2011年03月11日

趣味の文具箱 Vol.19 3月12日発売!

2011-03-11 01趣味の文具箱 Vol.19が手元に届いた。今回も物欲刺激しまくりじゃな。

今回集中的に紹介しているのは、セーラーの100周年記念モデルの【島桑(しまくわ)】と、【有田焼-染付桐鳳凰(そめつけきりほうおう)】で開発秘話まで掲載されており実におもしろい。

島桑は本来は【しま】と呼ばれ、【学名:Morus australis 別名:ヤマグワ 沖縄名:クヮーギ(桑樹)花期:春】という貴重な高級木材。それに拭き漆を塗り、100周年の文様は蒔絵という懲りよう!もちろんキャップと胴軸の模様も合っている。定価は157,500円と高価だが、値段に見合うだけの手間がかかっている。これは買いじゃな!さっそく電話で注文した。

もう一本の有田焼だが、これは会津塗の専用箱に、萬年筆、ペーパーウェイト、インク瓶、ペントレイが入って100万円!100セット販売するらしいがとても買えない・・・。実はセーラーの有田焼モデルは、萬年筆愛好家よりも有田焼愛好家に売れているようで、全色セットで購入する人も多いとか。おそらくこのモデルもかなりのセットが有田焼愛好家の手にわたるのであろうな・・・

その他にもトレドの製造工程が紹介されている。最後に酸につけるというのがおもしろい。ひょっとすると銀を燻したあとで遊べるかもしれない!

さらにはPelikan M101N トータスシェルブラウンも詳細に紹介されている。ペン先の刻印も当時と同じデザインにしているのは立派。ペン先は14金で、どうやらガチニブらしい。特別生産品となっているので、あるいは長期間販売されるのかもしれない。こちらもBBニブ付きで予約済み。

そしてため息が出そうなのが、ファーバーカステルのPen of the Year 2011の翡翠(ひすい)。単なる翡翠の板ではなく、それぞれに彫刻を施している一品。価格はまだ確定していないらしいが、予価42万円定価で30万円くらいでしょう〜・・・と言われて予約していたのだが、どひゃ〜!想定外の高価格(泣

ただし、これが 最後の Pen of the Year とも聞かされたので迷うところじゃな。最後の何とか---には弱いので。

でも本号の一番の買い商品は、趣味文が企画した、セーラー プロフェッショナルギア レアロ ブルー軸長刀研ぎ。回転吸入式のショップオリジナルは初めて!プロギア・レアロのショップオリジナル解禁日は3月(定番品プロギア・レアロ発売1年後)のはずだが、そこに合わせて出したとは!なんとなくフライングのような気もするが・・・明確な定義が無いので良しとしよう。

WAGNER 2011 も同じベースの通常ペン先で考えているが、軸色は未定。またペン先とキャップリングにWAGNER 2011の刻印を入れるのは、WAGNER 2010といっしょ。また今回はペン先は全バリエーションから選べることにする予定。

趣味文に先を越されたので急がなくちゃ!萬年筆研究会【WAGNER】は企業ではないので、販売店経由での発注になる。

既に半年以上前から販売店と相談しているので色とデザインが決まれば早いよ!希望色があればコメント欄に書いてね!
  

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2009年12月28日

月曜日の調整報告 【 Pelikan M425 18C-M ピント調整 】

2009-12-28 01 これは先日の萬年筆研究会【WAGNER】中部地区大会において物々交換でGetしたPelikan M425濃い緑の半透明軸じゃ。コレクションのかなりの比率がPelikan製という拙者ではあるが、現行M40X系の萬年筆は一本も持っていないことを昨日気付いた。

 同じ大きさの#500や#600、またM700やM710などはあるのだが、M4Xシリーズは一本も持っていなかった。実に不思議。何度も調整で手にしているので、てっきり持っていると考えていた。

 重さは23.7g。#500が13.7g、M710(赤トレド)が23.4g、M710(銀トレド)が22.5gであるからかなり重い軸じゃ。

2009-12-28 022009-12-28 03 ペン先には全身ロジウム鍍金が施されている。プラチナ鍍金かもしれないが、若干輝きが弱いのでロジウムと判断した。間違っているかも・・・

 ペン芯とペンポイントの位置関係が拙者の好みとは違っている。ペン芯の頂点がペン先の模様の先端部と一致しているのがM4X系の場合は美しい。

 またスリットは詰まっており、インクフローは悪い。またペンポイント先端部が丸いので、若干ピントがズレた状態になる。すなわち筆記視差が出る。

 これを直すには、先端部をBニブのように平たく研げばよい。実際には1200番の耐水ペーパーに垂直に立てたペンを10往復するだけでよい。仕上げに背中側を5回ほど平面仕上げ。

2009-12-28 042009-12-28 05 ペン芯の位置関係は多少修正する。現段階ではペン芯の14枚のフィンが首軸から見えているが、これを15枚見えるように若干前に出す。

 またペンポイントは綺麗に研がれているが、拙者が書くとガリガリ。すなわちスイートスポットが合っていない。そこでスリットを多少拡げた上でスイートスポットを削り込み、最後に仕上げでそのスイートスポットを隠す・・・という作業をするのじゃ。

 最後のところがポイントですぞ。スイートスポットを残したままだと、ルーペで見て仕上げが雑に見えるのでな。ちなみに拙者のペンクリでは、必ず最後のところも実施している。多少時間がかかるがご容赦を!

2009-12-28 06 こちらがソケットから外したペン先。既にスリットは拡げてあるが、ペンポイントの頂点は削っていない。こういう全身ロジウム鍍金ものはインクフローが良いと言われている。ただ拙者のようにスリットをわずかに拡げる調整を施す物にとってはその効果はわからない。スリット開きの方が遙かにインクフローには効果が大きいのでな。

2009-12-28 072009-12-28 08 首軸に取り付けたら多少先端部を絞るが決して密着はさせない。これがBB〜Mまでの調整法。FやEFの場合にはペンポイントを密着させる場合もある。これはインクとペン芯の相性で毎回微調整する。

 ペン先のスリットは自動車で言えば空気圧のようなもので、タイヤを交換すれば必ずチェックするはず。だからこそ、少なくともペン先のスリットを狭めたり、拡げたりする技は皆さんに覚えてもらいたいのじゃ。萬年筆生活が豊かになること受け合いですぞ。

 ペンポイントの先端部が調整前と比べてフラットになっているのがわかるかな?このフラット化がピントあわせのコツじゃ。【萬年筆のピント調節】に関して世の中で初めて取り上げたのはstand_talkerしゃん。来年は時間を作って定例会にも何度か参加してくれそうじゃ。

2009-12-28 092009-12-28 10 これがスイートスポットを作り込んでから、その痕跡を消し去ったもの。紙に当たる部分が若干平たくなっているのがわかるかな?

 この調整で腹の部分をさらに落とせば、Stub調の書き味になる。一度上記の状態に研磨すれば、そこからの変化技は意外に簡単。まずは調整の基本である、スイートスポット作りと、その痕跡消しを覚えると、ルーペで見てホレボレするような仕上がりになる。研究されたし!


【 今回執筆時間:2.5時間 】 画像準備1h 修理調整0.5h 記事執筆1h
画像準備
とは画像をスキャナーでPCに取り込み、向きや色を調整して、画像ファイルを作る時間
修理調整
とは分解・清掃・修理・ペンポイント調整の合計時間
記事執筆とは記事を書いている時間
  
Posted by pelikan_1931 at 07:30Comments(3) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

2009年12月24日

【Pelikan Red Book】 その20

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 今回紹介するのは73頁から76頁のはずなのだが73頁以外はページ数が記載されていない。この本が発売された当時の現行品なので、広告ページなのかな?

 いずれにせよ73頁の【Literatur】とか【Firmenperiodika】にはどんな内容が書かれているのか知りたいなぁ。

 74頁にはMajestyやDuctusなどの新しいラインも紹介されているが、このあたりは日本での評価は厳しいかな?ことPelikanに関しては、ファン自体が外形変化を嫌う傾向があるのは事実。実際Pelikan 100からM400では大きな外形変化は無い。機構の変化はもっと小さい。

 Pelikanが萬年筆を作ってから80年ということを考えると、この差は無いに等しい。そこにMajestyやDuctusをぶつけて成功するかなぁ・・・。拙者は新しい物が好きなので大歓迎だが、拙者がPelikanの経営者だったら、株主の事を考えたら、別の冒険をするなぁ・・・。ペン先の柔らかさや色合いのバリエーションとか、自分でカスタマイズ出来る部品とか(天冠や尻軸やクリップ)など。

 この頁で目を引いたのは、インクジェットプリンターのインキを入れる器具?空になったインクカートリッジを置くと、充填してくれる!これは良い。以前、キヤノンのカートリッジ用にインクを補充する別会社製品を購入したが、手が汚れただけで大失敗。だがPelikan方式なら使えるかも。ただキヤノンとPelikanとの間には訴訟があって、Pelikanが負けたはずだ・・・これとは無関係であろうが。

 75頁の女の子のペンの持ち方を見ていると、この娘は将来、萬年筆のペンポイントの右側を摩耗させる書き方になるであろう事が予想される。太字なら調整が必須じゃ。残念ながらPelikanには右オブリークがないのでな。

 ちゃんと【Das ist ・・・】と独逸語で筆記している。あたりまえだが・・・。ちなみにこの娘が使っているのは萬年筆。いFullhalter。

 Pelikan Grifixというらしいが、独逸版ドクター・グリップかも?この萬年筆は欲しいなぁ・・・日本でも売っているのかな?グリップ部が左右非対称というのも良い!

 76頁のペリカンはかわいい。ペリカンは肉食の大型鳥で、魚も食べるが、他の水鳥をもガシガシ食べてしまうほど獰猛。このキャラクターとは違うが、Pelikan社のキャラクターとしては、目つきの悪いペリカンよりは、湖の畔に生息する愛らしいペリカンの方がふさわしい感じがする。中央下のペリカンなんておしゃべりが好きそうだし・・・こういうPelikanが良いなぁ!


 今回もattempto(1477番)しゃんに補足説明をお願いしたい。よろしく!




☆☆ ここからがattempto(1477番)しゃんからのコメントから転記したものじゃ!


こんにちは。歴史編はこれでおしまいみたいですね。

Literatur(参考文献)のうち、ペリカン社関連では左欄上から5番目の緑表紙本や9番目の100年史(Bromfieldさんのブログ2009年8月17日、20日付け記事が改竄を取り上げたそれ)など、師匠をはじめ皆さんお持ちだと思います(私も探し始めましたが、なかなか見つかりません)。あとは、おもにハノーファーの歴史に関するものです。

Firmenperiodikaとは社内報・社内誌のこと。紙(誌)名の変更はあるものの、1971年まで2紙(誌)が併存していたようです。どう違うのでしょう。

74ページ以降(題目は「ペリカン、新たな高みへ」)は、ご指摘の通り、MajestyとDuctusシリーズを筆頭に2007年以降に発表された新製品群の宣伝としてしか読めませんねえ。

PowerPadは、たぶん訴訟の関係でこの市場に出遅れたペリカン社が開発したキヤノンとHP社のインクジェットプリンター・カートリッジ用リフィルとのこと。ネット上で見つけたテスト記事によるとインクをカートリッジのスポンジにしみこませるのに15分ほどかかるうえ、インク残量の警告が無効になるなど賛否両論の模様です。

griffixは、クレヨン、鉛筆、サインペン、万年筆を学習段階に応じて順に子供に覚えさせる仕組み。ボールペンが入っていないのは筆圧をかける筆記具は別という認識でしょうか。それぞれの筆記具にあわせた練習帳も出ています(右中央写真)。何が違うのか、紙質なのか、いちど手に取ってみたいですね。

mini-friendsは動物マスコットを前面に押し出した幼児用のお絵かき用具セットだそうです。

とりあえず、そんなところで。では、良いクリスマスをお迎えください!
  
Posted by pelikan_1931 at 08:17Comments(3) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

2009年12月17日

【Pelikan Red Book】 その19

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 今回は現行ラインの紹介記事になる。70頁から72頁まで。最初の写真にはM300が掲載されていない。本文でもM300に言及していないように見える。日本ではカタログにも掲載されているのに不思議・・・

 まったく人気が出なかったPelikan Signumの発売が1979年。はっきりいってMontblancのノブレスと区別がつかなかった。

 万年筆くらぶ【フェンテ】に入会した頃、諸先輩が【あれはひどいですねぇ・・・】と言っていたのがSignum。

 【そうですか?なかなか良いじゃありませんか!】と拙者は反論していたのだが、Montblancのノブレスと勘違いしていた。お恥ずかしい限り。

 そしてPelikan M400が発売されたのが1982年と記されている。このM400が、当時日本で販売されていたPelikan #500の事を指しているのかは不明じゃ。

 その当時の金一色ニブはヘロヘロに柔らかいが、往年のPelikan 400NNのような書き味を期待した人には不評だったと思われる。ビヨ〜ンビヨ〜ンと筆圧を受け流す、柳の枝のような反発力を期待すると落胆が大きい。むしろ往年の両ベロのONOTOのような柔らかさ。

 これは18金一色ニブの時代のPelikan #600にも引き継がれた。これが拙者がもっとも好きな萬年筆。公表するのは初めてのはずだが・・・もう一生書くのに困らないだけの本数をかき集めたので公表してもよかろう。

 71頁には日本でまったく人気のないCelebryも掲載されている。既に2009年の輸入筆記具カタログには掲載されていない。なかなかバランスの良い萬年筆なのだが、カートリッジ式というところがネックなのかな?

 そして1996年にはLEVELペンが発売された。鳴り物入りで発売されたのでつい購入してみたが、拙者にとっては現代風インキ止め式に思われたのですぐに興味を無くしてしまった。

 キャップを外してから一作業するという行為がどうしても耐えられない。鶏の記憶力とか、蚤の記憶力と笑われている揮発性メモリー装備の拙者としては、一作業している間に書くべき事を忘れてしまうのでな・・・

 72頁には限定品がいくつか紹介されているが・・・マジェスティは定番品(M7000)で2007年に発売された。世界の万年筆祭りの会場でチェックした際、内蔵の回転吸入式の筒と胴軸が擦れて傷がついていると拙者が指摘した事が原因で販売が延期になった・・・という噂がまことしやかに流れたことがある。真相はどうだったのだろう?そして、その不具合は直っているのだろうか?

 萬年筆は宇宙空間や水の中でも使えるフィッシャーのボールペンなどと違い、空気を最大限に利用する筆記具。従って温度や湿度や気圧に非常に影響されやすい。いわば環境依存型筆記具といえる。

 環境からの影響を減らすにはインキ止め式が一番優れており、LEVELペンはそこを狙ったのだと思われる。それが短期間で市場から姿を消したのはどういう理由があったのだろう?


 Pelikan社がLEVEL Penに関してどういう見解なのか非常に興味があるので、attempto(1477番)しゃんに補足説明をお願いしたい。よろしく!



☆☆ ここからがattempto(1477番)しゃんからのコメントから転記したものじゃ!


こんばんは。今回は「ペリカン万年筆のルネサンス」がテーマですが、目新しい情報はないと思います。どうでしょう?
70年代後半に大人向け万年筆への関心が上向いたのは、デザイン性の高いラミー2000がきっかけ。1979年にペリカン社もSignumシリーズであらためて大人向けの万年筆に進出します。Signumは3年間で14種類ものバリエーションを展開し、膨大な広告費をつぎ込むものの、相対的には失敗。万年筆事業が上向くのは1982年に復活させた旧時の400シリーズのおかげでした。70頁下の写真はスヴェレーン発売時のパンフレット。「400」などの数字はついていませんが、日本向け500番についての言及もなし。
さて、1982年当時ペリカン社は業績不振で宣伝費用にも事欠いたにもかかわらず、M400の売り上げは好調で、同年末には営業黒字を生むほどで、続いてM600ほかが開発・発売されます(M300は言及ありません)。
他方でペリカン社は、よりモダンなニュークラシックを1992年から1995年に、Celebryを1996年に発売(それ以上の言及なし)。同じ1996年発売のLevelは、広告では将来の顧客として意図的に子供たちをターゲットとし、万年筆そのものもデザイン賞などを得るものの、売り上げは伸びず、2006年にカタログ落ちします。
デザイン的にスヴェレーンが「保守」、Levelが「アヴァンギャルド」なのに対して、「バロック的」贅沢さの各種限定モデルはあくまで収集家のための存在。旗艦的役割を担うのは2007年発売のMajestyになります。以上が要約です。
ところで、私の手元にプラスチックのペン芯、14金一色のへろへろペン先がついた、えらく使いづらい型番不明のペリカンがあるのですが、これが師匠がおっしゃる最初の復活モデルでしょうか?サイズは400と一緒です。
  
Posted by pelikan_1931 at 10:10Comments(4) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

2009年12月10日

【Pelikan Red Book】 その18

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 今回は65頁から69頁まで。Pelikanのオフィス製品の一部を取り上げている。

 左端の写真が何を示しているのかは不明。カレンダーを見ると1916年4月22日。この日はYehudi Menuhinが生まれた日。バイオリニストであり、後にMontblancの音楽家シリーズのモチーフになった。たしかクリップがバイオリンのような形をしていたはず。

 1916年ベルリンオリンピックが開催された年でもあるので、独逸国内は沸き返っていたのではないかな?

 ちなみに1916年4月22日土曜日。すなわち、まだ週休2日制は独逸でも無かった時代。一つのカレンダーであっても、歴史を紐解くとおもしろいものじゃな。

 拙者の高校生時代にインターネットがあれば、世界史が好きになっていたかもしれない。大嫌いで10段階評価の2だった事がある・・・

 66頁はインクリボンの入っていた缶やベークライトのボックス、カーボン紙などが写っている。このカーボン紙はタイプライターで複数枚同時にタイプする際に、間に挟んで使ったものと思われる。

 拙者が社会人になった1975年当時は、外資系IT企業であっても、タイプライターとカーボン紙は必須アイテム。契約書などはコピーした物に押印するのは失礼!という文化であった。

 67頁は当時のポスター。左側がタイプライター・リボンで、右側はタイプライターで使う帳票らしい。昔のPelikanのカタログを見ると、カーボン紙を事前に綴じ込んだ帳票がたくさん掲載されていた。

 このページに出てくるOTINOLが何かはわからない・・・気になる。インクなのか、薄め液なのか・・・

 68頁の左下の商品を少し解説。一番下の缶には画鋲がはいっていた。何度もオークションで落とした記憶がある。Pelikanolというのは糊。拙者がGetしたものにはスティックがついていた。もちろん糊は固まっていて使い物にはならなかったがな。


 非常に興味深い部分なので、attempto(1477番)しゃんに補足説明をお願いしたい。よろしく!



☆☆ ここからがattempto(1477番)しゃんからのコメントから転記したものじゃ!


これまで教育現場向け製品が何度も登場しましたが、今度はオフィスですね。

なお1916年は第一次世界大戦のまっただ中で、同年に計画されていたオリンピックは中止されました。20年後にナチス治下のドイツでようやく実施されたのが、レニ・リーフェンシュタールの監督作品『オリンピア』で強烈な印象を残すベルリン・オリンピックです。

65頁の写真は、同じハノーファー市に工場を持っていたコンチネンタル社のオフィスで帳簿をつける事務員たちだそうで、背後に張られた巨大なドイツ地図が目を引きます。プロイセン王国のため、ドイツ帝国が全体に東に大きく張り出していた時代、ユトレヒト半島が地図のかなり左側にあるのを認めることができます。

本文が扱うのはタイプライターの普及について。1877年のレミントンNo. 1をはじめとする初期のタイプライターは、打ち込んでいる文字が見えないという別の意味でのブラインド方式でした。U字型に湾曲した印字アーム部分を装備し、書いた文字が見えるアンダーウッド・タイプライター(開発したのはアメリカに移住した別のワーグナー氏)の発売が1898年。これで一挙にタイプの普及が進み、ペリカン社は1904年にインクリボンを発売。ほぼ10年でアメリカ製のインクリボンをドイツ市場から駆逐することに成功したとのこと。

66頁写真は1930年代のオフィス製品群とタイプ用の専用事務机 Dyes No. 306(欲しい!)。67頁左写真の広告では、「リボン、交換する?」「ペリカンのインクリボンを使えば、まだ必要ないわ」と秘書二人がおしゃべり。

ペリカン社は1907年からタイプ用のカーボン紙を発売しており、これを契機にオフィス用の複写技術に進出します(あまりにも専門が違い、このあとの訳には自信なし。悪しからず)。

写真コピーが一般化するまで複写は要するに印刷。長らく主力だったのは謄写版印刷です。1924年から謄写版、1936年からPelikan-Rotafixという商品名で印刷機を製造販売。

67頁右の広告は、謄写版用紙とそのインクないし絵の具(ペースト状と液体状の2種類)とのこと(Pelikan-O-typで検索したところ、謄写カーボン紙の商標として1925年に登録されているのを確認しましたが、OTINOLは不明でした)。

68頁左上はペリカン社のオフィスの様子。女性社員たちがレコードプレーヤーのような巨大な口述録音機を横に、タイプに向かっています。右上は複写用カーボン紙の宣伝でしょうね。同じ女性が2人写っていますが、複写されたわけです。

さて、本文に戻ります。その後ペリカン社はオフセット印刷などにも、先行他社への資本参加・買収と言う方法で進出。ただし時代は電算機の時代に移りつつあり(68頁右下はハノーファー市の電算機センター。ペリカン社はアウトプット用紙を発売)、オフィス用の複写もいわゆるコピーに移行します。しかし、ペリカン社にはとくに日本のメーカーと競合するだけの資金力がなく、巨大な損失を計上。1982年にはコピー機部門の整理を余儀なくされました。

さて、一連のオフィス向け製品群の開発・宣伝を通じてペリカン社が発見したのは、顧客としての秘書・女性社員たちでした。1973年からはいわば「ミスOL」コンテストまで開催していたとのこと。今じゃ考えられない話です・・・。  
Posted by pelikan_1931 at 07:00Comments(3) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

2009年12月03日

【Pelikan Red Book】 その17

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 ここからは1978年以降の部に突入する。今回は61頁から64頁まで。

 左端は株券かな?ドイツ語でAktieというのは株券のこと。1978年発行の2万株で100万ドイツマルクの株券らしい。ドイツマルクの最後の方では1ドイツマルク50円くらいだった。1978年当時はもっと高かったと思われるので、1ドイツマルク100円とすると、1億円の株券と言うことになる。1株5,000円ほど。

 解説を心眼で解釈すれば、ギュンター・ヴァーグナーの娘婿だったバインドルフ一族の物ということになるが・・・果たして真相は?

 雑談だが、【ペントレーディング in 東京】を最初に企画した際、会場内で札が飛び交うのに抵抗があり、会場内限定の通貨を作ろうかと考えていた。通貨は二種類で、PelikanとMontblanc。会場内の展示物にはすべてどちらかの通貨で価格をつける。そして日によって 1Pelikan = 0.8Montblanc のように為替レートが変わる・・・というもの。

 残念ながら通貨のデザインが出来ず断念したが、もし、この株券を当時見ていたら、インスパイアーされて実現していたかもしれない。残念。

 今まで雑にしか見ていなかったが、ギュンター・ヴァーグナー家の紋章の子ペリカンの数は3匹に見える。最初のPelikanのロゴでは4匹、その後2匹、現在は1匹。次のデザインチェンジのタイミングでは基本に返って3匹が実現するかもしれませんな。もっともロゴマークはシンプルなのが好みの独逸なので無理かなぁ・・・メルセデス・ベンツやモンブランも極めてシンプルなロゴだし・・・

 左から3枚目の画像がPelikanの本社ビル。持ち株会社は東南アジア資本だが、Pelikan製品の製造販売に責任を持つ会社の本社はドイツにあるらしい。

 このビルの色は、現在ではホテルになっている旧本社工場の色にあわせているようじゃ。拙者が 萬年筆研究会【WAGNER】 を色で強調表示する際も、出来るだけこれに似た色にしているのに気付いた人はいたかな?(たまに間違って色づけしたが・・・)

 右端はペリカンのタイプライター・リボン?のイラストがあるインクの吸取紙。実はPelikanは驚くほどたくさんの吸取紙を販売した。拙者も数十種類は持っていたが、中には1万円以上のものもあった。すべてをPelikan倶楽部の仲間に託したが元気でいるかな?


すべて想像で解説したので、attempto(1477番)しゃんに補足説明をお願いしたい。よろしくおねがいしま〜す!



☆☆ ここからがattempto(1477番)しゃんからのコメントから転記したものじゃ!


こんにちは。64頁の絵はどうも本文とは全く関係なく、キャプションによれば、インクリボンをうっとりと眺める女性秘書を描いた1941年の包装。実際には戦時経済による生産縮小と品質悪化がこの時代の特徴で、現実とはかけ離れた広告であるとのこと。
さて、ペリカン社は1978年にバインドルフ家が全株を保有した状態で株式会社に移行。しかし、書籍出版、玩具や化粧品製造、動物の飼料までつくっていた40もの子会社の業績は赤字続きで、1982年に就任した新社長ハッケルのもとで不採算事業の清算が進む。
そのようななかで大ヒットとなったのが、1979年のフランクフルト書籍見本市で紹介された児童文学のTKKGシリーズ。ターザン、カール、クレースヘン、ガビの4人が繰り広げる少年探偵もので(62頁左上の写真は本とLP)、映画化もされているようです。
さて、ペリカン社の業績が持ち直すのは400シリーズ万年筆復活のおかげだが、会社そのものは1984年にメトロ社(ドイツで数多くの百貨店・スーパーマーケットを経営する企業体)に属するスイスの企業に買収され、1986年にスイスで株式上場。ドイツのペリカン社は、スイスの持ち株会社ペリカン・ホールディング(1996年以降マレーシアの大富豪がその株式の大部分を握る)の子会社となった。
会社創業の地であるハノーファーとの結びつきも徐々に薄くなり、すでに1973年に筆記具生産ラインがハノーファーに隣接する別の町に移ったあと、ペリカン社は1994年にハノーファーの工場を完全に閉鎖。2003年には管理部門もポドビールスキ通りの敷地「ペリカン地区」を去った。63頁写真は現在のペリカン販売会社の本社ビル。
  
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2009年11月26日

【Pelikan Red Book】 その16

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 前回1枚だけ紹介した54頁と今回紹介する55〜60頁のあわせて7頁もがGehaに割かれている。なぜPelikan以外の会社に、ここまで頁を割くのか?

 Gehaの設立は1918年で、学生向けのペンとインク・リザーブタンク方式で有名。5〜6年前に独逸の友人からGehaのカートリッジを譲ってもらった事があるので、1990年近くまで存続していたのではないかと考えている。

 Gehaの本社はPelikan社と同じ町の同じとおり沿いにあったらしい。(昔、フリッツしゃんから聞いた話のはずだが、間違って記憶しているかもしれない)。事業内容もPelikanと重複している部分が多く、萬年筆の仕組みもなんとなく似ておる。

 良くも悪くも、Pelikanのコピーブランドと言われ、GehaはPelikanを目標とし、PelikanにとってはGehaは目の上のたんこぶだったかもしれない。

 最終的にはGehaはPelikan傘下に入った。Pelikanにとってはライバルを消滅させる手だてだったのかもしれないし、特許を入手する手段だったのかも知れない。

 拙者が一番欲しいのが57頁にある手回しコピー機。こういう無駄のない工業製品には無性に惹かれる。手作りの一品物よりも、マイナーな工業製品好きの拙者はコレにやられた!ほ、欲しい!(すぐに飽きるだろうが・・・)

 しかし、本当に手回しなのか?実は電動式で、ジャムった時に紙を送り出す手段としてハンドルがあるのではないか?いやいやそうなら、ハンドルは収納できるように設計するはずだ。ローライフレックスの巻き上げレバーのように・・・

ここはどうしても、attempto(1477番)しゃんに補足説明をお願いしたい。よろしくおねがいしま〜す!



☆☆ ここからがattempto(1477番)しゃんからのコメントから転記したものじゃ!


 こんにちは。Geha万年筆については57頁で一段落が割かれているだけです。内容は、1989年にペリカン・ホールディングに身売りし、今日ではペリカン社がもつ商標の一つに過ぎない(59頁)、かつての「地元のライバル Geha」(表題)の盛衰。ペリカン社の一部になった以上、Gehaの歴史も社史の一部であると言うことでしょうね。
55頁写真中央交差点角にある建物の一階にあったのが、1918年にGehaを創立したハルトマン兄弟(Gebrueder Hartmann。社名はその省略)の書店。二階に通販部があり、国外への通販によって第一次世界大戦後のインフレを乗り切った同社は1920年に簡単な文具の製造に進出。1921年から郵便小切手控え帳に掲載した宣伝の効果もあって知名度を上げ、1925年にペリカン社も工場を置いていたハノーファーのポドビールスキ通りに社屋を建設。1931年には「Geha Rotary」という複写機の製造を開始している(56頁上のレターヘッドについた図版は1933年当時の工場)。
戦後、イギリス軍の軍政司令部として利用されていた本社社屋を1949年に取り戻し、翌年からリザーブタンクを備えた万年筆を発売する。60、70年代の学級はGeha派とPelikan派に分かれ、この章の筆者はギムナジウムを終えるまでGeha派――ただの好みの問題だけではなく、曰く、リザーブタンク付き万年筆用のGehaインクカートリッジはペリカーノにも使えた一方、逆は不可能だったのがその理由だったと。

 経済復興とともに成長したGeha社の業績が下降に転じたのは1970年代。まず、第一次オイルショックの影響。次いで、小売り形態が変化し、消費者市場の拡大でこれまでの専門店での定価維持が困難になったこと。最後に、オフィスマシンの分野で方向が定まらなかったことが決定打になった。
カーボン紙や謄写版などのメーカーとしてGeha社はコピー機の登場に即応できず、むしろ古くからの技術に固執した(57頁の写真は、1969年に発売され、当時のグッドデザイン賞を獲得した謄写版印刷機)。70年代中頃にもまだタイプライター用インクリボンの売り上げ拡大を目指していたが、タイプライターの時代はパソコンの登場で終焉する(58頁下の写真はタイプライター用カーボン紙の包装。タイプを打つのはもちろん女性秘書)。
こうして70年代半ばから業績は悪化し、1986年に創業者一家は業務をアメリカ企業に譲渡。業績は好転せず、Geha社は1989年にあらためてペリカン・ホールディングに売却される。当時の新聞は、Gehaの首脳陣はコピー機やレーザープリンターの時代に対応することを怠ったと指摘している。ペリカン社への統合後もGeha社はOHPやシュレッダーの製造を続けたものの、90年代半ばには工場は解体もしくは別の用途に転用され、Gehaの歴史は幕を閉じた。

なお、58頁上の写真は、1975年当時のARD(ドイツの第一国営放送)の子供番組キャラクター(ウサギのシーザーくん?)を使った万年筆の宣伝。エルゴノミック・デザインの流行でグリップの形状だけが取り上げられ、本来の強みであったリザーブタンク機構は言及すらされなくなってしまっているのこと。
写真のキャプションによると、ほとんどがハノーファー歴史博物館の所蔵品らしく、謄写版印刷機やカーボン紙の包装といった工業製品までコレクションしているのが驚きです。
  
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2009年11月12日

【Pelikan Red Book】 その14

2009-11-12 P482009-11-12 P492009-11-12 P502009-11-12 P512009-11-12 P522009-11-12 P53







 今回は48頁から53頁まで。全てペリカーノについて書かれた文章じゃ。何故そこまでペリカーノについての頁を割くのかがわからない・・・というのが正直な感想。

 ペリカーノはPelikan 140の安価ラインとして発売されていたPelikan 120のマーケット、すなわち学童市場を確保するために発売されたモデルであろうと想像している。

 欧州でのお習字(カリグラフィー含む)は萬年筆で行われる事が多く、その市場規模は大きい。また、子供の頃からPelikanというブランドに慣れ親しませるという意味でも意義はある。

 かつて日本マクドナルドの創設者である藤田田氏は、【5歳〜7歳で親しんだ味がお袋の味だ】といって顧客ターゲットをそこに絞り込んだとか・・・。

 銀座の1号店が見えるオフィスの窓から、若手社員に向かって【30年後には日本人は金髪になる】と豪語したのが1975年。たしかに最近金髪が多くなった。

 Pelikanのペリカーノ市場戦略も同じような狙いがあったのかもしれない。最近ではさらに下の世代を狙ったのか、Pelikano Junior なども投入している。日本では、キャンディやプレピーが存在する市場なので、それほど売れているとは思わないが、大人でも使っている人をよく見かけるので、ひょっとすると?

 50頁の下段の図の一番上を見ると、ペン先が撓っているような絵が描いてある。そうだったかなぁ・・・ほとんど使ったことがないので感想もないが、気になる。もしペコペコと撓るペン先なら、同一モデルを捜しだして試してみたいものじゃ。

 穿った見方をすれば、カートリッジインクを売る戦略の一環として作られたモデルともいえよう。ポスターには、気密性やカートリッジの利便性を誇示しているものが多そう。

 もし、カートリッジを売る戦略とするならば、インクの種類が多いのも納得できる。日本では一部しか発売されていないが、Pelikanのカートリッジインクの種類は非常に多い。

 拙者が以前ホノルル・ペンショップで購入したペリカンのカーキ色のカートリッジには驚いた。黄色もあったし、ピンクは今でもあるはず。同じ色の軸に入れて楽しむ事が出来るようになっているのであれば学生にはうける。

 拙者も高校生の時には、混合インクで30色くらい作って、中国製万年筆(100円〜600円)に入れ、改造した学生服の内ポケットに挿していた。それをマーカー代わりにして、教科書、参考書、ノートに記入していた・・・


解説文にはもっと面白いことが書かれていそう。attempto(1477番)しゃんに補足説明をお願いしたい。よろしくおねがいしま〜す!


☆☆ ここからがattempto(1477番)しゃんからのコメントから転記したものじゃ!


こんにちは。今回は6頁にわたってペリカーノ(とJr.)の長いサクセスストーリーですね。ペリカーノこそがペリカン社万年筆の稼ぎ頭でしょうから。

第二次大戦後の万年筆普及で学校生徒向けの需要が生まれたのですが、当初は、ペリカン120のように簡易ペン先をつけたものが中心でした。

ペリカン社は1959年に行なった学校での筆記教育に関する大規模アンケートの結果をもとに1960年にペリカーノを発売。子供でも扱えるように重心を前に置き、インクは簡便なカートリッジ式。シルバーとブルーという色合いも1000人以上の生徒に行なった調査で決定(伝統的な緑軸+黒はまったく駄目だったそうです)。

渋る販売店を納得するために初めてテレビコマーシャルを流し、1964年には大ヒット商品になりました。ペリカン社は以後も筆記教育の調査・支援を続け、その結果に基づいてペリカーノを年々改良。

1965年に新しい大型で曲線を描くペン先と新しい首軸、そして嵌合式で丈夫な真鍮製のキャップを導入。カートリッジ式にもかかわらずインク窓も装備しました。

以後のモデルチェンジはおもに外観をモダンにしていくためものでしたが、ペン先だけは改良を続け、1969年に投入された高い圧力に耐える新型ペン先は1979年まで大人用の万年筆にも使用されました。

1973年のモデルチェンジは首軸グリップ部分の改良で、左利き用のペリカーノも登場。

さて、この時代には消費者行動にも変化があり、ペリカン社はいち早くスーパーマーケットでの絵の具、クレヨン、ペリカーノなどの販売に踏み切ります。他方、文具専門店に忠実であり続けたのがラミー社で、この状況はこのあと何年も続いたそうです。

さて、1978年には再びデザインとペン先を変更。こうした変更でサイズ、重量とも小学一年生には大きくなりすぎ、まったくの筆記初心者をターゲットに1993年に発売されたのが、より短く、軽いけど、太めのペリカーノ・ジュニアです。色も派手なイエローと紫など。

「しまみゅーら」さんの疑問に答えているのが、52頁右段の内容です。イギリスで子供が万年筆のキャップを気管に詰まらす事故が起こり、イギリスでは生徒向け万年筆のキャップは、最低16ミリの直径にするか、これ以下の場合には角張ったキャップ、もしくは呼吸できるよう「空気穴」をもつことになったそうです。

2001年につや消し透明の軸を持ったペリカーノJr.が登場、2005年に首軸グリップ部分を改良。他方、2002年にペリカーノも透明カラーをまとった新型が登場したそうです。これが現行型?

6頁分となると抄訳も長くなりましたが、以上で。では。
  
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2009年11月05日

【Pelikan Red Book】 その13

2009-11-05 012009-11-05 022009-11-05 03 今回は45頁から47頁。それにしても綺麗でカワイイポスターじゃ。

 歴史を紐解くと、ギュンター・ヴァーグナーの娘婿のフリッツ・ヴァインドルフの時代に、ポスターの展覧会を積極的に主催し、参加作品は後に商業ポスターの古典になったとか。

 また彼は、ペリカンの絵の具で描いた芸術作品の展覧会も企画し、買い上げた優秀作品は現代の膨大なペリカン・コレクションの一部をなしている・・・と文房具の研究のペリカンのコーナーに記載されている。

 以前紹介した不気味なポスターなどはその時に見いだされた物かもしれない。

 46頁の下で紹介されているのが、Pelikan P1-RG。Parker 51の大攻勢にさらされてPelikanもHooded Nib製品を出さざるを得なくなり、しぶしぶ?発売したモデル。

 カートリッジへの移行期に回転吸入式で出したためか、ほとんど売れなかったのではないかな?

 実は拙者は大好きなのだが、まったくといっていいほど人気がない。BBのペン先付きも頻繁にオークションを賑わしていた事があるのだが、どれも非常に安い値段で落札されていた。

 弱点は細軸のためか、回転吸入式の機構が壊れやすいこと。そして非常に修理しにくい構造になっている。

 拙者が【ペリカンの暗黒時代】と呼んでいるのは、P1の時代とMxxの時代。

 そのMxxは47頁に掲載されている。けっこうな本数が日本市場でも発売されたはず。

 またデュポンのクラシック・シリーズのベースにもなっていたので、みかける事は多いが、良い書き味のブツにめったに出会わない。また調整の巾が狭いので、調整していて面白くない。調整師からみても、Mxxの時代は暗黒時代なのじゃ。

 それにひきかえ、Pelikanoはペリカンの嘴をモチーフにしたクリップを残している。(画像は47頁の左上)

 もちろんスチール製のペン先だが、筆圧をかけて書く人にはちょうど良い。値段の割には良い・・という程度だがな。

 この【そこそこに良い】【Parker 51に追随】の2つが、往年のペリカンのブランドイメージに傷を付けたと拙者は考えている。

 MontblancはHooded Nib として2桁番シリーズを出したが、No.149もフラッグシップとして残しておいた。そしてHoodで被われている事ではなく、Parker 51とは違う独特の柔らかな書き味で圧倒した。悪かったのは素材の脆さだけ・・・

 PelikanはParker 51と同じような硬いペン先で勝負したが、ラウンドニブもどきだったため、書き味がParker 51よりかなり悪くなってしまった。機構も良く壊れる・・・これでは勝てるわけはない。早めに切り上げて400NNの復刻をしたのは正解じゃった!

 もし日本からの強烈なPushで往年のシリーズが復刻されなかったら、既にPelikanというブランドの萬年筆は消えていたかも知れない・・・・


解説文にはもっと面白いことが書かれていそう。attempto(1477番)しゃんに補足説明をお願いしたい。よろしくおねがいしま〜す!


☆☆ ここからがattempto(1477番)しゃんからのコメントから転記したものじゃ!

こんにちは。45頁はまず44頁の続きでボールペンから。1960年以降、ペリカンはボールペン用の芯の生産を開始し、46頁左上に構造図が示されているボールペン先は絶賛されたそうです。ボールペン用のインクも一時生産していましたが、これはまもなく中止。万年筆用には新しいインク供給機構を開発し(46頁右上写真)、1958年発売のP1に投入。さらに、140を単に簡素にしただけの120に代えて、教育学者との協力で学校向けのペリカーノを1960年に開発。
さて、ボールペンの普及でインク事業は打撃を受け、学校・オフィス向けの5、10、25リットル入り(樽?)は出荷を停止。インク事業の復活はカートリッジの登場のおかげで、1961年にはペリカーノを土台に大人向けとしてP25、P15モデル、1965年にP20、P30モデルを発売(吸入式としてM20、M30を用意)。ところが、生徒向けに好評を博したカラフルなカートリッジ式万年筆は、一般市場には受け入れられませんでした。にもかかわらず、ペリカン社は1965年に400シリーズの製造を停止し、機材も破棄。以後ペリカーノ事業に集中するものの、モダンなペンを得意とするラミー社の登場で、万年筆市場における地位はさらに低下。400モデルの人気は1973年から78年に日本向けに再発売されたことにも明らかでしたが、すでにペリカン社は必要な製造機材を持っておらず、別会社に生産を委託せざるをえなかったのです・・・まさに「暗黒時代」ですね。
  
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2009年10月15日

【Pelikan Red Book】 その10

2009-10-15 012009-10-15 02 今回は35頁から38頁までの紹介。最初の写真は小学校のクラスの写真かな?

 カメラの画角内に収まらない生徒と、先生が後ろの方に立っていると思われる。1クラス36人程度かな?

 拙者が小学校に通っていた1960年代では1クラスは48人だった。1930年代の独逸のクラスはわりと少人数で教えていたことになるな。今の日本の小学校のクラスは何人くらいになるのだろう?

 Pelikanが萬年筆を販売開始した直後の小学校のクラス写真をなぜ、Red Bookに入れたのか?そのあたりは説明文を翻訳してもらう必要がありそうじゃな。まさかペリカーノは発売されていないであろうからな。attempto(1477番)しゃんに補足説明をお願いしたい。よろしくおねがいしま〜す!

 下の写真では白衣を着た人が前に立っている。黒板が無い所を見ると教室ではないはず。手元に配布された資料に関して説明しているのかも知れない。ひょっとすると開発の責任者が若い営業マンに商品の特長などを話しているのかも知れない。

 右側は1907年当時のペリカンのカタログかな?カリグラフィー用のインク?やら絵筆、パレット、などの絵画用品が掲載されている頁らしい。このほかにもカーボン用紙なども作っていたし、通常のインクも既に製造開始していたはずだからな。


2009-10-15 032009-10-15 04 左側の怖い顔したペリカンの絵はなんだろう?ペリカン社のシンボルマークだったのかな?WAGNER家の家紋とも違うし・・・ようわからん。

 上の方に【3/1912】と鉛筆で記入がある。版画なら1912部作った内の3刷り目という解釈もできるが、そもそも版画は何百枚も刷ったりはしないだろう。とすれば1912年の3月という意味と解釈するのが自然だが・・・はたして?

 最後のポスターは学校で勉強している生徒の姿かな?男の子が持っているのがペンシルだとすれば、筆記角度が低すぎる。当時の硬くて薄い芯ではこの筆記角度では紙に色が乗らないであろう。左手の人差し指を伸ばしているのを見ると、算数の計算をしているのかもしれない。足し算で繰り上がった数を忘れないように指を折ったり伸ばしたりする。拙者は今でもやっている・・・

 女の子が左手に持っているのは、上の右側の画像で紹介されたパレット付き絵の具じゃ。色の並び方が逆になっているのはシャレかな?描いているのはペリカン。ずいぶんと出来上がってるのに、パレットの色を混ぜる部分が汚れていない。また水もない・・・つっこみどころ満載のポスターは何を訴えかけたいのだろう?ペリカン製品のある楽しい学校生活なのかな?

 いずれにせよ、こうやって想像しながら昔の文化を疑似体験するのは実に楽しい。若い頃は過去に興味は持てなかった。日本史も世界史も義務感だけで勉強していた。試験の前日だけ・・・。しかし、歳をとるほど歴史が面白くなるものじゃな。

2009-10-15 05 最後は創立100周年にして変更になったPelikanのロゴ。作ったのはItomoro51しゃん。石に彫ったらしい。

 なかなか良い出来ではないか!いろんな時代のロゴも作ってみてはいかがかな?これはうけますぞ!



☆☆ ここからがattempto(1477番)しゃんからのコメントから転記したものじゃ!

mercuryoさんのコメント通り、万年筆ではなく、学校用美術教材メーカーとしてのペリカン社の話です。ペリカン社のもっとも大切な顧客グループが学校関係で、絵の具以外にデッサン帳、オイルパステル、1931年に自由に色を組み合わせることができる絵の具箱・パレット(モカぶれんどさんによれば、今も同じ意匠ということですね)を発売。いずれも36頁右写真の1938年頃の学校机のうえに見える一方、36頁上、1907年の学校向け製品パンフにはまだ載っていません。35頁下の写真は学校の図画実習室の風景とのこと、絵の具箱の宣伝に添付するため撮った写真。白衣の人は美術の先生? 37頁の記事によれば、19世紀末までの美術教育の力点はお手本や石膏像の模写。20世紀に入って子供の自由な創造性を尊重する図画教育に切り替わり、そこにペリカン社も積極的にコミットメントしていく。そのひとつのあらわれが、mercuryoさんご指摘の通り美術教育雑誌『ペリカン』の発行で、37頁写真は「青少年と民族の美的・文化的発育」に資することを目的とした創刊号(1912年第1号)表紙。廃刊後にも美術教育資料・教材の収集・提供・アドバイスを行なう学校教育センターがあったとのことです(いまはインターネットを通じた情報提供や絵画コンクールの開催が主らしいですが)。
  
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2009年09月03日

【Pelikan Red Book】 その4

2009-09-03 012009-09-03 02 今回紹介するのは、12頁〜14頁まで。拡大したのは、ギュンター・ヴァーグナー家の紋章のペリカン鳥部分。

 母親ペリカンは3匹の子供を育てている。そしてお腹のすいた子ペリカンに、自分の胸の肉を、くちばしで割いて与えている。

 母親の強い愛情を象徴した家紋と聞いたことがある。そのあたりのいきさつがドイツ語で書かれていそうなので、attempto(1477番)しゃん、よろしく!

 我々は安易に【目つきの悪いペリカン】などと読んでいたのだが、自分の肉を割いているのなら、苦悶の表情だったのかもしれない。悪口言ってごめんなさい・・・

2009-09-03 03 どうやら左がPelikan社のロゴの推移らしい。1878年のロゴでは、子ペリカンは4匹。親ペリカンは胸の肉を割いてはいるが、表情は穏やかで、血も飛び散ってはいない。

 ところが、1910年のロゴを見ると、目つきが悪くなって、血が飛び散っている。子ペリカンは4匹のまま。

 1922年のロゴは一番有名なもの。1929年にPelikan製の萬年筆が発売された時のロゴ。1931トレドの復刻版のロゴとおなじじゃ。ここでは目つきはいっそう険しくなるが、血は飛び散っていない。また子ペリカンは4匹のまま。かなりシンボル化されてきている。

 創立100周年の1938年の大幅にロゴを変えている。いわゆる黒ペリカンと呼ばれるもの。母ペリカンも巣も大幅にシンボル化されているが、一番の変化は子ペリカンが4匹から2匹になったこと。

 同一のデザインで白黒が逆転したのが1962年だが、キャップトップの彫りは線画なので変化は見られなかった(はず)。旧M800のキャップトップは、金色プレートに黒ペリカンなので、どちらかといえば、1961年以前のデザインといったほうが良いかも。どうやら1962年からのロゴは、変化というよりもバリエーションが増えたといったほうが良いのかも知れない。

2009-09-03 04 さて、この頁だが、何が書いてあるのか想像が出来ない。ここは、attempto(1477番)しゃんからのコメントを待つとしよう。ヨロシク!

☆☆ ここからがattempto(1477番)しゃんからのコメントから転記したものじゃ!

 昨日は日中に時間がなく、夕方からは楽天・西武戦へ。試合後には飲み屋へ流れて、記事を読む時間がありませんでした。ちなみに、一緒に観戦した友人の次男坊に高校入学祝いとしてラミー・サファリをプレゼント。万年筆に目覚めてくれると良いなあ。

 さて、今回は1878年に導入されたペリカン商標と宣伝についてですね。抄訳を以下に記します。

 会社設立の19世紀前半には製品を外国で販売するのは困難で、絵の具市場はフランス、とくにイギリス製品に席巻されていました。1887年以後、あらゆるドイツ製品に表示しなければならなかった Made in Germany は品質保証ではなく、イギリスの工業製品を粗悪なドイツの模倣品から守るためでした(!)。ハノーファー王国はイギリスと長く同君連合であったため、当初カール・ホルネマンは製品を英語名で販売しています。これが禁止された後は、製品に満足した顧客の声を記載することが宣伝の中心でした。

 1869年の営業条例で営業の自由が確立し、1871年にドイツ帝国が成立すると、ドイツ商工業は飛躍的に発展します。他方で、ヴァーグナーにとっても数多くの競合社があらわれ、はっきりとしたコーポレート・アイデンティティを打ち出す必要が生じます。それが1878年11月28日にハノーファー簡易裁判所に登録されたペリカン商標でした。

 ヴァーグナー家の紋章(1頁目中央)でもあった親ペリカンと3羽の子ペリカンのモチーフは、中世以来、キリスト教的な自己犠牲と隣人愛を示すものとして教会堂建築などに頻繁に見られ、決してエキゾチックなものではありませんでした。1頁目左下の写真は、ある修道院の天井部分にアーチ装飾として描かれたペリカンの親子です。

 ペリカンマークと同時に、Pelikanがブランド名として導入され、製品に表示されることになりました。こうしてヴァーグナーは商標を宣伝に利用した最初の経営者の一人となります。2頁目右下の大きめの図は実際には使用されなかったデザイン、上に並ぶのが1878年以降のペリカン商標とロゴデザインの変遷です。

 最後の頁にある二つの画像は、当時の商工業者にとって最大の宣伝の舞台であった商工業展覧会(ベルリン、1896年)でのギュンター・ヴァーグナーへの銀メダルと表彰状です。こうした表彰なども宣伝目的にあらゆる商品ラベル、価格表、パンフレットに記載され、1903年に設置された「プロパガンダ」部門が向後それらを一手に取り仕切ることになります。

 おっと、肝心のペリカンの話を端折ってしまいましたので、付け加えておきます。

 親ペリカンが自分の胸を引き裂き与えているのは肉ではなく、血です。死んでしまった雛たちに自らの血を与えて蘇らせるというエピソードは、キリストの血による罪の許しと蘇りというキリスト教の根本的思想のメタファーとなっており、初期キリスト教のギリシャ語教本『フィシオロゴス』を通じてヨーロッパに伝えられました(http://en.wikipedia.org/wiki/Physiologus)。

 雛の数が紋章では3羽、ペリカン社の初期の商標では4羽、あとで2羽となっている理由までは本文には書かれていません。
  
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2009年08月10日

2009 Stylus Pen Annual

2009-08-10 012009-08-10 02 先日、Fountain pen Hospital で求めた2009年版のStylusを眺めていて、3頁目を見て驚いた。

 Editorが【Nancy Olson】。この女性は【Pen World】の編集長ではなかったかな?

 拙者は数年前に【Pen World】の定期購読を止めたが、最後の方は顔の怖い女性編集長に代わっていた記憶がある。

 このNancyは転職したのか? はたまた、【Stylus】は【Pen World】の広告ページを集めたムック本なのか?

 パラパラとめくってみたが、写真は【趣味の文具箱】のほうが数段優れている。また2008年版と比較してみたが、企業の歴史などの部分はまったく変わっていない。従って、最新版だけ保持して古い物は捨てても不自由はないはずじゃ。

 ただ、歴史的文献にするつもりなら、毎年新しい本を購入し、昨年度号との違いをしらみつぶしに探し出す・・・というお正月ゲームは面白いかも知れない。萬年筆界の神経衰弱?

2009-08-10 032009-08-10 042009-08-10 05 なんと91ブランドが紹介されている。

 そして249頁には【Wagner】が紹介されてる。なんじゃそりゃ?

 正式名称は【Wagner of Switzerland】でURLは http://www.WagnerSwitzerland.com じゃ。

 読んで内容を理解したら、いったい何の会社か教えて下され。この本には写真はなく、簡単な説明しかないのでな。

 ざっと見たところではナイフやマグライト、女性用小物などを作ってる会社らしい。

2009-08-10 062009-08-10 072009-08-10 08 そのほかの各ブランドのHPが紹介されている頁もある。これは貴重な情報源! どんどん調べて耳寄りな情報をお知らせ下され。

 今回、カタログを詳細に読んでみて、所有欲をそそられるモデルにほとんど出会わなかった。強いて言えばOMASやプラチナくらいだろうか?奇をてらった限定品よりは、定番品の品質を上げて欲しいと願わずにはいられない。

  
Posted by pelikan_1931 at 06:00Comments(5) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

2009年01月03日

ペリカン日本株式会社から送られてきたカタログで遊ぶ

2009-01-03 012009-01-03 02 例年1月2日は郵便物が届かない日だと思っていたが、ポストを空けると数通の年賀状とともにペリカン日本株式会社からのカタログが届いていてビックリ!

 ペリカンの限定品を購入して登録葉書を出した人に送ってくれるものらしい。

 この手の資料は今まで捨ててしまっていたが、以前過去のカタログを紹介した際に、その重要性を認識した。これを保存するのは文化遺産を残すのにも似た重要事項。未来の萬年筆愛好家のためにも完全な形で残しておきたいものじゃ。

 右側はペリカンの歴史を語った物語。以前の案内にはここに書かれている【文豪】の中に夏目漱石も入っていたが、彼が愛用していたのは英国デ・ラ・ルー社(ONOTO製造会社)が作ったPelicanだった(Pelikanではなく)。夏目漱石の逸話の時代は、まだペリカン社が萬年筆を作っていなかったころ・・・さすがに最近はそういうヘマはしていない。

 ペリカン社を大きく成長させたのはギュンター・ワーグナーと書かれているが、正確に発音すればヴァーグナーではないかな?萬年筆研究会【WAGNER】ではヴァーグナーと発音するように指導しているが・・・拙者をはじめ、ほとんどの人がワーグナーと日本読みしている。ちなみに拙者のATOKは【わぐなー】と入れると萬年筆研究会【WAGNER】と変換される・・・・だめじゃん!

 この資料には【1997年にM800緑縞が、ペン・オブ・ザ・イヤーの栄冠を獲得した】と書かれている。当時は刻印の天冠だった。もし平らな天冠に変わっていたら栄光は獲得できていなかったかも知れない・・・

2009-01-03 032009-01-03 04 左側の画像は3頁のもの。右側はペン先だけの拡大図じゃ。

 疑り深い拙者は、このクラフトマンが本物かどうかあやしいとにらんだ。

 ★ペン先をいじるなら親指の爪を短くしているのは不自然

 ★同じような度の眼鏡、同じルーペ、同じ距離感で実験してみたが、絶対にピントが合わない

 ★M1000のペン先ユニットをカメラに向けるアングルであって、この角度では何もチェックする所がない

 ★拡大写真を見るとスリット開いているが、出荷されているものはすべからくスリット詰まっている。ということは、このクラフトマンがスリットを詰めている元凶か?

 こういう意味のないツッコミをしながら読むとカタログは実に楽しい。ぜひじっくりとお楽しみあれ。ツッコミを入れられるくらい中途半端な知識が付いた頃が最も楽しい。拙者がまさにその時期!

2009-01-03 06 案内書に挟んであった一枚の紙。コレも凝っている!和紙の様な趣の紙に印刷されているのだが、M800のペン先の透かしの様な模様が良い!

 左記にコメントを書き込んだが、なんとニブの画像には【PF】あるいは【EN】と思われる刻印の痕跡が残っている。

 昔のペン先を元に書いたイラスト?あるいは何かの暗号か?ひょっとするとPFニブが復活するのか・・・・などとあらぬ想像をするのも楽しい!

 そして右上の丑年のマーク。なんと萬年筆で作ってある。つきみそうしゃんの丑は大小のトレドで作ってあったが、これは限定品で作ってある。

2009-01-03 07 拡大して個々の萬年筆の名前を入れてみた。一番下のマジェスティー・バーメイルは本物を見ていないので想像だが、おそらくは正しいであろう。

 大きさ比較もしてみたが、ほぼ正しい。マジェスティ以外は所持しているのでこの形にしてみようとしたが、太さがあるので絶対にこうはならない。

 よってこれは単なるイラストであるとわかった。この1枚の紙でタップリと1時間は楽しませてもらった。

 実はスタートレック・エンタープライズのDVDが全4シーズン分昨日届いた。このBlogを始めるに当たって、時間を捻出するためにあきらめたのがスタートレックのTV鑑賞WWEのプロレス鑑賞

 まとまった休みの間しか見られないのでいつかはDVDをと思っていたのだが、合計してもNo.149一本にもならない値段なのになかなか踏ん切りが付かなかった・・・

 吹替版ではなく字幕版なので生の英語で聞こえるのが良いな。しばらくは楽しめそうじゃ!その間、Blogが手抜きになるかも知れないが・・・ご容赦を。

 そういえば【世界のコレクターS氏】もトレッキーじゃ。
  
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2008年12月25日

【 THE PEN CATALOGUE 2009 】到着

2008-12-25 012008-12-25 02 やっと2009年版の【THE PEN】を入手した。1988年版以降は毎年頂いているが、最近はあまり胸が躍ることが無くなった。

 【】以上のペン先が激減したことも理由の一つだが、欲しい定番萬年筆に出会わなくなったというのが最大の原因であろう。

 ちなみに2008年版に出ていた萬年筆は一本も購入していない。本年度の拙者の年間購入本数は50本は下らない。100本近かったかも知れない・・・それにも関わらず【THE PEN】に掲載されている物は一本も購入していないのじゃ。

 Pelikan M800などは10本以上購入しているが、全て古い軸(天冠刻印)。いただき物に新軸が一本あったかな?

 もちろん欲しい物が無かったわけではない。モンテグラッパネロウーノアウロライプシロン・シルバーには多少そそられた。

 ちなみに2009年版を隅々まで眺めてみても、欲しいと思える物は、やはりネロウーノイプシロン・シルバーのみじゃ・・・。

 もっとも既に入手した物としてはデルタ・ドルチェヴィータ吸入式があるので、一本は購入したことになるかな。

 どうやら拙者の感受性は、既に現行品をほとんど受け入れられないほどに犯されていると思われる。

 拙者は既に現世で萬年筆の良い書き味は堪能している。従ってこれ以上書き味に溺れるようなことにはなるまい。むしろ現行品の中でこれぞ!と思う萬年筆を見つけて評価し、良ければ次世代に伝えるために購入する・・・のが役割と考えている。

 それが果たせそうもない。これぞ!というものに出会わなくなってしまった・・・言葉を返せば、現行定番品の良さを認識できる度量が無くなったということ。

 次世代に伝えるべき定番萬年筆を選定する作業も、若い世代に任せた方が良いかも知れない・・・古い世代の者は、若い世代によって選定された定番品を買って保存していくのみ・・・それも一つのコレクションのあり方かも知れない。

 自分の所有欲ではなく、次世代に萬年筆の良さを伝えるためのコレクション・・・本当は両方が一致すれば言うことはないのだが。

  
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2008年06月08日

Parker Encyclopedia 最終回

2008-06-08 01 今回が最後の【Parker Encyclopedia】。カタログに挟み込まれている新旧のカタログを見ていると面白い発見もある。

 消費税の導入1989年4月1日だが、それまで贅沢税といわれた物品税(貴金属は15%)が消費税(3%)になって値下げしたのかも知れない。物品税は内税だったので、5万円÷1.15=4.3万円となり辻褄が合う。これに外税が3%がかかったので支払額は45,150円だったはずじゃ。

 価格はどうでも良い。1990年のモデルの首軸先端を見て欲しい。1987年の首軸と違うのがわかるかな?実はこの首軸のプリミアを捜してるのだが、お目にかかった事がない。

 既に欲しい萬年筆がほとんど無くなってしまったが、この首軸だけは欲しい!首軸の酷さでパーカーの経営を傾けてしまったプリミアの中で、唯一光っているのがこの首軸・・・ああ、出会いたい!


2008-06-08 022008-06-08 03 1990年9月のカタログにあるのが、ビッグレッド・セット。1990年限定で1000セット発売された。

 ところが1992年のカタログではちゃっかりと復活している。

 復活に際し、限定品を購入していた人から不服が出ないような価格設定にした。結果、非常に高い物になってしまった。実はこれがデュオフォールドが割高に感じられるようになった真の原因ではないかと推察している。

 拙者も限定セットを購入したクチで、萬年筆+ペンシルが10万円を切ったら文句言ってやろうと考えていた。残念ながらぴったり10万円だったので文句が言えなかった・・・ しかし同じような素材の黒軸ペンシルが2.5万円で、オレンジのペンシルが3.5万円というのは絶対におかしいと感じたものじゃ。

 【限定品とはウッドボックスとのセットのことで萬年筆やペンシル単体を指す
のではありません】という姑息な手を使うから価格整合性がとれなくなったのじゃ。やりたくてもこらえなければ!顧客を裏切った代償は大きかったですぞ・・・

2008-06-08 04 このコレクターズボックスは買おうかどうしようか、さんざん迷って買わなかった・・・上のビッグレッドの限定品と定番品を比較すれば、限定品についていたウッドボックスは無料ということになる。あれが無料なのに、これが2.5万円かい?という気持ちがじゃましてどうしても買う気にならなかったのじゃ・・・。

 ビッグレッドのセットにウッドボックスさえ付いていなければこのデスクセットを買ったのに・・・。こう
思わすところがマーケティングの失敗。顧客心理を読み違えたのかも。拙者の心理が一般人を代表しているとは思わないが、萬年筆愛好家の気持ちは代表しているはず・・・ 買う気にさせて欲しかったなぁ!

2008-06-08 052008-06-08 06 こちらは1992年4月からカタログに掲載された金張軸と純銀軸。これもビッグレッド・センテニアルの6.5万円という価格設定がなければ8万円だったはず。それなら売れたであろう。

 当時はMontblanc No.1468(純銀軸)の定価が11万円。それに対抗するにしても10万円では勝負にならなかった・・・。8万円だったら拙者でも買ったはず。当時はMontblancもParkerもアメ横では割引率は同じ。買値で18,000円の差があればデュオフォールドを選ぶが、差が6,000円ならソリテールを選択する。

 もしビッグレッドを姑息な手段で世に出さなかったら・・・少なくとも日本での純銀軸は爆発的に売れたであろう。

 10万円なら悩むまでもなくNO!を出した。その決断にまったく後悔はないが・・・コレクターズボックスは買っておくべきであった・・・

 つまらぬ事を思い出してしまったワィ・・・・


【過去のシリーズ記事】

Parker Encyclopedia その16 
Parker Encyclopedia その15   

Parker Encyclopedia その14 
Parker Encyclopedia その13 
Parker Encyclopedia その12  
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2008年06月01日

Parker Encyclopedia その16

2008-06-01 01 この頁【p.130】ではパーカーが英国王室御用達【ローヤル・ワラント】を得ている事を語っている。

 このあたり知らないことだらけでおもしろかった。【ローヤル・ワラント】を取得している業者は850社しかないが、1業種あるいは1サービス分類毎に1社と決められている。

 ここで疑問・・・英国王室の方々の筆記具は全てパーカー製なのだろうか? コンウェイ・スチュアートが英国王室に萬年筆を納めたような気もするが・・・気のせいかな?

 あるいは、エリザベス女王、エディンバラ侯爵、皇太子、皇太后によって指定されるので、エリザベス女王の萬年筆とチャールズ皇太子が萬年筆に対して与える【ローヤル・ワラント】は違うのかな?しかし本文を読むと、筆記具メーカーとしては唯一と書かれているしなぁ・・・

 【ローヤル・ワラント】は英国の会社に対して与えられるので、【ローヤル・ワラント】を取得した時点でパーカーは英国の会社だったことになる。

 英国パーカー・ペンが【ローヤル・ワラント】を取得したのは1962年7月。拙者が9才のころ。パーカー 75の発売(1963年)の前年。英国製パーカー 51は米国モデルとほとんど同じだったので、何が評価されて【ローヤル・ワラント】を取得したのかな?

 当時の新製品を調べてみると、1958年にパーカー・デュオフォールド(英国型)マキシマが発売されている。クリップはバキューマティックと相似形にあるが、首軸先端の処理など、独逸製とはまた違った無骨さがある。このマキシマだけはもう一度使ってみたい萬年筆の筆頭。拙者が惚れた(数少ない)萬年筆の一本じゃ。壊してから二度と出会わないなぁ・・・
 
2008-06-01 022008-06-01 03 左の年表には、初期の傑作として【ラッキー・カーブ・ペン】があげられている。これはペン芯の根元がゴムサックの中で90度曲がったような形状の物。

 インクフローが安定しているとして評価されたと書いてあるが、現在の米国コレクターの評価は違っているらしい。

 ペン芯の根元が曲がっていることによって、ペン先は前から抜き、ペン芯はゴムサックを抜いてから後へ抜く必要があり、修理調整が面倒で仕方がない。またペン芯が曲がっていようが、ストレートだろうがインクフローに変化がない事もわかってきた。

 そこで米国のVintage愛用者は曲がったペン芯を折って、真っ直ぐにして使用している人が多いと聞いたことがある。折っておけばペン芯を首軸の前からペン先と一緒に引き抜けるので
効率的!ということで・・・

 上記年表の右下にある1987年のINF全廃条約の調印に使われたのと同じ萬年筆は、今年の【世界の万年筆まつり】に展示されていた。おそらくはレプリカだったのであろうが・・・

2008-06-01 04 ちょうどこの【Encyclopedia】が発行された年に、デュオフォールドが復刻された。プリミアの目を覆うばかりの販売実績の酷さに危機感を感じたのかも知れない。

 拙者が自分の万年筆を購入する前、1983年に、父母に万年筆をプレゼントしようと思い立った。母にはPilot 65を38,000円で買った。そして父にはパーカーの純銀を!と考えていた。既にパーカー75を持っていたので、上級バージョンのプリミア・スターリング・シルバーを!と試し書きして・・・止めた。

 Parker 75(25,000円)とプリミア純銀軸(50,000円)との間で二倍の価格差があった。伊東屋の店員さんに聞いても納得のいく説明はなかったし、Parker 75の方がキャップの締まり方とか、首軸の質感ははるかに上だった・・・悩んだあげく購入するのを止めた。

 当時、まったくの素人だった拙者ですら【こりゃダメだ!】と感じたぐらいだから、万年筆愛好家には受けなかっただろうな・・・

 その点、デュオフォールド復刻版は、持って書いた瞬間、全身に電流が走るような衝撃を覚えた。それまで使っていた万年筆がひどかったのもあるが、あの体験は鮮烈だった。そういえば、最近、そういう感覚に遭遇しない。なぁ・・・



【過去のシリーズ記事】

Parker Encyclopedia その15 

Parker Encyclopedia その14 
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Parker Encyclopedia その4 
Parker Encyclopedia その3 

Parker Encyclopedia その2
Parker Encyclopedia その1 

  
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2008年05月18日

Parker Encyclopedia その15

 昨日の2008年5月17日(土)は第2回の萬年筆研究会【WAGNER】関西地区大会だった。総参加者数は34人。これは東京地区の裏定例会の参加人数をしのぐ。

 前回のようにメーカーのペンクリから紹介されて送り込まれてきた一見さんがいたわけではなく、ほぼ全員が萬年筆愛好家である。

 住居地も大阪に固まっているわけではなく、大阪、京都、滋賀、奈良、兵庫、徳島、岡山、山口、東京県にわたっている。

 奈良県などはいままで会員数ゼロであったが、昨日5人の大量参加があった。これまで大阪ですら会員数は7人だった
が、今回の参加者数は15人。

 そして34人中、23人が新規参加じゃ! 既存会員以外の参加者が増えるというのは、関西地区でもこのBlogを見てくれている人が多いと言うこと。ちゃんとインクを抜いてペンクリに持ち込んだ人の割合も非常に高かった!

 8の字旋回中に話しかけた同行者を横から注意している人もいた。実に良く読みこなしている・・・感心感心!

 penandmessage.
吉宗しゃんも朝一番で激励に来て下さった!実は初対面なのだが、お互いに写真や発言内容は十分に理解しているので、初対面という感じはしなかった。

 関西地区大会の特徴だが、カップルやグループで参加された方が多かったこと。カップルの場合は、2人とも萬年筆が大好き!といううらやましい人達ばかり!またグループはといえば、近所に住んでいる幼なじみ/仕事仲間とか、penandmessage.の常連グループなど。従って初めて怪しい会合に参加するという緊張感がかけらもなく、非常にリラックスされていたようじゃ。

 【どや、この萬年筆。ええやろ!おまえも買えゃぁ!特別に紹介したるでぇ】と病原菌をまき散らすコミュニケーション能力に長けた人と、それに乗りやすい地域性が影響しているのかも知れない。こういうの好きじゃ!

 20人には感染させた・・・などと懇親会では感染者の人数自慢も飛び出した。

 拙者はペンクリが忙しくてミニ・ペントレには参加出来なかったが、あちこちから値切りの声が!それらは当人どうしだけではなく、回りも巻き込んだ価格交ショーと化していた。
 
 2時間睡眠で新大阪で直行し、その後はドラ焼き一個でペンクリをやり、空腹でお酒を飲んだこともあり、宴会場では頭ぐるぐる!脱いだベストを宴会場に忘れてしまった・・・

 その状態で新幹線の中で思いついたので、正解かどうかはわからないが、萬年筆業界を活性化させる妙案が浮かんだ。これをおいおい詰めてみたいと考えている。


2008-05-25 01 その観点から、左の画像に書かれている【お手並み拝見】の意見を読むと、やや不安になった。

 それぞれの店員さんが【自分】と【お客様】との直接の関係と言うことで、成功事例を話している。それだけで良いのかな?

 少なくとも萬年筆の世界には【マニア】という層、特定の店舗に下宿しているのではと疑われるくらいの【常連さん】、萬年筆にはまりかかている【初心者】と未だまったく興味を抱いていない【素人さん】がいる。

 販売員対個人の関係に頼りすぎていると、どこかで破綻する。拙者の仮説では【店主】と【マニア】【常連さん】【初心者】【素人さん】との相互関係と役割/インセンティブをうまく設計すれば売上げは爆発的に伸びるはず。

 仕事の世界では、人は管理会計に従って動く、すなわち、自分に有利なように動く。だが趣味の世界では、人は自分が支援する人が有利なように動いてくれる。それにやりがいが加われば、狂ったように動いてくれる。

 ではどうすればよいのか?それはそれぞれの販売店で独自に工夫している。しかし、多くの成功事例を体系化して運用している販売店はない。

 ヒントはサイクルショップや中古カメラ屋にある。関東風と関西風で若干のアレンジが必要かも知れないがな・・・はやくMethodlogy
を完成しなくては!


【過去のシリーズ記事】

Parker Encyclopedia その14 
Parker Encyclopedia その13 
Parker Encyclopedia その12  
Parker Encyclopedia その11 
Parker Encyclopedia その10  
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Parker Encyclopedia その6 
Parker Encyclopedia その5 
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Parker Encyclopedia その3 

Parker Encyclopedia その2
Parker Encyclopedia その1 

  
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2008年05月11日

Parker Encyclopedia その14

2008-05-18 012008-05-18 02 【なぜ商品知識が必要なのでしょう?】・・・これはすばらしい切り口じゃ。

 世の中には石ころでも売ってしまう営業マンもいる。彼らに共通しているのは、自分を好きになってもらうこと。

 好きになってもらうには、何でも相談したいという気になってもらうこと。拙者は話題の間口が広い人には相談したくなるなぁ・・・

 萬年筆を売っていながら、医療保険制度にも蘊蓄があり、最新の尿漏れパンツについても一家言あるならば、お話に行こうかと思う・・・

 ただし、若い販売員にはそれを期待するのは無理・・・ではどうするか?

 【ジャパネットたかた
】の高田社長の番組に惹きよせられてつい買ってしまうことがある。

 何故なのかと理由を考えてみると、やはり商品知識じゃ。しかも彼は実際にその商品を使ってみて、自分の言葉として話している。そこが説得力になっている!

 彼が生放送のTVショッピングを好むのも、ライブならではの迫力が出るからだろう。たしかに台本を読んで、それを忠実になぞっていくのでは迫力は出まい。

 このエンサイクロペディアでも【お手並み拝見】のところに【まず自分で試し書きしておいて、商品に対する生きた知識をストックしておきます】というのがある。

 ある販売員経験者の方は、売り場にある全ての商品の書き味を暗記しており、お客様からの要望に対して、【これです!】と一本だけを差し出せたそうである。

 そこまでの境地になるには、相当の才能と熱意がないと無理であろうが、買う側からの見方をすれば、【自分の選んだ物が、正しい選択だった】と思わせてくれるだけの商品知識を与えて欲しい。

 拙者が萬年筆で迷うことはないが、スーツを買う際、どの色か、どの柄か・・・相当迷ってしまう。またく知識がないのでな・・・

 そういう時には、かならずベテランの店員さんに相談する。彼女(彼)等は色の合わせ方のルールとか、衣類に関する常識を良く知っている。それに従っていれば安心と思わせてくれる。だからその店でしかスーツを買わない・・・

 萬年筆も同じではないかな?購入の目的を伝えれば2〜3本選んでくれる。その際、自分用なら値段の高い豪華な物が欲しいと言うのが心理。そこをPushしてもらえれば、納得して購入出来る。背中を押してもらいたいわけだからな・・・。そして、家族に【いいわけ】する際に使えそうな【殺し文句】も知りたいはず。

 【商品知識はお客様の購買意欲をかき立てる】とある。ここにも書いてあるが、単に商品の特性だけではなく、作った会社の歴史や企業姿勢まで語ってくれれば決心しやすいのも事実。

 最近では【最後の一本】というのに良くやられたな・・・

 一方、プレゼントの場合には、払える金額は決まっているので、どれが高そうに見えるかとか、どれが有名か・・・などが書き味に優先する。送ったら相手がどのように喜んでくれるのかが想像出来れば選びやすくなるものじゃ。

 以前、田中真紀子先生は、プレゼント用に何度も日本橋丸善でデュオフォールを購入されたという話しを聞いた。それ以降、しばらくは拙者もそれをネタにデュオフォールドを贈り物にしたものじゃ。贈り物には蘊蓄が必要!そしてカタログからだけでは得られない情報を与えてくれて初めて、店頭で購入する価値がある!

 このBlogは【既に足を踏み外した人】向けなので、購買意欲をそそるような書き方はしていないが、たまに褒めている。それをよりどころにして新しい萬年筆の購入に踏み切っていただければ本望じゃ!



【過去のシリーズ記事】

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2008年05月04日

Parker Encyclopedia その13

2008-05-04 012008-05-04 02 今回は万年筆売り場の店員さんの接客テクニックを一挙に披露。もっとも今から20年前のテクニックなので、現代にはマッチしないものも多いが・・・

 【次のようなチャンスを逃さず、自信を持って積極的にアプローチしましょう】とある。

1:1つの商品を長く見ている時
2:商品から顔を上げて目が合った時

というのはわかるが、

3:一瞬足を止めた時 ・・・ というのはどうかなぁ?

 おやっと思って一瞬足を止めた時に、声をかけられたら、拙者ならそのまま足早に立ち去ってしまう。

 通常は、一瞬足を止めて、おずおずとショーウィンドウに近寄り、商品を凝視して、数本に絞り込んでから顔を上げ、店員さんを呼ぶ。

 そのどこで声をかければ一番商談成功率が高いかいうのが、このEncyclopediaに書くべき事。

 拙者なら【商品から顔を上げて目が合った時】に声をかければ、ほぼ100%お買い上げいただく自信はある。しかし、それは受身の姿勢。もうすこし売上を上げるなら、【1つの商品を長く見ている時】に声をかけるべきであろう。

 ただ闇雲に声をかけてはいけない。相手が心の準備が出来ていないときに声をかけると逃げ出してしまう。少なくとも拙者なら逃げ出す。

 アメ横でも、ショーウィンドウを覗いた瞬間に【何かお探しですか・・云々】と声をかけてくる店があるが、拙者はその瞬間に逃げ出してしまう。

 それについては中段に付近に書いてある。【相手が Yes / No で答えられる質問】をしなければならないのじゃ。

 いずれにせよ、どういう人ならどのタイミングで声をかけるかは、なかなかマニュアルにしにくいであろう。そういう意味もあって、正しいかどうかはともかくとして、多くの販売員の意見を紹介している。これらはマニュアル作成者が頭で考えた物ではなく、現場の販売員の体験談なので、わかりやすい。

 【たとえ素通りのお客様であれ、売り場の前を通るかた全員にいらっしゃいませです】というのはどうかと思う。売りつけられそうな雰囲気がしてイヤじゃな。

 拙者は万年筆の陳列としては【金ペン堂】が秀逸だと思う。それぞれの万年筆に短いメッセージが書かれている。あれにはそそられる。ネットショップなどでは常識だが、実物が目の前にあり、それにメッセージが添えられていると思わず見入ってしまう。そういう努力を百貨店でもすべきであろうな。

 万年筆をデパートに買いに来るお客様は、たいてい商品知識が少ない。従ってまずは目的別に絞り込んでくれるナビゲーションが必要となる。声をかけてから店員さんにナビをやらせようとしたのが、このEncyclopedia の時代。

 いまなら売り場の入口にナビゲーションボードを出して、ある程度お客様にメドを立ててもらってから該当のカウンターに来ていただくようにすれば、かなり高い確率でお買い上げいただけるであろう。

 店作りに関しては、長崎の【マツヤ万年筆病院が最高。間口が広く、オシャレな眼鏡店のような雰囲気で、非常に入りやすい。欲を言えば入口が2ヶ所あると、さらに入りやすいであろう。

 ここでのお買い上げ確率は100%に近いのではないかな?接客テクニック、商品知識、親しみやすい人柄、買わない限り店から出られないような徹底したチームプレイ(波状攻撃)、そして何よりすべてが完璧に調整された萬年筆であること。まさに日本最強の万年筆屋だと思う。

 このテクニック集の中で【なるほどな・・・】と感心したのは、【まずは1本目をお客様に手にとってもらうこと】という事じゃ。たしかに一本握ると感想が出る。不満点を解消するような万年筆を次々にだされてくると、引くに引けなくなってしまう。長い間店員さんとおしゃべりするほど買わないで帰りづらくなる。いい手じゃな。

 店作りのコツは、入りやすが、手ぶらで去りにくい雰囲気にする事じゃ。入りやすい店は蒲田のACT含め数は多い。ただ、手ぶらで出にくい店という観点では、長崎の【マツヤ万年筆病院が日本一だと思う。つい、必要のない物まで買ってしまう。

2008-05-04 032008-05-04 04 こちらは、パーカー商品の奨め方のテクニックが書かれている。かなり微笑ましい部分もある。

 【国産に比べて、何故高いのですか?】という質問に対して、【やはり品質が断然違います・・・】というくだりは、いただけないな。

 ここでいう品質は、故障がない・・・などという【あたりまえ品質】ではなく、商品の魅力を示す【魅力的品質】の事を示しているのだが、一般の人が聞くと間違った解釈をしてしまうかも知れない。

 ペン先も大きいし・・・というのはデュオフォールドには当てはまるが、プリミアには当てはまらない。このあたりは記述した人の思いこみなので、校正の段階で直して上げる必要があったであろうな。

 拙者がこういうEncyclopediaを作るとすれば、【まずは店頭にある万年筆を他社も含めてすべて試し書きさせてもらいなさい。そこで自社製品の特長、他社商品の特長を十分理解した上で、各社の店員さんと助け合いながらお客様に最もふさわしい万年筆をお選びましょう】・・・と書きたいなぁ。

 実際にそうやっていた売り場もあった。拙者が銀座三越でセーラーのProfit 80を2セット購入したのは、パイロット担当の方からだったし、三越限定のペリカンを購入したのはプラチナ担当の方からだった。そういうところが好きで、アメ横の存在も価格差も十分承知の上で、銀座三越でばかり万年筆を購入していた時代もあった。

 各社のトップ販売員は、実は他社の万年筆も相当売っているのではないかな?彼女らに共通して言えるのは、商品知識、裏情報に強いこと、お客様の顔を絶対に忘れないこと・・・などといった共通点がある。そこまで踏み込んで書けていたら、このEncyclopediaは名著になっていたであろう。



【過去のシリーズ記事】

Parker Encyclopedia その12  

Parker Encyclopedia その11 
Parker Encyclopedia その10  
Parker Encyclopedia その9 
Parker Encyclopedia その8 
Parker Encyclopedia その7 
Parker Encyclopedia その6 
Parker Encyclopedia その5 
Parker Encyclopedia その4 
Parker Encyclopedia その3 

Parker Encyclopedia その2
Parker Encyclopedia その1 

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2008年03月30日

Parker Encyclopedia その12

2008-03-30 022008-03-30 032008-03-30 01














 昨日は、2008年一回目の中部地区大会。ミニ・ペントレやペンクリよりも、【各会員が持ち寄ったコレクションの見せっこ】という意味合いが強い中部地区大会。今回もご多分に漏れず、おもしろいコレクションがわんさと出てきた。

 そしてなにより盛り上がるのが【宴会】じゃ。17:15から始まって19:30に終了した。遠隔地から訪問者への心配りがしっかりしている。

 左端の写真は宴会が終了してから駅に向かう道からほろ酔い気分で撮ったもの。会場が名古屋駅から徒歩5分というのがありがたい。

 次回の中部地区大会9月14日(土)。近県からもどんどん参加されたし!

 今後の予定表は真ん中の図。ただし会場は変更になる可能性もあるので、このBlogでの直前案内を読まれたし!

 さて、いよいよ【販売技術】のパートが始まる。今回は全体像だけの紹介になるが、次回からは詳細を紹介する。

 拙者は、【販売技術】を全て読んで大いに考えさせられた。

 各地の凄腕販売員の体験談や販売テクニックも紹介されているが、やはり、商品に対する知識や、簡単な分解、調整などが出来る事が、最も大切な事だと思わせる逸話が多いように感じた。

 右端の図の右上にあるように、最も大切なのは【情報に明るい】ということじゃな。

 有名文具店の萬年筆売り場の中には、そういう指導をしているところも多いのではないかな?

 萬年筆を買い始めた頃、よく伊東屋の万年筆売り場に行って、フロア中をチェックしていた。その時、販売員の女性は、接客が空いた時には、すかさず【輸入筆記具カタログ】をカウンターの上に置いて、読み込んでいた。メーカーから舞い込んでくる新製品情報を書き込んだり、価格改定などもこまめにUpdateしていたようじゃ。

 彼女達は万年筆収集を趣味としているわけではない。当然、【輸入筆記具カタログ】を読み込む深さは拙者などより浅かったはず。当時の拙者は全ての頁のレイアウトから価格まで、全部暗記するほど読み込んでいたからな。

 ところが、彼女たちは、その年の【輸入筆記具カタログ】だけではなく、過去の輸入筆記具カタログ】からの流れ/変化を覚えていた!過去の製品について聞くと、昔のカタログをひっぱりだして、ホラ!という具合に見せてくれた。やはりマニアも来る万年筆販売コーナーでは、それなりの知識がないとお客様から信頼されないだろう。逆に、こちらが欲しい知識を与えてくれるなら、たとえ定価であっても、そこで買うものじゃ。

 そういう商品知識に加えて、多少の修理や調整がその場で出来たら・・?

 それこそが、萬年筆販売にとって、最強の差別化ではないかな。そういう店が神戸にある。5月WAGNER 関西地区大会に合わせて訪問してみたいと考えている。




【過去のシリーズ記事】

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