2022年09月07日

【 Pelikan M710 トレド 18C-M ピストンが硬い! 】 アーカイブ 2010年11月

調整とは研磨するという工作ではなく、ボディ重量と書き味の最適解を見つける数学なのかもしれない。メーカー調整師が、職人ではなく学者に見えるのもそのせいかもしれない。

という表現を見て、おもわず苦笑いをした。〔物理がわからんやつは自分でペン先をいじるな!〕とのたまわった調整師がいらっしゃった。



2010-11-03 01今回の依頼品はPelikan M700 トレド。尻軸にはW.-GERMANYとの刻印がある。この大きさと重さのバランスは実に具合が良く、拙者も2本ほど持っている。

そちらは18金一色ニブでBB。非常に軟らかいペン先であるが、柔らか過ぎて実用にはならない。

今回バイカラーの18C-Mに触れてみて、これは良い!と感じた。調整によって書き味が激変する素質を持っている。

依頼内容はピストンが硬すぎるのでなんとかして欲しいというもの。確かに硬い!毎日インク吸入をしていたら、女性でも筋肉隆々の体になるのでは?というほど硬い。

M400型なので尻軸を後ろから一度でもはずせばシェラックで接着しない限りピストンがすぐ抜けるようになってしまう。

M400なら良いが高価なM700トレドにはかわいそう。そこでピストン機構を外さないままトライしてみた。


2010-11-03 022010-11-03 03まずはペン先であるが、先端部の寄りがかなり強い。

本日ユーチューブで独逸人が紙に萬年筆で書いている映像を見て、なぜPelikanのペン先がこれほど硬くなってきているのかを理解した。

ペンを立てて横には音が出るほどのスピードで書く。

ペン鳴りなんていう上品な音色ではなく、ペンの悲鳴に近いようなすさまじい音をたてる。

そして縦線は全体重をかけているのではないかと思うほど力を入れてペン先を開く。

それを解説しながら、このペン先は横線と縦線の差が大きいのでイタリックの文字に適している・・・とかなんとか言ってるらしい・・・想像だが。

これでは拙者が持っている金一色ヘロヘロニブなどひとたまりもない・・・

それもあってか、このバイカラーペン先では、容易にはペン先が開かないように寄りを強くしている。

しかし依頼者の筆圧は低いので、こでは満足のいくインクフローが得られない。多少の調整が必要と見た!


2010-11-03 042010-11-03 05横顔は良い感じ。依頼者の筆記角度にもマッチしているので、これ以上の形状変更研磨は必要ない。

ただ天頂部のかすかな丸めと、スリットを開くことによって引っ掛かり始めるエッジ処理は必要。

あまりに寄りが強いとエッジが紙に当たらずエッジ処理は必要なかったのだが、スリットが開けばエッジが紙にあたってしまうのでな。


2010-11-03 06まずはペン先ユニットを外し、ボンドのシリコンスプレーを軸内一杯になるほど吹き込んでピストンを上下させたが、まったく効果がなかった。

インクや水と同じく、全てピストンによって押し出されてしまい、ピストンと軸との隙間にシリコンが入らない・・・失敗!


2010-11-03 07そこでシチズンの時計用シリコンオイルを軸内に塗ってピストンを上下させることにした。

M800であればピストンユニットを外し、ピストンの外周にだけ塗る程度で良いのだが、ピストンユニットを外せない場合は一工夫必要になる。

シリコンオイルが絶対にペン先ユニットのネジについてはいけない。付くとユニットが書いている途中でグラグラになるほど緩んでくることがあるのじゃ。


2010-11-03 08そこで秘密兵器を使う。これは少量の薬品を扱うためのアルミニウム製の匙(さじ)。その先端部をわずかに反らせた道具。

これは胴軸内に直接シリコングリースを塗るために作ったもので、かれこれ5年ほどは使っている。滅多に出番が無いので自宅調整専用で、通常は持ち歩いていない。


2010-11-03 09先端部の拡大図がこれ。この上側(猫背の部分)にシリコングリースを少量乗せて、首軸に空いた穴から内部のネジには触らないようにそぅ〜っと・・・・

胴軸内まで先端部を前進させ、あとは壁面に伸ばすのじゃ。この作業がやりやすいように軸を若干曲げてある。

まるで爆弾処理班が信管を外すような作業だが、慣れれば一瞬で終わる。

そのあとピストンを数回上下させれば、嘘のように軽い動きになる。シリコングリースはインクには溶けないので、そのままインクを入れて使えばよい。


2010-11-03 10インクの出を良くするために、多少スリットを開き、形状を整えた上で、秘密の紙の上で8の字旋回を四方向に各100回。

その後インクをつけて紙に書きながらスムーズでない部分をラッピングフィルムで擦ってエッジを取ったあとで、最後にペンポイント表面を2500番で少し荒らす。

これでインク掠れが発生せず、なおかつ、滑らかで細字らしいかすかな筆記音を出す萬年筆になる。

筆圧をかけず、低い筆圧で書き始めてみると・・・ああ、やはりトレドは違う!と思わせてくれる書き味!

調整とは研磨するという工作ではなく、ボディ重量と書き味の最適解を見つける数学なのかもしれない。メーカー調整師が、職人ではなく学者に見えるのもそのせいかもしれない。


【 今回執筆時間:2.5時間 】 画像準備1修理調整0.5記事執筆1h
画像準備
とは画像をスキャ ナーでPCに取り込み、向きや色を調整して、画像ファイルを作る時間
修理調整
とは分解・清掃・修理・ペンポイント調整の合計時間
記事執筆とは記事を書いている時間
 


Posted by pelikan_1931 at 23:59│Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック