昔から〔万年筆は使い込めば手に馴染む〕と言われてきた。
拙者も調整を始める前は、トレーシングペーパーに文字を書き込んでいけば書き味が良くなると信じ、ひたすら書いていた時期もあった。
また、見開きの新聞紙に文字を書いていき、白い部分が無くなるまで書き込めば書き味が良くなるという万年筆愛好家もいらっしゃった。
たしかにそれもなくはないのだが、前提として下記のような書き味が悪い万年筆なら多少はマシになるというだけだ。
(1)あまりにペン先が詰まっていてインクが出ない万年筆を、ギューギュー押しながら書いていると、そのうちスリットが開く。
そうなるとインクフローが良くなり、筆圧が下がって書き味が良くなる。
(2)ガチガチに硬いペン先という前提だが、ペンポイントのエッジが立っている場合は、書いていれば片方だけは丸くなり書き味がマシになる。
(3)極端に捻って書く人の場合、同じ角度で字を書き続ければ、片方だけ摩耗して、外側のひっかかりが少なくなる。
書き味がマシになる主たる要因は、インクフローが良くなって筆圧が下がることと、エッジのひっかかりが無くなること。
これをせっせと熟成させる作業はロマンではあるが、非常に非効率。
少しはマシな書き味を得るためには、(書き癖がかわらなければ)少なくとも5年は必要だろう。
一本の万年筆を使い続けているのなら、むしろ、書き手がその万年筆のおいしいところを使うように、書き癖を変える方が多いはずだ。
それによって、書き味が格段に良くなったと感じてロマンを感じる。まぁ、それも悪くないのだが・・・
それに費やす(悪い書き味で書き続ける)時間はもったいないし、拙者のように筆圧の低い者には、さらに長時間が必要だろう。
〔万年筆は刃物〕理論によれば・・・
(1)万年筆の書き味は書き癖に合わせて調整した直後が最高であり、書くほどに書き味は落ちていく。
(2)だから包丁と同じように、一定期間使ったら再調整して、書き味を戻しながら使う。
要するに、万年筆は刃物なので、研ぎながら使うもの。そしていつかは使えなくなってしまうもの・・・なのだ。
だからこそ、万年筆は使い始めに調整師に書き癖に合わせて調整してもらえば、最初から気持ちよく使えるのじゃ。
万年筆談話室に、万年筆を調整に持ち込まれる方は多い。
最初は、思いっきり書き味の悪い一本をお持ちになるのだが、それを調整してとびきりの書き味になると・・・
今までは書き味に満足していた万年筆の書き味が悪く感じ始め、次々と持ち込まれるようになる。
料理で言えば・・・舌が肥えてしまって生半可な料理では満足できなくなるのだ。
過去何人かの著名な調整師の方々に聞いてみたが、調整した直後よりも、使い込んでいけば書き味が良くなると言った方はいらっしゃらなかった。
ペン芯とインクが馴染むのに少し時間がかかるので、調整直後よりも一ヶ月後の方がインクフローが安定して書き味が良くなることはたまにあるがな。
〔万年筆は使い込めば手に馴染む〕というのは、使い手側が万年筆の癖に合うように持ち方を変えるのだと考えた方が理屈に合っているし・・・
最初から腕のある調整師に書き癖に合わせて少し研磨してもらえば、30分もあれば、抜群の書き味の万年筆に変わっていく。
もちろん、万年筆の素質もあるので、安い鉄ペンが、金ペンを凌駕する書き味を得ることは、無いわけでは無いが確率は低い。
また万年筆にあった握り方や筆圧のかけ方もあるので、万年筆に優しい握り方、書き方の(リアル)講座も誰かにやってもらいたいものじゃな。