2021年07月23日

旭川と台湾からの客人 (アーカイブ 2016年11月)

この旭川と台湾からの客人との出会いは、その後のWAGNERにいささかの変化を与えた。

旭川の客人は、その後の新潟大会にも何度か参加してくれた。そういえば、2017年には旭川大会を実施したのだが、それが盛り上がった。

ずーっと以前の徳島大会以来だと思うが、参加者全員が会場から抜け出してラーメンを食べに行った。

まてよ、その後の新潟大会でもそうだったかな?いずれにも旭川の客人がいたような気もするが・・・

そういえば2014年には、北見大会を開催したこともあった。地元に熱心な愛好家がいると、その地元で開催してみたくなっていた。拙者もまだ若かったなぁ・・・

台湾からの客人とは、毎年のようにお会いしていたのだが、台湾の万年筆事情をうかがって・・・

台湾で限定万年筆を作ろうと考えた。2017年、2018年、2019年には年間に何度も台湾に行った。6〜7回/年が最高かな?

台南ペンショーにも3回参加できたし、友人もいっぱい出来た。

当方はまったく存じ上げないのだが、会場へ向かう途中で〔たこ吉さん〕と声をかけられたこともあった。

はやく自由に行き来できる時代になると良いなぁ・・・ワクチン・パスポートを得る資格は持っているのだがな。




本日は、10:40羽田着の飛行機で旭川から来られる客人を迎えに羽田に行った。

旭川は吹雪だったらしく、機体の掃除に時間がかかり、到着したのが17分遅れた。

羽田は暖かく、拙者は上着無しで行ったのだが、客人はオーバーを着込んで到着された。

なんでも旭川では、冬は温度に関してはマイナスを省くのだとか。すなわち−4度なら4度、−10度なら10度と表現する。

一々マイナスと言わなくとも、マイナスに決まっているからなのだろう。

客人は本日は萬年筆を買いまくり、夕方の新幹線で新潟の実家へ行かれるとのことなので・・・

寒いところから寒いところへ行くんですね・・・】 と言ったら、

今日の新潟は、むしろ東京よりも温度が高いですよ。新潟というと豪雪地帯のように言われますが、元々の新潟市はさほど雪は降らないんです】 と教えてくれた。

拙者が信じていた【新潟から佐渡に行くには皆たらいを漕いでいく・・・】 というのもデマだとわかった。

旭川の客人は、ユーロボックスが初めてとのことだったので、ユーロに行くなら、ここははずせないという【山形田】 で田舎蕎麦を食べてからGO!

ユーロボックスに入ると、中は満員!といっても先客は6人ほど。そこに大柄な2人が入ったので、かなり厳しい状態に。

そこで拙者が声をかけられた。

そこには、台湾からの客人が!昨日日本に到着したのだとか。大学、大学院時代を日本で過ごされ、フェンテやWAGNERの古くからの会員。

特に日本製の手作り萬年筆が好きで、今回も万年筆博士やmasahiroの萬年筆を捜しているのだとか。

もちろん、明日の水道橋大会にも遊びに来てくれるらしい。N御大も喜ばれることだろう。

実は、この客人は、以前、TWSBIの社長が日本を訪問された際、拙者との会話の通訳をして下さったことがある。

ただ、時々、中国語⇔中国語➡日本語ではなく、英語⇔英語➡日本語になるのが可笑しかった。

その日本語を聞いて内容を理解し、拙者が英語で答えたり・・・はちゃめちゃで面白い会話だった。

場所は書斎館の屋外喫茶スペース。真夏だったが、シーンとした室内で大声で会話するわけにもいかんので、屋外でお話しした。

この会話が元で、TWSBI Diamond 530 を 6色作って貰い、計210本購入したのだが・・・なぜか今や手元に一本も無い。

最後に残っていた6本は、現在は、秋田のトミヤ文具店の萬年筆コーナーに展示されている。 

旭川からの客人は、ユーロボックスで購入した万年筆の箱を送ってもらうに際し、ご自宅の電話番号を藤井さんのご子息に伝えていたので・・・

大丈夫なんですか?自宅に電話がかかってきても?】 と聞いたところ、かなり狼狽されていた。

やはり、ごく一部の人を除き、家人に萬年筆専門店から電話がかかってくるのは恐怖なのだろう。 

その後、拙者は所用があり、六本木に行ったのだが、旭川の客人はその後どうなったのだろう?

無事越後に到着出来たのだろうか?それとも有り金を全て萬年筆に使ったのだろうか・・・?  


Posted by pelikan_1931 at 23:47│Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック