現在、ペンポイントを製造しているのはヘラウス社とパイロットのみと言われている。
いずれもペンポイントの大きさに即した玉を成型しているので、渡部氏の表現は「それぞれの太さに合わせた大きさの物を使う」ということだろう。
最初のころは産出したイリドスミンを割って、それを金に溶着した後で磨いてたのかもしれない。
現在では粉末のイリジウムを電気熔解して玉状にしてから溶着している。
ただヘラウスでは超細長い直方体のような素材も作っていると聞いた。
それをペンポイントの横幅(たちえばBBBB)に合わせて切断してから金に溶着して超極太のペンポイントは作られるのだとか。
ひょっとすると、Montblancのカスタムメイドのペン先などは、このイリジウム直方体を使っているのかも?
ウォーターマンへの尊敬と対抗心にあふれた【第ニ章】
第二章からは拙者の興味を引くような工作上の説明が随所にあるので、それを引用しながら意見を述べてみたい。
イリジウムに切り割を入れる工程が描かれていたので現代語に直して引用すると・・・
【あの鋼よりも硬いイリジウムを切り割るのに銅の鋸を用いることは興味に値する。
柔良く剛を制すとは人情の機微を道破した言葉であるばかりでなく、機械工学上の一つのパラドックスとしてもまた興味あることです】
講釈師のような語り口はかなり大げさだが、当時はこれくらいの方が受けたのかもしれない。
1行であっさり書ける事を3倍に膨らますにはどうすればよいのか良くわかる。実は拙者も頻繁に使っている手じゃ。この面では引き分けかな。
次は非常に重要な記述じゃ。
【イリジウムを切割ると、これを細字、中字、又は太字に研ぎ出しますが・・・】
これは細字は初めから小さいイリジウムをつけるのではなく、大きな玉から研ぎ出すことを意味しているのかもしれない。
あるいは、小さなイリジウムを付けたものを研ぎ出すという意味かもしれない。これを解明するヒントが、すぐ後の文章に出てくる。
【世界一を誇るウォーターマン万年筆工場で、イリジウムの研ぎ出しを行う生産性は、30歳〜40歳の男盛りの職人が一人で一日に100本前後。
パイロットでは20歳前後の若者が250本を研ぎ出す】
いくら機械で研いだとしても大玉から細字を研ぎだすのには時間がかかる。労働時間10時間として600分。一本分のペン先の研ぎ出しが2分半で終わるわけが無い。
これは細字には小さなイリジウムを溶接し、切割りを入れたあと、チャーチャーと成形しただけ。ウォーターマンくらい時間をかけて成形しないとロクな玉は出来なかっただろう。
生産性だけで優秀性を語ろうとしたところに渡部氏の大きな考え違いがあったのではないかな。
エボナイトを削るとすぐに刃物が切れなくなるというのは、多くの職人さんから聞いたが、なぜそうなのかがこの本に記載されている。勉強になった!
【エボナイトその物がゴムと硫黄の化合物である為、加工中刃物は旋削熱により、その刃先に硫化作用を受け、たちまち切れ味が鈍ってきます】とさ・・・
【万年筆が発明されたのは1830年。今から96年の昔であります。】という表現がある。当時の定義では、スタイログラフィックペンも万年筆だったのだろう。