2022年12月04日

〔 ひと昔前のカタログ【ペリカン】その1−1 〕アーカイブ 2006年6月

当時のペリカンの総代理店であったアーノルド・ベルンスタインが作ったカタログも、かなり大げさな表現に溢れている。

カタログの本社の絵も、戦前の最盛期の工場の絵であって、M100が売られていた時の物とは違うはずだ。

当時は誇大広告などの規制が弱かったのだろう。Pelikanは総合文具メーカーであって他の万年筆メーカーとはやや趣を異にしていた。

むしろ、日本の3社に近い事業形態。ずいぶんと長く総合文具メーカーの旗をあげていたが・・・

インクカートリッジの特許紛争でキヤノンに負けてからは、いよいよ会社が危なくなっていたのではなかったかな?

ペリカン企業体はあまりに複雑でよくわからない。本社はスイスで経営トップ層はマレーシア人という噂も聞いたが真偽にほどはわからない。

株式会社と言うより、合名会社に近いのではなかったかなぁ?うろ覚えだがな。

そういえば、ハノーバーにある旧ペリカン本社・工場跡地は、シェラトン・ハノーヴァーペリカンホテルになっている。

大人ひとりが2泊しても36,000円と非常にリーズナブルなホテル。

ペリカンの工場の池に飼われていたペリカンは動物園に預けられたと聞いたが、まだ生きているのかな?

ペリカンの寿命は15年から25年なので、このホテルが出来たときに生まれたペリカンなら天寿を全うする時期じゃな。

このホテルに泊まった方のレポートが===> こちら



今週はトラブルのおかげで1日ズレてしまったが、これからしばらくはPelikanのカタログを毎週金曜日にUpする。

年代の古い方から新しい方へ順次掲載じゃ。もっとも年代が特定できないカタログもあるので、その場合は適当に・・・

第一回目も年代は特定できないが、同じモデルの金額が一番安いので古いカタログと判断した。

この時代には#400の復刻版がまだ出ていない。日本でのPelikanの知名度は今一歩ではなかったかと思う。


2006-06-03 Pelikan 012006-06-03 Pelikan 02左が表紙、右が裏表紙じゃ。まず驚くのは、久保氏の会社名と住所が今と違うこと。

現在は住所は【堀切】で、【久保工業】だが、当時は【西日暮里】の【久保製作所】!

日本総代理店もアーノルド・ベルンスタイン。Googleで検索しても出てこないので、もう存在しない会社か、個人だったのかも?

私書箱を使っているが私書箱のメリットってのは何かなぁ?一々受け取りに行くのであれば不便なような気がするが。

例によって、説明文には疑わしいところがある。【1929年にはピストン式インク吸入の万年筆がペリカンによって発明されました】とあるが・・・

拙者は、ピストン吸入の特許は他社が開発したものをPelikanが使用権を払って使ったものじゃと理解しておる。

ま、あまり細かい事言ってもしょうがないかな・・・ 【世界の筆記具界に君臨している】とはいっても当時の会社の規模はParkerの方が大きかったはずじゃ。   


     関連画像

裏表紙の工場画像は戦前のもの。けっこういいかげん!


2006-06-03 Pelikan 03モデル名の頭にMがつくのがピストン式、Pがつくのがカートリッジ式。

Pがつくのがピストン式と覚えてしまいそうじゃ。それぞれ何と言う単語の頭文字だろう?

14金無垢のM100はM60と比べてペン先も大きく軸も太いし、値段も5倍ほど高い。

Pelikanの高級万年筆としては最も不恰好じゃ。しかしM100の金無垢ボディは一度触ってみたい。

M30とP30は並べて比較したい。出来れば重量計測も! 写真はM30であり、P30にはインク窓が無いと推理しているのじゃがどうかな?

時々想像を裏切るのがPelikanの独創的なところじゃ・・・・ どう考えても尻軸処理はP型(カートリッジ式)の方が高級そう。

この一冊目のカタログは3回に分けて紹介するが、3回目がすばらしい。お楽しみに!
 


Posted by pelikan_1931 at 23:59│Comments(0) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック