎月貪るように読んでいた。

自分のお小遣いで購入したのは、日本カメラ年鑑という全写真用品が網羅されたデータ誌で年に一回発行された。

なんとその日本カメラ年鑑の全製品の性能と価格を(ほぼ)全て暗記していたのじゃ。

今ではひよこの記憶力と呼ばれている拙者にとって記憶力MAXの時代じゃ。

高校でも写真部に入ったが、2年先輩の部長がアサヒカメラの信奉者でスナップ派。

彼に徹底的に嫌われていたので拙者はカメラ毎日や日本カメラは読むがアサヒカメラは読まなくなった。拙者は技巧派指向だったのもある。

この頃の雑誌の写真コンテストでけっこう見かけた名前が荒木経惟さん。

この人はスナップ派なのでライバル視はしなかったが正直うまいなぁとは思ってた(と思う。古い記憶は混濁している)

今になって考えれば、当時一番格調が高かったのはカメラ毎日で、次がアサヒカメラ、最期が日本カメラだった。

ただしコンテストの投稿写真点数は日本カメラが一番多かったので、入選する確率は一番低かった。

その後大学4年生になってニコンF2を2台とレンズ4本(28/50/105/200)を購入し日本カメラに応募。

初めて入選したのが1975年3月号だった。

その後、ありとあらゆるコンテストに応募し、入選回数は75回だが、何故かアサヒカメラにだけは投稿したことは無かった。

ただし生涯で読んだカメラ雑誌は圧倒的にアサヒカメラ!

親戚のおじさんが写真好きで、自宅に暗室を持ち、アサヒカメラを創刊号から約25年程前に97歳で亡くなるまで買い続けていたので、訪問する度に読むふけった。

拙者はコンテストの評価(順位付け)をプロの写真家が行うものにしか応募しなかったので、アサヒカメラとは縁が無かったのかもしれない。

それにしても寂しいなぁ。最近は新型カメラの評価を知りたいがために購入することはあっても、応募写真をじっくりと眺めることはなかった。

焼きのテクニックが同等なら、1枚物の写真の評価は題名で決まり、組み写真の評価は見せる順番で決まると理解していたが、いまでもその思いは変わっていない。

文学性の無い拙者が1枚物の写真で最高評価(一等とか金賞)を一度も取れなかったのは、そのせい(題名付け下手)だったと今でも信じている。


Posted by pelikan_1931 at 23:56│Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック