ずいぶん前の記事なので、No.149の各モデルの時代設定についていささかの誤解もあったようだが、ストーリーに関係ないのでそのままにしておく。
それにしても1980年代の開高健モデルで18C-Mの角研ぎ。拙者が一番感動したNo.149がこのタイプ。本当に気持ちよく書けるペン先じゃ!
ピストンガイドを交換するなんて、オリジナル性にうるさくなった最近では絶対にやらないが、当時は依頼者の要望でやっていたようだ。
いくら改造しても、持ち主の身元がわかっているので、そういう物が市場に流れて新しいコレクターを混乱させる・・・なんて発想はなかった。
しかし我が身を振り返ってみても、当時インクを入れていた万年筆は、今では一本も残っていない。嫁ぎ先は全てWAGNER会員だが・・・
その会員だっていつまでも後生大事に使っているとは限らない。そう市場に間違った構成のNo.149モデルが流れた可能性は大いにある。
そこで現在では、オリジナルに戻すという目的のパーツ交換はやるが、オリジナル改変となる修理は基本的にはやらない。No.146/149に限っての話ですがね。
やるのは2本の壊れたNo.146/149のパーツを集めて一本を救済する時だけ。明らかにニコイチとわかる場合だけやることにした。
たとえば、下記にある軽いピストンガイドに角形クリップ付きモデルとか、少し研究していればニコイチだとわかるものだけ。
まったくNo.146/149を知らない人(構成の知識が無い人)がニコイチを発見できないのは致し方ないだろう。
言い換えれば、本当にNo.146/149を集める気なら、それぞれの時代の構成を知っていなければ無理じゃ。
情報は〔萬年筆の迷走〕Blogや、趣味の文具箱の過去号に掲載されているので、まずは捜してお読み下され。
研究は捜すところから始まる。結果だけ入手しても身につかない。
今回の依頼は80年代のNo.149に90年代のピストンガイドを装着する事じゃ。
80年代のNo.149は基本的にピストンガイドの見える部分がプラスティック製。それに対して90年代No.149は金属製のピストンガイド。
万年筆の後ろを持って書く人の中には、重心が後ろにあるほうがペンを取り回しやすいと感じる人が多い。特に今回の依頼者は左利きなので、さらにその感を強くしたのであろう。
右の画像で上が90年代のNo.149で下が80年代のNo.149。
上のNo.149のピストンガイドを外して、下のNo.149のピストンガイドと交換するのが指令じゃ。
拙者も以前は同じようなピストンガイド交換をして使っていたが、利用するよりコレクション目的の保持比率が増えるにしたがって、オリジナル製を重んじるようになった。
No.146からNo.149に万年筆をUpgradeした人は、No.149の重心位置が前すぎると感じる人が多い。
現行品ではさほどでもないが、80年代以前の物はふわふわして書きにくいと感じるとか・・・
そこで重さを量ってみた。90年代のNo.149が36g、80年代のNo.149は28g程度。その差は8g程度だが、そのうち5.5gがピストン部分の重さの差じゃ。
そしてピストンガイドの差が5.4gとそのほとんどを占める。したがってピストンガイド交換で重心位置を変えるという依頼者の意図は正しい!
このピストンガイド交換によって80年代のNo.149は28g→33.4g、90年代No.149は36g→30.6g程度となる。全体重量は逆転した。
当然重心位置も変わり、80年代No.149は現行品に近いバランスになる。70年代後半〜80年代前半のNo.149と同じ開高健モデルのペン先。
ペン芯に上下スリットがあるので、80年代No.149の可能性が高い。
左のようにピストンガイド以外は交換しなかった。重心位置の好みは驚くほど変化する可能性があるので、いつでも元に戻せるようにしておくのが基本。
金属部分のほんの少しの違いで5g以上の重量差とは・・・金属恐るべし!
それにしても80年代のピストンガイドの金属とプラスティックの接合は見事。どうやって接合してあるのじゃろう?
これが80年代No.149の当初の状態。ペン先が詰まっておりややインクの出が悪い。
おそらくはエボ焼けの影響もあると考えて分解してみる事にした。エボナイト製ペン芯のNo.149はエボ焼けのせいでインクフローが悪化しているものが多い。
これは長年、Montblanc社の悩みだったはず。ヘミングウェイ発売に合わせてペン芯をプラスティック製にしたのは・・・
単にコストカットだけの為ではなく、エボ焼け対策もあったと思われる。
ただし、ペン芯の設計に失敗したのか、エボナイト製ペン芯のモデルよりもインクフローが悪化する事もあって、デュマあたりでペン芯の設計を変えている。
その後も多少の設計変更はあるらしいが、最近のモデルは身の回りで誰も持っていないので良くわからん。
ペン芯は新しいほど工夫がされていると見るのが正しいが、見栄え上はエボナイト製じゃな。
それほど字を書かない拙者は断然エボナイト製ペン芯が好きじゃ。理屈ではなく、好みの問題!
これが首軸から取り外した直後のペン先。表面はせっせと清掃していたのか、まったく汚れていないが、首軸で覆われた部分にはエボ焼けがびっしり!
ペン芯の裏にも酷いエボ焼けが!ここまで来ると必ずインクフローに悪影響を与えている。
エボナイト製ペン芯付きのNo.149を長期間利用している方は、一度エボ焼け除去をした方がよかろう。
これはペンクリで頼める作業では無いので、サービスセンターに持ち込むか、分解器具を持っている店か、WAGNERに持ち込むかじゃ。
インクフローに問題なければ放置してもよいがな。
こちらがエボ焼けを除去したニブの表側。根元の部分が綺麗になっているのがわかろう。
ただ困るのは開高健モデルは素材が薄いのでかなり首軸に突っ込まないとちゃんと固定しない。
エボ焼けも立派な隙間補填になっていたかもしれない・・・って事は無い!
こちらが裏側。エボ焼けは見事に除去されている。ここまでくればインクフローに改善は見られるが、スリットの詰まり具合も多少は改善しておいた。
いくらインクをペン先まで誘導してもスリット先端が開かないと潤沢なインクフローは得られない。
特に重心が後ろにあるのが好きな人は、概して筆圧が低い。
従ってイリジウムを紙の上にそっと置いただけでインクが出るほどの状態にしておかないと書き出しでインクが掠れてしまう。
これが出来上がり。ペン先を首軸に突っ込んだ状態は当初と同じ。ただしペン芯をやや中に入れてある。この方が横から見た際に美しいからじゃ。
最近、万年筆を分解していじることに対して批判的な意見も出てきているが、万年筆は道具。
その道具を最良の状態に保つ最低限の知識と技能は身につけていて損は無い。
ただし、しかるべき熟練者から指導を受けないで見よう見まねでやると、拙者と同じく万年筆の屍の山を作る事になる。
そういう悲劇を防ぐためにも来年からは、WAGNERの表定例会と地区大会で分解・調整講座を開催することとする。
スケジュール表は2007年1月1日付けのblogに先行して掲示してある。
実際にMontblanc No.149を分解する工具を自分で作るところから実習する。
興味のある方はぜひご参加あれ。なを実習結果もBlogで公開するので、ご参考までに。
しばらくは新たな屍を増やす事もあろうが、長期的に見ればアジアの万年筆利用者の救いにはなると考えておる。