2009年12月19日

Fountain Pens USA and UK, First Print run 2000 特別ヴァージョン

2009-12-19 02 WAGNER 2009 SP2(Classic Pens CP1 14K-B)でお世話になったランブロー氏よりオファーがあった。

 2000年に発売された米国、英国の萬年筆を紹介した分厚い本。バイブルと呼ばれる【Fountain Pens of the World】を国別に再編集し改訂を加えた物じゃ。

 拙者は発売と同時に購入したが、今回オファーを受けたのはソレとは表紙が違う限定版。購入した書籍を紛失して困っていたので千載一遇のチャンスなのだが、問題は最低ロットが10冊ということ。重いので送料がかなりかかるが、それを加算しても一冊5,000円を超えることはないはず。定価$75だったのでお買い得。

もしご入用の方がいれば、拙者へ直接メールしてくだされ。WAGNER会員限定。10冊以上の注文があれば発注するので。  

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2009年10月29日

【Pelikan Red Book】 その12

2009-10-28 012009-10-28 02 今回は43頁と44頁。いよいよ戦後のPelikanの時代じゃ。

 43頁の萬年筆はPelikan 400。これは1950年から発売が開始された。最初に発売されたのは緑縞と茶縞とグレー軸で1950年の5月の発売。同じ年の7月には黒軸が発売された。そして1954年にキャップも胴体も緑の軸と、薄い茶縞(light tortoise-shell)が発売された。

 1954年物は発売本数が少なかったのか、ほとんどお目にかかった事がない。

 このPelikan 400と一番形状が似ているのは、#500と呼ばれている復刻品。その初期のペン先は【淫らな書き味】と呼ばれるヘロヘロに柔らかいニブを持っていた。

 44頁の上の画像はPelikan 400の緑縞の萬年筆と、セットのペンシルで450と呼ばれる物、さらには400の茶縞じゃ。

 400と同じタイミングでPelikan 500と呼ばれる金キャップ&尻軸のモデルが発売された。

 下に掲載されているのが小型のPelikan 140じゃ。これはPelikan 400から2年遅れて、1952年4月から発売が始まった。当初は赤軸、黒軸、緑軸、グレー軸、青軸が発売され、最も一般的な緑縞軸は1955年からの発売となっている。そのほかに発売時期不明だが、ダークブラウンや薄い茶縞も発売されたらしい。ダークブラウン軸だけにはお目にかかったことがないなぁ・・・

 なをスチールペン先を持つPelikan 120も1955年に発売されている。ペン先がスチール製だったため現存するものが少ないのか、オークションにもめったに顔を出さない。

 このあたりまでが戦後の黄金期で、そこから先は暗黒の時代がしばらく続く?そのあたりは次回!


解説文にはもっと面白いことが書かれていそう。attempto(1477番)しゃんに補足説明をお願いしたい。よろしくおねがいしま〜す!


☆☆ ここからがattempto(1477番)しゃんからのコメントから転記したものじゃ!

こんにちは。くちばし型クリップの設計図(1940年)がすてきですね。さて、45年4月にハノーファー市はイギリス軍に占領されますが、戦災をほぼ免れたペリカン社は数週間後に生産を再開。中心はモデル100Nでした(100は部品生産のみ)。同時にテオドール・コヴァクスのもと急ピッチで開発されたのが400モデル。43頁右下の写真は、100同様のマーブル模様の不透明軸に横長のインク窓が開いたプロトタイプ(本文によれば1989年のペリカーノに用いられた形式)。400シリーズはドイツの奇跡的経済復興とともに25マルク前後の価格帯のベストセラーに発展。映画俳優Dieter Borscheは出演作の小物としてペリカン社に万年筆の提供を依頼し、これがドイツでは映画やテレビに製品を絡ませる「プロダクトプレースメント」の先駆けになったそうです。1952年登場の140については師匠解説の通り。・・・私ごとで恐縮ですが、140は私の愛用の万年筆です。どこかで、140のクリップなどの金メッキは400よりも質が低く剥げやすいと読んだのですが、本当でしょうか?
さて、万年筆とともにペリカンはオフィス用として大きな需要があった鉛筆(所謂シャープペン)、さらに急速に広まったボールペンを大メーカーとしては最後発となる1955年に発売。1958年にビック社が使い捨てボールペンを発売するという話で44頁は終わります。では、また。
  
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2009年10月22日

【Pelikan Red Book】 その11

2009-10-22 01 今回は39頁から21頁までの紹介。写真が一番充実しているのではないかな?大好きな4頁じゃ。

 最初は1951年の写真。おそらくは本社の敷地内にあるペリカン池のペリカンであろう。金網が張ってあるが低いので手をさしのべている人もいる。

 ペリカンは羽を間引いて飛べないようにしているのかもしれない。周囲に群がっている人の中に子供はいないので、従業員が休み時間に盛り上がっているのかも知れない。

解説文にはもっと面白いことが書かれていそう。attempto(1477番)しゃんに補足説明をお願いしたい。よろしくおねがいしま〜す!

2009-10-22 02 40頁は萬年筆生産をしている部屋の様子。これは今までの社史などには無かった貴重な物。モーターがあり、胴軸だけが大量に机の上に立てられているところを見ると、軸のバフかけをしている場面かも知れない。

 撮影されたのは1950年。拙者が生まれる2年前か・・・

 作業をしているのは、比較的若い女性ばかりで、監督官を年配の男性がやっている。ルーペで仕上がりを確認しているようじゃ。このように、製造プロセス途中で検査をしておけば、不具合があれば作業者もその場で特定できる。これがペリカンの品質を支えていた秘密だったのかも知れない。

 下の写真はペリカンの2両連結のトラック。これが萬年筆だけの一回の出荷単位だとすれば恐ろしい本数を出荷していた事になる。おそらくは他の商品と一緒に運搬したトラックのボディに、ブランドの象徴としての萬年筆が描かれていただけであろう。

 この写真はアオリ機構のある4x5のカメラで撮影されたのではないかな?屋根の方まで建物の幅が変わっていない。柔らかくて良い仕上がりの写真!

2009-10-22 032009-10-22 04 こちらの2枚は、戦後の筆記具の展示。ペリカン・スタンドなんてショールームがあったのかもしれない。

 それにしてもずいぶんと幅広い商品を作っていたのだと驚いた。ゲーム板も作っていたとはな。

 かなり子供をターゲットとした商品もあったらしい。ペリカーノでブランドを子供にすり込んで、身近な絵描き道具、ゲーム・・・ときて、萬年筆を売り、最後はオフィス用機器(印刷装置、プリンターリボン)などを売る戦略だったのか?そういえばインクジェットプリンターのインク製造で訴えられ敗訴した事もあったはず。

 いずれにせよ製品の幅を拡げすぎたのが経営が傾むいた原因なのは間違いはあるまい。今では製品ラインを絞り込んでいる。選択と集中を早い段階でやって企業再生(アジア資本による救済買収?)を成し遂げたのは立派じゃ。


☆☆ ここからがattempto(1477番)しゃんからのコメントから転記したものじゃ!

最初の頁の写真は、ご指摘通り、1934年以来敷地にあるペリカン池の前に集まった女性社員たちだそうです。ペリカンはペアで飼われていたらしいですね(1988年に4代目ペア)。それにしても、次の万年筆生産工程も含め、女性従業員の写真ばかりですね。偶然なのか、実際に女性が多かったのか・・・。さて、全体のテーマは、戦後の復興期から、「一生、ペリカン!」をスローガンとしてすべての年齢層に合わせた製品ラインを揃えようとしていた時代についてです。
ハノーファーで輸出メッセが開かれた1948年、400シリーズ万年筆が発売された1950年にはペリカン社は戦前の勢いを取り戻し、1955年には戦後没収された外国の工場・営業所の買い戻しを(東欧を除いて)開始。子供の筆記学習プロセスに合わせた子供用万年筆ペリカーノを1960年に発表し、20年間で6000万本を売り上げる大ヒットに。1972年にはインク消しペン「インク・タイガー」も発売。

「一生、ペリカンと」というスローガンのもと、あらゆる年齢層とあらゆる活動にあわせた製品の提供が当時の戦略でした。幼稚園ではクレヨンやゴム粘土で遊び、小学校ではペリカーノで書き、ティーンエージャーには1973年発売のハッピーペン、親は高価なペンセットを贈り物にするといった具合。時代状況に合わせて、1978年にはコピー機メーカーすら買収します。さらに1972年にはゲーム・パズル部門に進出し、家族向けボードゲームまで発売するも、さすがにうまくいかずに1982年には早々と撤退したとのこと。
それにしてもペリカン・ブランドのゲームがあったとは・・・ドイツ人は大人も子供もボードゲーム好きで、家庭だけでなく喫茶店や飲み屋にもゲームが置いてあり、ビールやコーヒーを片手に興ずる。まあ、ドイツでも最近はwiiなんでしょうけど・・・。
42頁の写真はショーウィンドーのデコレーション。ショーウィンドー・サービスという部署があり、陳列モデルを作成するスタジオがあったそうです。43頁上は当時の万年筆など(インクボトルの包装箱はバウハウス出身のWilhelm Wagenfeldがデザイン)。下は1963年、ハノーファーでのドイツ産業メッセでペリカン・スタンドを訪れた経済大臣ルードヴィヒ・エアハルト、このあとすぐに連邦首相に就任します。以上、こんなところで。ではまた。

  
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2009年10月08日

【Pelikan Red Book】 その9

2009-10-08 012009-10-08 02 今回はたぶんPelikanの吸入方式(回転吸入式)の説明であろう。記憶が正しければ発明したのはPelikanではないが、特許を買って最初に量産萬年筆に使ったのがPelikanのはず。

 31頁ではアイドロッパー方式、セイフティー方式、ボタンフィラー方式が図示され、ボタンフィラー方式を使ったオスミア(OSMIA)の萬年筆が紹介されている。この萬年筆を見て、当時のParkerに似ていると思うはず。たしか業務提携していたか、資本が入っていたかしたはずじゃ。これは昔から欲しかったのだが、まだ入手できていない。

 32頁ではレバーフィラー方式の図解と、それを利用したカーター(Carter)の萬年筆が紹介されている。不思議とCarterの萬年筆が欲しいと思ったことはない。

 この頁にPelikanが回転吸入式の特許を1927年に取得して、1929年に最初の萬年筆を発売したくだりが書かれていると思われる。

2009-10-08 032009-10-08 04 33頁の左上の写真はKaiserhofホテルで開催されたPelikanの萬年筆発売を祝うパーティではないかな?写真に写っている人の顔の向きを見ると、演台側から撮影したと思われる。表情が潰れている人もいるが、これはスローシャッターの間に顔が動いてしまったのであろう。

 33頁にある黄色い背景のポスターが1929年に発売されたPelikan萬年筆第一号。【Pelikan Fountain Pen】と呼ばれていた。翌年の1930年にはPelikan 100が発売され、1931年の半ばにはマイナーチェンジ版が発売された。こちらは10年以上にわたって作られた。このマイナーチェンジ版モデルが拙者のハンドルネームであるpelikan_1931の由来じゃ。

 34頁の上の写真では、1932年〜1945年に製造されたRappenと1936年〜1954年に作られたIBISの写真が掲載されている。

 その下のPelikan 100Nは1937年〜1954年まで作られていた。写真のモデルはキャップリングが無いので戦時中のモデルのはずじゃ。

 今回はPelikan Green Book の掲載内容から補足説明したが、本論に何が書いてあったかに関しては、attempto(1477番)しゃんに補足説明をお願いしたい。よろしくおねがいしま〜す!  
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2009年10月01日

【Pelikan Red Book】 その8

2009-10-01 012009-10-01 022009-10-01 03 今回は文章を読まないとまったく理解できない4枚じゃ。27〜30頁。どうやら新社屋の建設か、工場増設あたりの話らしいが・・・attempto(1477番)しゃん、よろしくおねがいします!

 それにしても1905年にこれほど鮮明な写真が撮れていたとは驚き。アオリを使わないでも垂直線が真っすぐになる位置から撮影している。解像度の良い望遠レンズなどあるはずもない時代だし、ピントは近距離から遠距離まできちんと合っている。かなり絞り込み、スローシャッターで写してあるはず。撮影機材を知りたいものじゃ。

2009-10-01 04 こちらはかなり有名な写真。特に右側の写真はPelikan工場の福利厚生が如何に良かったかを示す写真として紹介された事がある。

 休憩時間かランチタイムに女性社員が昼寝も出来るような椅子に寝ている姿は印象的だった。

 だが1906年の写真ということになれば、穿った見方も出来る。露光時間が10秒以上かかるため、出来るだけブレない状態で写真を撮影するには、寝てもらっているのが一番!というようなノリで寝そべって撮影したのかも知れない。

 そういう目で見れば、みな表情が硬い・・・さて、写真も趣味という方々、これをどう解釈しますかな?

 また左下の自転車の写真も興味深い。男性が乗っている自転車はサドルが高く、ハンドルは低い。ロードバイクのような感じ。一方で女性が乗っている自転車はママチャリに近い。こちらの解説は自転車に詳しい人にお願いしたい!

 よろしく!


☆☆ ここからがattempto(1477番)しゃんからのコメントから転記したものじゃ!


ご無沙汰しております。ドイツから帰国後、いささか体調を崩していました。ドイツでの購入品についてはそのうちに。

さて、たしかに内容はEngelbosteler Dammの旧社屋から今日のPodbielski通りへの移転、そして新社屋についてです。1906年に完成した新社屋はU字形をしており、工場、研究部、梱包・発送部、倉庫を擁し、その内側に動力部を配置。当時ドイツ最大・最新の鉄筋コンクリート建築は外見的には、ペリカンの紋章をあしらった「マナーハウス」風(3頁目の絵画)。Fritz Beindorffのモットーによれば、社屋のクオリティが商品と企業のクオリティを示すのだと。

2頁目上は棟上げ式の写真、下はそれぞれ1920年頃のプライベートオフィスおよび会議室入り口の様子。(つづく)

(つづき)1913年には会社設立75周年にあわせて25000平米の第二社屋を建設。モダンだったのは、巨大な窓と明るい間接照明、空調やスチーム暖房を備えた工場だけでなく、様々な厚生福利施設。

社屋には浴場(各社員は毎週30分使用できたそうですが、当時のドイツ人の感覚では贅沢な行為だったのでしょう。いまでも中級以下のホテルや学生寮はシャワーだけだし)、食堂、休憩室、自転車置き場(それぞれ最後の頁の写真)があっただけでなく、疾病・出産・死亡時の援助金庫や女性社員のための支援課があった。

当時の観念では社会問題は国家ではなく、企業が解決するものだった。また企業家の側には「家父長」的な理解が色濃く残っており(マナーハウス風の社屋はその象徴)、同時に労働運動に対して防波堤を築く必要もあったのである。

今回もまただいぶ端折りましたが、だいたいこんなところで。
  
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2009年09月24日

【Pelikan Red Book】 その7

Pelikan Red Book P23 Pelikan Red Book P24Pelikan Red Book P25Pelikan Red Book P26Pelikan Red Book P26拡大 








 今回は【Pelikan Red Book】の23頁から26頁まで。あまりに独逸語の文字が多くて想像力が働かない。attempto(1477番)しゃん、よろしくおねがいします!

 おそらくは、Pelikan本社工場の位置を示していると思われる。三枚目の写真が工場写真かと思ったが、ずいぶん小さい。しかも看板に【GRAMMOPHON】と書かれている。(蓄音機)

 右端の拡大写真で見ると、,Pelikanの本社工場で、Grammophonは道路を挟んで向かい側にあるの上じゃ。

 左から三枚目の写真はGrammophonの本社ビルを道路側の上空、すなわち、Pelikan本社工場の上空から撮影したと思われる。

 ライト兄弟が初飛行に成功したのは1903年であるから、これらの写真がその時代であるはずはない。おそらくは何十年か後で、かつ、高感度で解像度の良いフィルム、高速シャッターが装備されてから。

 とはいえ、ライカM3が発売されたのは1954年であるから遅すぎる。想像するに1930年にライカC型が開発された後であろう。飛行機からの撮影で90个離┘襯沺爾妊團鵐箸鮃腓錣擦襪砲脇颪靴い里如△そらくはエルマー50F3.5。夏の日の朝10時頃、シャッタースピードは200分の1秒で絞りはF8くらいかな?まったくの想像じゃよ。

 ひょっとするとコンタックス儀拭1932年発売)で撮影したかもしれないし、ローライフレックス・オリジナル(1929年発売)を使ったかも・・・後者ならレンズはテッサーで75弌そういえばパステルで描いたようなカサカサした味はテッサーそのものかも・・・。いやいやコンタックス儀燭覆1000分の1秒のシャッターも切れたからこちらでは?

 たった一枚の写真で一時間ほど楽しんでしまった・・・

  
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2009年09月17日

【Pelikan Red Book】 その6

2009-09-17 012009-09-17 022009-09-17 032009-09-17 04 本日紹介するのは19頁から22頁まで。

 1929年に萬年筆が発売されるまでは、ペリカンの主力商品はインクだったはず。この時期は、そのマーケットを世界中に拡げようとしていたころ。

 これに貢献したのが、20頁の一番上に写真のある、フリッツ・ベインドルフじゃ。1888年にギュンター・ヴァーグナーの長女と結婚し、1895年に社業を引き継いだ男。なかなか男前!【なんで机の上に萬年筆が無いんだ?】と突っ込まれた写真。懐かしい!このフリッツ社・ベインドルフ社長の時代にペリカンは萬年筆製造に踏み切ったのじゃ。

 その下2枚の写真は当時の作業風景。こちらもおもしろい。作業場に吊された電球はずいぶんと下の方に位置している。まるでエジソンが発明した当時のような大きな透明の玉電球。おそらくは暗かったので下の方へ吊したのであろう。天井を高くして、日光が出来るだけたくさん入るようにしてある。日の出から働き、日暮れに作業を終えるという勤務形態だったのかも知れない。一番重要な資源が日光だった可能性も高い。

 その右の女性が、我々が想像する当時の独逸女性像にぴったり!大柄でたくましく、ポテトを大量に食べていそうな感じ。しかし何より前のテーブルに置かれた、ホーローの容器が良い。拙者は印画紙現像をホーロー製のバットで始めたので、どうしてもホーローの容器に惹かれてしまう。

 21頁の写真機には驚いた。手の撮影をするのに4x5版のフィルムを使っている。しかも長いマグニファイヤーかファインダーとおぼしき物が暗箱についている。それを三脚にセットして、写真家が暗箱を抱え込むようにしてピント調節をしている。大型レンズでこの距離なら、かなり蛇腹を伸ばす必要がありそうだが、蛇腹は見えない・・・いったいどういうカメラなのかな?知っている人がいたら教えて下され。

 右端の写真は1938年の創業100年祭であろう。4月28日に行われたらしいが、まだ長いコートを着た人もいる。独逸と日本では緯度が違うので直接比較は出来ないが、多少は地球温暖化の影響を感じてしまうなぁ。

2009-09-17 05 こちらは、昨日、英国からやっと届いたLamy Pinkの1.9佗のニブ付き。5月ごろに頼んで、7月出荷と聞いていたのに到着があまりに遅かった。クレームを入れたら、なんと申込みだけして、お金を払い込んでいなかったとか・・・・

2009-09-17 062009-09-17 07 まったくのイタリック形状だが、スリットはちゃんと開いているのでインクフローに問題は無さそう。

 ただし品質管理の徹底したLamyにしては珍しく、左右のペン先の段差があった。0.5秒で直せたがな。3本頼んでいたので、2本は北海道大会・ペントレに出品じゃな。おたのしみに!



☆☆ ここからがattempto(1477番)しゃんからのコメントから転記したものじゃ!


こんにちは。
だいぶ遅くなりましたが、記事と写真について少々コメントさせていただきます。記事は全体として1910年代から第二次世界大戦期までのペリカン社の発展についてです。19頁上は、当時の野戦郵便として前線に届けられた絵はがきで、同時にペリカン社のゴム糊の広告になっています(敵を嘲弄する内容らしいのですが、詳細までは読み取れません)。同頁下の写真は、戦後のインフレーション期にペリカン社独自に発行した金券、額面50万マルク!
20頁下は工場の風景写真(右側は絵の具のチューブ詰め作業だそうです)ですが、文章の方は、1911/13年以降、ペリカン社が収集した美術品コレクションについて説明しています。私の好きなエミール・ノルデの作品もコレクションのなかにあったんですね。

21頁上の写真は、1935年に作成されたペリカン社の宣伝映画の撮影風景だそうです。ということは、カメラはカメラでも、映画の撮影フィルム(何ミリ?)ということになりますね。この分野はまったく無知なので、これ以上は何も言えませんが。
文章の方は、1938年、創業100周年時、次いで、第二次世界大戦期の会社の状況を解説しています。戦争勃発による原材料不足はペリカン社をも直撃し、アルミ製や鉛製のチューブや梱包は廃止され、ペリカン4001インクも成分を変更。消費者は使用済みの空きインク瓶を会社に送り返すよう求められたそうです。1938年時には、販売店に対して豪華な陶器製のペリカン100万年筆用陳列棚(21頁下の写真)を薦めていたのが、1939年から45年にはワインの空き瓶にインクを詰めたり、前線用にはとくにインク・タブレット(水に溶かして使うのでしょうか?)を出荷した(22頁下の写真)とあります。  
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2009年09月10日

【Pelikan Red Book】 その5

2009-09-10 012009-09-10 02 今回紹介するのは、15頁〜18頁まで。ここではペリカノール(Pelikanol)が紹介されている。日本に輸入されていたかどうかは定かではないが、海外から容器を入手してみたところ、中身は接着剤だった。

 Pelikanolが接着剤製品の名前なのか、あるデザインのシリーズに付けられた名称なのかは明らかではない。拙者は長らくペリカン製の接着剤の名称だと信じていた。attempto(1477番)しゃん、いかがでしょう?

 左側画像の愉快な顔のペリカンと右側画像の目つきの悪いペリカンの対比がおもしろい。ひょっとすると、右側画像のペリカンは飛び立とうとするも、お尻の先端部の羽がペリカノールで地面に接着されて飛び立てなくて困った顔になっているのかもしれない・・・・

2009-09-10 032009-09-10 04 ここからは1906年からの歴史になっているらしい。独逸が二度の戦争に入っていく歴史、そして何よりPelikanの萬年筆が出来上がっていく年代じゃ。

 元々【Made in Germany】という刻印は、品質の良い英国製品と間違わないよう、欧米列国から独逸が強制されたものだという噂がある。すなわち、【これは独逸で作られたものであり、英国製品のように品質の良いものではありませんので間違わないように!】という意味が込められた、屈辱的な刻印であったとか。

 そういえば【Made in Japan】も【安かろう悪かろう】と同義であった時代もあった。両国とも、その屈辱を覆そうとした技術者の意志が、言葉の評価を逆転させたのじゃ。けっして政治や金で獲得した物ではなく、名も無き技術者たちの意地が成し得た成果!頭が下がる・・・

 右側画像はタイプライター・リボン。現代にあてはめれば、インクジェットプリンターのインクタンク(キヤノンの呼び方)。消耗品だがずいぶんと立派な缶やケースに入っている。一番左端の缶は今回初めて出会った。欲しい!



☆☆ ここからがattempto(1477番)しゃんからのコメントから転記したものじゃ!

こんばんは。今、ドイツに来ております。一昨日、バーゼル(すいません、これはスイスですね)の骨董屋で万年筆がないか聞いてみたところ、ちょっと前に来た客が在庫していた15本全部を買っていったため一本もないと言われました。いるんですね、そんな客が・・・

さて、文章を読んでみたところ、Pelikanolは接着剤の商品名で間違いありません。アーモンドオイルが混入されていたため香りの良さも自慢のペリカノールは、1960年代までドイツでの接着剤売り上げトップ。1972年にヘンケルが接着剤市場に乗りだしてからペリカノールは売り上げ激減、1991年に商品リストから消えたそうです。

1913年の絵はがきのキャプションはBromfieldさんのコメント通りです。「世界に冠たるペリカン・インク」の売り文句で世界中にペリカンのセールスマンが進出した時代のものだそうです。  
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2009年08月27日

【Pelikan Red Book】 その3

 8月30日(日)の萬年筆研究会【WAGNERの例会に、万年筆くらぶ【フェンテでべそ会長が参加することが確定した。

 萬年筆コレクターではなく、萬年筆愛好家コレクターとして有名なでべそ会長は、あの(口の悪い)古山画伯さえ賛辞を惜しまない人格者。

 高みに堕ちる以前に、深みにはまってもがく者、つまらぬ諍いを起こす者が多い萬年筆研究会【WAGNER】会員に、神が遣わした【】じゃ!

                                皆の者、悔い改めよ!


 もっともでべそ会長も、まだまだ高みに堕ちきってはいないと思われる。【4本のヘミングウェイ】のはずが、もっといっぱい(ヘミングウェイを)持っていたような気がする・・・

 でべそ会長来訪に備えて、拙者も既に期日前投票をすませてある。選挙権のある方は、投票してから萬年筆研究会【WAGNER】の例会に参加するのじゃぞ!


 九州地区からは、地元主催WAGNER九州大会11月28日(土)に実施することが決まったとの連絡が舞い込んできた。場所は先日の九州地区大会と同じくアクロス福で部屋は604会議室。

 九州地区以外の方も大歓迎とのことなので、奮って参加されたし!拙者も先ほど、飛行機とホテルの予約を終えた。前回は徹夜明けで参加したので、1次会で轟沈したが、今回は調整指導のみで、調整自体は(拙者は)やらないので気が楽じゃ。調整道具も持って行かないよぅ。

 ただし、WAGNER調整師予備軍が4名参加し、九州地区在住の認定調整師も参加するので、調整出来るキャパは非常に大きいのでご安心を!

 調整指導者として、関東地区の認定調整師参加も期待されているので、都合のつく方は参加されたし。

 お酒は絶品&逸品ぞろい! いわゆる限定品もありますぞ。


2009-08-27 012009-08-27 022009-08-27 03  今回紹介する頁は左の3枚じゃ。例によってattempto(1477番)しゃんが解読してくれるであろう。

 ギュンター・ヴァーグナーの肖像画は初めて目にしたように思う。写真では穏やかな顔をしていたが、肖像画ではかなり憂いを含んだ目をしているなぁ。

 当時の洋服は、現代から見るとずいぶんと体にピッタリしているように思える。これでは身動き出来ないのでは?まるでレクター博士が着せられた拘束着のようじゃ・・・。それに眼鏡に度がはいっていない・・・なんて肖像画に突っ込んでも意味無いか。

 下の工場の絵は、ハノーファーではなく、ウィーンの工場かと思われる。写真で見た本社工場よりはかなりコンパクトだからな。印象的なのは大きな煙突。街のあちこちに立っている。何のために煙突があるのか良くわからなかったのだが、萬年筆と科學で渡部氏が各社の工場を外から描いた図によって、これらは動力室である事がわかった。おそらくは石炭を焚いて得た動力で工場内のラインやオフィスに電力や熱を供給していたのではないかな?

 中央の絵の具の色チャートでは、左上の絵がおもしろい。絵を描いている女性に3人の子供がサポートしてるように見えるが、それがペリカン社のロゴ(親と4匹の子ペリカン)に似て無くもない。でも子供の数が3人と4匹で違うのでは?という疑問もわくが、実はギュンター・ヴァーグナー家の紋章は、もともと子ペリカンは3匹だったのじゃ。それは次回紹介しよう。


----------------------------------------------- 以下は独逸語に堪能な attempto(1477番)しゃんのコメントの転載じゃ!


さて、ギュンター・ヴァーグナーの肖像画のキャプションには、ヴァーグナーは、まだ53歳だった1895年には会社から身を引いて、趣味の哲学、音楽、美術に打ち込んだとあります。よほど成功したのか、それともこれが当時の企業人のあり方だったのか。いやはや。

工場については、ペリカン社史をネット上でちょっと確認してみました。ここに描かれている工場はやはりハノーファーのそれ、会社設立直後の1842年に建築されたEngelbosteler Dammの工場だそうです。

ただし、1899年に6000平米の新社屋を含む大増築が行なわれたにもかかわらず、すぐ手狭になってしまい、1906年に同じハノーファー市内のPodbielskistrasseに新工場を建設。師匠が見た写真の本社工場はたぶん、現在シェラトン・ホテルが立つこちらの方ですね。

個人的には、水彩絵の具色見本ポスターが掲載されたページを「なるほど」と思いつつ読みました。1898年にペリカン社が「4001」の名前で発売する、長期保存が可能な古典的ブルーブラックインクの説明が中心ですが、その関連で、国の役所で使われたインクの組成は、プロイセン王国内務省が指定し、素材検査局がチェックしていたと書かれています。これは初耳。

  
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2009年08月20日

【Pelikan Red Book】 その2

2009-08-20 02 ペリカンといえば、ギュンター・ヴァーグナーが有名だが、会社を作ったのは、化学者であったカール・ホルネマン。1838年のことじゃ。

 左の写真によれば、カール・ホルネマンが生まれたのは1811年3月29日で、亡くなったのは1896年12月13日。左の写真の時には59歳ということになる。今の拙者とそれほど違わない年齢なのだが・・・なんとなく彼の方が老けている。

 会社の設立が1938年で、彼が27歳の時。ギュンター・ヴァーグナーが会社を大きくするまで、あまり儲かっていなかったらしいので、苦労が彼を年齢以上に老けさせたのかも知れない。

 しかし賢そうな前頭部。小さい頃から、こういう額の広い頭に憧れていた。有能な経営者にもこういう額の人が多い。スヌーキーな人で、こういう額の人に会った事はない。

 拙者の父は【人格は額に出る】と言っていた。このカール・ホルネマンの額を見る度に、父を思い出す。いずれも、お金には縁がなかったが、尊敬すべき人物じゃ。

2009-08-20 03 こちらはペリカンの工場内部の写真。何かを作っているというよりも、出荷の為の準備をしているのかも知れない。手前左側の四角い棚は、出荷先別に仕切られているのでは?となんとなく考えてみた。

 時間がゆっくりと流れているような雰囲気が実に良い!最近の、人が少ない自動生産工場や、移動するライン上の車体に小走りに走りながら部品を取り付けるような慌ただしい光景はどうしても好きになれない。

 生産性を向上し、物を安く作って安く売る・・・これが無駄の根源では?と考えてしまう。萬年筆一本の値段が30万円なら、一本の萬年筆をローンで購入し、長く使い続けるという選択肢もあった。究極のエコは、買わないこと、簡単には買えない価格設定にする事じゃな。

2009-08-20 01

  左は1894年のポスター。左側の小さな男の子の足の位置がおかしい。これでは机の中から足が出ているとしか考えられない。

 萬年筆の発売は1929年であるから、この時代の主力商品だったインクを訴求するポスターだったはず。だが、インクがこぼれたり、小さな子供の顔についたりしているポスターに何の意味が込められているのかが不明・・・

 防腐剤としての石炭酸が入っているインクを誤って飲んだりしたら、大変な事になるかも知れないのになぁ。前回紹介したポスターも含め、Pelikanのポスターには意図不明なものが多いなぁ・・・

 このポスターの左下のは工場の絵が2枚入っている。おそらくはインクを作っている工場を描いたものであろう。一つはハノーヴァの本社工場であろうが、もう一つはどこかな?

 いずれにせよ、性能をうたう米国製ポスターとは一線を画している。これのあたりに興味が出てくると、紙物に嵌るのだろうな。ポスターのコレクションはまさに比較文化論じゃな。



----------------------------------------------- 以下は独逸語に堪能な 1447しゃんのコメントの転載じゃ!

こんにちは。仙台でお世話になった新会員の1447番です。

師匠のこの文献研究コーナーをじつは大変楽しみにしています。

ホルネマンは、キャプションによれば1864年からハノーファー市の市議会議員、のちにはプロイセンの国会議員にもなっているんですねえ。ハノーファー王国は1866年にプロイセンに敗れて併合されてますし、1870年頃と言えばドイツ帝国成立直前の変動期で、経営者としても政治家としても苦労した年月が額に出てるんでしょうか。それにしても、落ち着いた良い表情です。

工場の写真には「工場内で絵の具箱を詰めているところ」とあります。ですから、生産現場ではなく、たしかに出荷準備。女性ばかりなのはそのせいですね。右前にある大量の細長い包みが絵の具なんでしょうか。水彩絵の具? それともインク瓶? 絵の具のチューブって、いつからあるんでしょうか。

次の商品ポスターですが、ポスターの見出しと右上後ろの白い布に書かれた言葉を続けて読むと、「ギュンター・ヴァーグナーのインクで、パパも事務所で書いてます」となります。事務職のパパは職場で、子供たちは家庭で、みんなヴァーグナーのインクを使って文字を書いている(遊んでいる)。キャプションにも示唆されているように、うちの商品は市民生活に溶け込んでます! ってのが売りのポスター。性能をうたう米国製ポスターとは一線を画す、とはまさにその通りと思います。

それにしてもママはどこにいるんだろ。工場で絵の具詰め?
  
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2009年08月13日

【Pelikan Red Book】 その1 ・・・ 目次

2009-08-13 01 それでは本日から【Pelikan Red Book】の紹介を始めよう。表紙の後のページに出てくる最初の文字がこれ。

 なんとも表現しにくい色だが、強いて言えばショッキング・ピンクか?それよりやや濃いめかな?

 いすれにせよペリカンのイメージ色ではない。なんとなく東南アジア系の色。底抜けに明るい感じがする。近年のポップなペリカン萬年筆カラーを彷彿させる。スーベレン系というよりも、ペリカーノ系の色合いといえよう。

2009-08-13 01 文字は理解できないので、まずは絵の頁から。左画像は2頁目。これは1909年の作らしい。

 1909年といえば、Pelikanが萬年筆を発売する20年ほど前。どうやら絵の具のコマーシャルのようじゃな。

 それにしても男物の衣装(左前)に、振り袖がついて、女帯で、中国靴のようなサンダル履き。そして芸者頭に口髭というハチャメチャなオッサンがペリカンを色づけしている。

 ペリカン社は、この絵というかポスターで何を訴えかけたかったのだろう?

 このポスターだけから想像すると、【不気味な男が経営する絵の具の会社の工場が、ハノーバーとウィーンにありますぞ、ヒヒヒ・・・】かなぁ・・・

2009-08-13 03 こちらはこの本の目次。7頁、17頁、39頁、61頁に歴史が書いてあり、その間の頁は、その期間に発売された製品を紹介している。

 そしてところどころに古いポスターなどが掲載されている。そのポスターが拙者にとっては一番嬉しい。

 170周年を記念して2008年に発行されたレッドブックだが、150周年以降はリアルタイムで知っている。また150周年記念の同じ主旨の本は持っている。ということになれば、それらに掲載されなかったポスターこそが興味の対象になる。ただドイツ語が読めれば話は別だがな・・・

 ともあれ、来週はペリカン創業のころからの話、すなわち、1838年からの資料を紹介する。  
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2009年03月19日

解説【インキと科學】 その21 

 「クロ(仮名)」の写真を冒頭に載せようとしたのだが・・・カメラが無くなった。正確に言うと、宅急便の配達待ち。札幌からの帰りの飛行機の座席前のポケットに入れたまま降りてしまった・・・

 幸いなことに、座席番号の記録が残っていたので、連絡して着払いで送ってもらっているところ。

 「クロ(仮名)」は最近、おいしい物をもらっているせいか、ドッグフードをガツガツとは食べなくなった。多少残してこちらの顔色を見て、もっとおいしい物を出すのではないかとうかがっている。ダメだとわかると、少しゆっくりと食べてみたりする。多少悪知恵がついたらしい。

 この21章は、【おばあさんの知恵】のように役立ちそうな内容じゃ。題して【インキの染み抜き】

 当時のインクにもウォッシャブルとパーマネントがあった。当時から衣類の汚染をいやがって重要書類以外はウォッシャブル・インキを用いる人もいたらしいが、主流はあくまでもパーマネント・インキ。

 渡部氏の指摘では、衣服についたブルーブラック、ブラックを落とすのは難物中の難物だったとか。いわんや証券用のインキのシミを落とすのは、本職の洗濯屋でももてあますもので、インキの色はどうにか落とすことが出来ても、シミの跡が残り、それが容易には綺麗にならなかった。

 この章で紹介されているのは、3つの液を使った染抜法で、たいていの場合、見事に成功すると太鼓判を押している。

 ただし、以下の方法は木綿、麻、絹に対しては有効だが、羊毛に施してはならない。それは羊毛自体の染色まで落とす恐れがあるから・・・

 逆に羊毛以外であれば、大抵の物に有効で、縮みも起こさず、地色も害せず、生地も傷めないで染みが抜ける。

 まずは、3液を準備する。

 A液:石鹸を温水に溶かして、非常に濃いシャボン液を作る。
 B液:26%アンモニア水と過酸化水素とを半々に混合した液を作る。
 C液:十匁の重亜硫酸ソーダを三合の温水に溶かした液を作る。

 シミのついたものをA液に少なくとも5分間浸け、時々液の中を上げ下げして、液を十分に染みこませる。すると、その間にシミのインキの色はほとんど消えるはず。

 要するに、アルカリ液に入れるとインキの色は消えやすいと言うことか?そういえばpH12.5のアルカリイオン除菌クリーナーをスプレーすると手についたインクはほとんどが落ちる。

 次にシャボン液のついているままB液に浸ける。そして同じく5分間は品物を上げ下げしながら液を良く染みこませる。

 それでもシミが落ちていなければ、C液にの中に入れ、黄色いシミが消えるまで浸けておく。そして綺麗になったところで薬液を洗い流せば終了!

 補足として、インキのシミを抜くには、早いだけ落ち易いということ。シミがついた直後なら最も良く落ちるのじゃ。

 ペンクリにインクを入れたままの萬年筆を持ち込む人がいる。調整を始めると途中で一々手を洗えないので、時間が経過してしまう。となれば、調整終了後は手はインクのシミで汚れ、アルカリイオンクリーナーで洗ってもクレンザーで擦っても汚れたまま・・・。時間が経過するとインクは手から落ちにくくなるのじゃ。特に色彩雫が入っていると悲惨な状態になってしまう。

 絶対に色彩雫を入れたままの萬年筆をペンクリに持ち込んではならない。プロの調整師の方々は何もおっしゃらないが、手を洗う際に非常に難儀されている。手荒れで悲惨な状態になっている方もいる。色彩雫の成分が手を荒らすのではなく、長時間ゴシゴシ洗う必要があるので手に悪いのじゃ。インクを抜いて持ち込むのが礼儀!お忘れ無く。



【過去の記事一覧】

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解説【インキと科學】 その1

  
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2009年03月12日

解説【インキと科學】 その18−20 

2009-03-12 01 第18章から20章までは、非常に専門的な話しであり難解なので、まとめて興味深い所のみを紹介しよう。

 当時からインクのpHを測定することは非常に重要な事であったらしく、左図のような測定器が紹介されている。

 四方が立派な木材で囲まれているように見える。この測定器を欲しい!つやふきんで周囲を磨いてみたい・・・という欲求に駆られる。

2009-03-12 02 計器類は大仰なほどありがたみがわく。きっと左の赤い現代の測定器具の方がはるかに精度は高いのであろうが、【物体】としては渡部氏の時代のpH測定器の方が使ってみたい気がする。

 ちなみにこの赤いpH測定器は【趣味の文具箱No.11】で実際に全てのインクのpHを測定したものじゃ。

2009-03-12 03 上記の大仰な測定器で測ったpHが左画像のもの。

 昔は酸性の強いインクが強かったのに驚かされる。最近では中性やアルカリ性のインクのほうが多い。隔世の感がある。

 もっともpHの値が小さい=酸性が強いといって、それがすぐにペンに悪いということを示しているわけではない。

 これに関しては渡部氏も

 【酸の強さは無機酸すなわち腐植酸の大小を直接に示したものではありません。また、ph値の大なる物、すなわち酸の弱い物だけが優良な陰気であるなどと考えては大変な間違いになりますことを呉々も注意しておきます。

 インキの酸の強弱という物はそんなに単純に判断することを許さぬものです。何となれば有機酸や防腐剤などからくるHイオンもありますし、また、負触媒作用を取り入れたものなら、たとえ酸は強くても鉄ペンの腐食は少ないと言うこともあります。

 それに粒子電荷の統一法を施した物なら、酸の強弱を超越した特別な性能を持つことにもなるわけです


 と解説している。いずれにせよ、当時アルカリ性のインクを作る技術力があったのはパイロットだけだったのであろうな。


2009-03-12 04クロ(仮名)」しゃんが眠そうにしている。さんざん暴れまくって疲れたのじゃろう。

 最近ではお昼休みの1時間は執務室の中で自由に遊ばせているが、執務室がさながらトイレ状態になっている。【待て】【ヨシ】【お座り】は覚えたのだが、LANのケーブルをかじったり、テーブルタップにオシッコかけたり、カーペットの上にウンチをする。粗相をすると、みんなで追いかけ回しているのだが、それを遊んでもらえると勘違いしているフシがある。

 もっとも社員側も濡れティッシュや消臭剤を準備しているので、当初ほど大騒ぎにはならない。どうやら社員の方が飼い慣らされたようじゃ。

 いずれにせよ、ほぼ1時間ほど走り回っているので、「クロ(仮名)」しゃんはその後2時間ほど熟睡している。お腹を天井に向け、枕をして・・・

 声をかけると写真のように、通常の姿勢にもどって迷惑そうな眼でこちらを見るのじゃ・・・



【過去の記事一覧】

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解説【インキと科學】 その1

  
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2009年02月12日

解説【インキと科學】 その17 

2009-02-12 若手社員(24才?)に抱かれた「クロ(仮名)」がしゃん。珍しくあまり動かない。

 犬にはチョコレートは御法度!タマネギも良くない・・・と昨日床屋のマスターに聞いた。ん?先日社長が牛丼食べさせていたような気がするなぁ。タマネギは食べさせなかったかな?いずれにせよオフィスへの牛丼持込禁止措置をとらねば。

 食事をすると10分後には花林糖のようなウンチを排泄する。まさか10分で消化するはずはないので、食事したことによって脳に刺激が伝わり、腸に溜まっていた排泄物が出るのであろう。

 食事終了と同時にケージに戻さないと危険じゃな。まだ子供だし。それにしても恐ろしいスピードで食事する。

 猫派の拙者としては、もう少し落ち着いて食べなはれ!と言いたいのだが、みんなこんなものなのかな?それとも1日2回の食事は子犬には少なすぎて飢えているのか?


 この第17章では、渡部氏は非常に誇らしげ、かつ、嬉しさに溢れた文章を書いている。それはパイロットで試行錯誤していたインクの研究成果が正しかった事が証明されたからじゃ。

 新光社で発行した【最新化学工業大系】の第10巻の中に、染料化学の権威である帝大教授工学博士の牧鋭夫氏がインキ工業について述べていたが、そこに書かれている内容に深く納得したらしい。

 従来からタンニン酸または没食子酸に対する硫酸第一鉄の適量をいかほどにすべきかは、学会においても業界においても何ら定説が無かった。実際、パイロットでも世界のインキを分析して両者の比率を比較したが、一定の法則は得られなかった。

 渡部氏らは、化学上の理論はともかく、最も耐久性のあるインキの処方を探求すべく実験を繰り返して、タンニン酸または没食子酸に対する鉄分の比率を導き出し、昭和5年以降のパイロットインキは全てその比率で作られていたとか。

 【最新化学工業大系】の中で博士は、

 ★タンニン酸【1.00】に対する硫酸第一鉄は【0.82】
 ★没食子酸【1.00】に対する硫酸第一鉄は【1.48】

 なる比率とすべきと言及していた。

 この比率が渡部氏らが実験を重ねて導き出した数値と実に良く合致していた事が渡部氏を愉快な気持ちにしていたのじゃ。

 博士の理論は、タンニン酸1分子につき金属鉄は5原子まで結合する可能性があり、また、没食子酸1分子につき金属鉄は1原子を結合するという結論から導きだされた物で、それが実験上の比率と酷似しているというのは、渡部氏から言えば、実験の正当性が証明されたことを意味し、牧博士からすれば、理論が実験で証明された事を意味したわけじゃ。

 しかも牧博士と渡部氏は、これまで一度も接触したことが無く、双方独自の研究ながら同一の結論を導き出していた。これを渡部氏は科学の勝利!と自画自賛している。

 まるでインキ版プロジェクトXのような話であった。


【過去の記事一覧】

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解説【インキと科學】 その1

  
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2009年02月05日

解説【インキと科學】 その16

第16章は定量的な話ばかりなので、多少定性的な話題を!

最後の方で、パイロットのブラック・インク(カーボン入り)の話しが出てくるので、【黒い物】を捜していたら・・・

2009-02-05 01 今週月曜日から社員犬になった「クロ(仮名)」がいた。社畜ではなく、社員犬!ちゃんと社員番号もアサインされる予定。もちろん給与も払われるし、接待費を請求する権利もある。

 社長がペットショップで、眼が合って、先週末確保したらしい。犬の種類は良く知らないが、チワワらしい。男の子で昨年の12月末生まれ。現在は片手に乗る大きさだが成犬になっても大きさはそれほど変わらないとか。

 犬嫌い猫好きの拙者だがこれは犬ではないと判断した。【猫】の一種に違いないと結論付け閑さえあればちょっかいを出している。

 拙者の指はプヨプヨして噛みやすいのか、ずっと噛んでいる。つきみそうしゃんが犬の写真は動きが速すぎてブレる!と書いていたがやっとその意味がわかった。20枚ほど撮影して、これ以外は1960年代の森山大道、中平卓馬・・・ブレ、ボケじゃ。この写真もブレているがストロボ発光させるのは忍びないのでしようがない。

 【インキと科學】 は375頁の大作だが、今回紹介する第16章は126〜130頁に記載されている。インキ中の鉄分を各国がどういう基準で設定しているかを記した物。そして最後に衝撃の事実が明かされる。


★英国での基準
 英国文具局【British Stationary Office】の規程書【Specification】

 1. 保存書類(Record Purposes)に用いるインキの鉄分はインキ総量の0.5%以上であること
 2. 萬年筆に用いるインキの鉄分はインキ総量の0.2%以上であること

 渡部氏の憤慨点は、鉄分の下限は規定されていても上限が規程されていないこと。これを是とすれば、証券用インクを萬年筆用として売っても良いことになる。そんな事をすれば、すぐに詰まってしまう。

 英国紳士の国では、細かい規程をしなくても、紳士の常識として適切な運用が出来ていたのかも知れないが・・・


★独逸での基準【プロシア政府の法規より】

 1. 証券用インキ(Documentary Ink)はタンニン酸および没食子酸の含有量は2.7%以上であることが必要で、鉄の含有量は0.4〜0.6%であること。すなわち、鉄量に対するタンニン類の量は 1:4.5〜6.75  にあたること。

 2. 書写用インキ(Writing Ink)はタンニン酸および没食子酸の含有量は1.8%以上であることが必要で、鉄の含有量は0.26〜0.4%であること。すなわち、鉄量に対するタンニン類の量は証券用インキと同じく 1:4.5〜6.75  にあたること。

 さすが独逸だけに、だいぶ具体的になっている。最大限と最小限が記載されていることは評価できると。一方で渡部氏は、【この規程ではタンニン酸と没食子酸をひっくるめて、それに対する鉄分の量を規定しているが、元来タンニン酸に対する鉄量と没食子酸に対する鉄量はたいそう差があるものなので、これらの合計量に対して鉄分の量を規定するのは、ずいぶんと乱暴な話しである。この点において独逸の規程も明らかに不条理を暴露している】とさんざん!


★米国での基準【規格統一局通通達182号及び183号】

 1. 記録用インキ(Record Ink)における含有量はタンニン酸2.34%、没食子酸0.77%、硫酸第一鉄3.0%以上であること。すなわち鉄量に対するタンイン類の量は1:5.05である。
 2. 書写用インキ(Writing Ink)における含有量はタンニン酸1.17%、没食子酸0.38%、硫酸第一鉄1.5%以上であること。すなわち鉄量に対するタンイン類の量は記録用インキと同じく1:5.05である。

 これは書写用インキは記録用インキに比して、各含有量がちょうど2倍になっている事を示している。これはスタンダードインキとして提唱された配合率をそのまま取り入れたものであることが付記されていたらしい。

 渡部氏の研究によれば、タンニン類に対する硫酸第一鉄の割合は明らかに過大であるとのこと。

 しからば日本の規程はというと・・・無かった!

 間違っていても良いので、まずは規程を作り、真実がわかれば規程を変えればよいという考え方と、完璧な内容になるまでは規定は出さないが、出したからには内容が間違っていても守らせる・・・という国民性の違いかも知れないな。

 そして最後に、【クロ】の話。

 欧米諸国に比して、日本で規程が遅れている理由について渡部氏は、【日本には墨があったから】と断じている。従来は公文書には必ず墨を使うことになっていたが、当時でも通常のインキが使われるようになっていた。

 それに対して渡部氏は、【インキ研究家の立場からすれば、永代保存する書類とか改竄を防ぐべき書類には墨を用いて欲しい】と述べている。ただし、【パイロットには萬年筆用ブラックというインキがあり、これにはカーボンを主剤に作られたものであり絶対不滅である】と宣伝もしている。なかなか巧妙な戦略。

 
 パイロットにもカーボンインクがあったわけだが、どんな書き味だったのか試してみたいものじゃ。



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2009年01月15日

解説【インキと科學】 その15 

 第15章には衝撃的な表現があり非常に驚いた。それは・・・

 【改竄を防がねばならぬ証券類とかその他永年保存せねばならぬ書類とかには必ずパイロットブラックの如きカーボン・インキを使うべきでありまして、決してブルーブラック・インキとか、その他の各種色インキの如きを使ってはならぬ訳の物です。薬の配合で作ったインキは何らかの薬をもってすれば必ず消すことが出来ると判断して間違いありません】

 と書いてあったからじゃ。今までブルーブラック・インキは二ヶ月もすれば耐水性、耐光性が上がり、永久保存に耐える物と考えていたが、それはあくまでも自然保存の場合であって、薬品を使えば字を消す事が可能ということなのか・・・

 渡部氏によれば・・・

 【まずインキ液の一部をとりわけしまして、その中に塩酸を加えて強酸性にしてみます。こうした時インキ液の青色が少しも変化しなかったら、次に臭素水かまたは漂白粉を加えてみます。その時インキ液が褐色に変わってきたら、それは用いてある染料がインディゴであるからです。】

 【もしまた、染料としてプルシャン・ブルーが使ってあるインキなら、水酸化ソジウムを加えてみますと、インキ液の青色が褐色に変わるもので、それによりだいたいの認定は出来ますが、さらに念のため、濾過したインキ液を塩酸で酸性にしておいて、それに塩化第二鉄を加えてみます。するとその時に濃青色の沈殿が出来たらなら、これは明らかにプルシャン・ブルーが使ってあると判断して間違いありません。】

 【カーボンを使ってある黒色インキであるなら、酸でも、アルカリでも、塩素でも、臭素でも、その他いかなる薬品を持ってしてもその黒色を破壊したり漂白したりする事は絶対に不可能であります。パイロットのブラック・インキは特殊な方法でカーボンを混入してありますから、書かれた文字はどんなに化学的な方法で処理してみてもビクともするものでありません。】という記述の後で、冒頭の文章になっている。

 ここまでの文章と、冒頭の文章との間に若干の論理展開の飛躍があるように思われる。ここまではインキの成分を分析する手法を述べているのだが、それが冒頭の文章で、いきなりブルー・ブラックは永年保存には適しない!といわれてもなぁ・・・という唐突感があった。

 また、パイロットのブラックインクにはカーボンが混入してある・・・そんな馬鹿な・・・と思っていたが、考えてみればパイロットには証券用インクというのがある。萬年筆に入れて使うと、すぐに固まってしまい大騒ぎになるが、証券用というだけに耐久性は極めて高い。

 実は拙者はこの証券用インクをオマスの萬年筆に入れて使っていた時代がある。プラチナ・カーボンインクに出会うずっと前。

 当時はペリカンのファウントインディアくらいしか真っ黒なインキが無かったが、意外と耐水性が弱かったので色々実験してみた結果、パイロットの証券用インクにたどり着いた。

 ところが数日使わないとすぐにペン芯を詰まらせてしまう・・・ということで、ペン芯構造が単純で清掃しやすいオマスの萬年筆に入れて愛用していた。詰まったらペン芯を抜いてスリットを掃除すれば良いと割り切って使っていた。

 それにしても、本当に、紙に書いて何年も経過したブルーブラック・インクの文字を薬品で消すことができるのかなぁ?少なくとも茶褐色の筆跡は残るような気がするのだが・・・



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2009年01月08日

解説【インキと科學】 その14

今回は人造コールタールから作られる各種染料のうちで、萬年筆と関係のある物をいくつか紹介してみよう。

 人造コールタールから作られる数多くの染料を応用上の性能から大別すると以下の10種類になる。

★塩基製染料
★酸性染料
★直接染料
★媒染染料
★酸性媒染染料
★アイス染料(不溶解アゾ染料)
★バット染料(建染染料)
★硫化染料
★酸化染料
★その他

 これらのうちで、インキ用として研究すべき染料は・・・

◎酸性インキ用用としては
 
★酸性染料
 ★直接染料
 の2者。

◎アルカリ性インキ用としては
 ★塩基性染料
 ということらしい。

 それぞれについて簡単な説明を本文より拾ってみよう。

 ★塩基性染料

 元来色素となるべき有機化合物は、その分子内に発色を司るクロモフィルと名付けられる原子塩と、オクソクロムと名付けられる根とが必ず存在するはずであるという学説があったらしい。塩基性染料においては、クロモフィルがアルカリ性を呈しているとか・・・

 クロモフィルがアルカリ性であるがゆえに、動物性の絹や羊毛の染色には向くが、木綿や麻のような植物性の物には色が定着しない性質を持っている。

 これは動物性の繊維は酸と塩基の両根を同時に備えている為、それを塩基性染料で処理すると、染料中のアルカリと繊維中の酸とが科学的に作用して染着きが丈夫になるが、植物性繊維中には酸性の根も塩基性の根も存在しないので化学的作用を営むことが出来ない。つまりは塩基性染料で植物性繊維を十分に着色できないことになる。

 ところが、植物性繊維でも、これをタンニン酸で処理した後で、塩基性染料を用いると立派に着色できる。このわけは、タンニン酸の酸根が木綿の繊維に付着して酸性を発揮するので、その酸根と染料のアルカリ根とが科学的に作用するからじゃ。

 塩基性染料は色が綺麗なことが特長であるが、概して日光と石鹸に弱く、かつ木綿においては摩擦に弱いという弱点がある。たしかに付着物と化合しているだけなので、擦れば付着物ごと落ちてしまうのかも知れない。

 塩基性染料には必ず軟水を用いなければならないというのも注意が必要。硬水を用いると染料がみるみる沈殿して役に立たなくなるとか。

 従って液自体が酸性のブルーブラックインキ用としては、液に特別な処理をした上でないと使えない。そういえば最近出てくる鮮やかな色のインクはほとんどが中性からアルカリ性寄りだが、塩基性染料で着色しているのかも知れないなぁ・・・。動物の皮膚である手の皮を強く着色するしなぁ・・・、アルカリイオン除菌クリーナーでないと落ちないしなぁ・・・


 ★酸性染料

 酸性染料は、染料自体が酸性の根を有している物をいう。前述の塩基性染料とは反対の性質を有するが、同じく動物性繊維の染色に用いられている。これは動物性繊維が両根を持っているから。ただし羊毛には強いが、絹糸ではやや弱いとか。これは絹糸のアルカリ性根が羊毛ほど強くないから。

 これは植物性繊維にはまったく用をなさない染料ということになる。塩基性染料の場合にはタンニンン酸という媒染剤があったが、酸性染料を媒染してくれる物がないから。

 これが重宝されるのは、硬水であっても差し支えないので、取り扱いが簡単ということに尽きる。

 ブルーブラックインキ用としては、この酸性染料を利用するのが当時は一般的だったので、インキ研究の中心だった!


 ★直接染料

 直接染料は、別名木綿染料といわれるほどで、何ら媒染剤を用いることなく、直接植物性繊維を着色できる性質を持つ。また動物性繊維も直接着色できるので、綿と羊毛の交繊物の着色には極めて便利な染料であるが、水洗、洗濯、日光等にあまり丈夫でないという弱点を持つ。それを補うために、染色後、ある種の後処理をして比較的染料にする方法も当時既に開発されていたらしい。

 では何故着色できるのか?これは直接染料の分子量が大きく、小さくても724、大きい物は3000にも及ぶ物があり、染料自体が立派なコロイドの性質を発揮し、粒子としての電荷を持っているから。染められる側の繊維もりっぱなコロイド性を有するので、その間に電荷吸着作用が働き、よって堅牢な染着が営まれるのだとか。

 ブルーブラックインクの染料として、並木氏が最も着目していたのが、この直接染料だったらしい。直接染料を用いたインキは滲みが少なく、かつ、書いた直後であってもインキが乾けば水やお湯がかかっても染料が拡がらないという性質を持っている。ただし、分子量が大きいため、コロイド粒子としての粒子の大きさのせいで自然沈殿が多いという欠点もある。

 良いところだけ拾えば、プラチナカーボンインクを説明しているような感じさえするなぁ・・・

 本日はここまでとするが、こういう1933年に一般向けに出版された書物にさえ、この程度の内容までもが書かれていた。やはり古典を当たるというのは重要じゃな!



【過去の記事一覧】

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2008年12月18日

解説【インキと科學】 その13 

今回は【コールタール】。染料の基本はコールタールだったというのは面白い!それでは内容を要約してみよう。

 ブルーブラックインキにおける青色染料の役割は、書いた直後の一時的着色剤であるに過ぎないので重きを置く必要はないように思えるがそうではない。

 染料がインキに及ぼす影響は;
 ・自然沈殿に対する影響度
 ・インキの粘度に及ぼす影響
 ・インキの表面張力に及ぼす影響
 など、インキ性能の根幹に関わる部分も多い。

 しかるにインキ製造の実体は、色合いさえ似ていれば万事事足れりと考えているインキ技師が多く、染料が安物へ安物へと手を出して恥じるところがない。むしろ安物を使いこなす事は技術者の腕前として誇るような困った状態もある。
 
 染料について蘊蓄を話すと甚だ難しくなってしまうので、まずは当時の染料がどんな物であったかを要約すると以下のようになる。

 1933年当時の染料は、ほとんどはコールタールから精製されていた。それまでの70〜80年の間に染料技術は著しく進歩した。発端は・・・

 1856年に英国人パーキン氏(Sir W.H. Parkin)が若干18才にしてコールタールから解熱剤キニーネを合成しようとしていて、まったく見当違いのモーヴという紫染料を作ってしまった。

 続いて1866年に独逸のグレーベ氏(Graebe)及びリーベルマン氏(Liebermann)によってアリザリン(茜草染料)がコールタールから人造された。

 これらがそれまでの自然染料を人造染料に置き換える発端になった大発見であった。

 さらに1880年にはアスピリンの製造で有名な独逸のバイエル氏(Baeyer)によりコールタールから人造藍染料の合成法が発見された。

 その後は年と共に人造染料の発見が増し、大正のはじめには1,000種類、大正13年ごろには1,230種類に増加し、1933年では13,000種類以上に上っていた。

 拙者は農村地帯で育ったので、コールタールといえば、用水路から田に水を汲み上げる機械に塗られていた物しか知らない。

 コールタールを塗ればサビが防止できるということで、定期的に各農家はその機械にコールタールを塗って天日で乾かしていたはず。

 まだ乾かないうちに触ると黒いドロドロの液が指について石鹸で洗ってもなかなか落ちないので困った記憶がある。

 当時の農家での主役は発動機であり、水汲み上げ機械のポンプを回すにも、耕耘機のエンジンとしても利用されていた。子供の力ではなかなか始動させられなかったためか、それを2〜3回で始動させられる大人を尊敬したものじゃ。

 拙者の家はサラリーマンだったので、当然発動機は無かったので、近所の家に自転車で遊びに行っては飽きもせず発動機を眺めていた。

 あの単気筒の音が実に好きだった。中学校にあがるころには、電気モーターになってしまっていたが、思春期にも発動機の音を聞いていたら・・・ハーレー乗りになっていたかも知れない・・・それほど単気筒の発する音が好きだったのじゃ。

 ともあれ刷毛で真っ黒いドロドロした液体をポンプに塗っていう様子は、漁村で網を繕っているのと同様に、当時の一般的な風景であった・・・

 現在でもコールタールは農村で使われているのかなぁ?少なくとも拙者の実家付近で見かけることは無いが、これは帰省の時期が毎年決まっているからもしれない。

 コールタール情報募集! 最新の情報を教えて下され。



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2008年12月04日

解説【インキと科學】 その12

回は【インキの色相の研究】じゃ。華麗なインクが大流行している現在でも興味深い内容が含まれているのでお楽しみ下され!

2008-12-04 01 インキの色を云々する場合、紙に書いた瞬間の色の事を言うのか、紙にインキが定着した後の事を言うのかを明確にしておかなければならない。今回は書き始めの色、すなわち容器に入っていたインキが紙についた瞬間の色について議論している。

 墨の文化で育った日本人は、当時から色の濃いインキが好みだったらしい。欧米では日本ほどインキの濃さを気にしなかったらしく、ウォーターマン・インキステフェンス・インキとも、日本のインキに比べてみると甚だしく淡色であったとか。

 ロビボンド比色計でインキの色を計ったところ、日本のインキが全て12度前後であるのに対して、欧米インキは7〜10度であったとか。

 渡部氏は左の図を最初に持ち出して、太陽光線の説明をしている。

 色合いが深いとか浅いとか良く言うが、これを科学的に説明すると、同じ黄色でも橙色に近づくだけ、つまり波長が長い方に近づくだけ黄色が深くなることとなり、反対に黄色が緑に近づくだけ、つまり波長が短い方に傾くだけ黄色が浅くなる事を意味するのだとか。他の色の深い浅いも同じ原理・・・

 そして太陽光線中の7色を全部平均に反射するものは白く見え、全部吸収する物は黒く見え、ある色だけを選択吸収して他の色を通過または反射する場合は吸収された色が表れるのじゃ。

 たとえば赤インキは赤色光の波長だけを通過させて残りの色を吸収する性質があるので、白い紙に赤インキで文字を書くと、赤インキを通過した赤色光は、すぐ後の白紙で反射されて、再び赤インキの層を通過して人間の眼に映じ、かくして赤色を感じることになるのだとか。中学校でこういう教え方をしていてくれたらもっとインキで遊べたのになぁ・・・


2008-12-04 02

 左は補色配列図(当時は余色配列図と呼んだ)じゃ。スペクトルにおける色の順序に沿って各色を円周上に配列した物だが、対角線上の両端が補色関係にあることを示している。

 補色というのは、その両色を混合すれば白色となり、白色中から一方の補色を取り除けば、他の色が表れるという関係にある。

 さらにこの図によって、混合色や色の飽和度が説明できる。たとえば橙と黄緑を混合すると黄色が得られ、しかもその飽和度は大であるが、赤と緑を混ぜて得られる黄色は、同じ黄色でも飽和度が小である・・・とか。これは実験してみたいものじゃ。

 ちなみに、飽和度というのは色の鮮麗さの度合いで、飽和度が大であれば鮮麗さが高いという意味になる。

 いろいろな色光を混合した時に、どんな混合色になるのかを一覧表に示したのが下の表。

2008-12-04 03 すなわち、赤光と緑光を混合すれば淡紅になり、赤光と黄光とを混合すれば橙となると見ていけばよい。

 もっともこの表は色光を混合した場合の混合色であって、絵の具を混合した場合の混合色とは必ずしも一致しないのは・・・小学校で習ったかな?

 色光の場合は両色光が同時に目にはいるが、絵の具の混合の場合は絵の具同士で相手の反射光を吸収しあう作用が働く事を考えに入れなければならない。

 たとえば青絵の具と黄絵の具を混ぜると緑になるという説明は以下の通り。

 青絵の具は赤とを吸収し、を反射する。
 黄絵の具はを吸収し、、橙、を反射する。

 従って両者を混ぜると。黄絵の具は青絵の具の反射する青と紫をを吸収し、青絵の具は黄絵の具の反射する黄を吸収し、結局いずれの絵の具にも吸収されないで共通に反射されるだけが眼に強く映じることになる。

 こういう科学的な説明をしてくれれば非常に興味を持てたのだが、当時は補色関係は図画工作の時間に説明を受けた。科学とは縁遠い説明だったように記憶している。

 古山画伯の話を聞いていると、絵画の世界は完璧に科学!それが小さい頃からわかっていればもっと美術に興味を持てたのだが・・・


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2008年11月20日

解説【インキと科學】 その11

 本日はインクの防腐剤の話。最近のインクは腐りやすいのかな?ヌードラーズのグリーンのインク瓶を空けたら鼻が曲がりそうなアンモニア臭がして、あわてて捨てた事がある。ところがVintageのインクからそのような臭気が漂う事はない。

 ひょっとするとVintageインクには防腐剤がいっぱい入っているのかな?と常々考えていた。どうやらそれは本当だったらしい。

 当時のインキの主成分であるタンニン類はもちろんのこと、補助剤として配合されていた各種の有機物は、ともするとカビを生じたり液が腐敗したりしがちだった!

 そこでインキの防腐剤として使われていたのが石炭酸。すこぶる安価で、いかなるインキにも使用することが出来るので重宝していたらしい。

 相当腐敗しやすい液でも、石炭酸を10,000分の1でも加えておくと、完全に防腐の目的が果たせるほど威力があった。純粋な石炭酸は無色の結晶で、強い刺激臭があり、水によく溶ける性質を持っていた。

 しかし徐々に発散して空気中に逃げる性質があるのでそれを見込んで必要量より多量に加えていたらしい。

 拙者のVintageインクも強烈な刺激臭がある。めったに蓋を開けないので、石炭酸がほとんど発散していないのだろう。この匂いは官能的・・・・

 石炭酸の必要量としてはインキ1,000ガロンあたり1ポンドとされているが、安全を期す見地から実際には4〜8ポンド加えられていたらしい。

 これは五倍子煎汁をそのままインキに仕込む際の必要量であって、精製タンニン酸を使用する新式製造法の場合には2〜4ポンドで十分であった。

 拙者は匂いの強いインキが大好き。墨香やVintageのWatrmanは嗅ぐだけで良い気持ちになる。本当は既に廃盤になったリソー・カーボンインクの墨の香が一番好きなのだが、これを萬年筆に入れると、どんなに洗浄しても墨の匂いが消えない。しかも徐々に腐った墨のような匂いになる。

 一時一番の愛用品だったが、プラチナ・カーボンインクが出て、リソー・カーボンイクの呪縛が解かれた。プラチナ・カーボンの方がはるかにインク特性が良い。一番は原稿用紙のマス目の上にもインクが乗ること。リソー・カーボン極黒も乗らない。これにこだわるのは一時グラフ用紙を常用していたから。罫の細かいグラフ用紙でマス目飛びされては見映えが極めて悪かった・・・

 拙者はにじみ裏抜けには無頓着で、一番気にするのが書き味への影響と、マス目飛び。この観点では、やはり現在のところ、プラチナ・カーボンインクを超える物はない・・・ような気がする。最近はインクで冒険しないので、新しいインクでこれを超える物があるかも知れないが、趣味文 Vol.11の段階では敵はいなさそうじゃ。


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2008年11月13日

解説【インキと科學】 その10−2

 今回はブルーブラック・インクに言及しながら、実は、紙の質についても述べていて非常に参考になった。一番興味を持ったのは、紙に書かれた文字が退色する過程についての知見。紙の中に残留した漂白剤(紙を白くするために用いる)のせいで、インクの色が退色してしまう・・・など。

 ここまではインクの沈殿物の問題に終始していたが、ここでは耐久性に言及している。

 英国の文豪ミルトン(1608年〜1674年)が所持していたバイブルの第一頁には、彼および彼の家族一同の誕生日をペンで書き並べてある。文字の多くは暗黒色を呈していた。ただ、彼の娘デボラァの誕生日の記述、1652年のものだけは、やっと筆跡がわかる程度しか残っていなかった。つまりは、当時から良いインキと悪いインキとの間の耐久性には大きな差があったということ。

 一方で、渡部氏がこの文章を書いた時代であっても、2〜30年で退色している例もある。世間ではインキの耐久性は近年になるほど貧弱になっていると指摘する学者もいた。渡部氏の見解は、貧弱になっているとは言わないが、(パイロット・インキ以前までは)たいして進歩していなかったということじゃ。

 一方でインキ側の肩を持つ学者もいた。レヘネル氏は、インキの退色は紙質の影響が大きいと断じていた。すなわち昔の紙は、全て手製で色も褐色であったが、当時の紙は全て機械製でしかも塩素や石灰で極度に漂白されていた。この漂白剤の残留物がインキの退色をいっそう早めていると力説していたとか。この説を渡部氏は全面的に支持している。

 またある学者は、インキの耐久性も大事ではあるが、その前に紙の耐久性を考えるべきであると主張していた。当時のように木のパルプから作られた紙では、おそらくはインキが退色するはるか以前に紙自身が消失するであろう・・・と。

 紙が遊離塩素を含有するということは、インキに対しては致命的な悪作用を及ぼす。如何に良質なインキといえども忽ち文字を侵されてしまう。

 比較的安定だとされるでさえ塩素と遭遇すれば漂白されてしまう。いかなる有機染料でも塩素に抵抗しうる物は皆無!とまで言い切っている。

 そういえば、カルキを含む水道水をビーカーにいれ、中でブルーインクの付いた萬年筆を洗っても、しばらくするとビーカー内の水は、また無色に戻っている・・・。ちなみにカルキとは次亜塩素酸ナトリウムのことで、まさに塩素分が入っている。

 インキ自体の配合の妙も書かれた文字の耐久性に大きく影響するらしい。タンニン類鉄分との割合は、ちょうど良い状態以外は耐久性を下げる原因になるとか。

 タンニン類より鉄の量を多く処方したインキを作ってみると、最初はりっぱな青黒色を呈してるが、案外早く退色して褐色に変わるらしい。

 紙上に書かれたインキはまずその中にある硫酸第一鉄が空気酸化して硫酸第二鉄となるが、これはタンニン類とは極めて化合しやすい物であるため、直ちにこれと化合して文字の黒変作用が生まれた。

 ところが鉄分が多すぎると、タンニン酸と化合できないで残った硫酸第二鉄は行き場を失ってしまう。これらは既に黒変作用していたタンニン類を自分の中に取り込んでしまう。これをDecompose作用と呼ぶらしい。これによってせっかく黒変した文字が褐色にかわってしまう。それだけではなく、黒変粒子は防水性であったにもかかわらず、それが分解されて可溶性なものに戻ってしまうため、水をかけると文字が消えてしまうようになる。インキ中に鉄分が多すぎることは、かくも恐ろしい事なのじゃ。

 それではタンニン類が過剰の場合はどうだろう?元来タンニン酸は空気に触れると酸化して茶色になるが、これに石灰のごときアルカリが働くと腐植土に化成し、きな粉のようにボロボロな粉になってしまう。

 すなわちタンニン酸が過剰のインキで【石灰で漂白された紙】に文字を書けば、インキ中の過剰タンニン酸は直ちに残留石灰、空気中の酸素と化合して粉末となり、この粉末が文字中の黒変粒子に分解作用をおこさせて、これを褐色にに変色させる。もし紙中に遊離塩素でもあれば、腐植土の褐色まで漂白され、ついには文字が消滅するということになる。

 鉄分が多すぎても、タンニン類が多すぎても文字は退色するということじゃ。まったく奥が深い!



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2008年11月06日

解説【インキと科學】 その10−1

 第10章は内容が豊富なので、数回に分けて紹介する。今回は【未酸化インキの種類】について。

 ブルーブラックインキの中には、酸化インキと未酸化インキがあるということ、そして当時のインキは全てが未酸化インキであると言うことは先に説明したとおり。

 その未酸化インキを主配合物の如何によって種別すると以下の三種類になる。

 【1】タンニン鉄インキ(Iron Tannin Ink)
 【2】タンニン鉄インキ(Iron Tannic Asid Ink)
 【3】没食子酸鉄インキ(Iron Gallic Acid Ink)

 上記を簡単に説明してみよう。


 【1】タンニン類鉄インキ(Iron Tannin Ink)
 
   これは元々は五倍子という原料の煎汁に硫酸第一鉄を混ぜてインキを作った物。別名五倍子鉄インキ(Iron Gall Ink)とも呼ばれており、主成分はタンニン酸と没食子酸と鉄の三者。

   しかしながら煎汁の中には、多くの不純物が含まれているため、直接インキを作るには多くの不便不利が伴っていた。

   この文献の当時では、タンニン酸や没食子酸の精製工程が大いに進歩しており、それらの生成物を安く簡単に購入できるようになっていたので、五倍子の煎汁から直接インキを作る手法は廃れていた。

   ウォーターマン・インキも元々は五倍子の煎汁から直接インキを作っていたが、この文献の数年前から方式を改め、精製タンニン酸、精製没食子酸を使うようになった。

   この方式にすると、作られたインキの中のタンニン酸、没食子酸の割合を一定に出来るばかりでなく、インキの仕込みにかかる時間も大幅に短縮された。

   五倍子の煎汁を使う場合は、インキを仕込んでから瓶詰めするまでに半年、1年、長いのになると3年などというとてつもない長い時間がかかっていたが、新方式ではせいぜい3日から長くて7日程度で十分であり、なおかつ、忌むべき沈殿は、はるかに軽微になった!

   しかしいずれの方式をとるにせよ、その主成分はタンニン酸と没食子酸と鉄なので、これらを総称してタンニン類鉄インキと呼んでいた。

   当時、この方式を使っていたのは、パイロット、ウォーターマン、ステフェンスインキなど。


 【2】タンニン鉄インキ(Iron Tannic Asid Ink)

   この方式は、タンニン酸と鉄(硫酸第一鉄)だけを主成分とするインキで、没食子酸を混用しないものを言う。もちろん精製タンニン酸を用いる方式なので、製造工程は至極簡単だが、インキの酸度を相当強くしなければ沈殿を生じやすいという欠点がある。

 当時のパイロット以外の国産メーカーは、ほとんど全てがこの方式を用いていたとか・・・。渡部氏は萬年筆用のインキに関しては、一日も早く没食子酸の長所を加味するように改良すべきだとの提言をしている。


 【3】没食子酸鉄インキ(Iron Gallic Acid Ink)

   この方式は、没食子酸と鉄だけを主成分のする方式で、タンニン酸を用いない物を言う。もちろん精製没食子酸を用いる新方式で、インキの酸度を極度に弱くしても沈殿の心配が無く、萬年筆用としては甚だ有利な特長を有しているが、色素の色合いを打ち消す欠点と、粘度が不足する不便があったらしい。

  当時無酸インキと呼ばれていたものがこれにあたったとか。ただ実際に製品化していたのは、カーターインキくらいしか存在しなかったらしい。

  渡部氏はこの製法に非常に危機感を覚えていたようで、日本でも研究するべきであると提言している。

  現在のインキの多くが中性かアルカリ性であり、また色のバリエーションも驚くほど増えている。ひょっとすると、この方式の発展型なのかもしれない。とするならば、まさに渡部氏の感はあたった事になる。恐るべしじゃな。


 次回は、【ブルーブラック・インクの耐久性】がテーマ。お楽しみに!



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2008年10月30日

解説【インキと科學】 その9

 第八章は、頁数が多い割につかみ所が無く、現在においてはあまり役に立ちそうもないので割愛し、第九章の解説をする。

 まず最初に渡部氏は【インキは水商売。さぞやぼろいでしょう!】とよく聞くがとんでもない事だと反論している。2〜3の薬品を水に溶かしていい加減に色素を混ぜ合わせれば簡単に出来るもので、番茶を立てるよりもたやすい と考えている人もあると・・・反論と言うよりも嘲笑に近いかな?

 昔から茶人達が茶質を吟味したり、釜に苦労したり、水質に注意したりしている事を述べ、かれらの苦労はインキ製造にもあてはまると結んでいる。

 お茶とインキ・・・それは縁遠いように思えて、素を辿ればいずれもタンニン類を主成分とする物で、血は水よりも濃し!というわけじゃ。

2008-10-30 01 左は昭和7年の春、日本で最初の女性農学博士の学位を得た辻村みちよ女史の言葉じゃ。

 辻村博士の論文の一つに【緑茶ヨリ分離シタル茶タンニン(Tea Tannin)ニ就テ】というものがあり、それは世界的な発見であったとのことだが、それについて述べている。

 紅茶が赤くなる原因が最後に書かれているが、こういう実例があると非常にわかりやすい。

 渡部氏も、【そういえば沸かしたてのお茶の色は薄緑色ですが、湯冷めする頃には色が赤ばんで来るのも茶タンニンが酸化したために相違ありません】と書いている。ある事象が証明されると、それを他の事象に当てはめて理解できる能力が科学者の素養であると聞いたことがあるが、まさに!という感じ。

 さらに続けて、【医薬を服用する前後にお茶を飲むなといわれているのは、お茶の中のタンニンが医薬中の鉄分と作用してお腹の中にインキが出来て、薬の効能を消殺するからとのことです】と冗談とも本気とも言えない挿話も・・・

 もちろん薬の中に鉄分が無ければ問題ない!

 拙者は薬をお茶で飲むな!とは聞いたことがあるが、薬を飲む前後にお茶を飲むな・・・というのは初耳。しかしその方が理屈には合っている。また一つ、利口になった!


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解説【インキと科學】 その4   
解説【インキと科學】 その3−2 
解説【インキと科學】 その3−1  
解説【インキと科學】 その2−3    
解説【インキと科學】 その2−2  
解説【インキと科學】 その2−1  
解説【インキと科學】 その1       
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2008年10月16日

解説【インキと科學】 その7−2

2008-10-09 012008-10-09 02 今回は反応を抑制する【負触媒】作用の説明じゃ。これは通常多くある加速的な触媒作用の反対の働きをするもの。

 たとえば非常に不安定で分解しやすい過酸化水素水でもこれに極少量の硫酸か食塩を混ぜておくと、熱に対して分解が遅れ、大いに安定になるのだが、これは硫酸や食塩が負触媒として働くかららしい。

 インクの世界で硫酸のような酸分を混ぜるのは、硫酸第一鉄が酸素と化合して硫酸第二鉄に化成するのを、酸の負触媒作用によって防御するものと見ることが出来る。こういう負触媒安定剤と呼ぶこともある。

 それではインキ中の酸分が鉄ペンを浸食する反応に対しても負触媒をするものが無いだろうか?というのが研究テーマ。

 さらに、ついでに、その負触媒がインキ中の粒子の電荷統一も出来る物でありたいと夢はふくらんだ。

 ・・・ そして ・・・ 成功した
   
 特許説明資料は前段、中段、後段に分かれ、

 前段では【コロイド電荷を陽性にする統一することにより自然沈殿を防止する作用】について説明し、

 中段では【ペン先の浸食によりインキが分離沈殿するのを防止する作用】について述べ、

 後段では【負触媒作用によりペン先の浸食を防止する作用】について説明している。

 それが実際に効果があるかどうかについては、英国のリデアル博士の研究結果が出ている。

 1932年4月8日に報告された物で、当時としては非常に権威ある物であったらしい。おそらくはパイロットが研究依頼したのであろう。

 ちなみにこの記事が掲載されたのは、同年の7月9日。約一ヶ月の船旅を経て届いた実験結果を見て、喜び勇んでこの記事を執筆したのではないか?文体にうれしさがあふれている!

 上の表のように、パイロットは圧倒的にインキの沈殿量が少なかった。またペン先写真のように、パイロットインキに浸した鉄ペンは、他社製インクに浸した物は冒されて黒く変色しているが、パイロットだけは色が変わってないのがわかるかな?

 当時の印刷をそのまま複写して掲載した物を、さらにスキャナーで取り込んでいるので、他社製インキに浸した鉄ペンの浸食具合の差はよくわからないが、パイロット・インキに浸した物だけは、白いままで一切冒されていないのがわかる。


2008-10-09 03 上の表をグラフに表してみると、左のようになる。これはインキ粒子の電荷を統一した事と、負触媒作用を利用した事の相乗効果として達成されたもの。まさに【あまりに破天荒の事実!】とか【思わざりき、国産の威力!】と自画自賛していたのもうなずける。

 当時日本はおろか、欧米でもインキ粒子の電荷を陽性に統一して自然沈殿を防止し、かつ、負触媒作用を利用して鉄ペンの浸食を防御するという新原理によって作られたインクはなかった!

 実験報告を行ったリデアル博士も、実際に試験をおこなうまでは信じてなかったらしいが、実験結果を見てからは、このインキに非常に興味を持ち、共同出資で英国にパイロットインキの製造工場を設けたいとか、特許権を譲り受けたいとさえ言ってきていたとか!

 それほどまでの衝撃を研究者に与えたパイロット・インキは、当時としてはまさに画期的な発明であったのであろう。

 拙者が子供のころ衝撃を受けたのは、いつまでもポンポンはね回っているスーパーボールだったが、おそらくは当時の文化人は、このインクに対してスーパーボール並の衝撃を受けたのであろう。

 
萬年筆の調子が良くなり、また、鉄ペンが今までの倍以上長持ちし、かつペン左記が汚れない】という手紙が発売と同時に続々と舞い込んできていたらしい。


【過去の記事一覧】

解説【インキと科學】 その7−1 
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2008年10月02日

解説【インキと科學】 その7−1 

 第七章はパイロット・インキ特許内容の説明じゃ。

 最初にインキを何故酸性に保つ必要があるのかを説明している。次に触媒作用について、それが如何に世の中のために役に立っているのかを実例を挙げて説明している。その後の負触媒作用がハイライトなのだが、今回は、まずは前半だけ説明しよう。

 ブルーブラックインキは、タンニン酸没食子酸、および硫酸第一鉄主成分とし、これに青い染料を加えたものである。

 この3つの主成分を水に溶かして混合すると、その液は最初は薄い緑紫色をしているが、次第に色が濃厚となり、ついには青黒色となり、それとともに容器の底には夥しい沈殿を生じる。

 これは硫酸第一鉄が非常に酸化しやすい性質を持っているため、空気中の酸素と反応して、

 硫酸第一鉄 → 硫酸第二鉄

 となり、この硫酸第二鉄タンニン類と容易に化合して、水に不溶性の

 タンニン酸第二鉄、または、没食子酸第二鉄が出来、これらが沈殿となって表れるからじゃ。

 それゆえ、最初から硫酸第一鉄の代わりに硫酸第二鉄を混合すると、その液は忽ち濃厚な青黒色を呈し同時に夥しい沈殿を生じてしまう。

 インキ中の硫酸第一鉄硫酸第二鉄に酸化させない方法が見つけられれば、インキの沈殿は大いに軽減されることになる。

 インキに硫酸塩酸を加えると、硫酸第一鉄硫酸第二鉄に変化しにくくなり、従って沈殿も無くなる。これがインキに酸を加える理由じゃ。

 いったんインキが紙上に書かれると、添加してある酸は紙質の成分と作用して中和されるので、硫酸第一鉄は酸の束縛から解き放たれて、空気中の酸素と化合して硫酸第二鉄となり、続いてタンニン酸と化合して青黒色不溶性の物質、すなわち第二鉄塩となり、これが紙質中に沈着個化して初めてインキとしての機能を完結し、防水性のと耐久性を具備することになる。

2008-10-02 01 インキに入れるの量は多いほど良いが、当時は鉄ペンも多かったため、強酸性溶液ではすぐに冒されてしまう。その観点では酸は弱い方が好都合ということになる。

 このジレンマを解消したのがパイロットの発明である。実際には負触媒作用を用いて実現したのだが、急に負触媒といっても当時の人は誰もわからなかったかもしれない。

 そこでまずは、触媒作用について説明している。

 左のようにフラスコの中に酸素と水素を入れただけでは何の反応もしないが、海綿状の白金を入れると、酸素と水素が反応して水が出来る。

 しかし白金自体は色も変わらなければ、質量も変わらない。要するに何の変化も起こさない。

 こういうものが触媒である。と説明している。そしてこの触媒機能を利用した大発明が、天然藍に近い合成藍製造における水銀と、空中窒素固定法における諸金属の触媒作用であると結んで前半を終わる。

 この説明の後、いよいよ負触媒の説明に入る。それこそがこの章の目玉じゃ!それは次回に!



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2008年09月18日

解説【インキと科學】 番外編 これでパイロット【色彩雫】は怖くない! 

 以前のBlogで拙者がパイロットの色彩雫を全て捨てた”と書いた。理由は手に付いたらどうやっても落ちないから・・・。キッチンハイターで手を洗っているという方もいらっしゃったが、あまりに手に酷なので敢えて挑戦しなかった・・・

 ところが先日の萬年筆研究会【WAGNER】中部地区大会つきみそうしゃんが、耳寄りな情報をもたらしてくれた。元町のPen and message. で行われている方法をとれば、色彩雫であっても簡単に洗い流せるとのことだった。

 そこで色彩雫を買ってきて実験してみた・・・


2008-09-18 012008-09-18 022008-09-18 03 まずは拙者が今までにやっていた手法。左端は色彩雫紺碧を左手に綿棒で塗り、ヘアードライヤーで火傷しそうなほど乾かしてから、石鹸で洗った状態。

 真ん中はユーロボックスで教えてもらった独逸製のハンドクレンザー。これを使えば、色彩雫カーボンインク以外は嘘のように綺麗になる。まずはそのREDURANで手を洗ってみると・・・だいぶ色は薄くなったが、さすが色彩雫!まだ手は紺碧に染まったまま・・・




2008-09-18 042008-09-18 052008-09-18 06 これに左端のアルカリイオン除菌クリーナーを吹き付けると、ほとんど色は流れ落ちる。とどめにメラミンスポンジで擦ると、右端のように手は元通りに綺麗になる!これはすごい!手にやさしい色落としを追求した結果見つけた方法であろう。さすが女性らしい発想と感心!

 色が落ちていく過程をつぶさに観察していると、最も効果があったのはメラミインスポンジアルカリイオン除菌クリーナー無しでもいけるのではないか?と考えて追加実験してみた。



2008-09-18 072008-09-18 08 上と同様にドライヤーで乾かした色彩雫メラミンスポンジだけで擦ってみたが、これだけでも綺麗になった!

 ただしかなり力を入れて擦るので、メラミンスポンジはボロボロになるし、時間もかかる。やはりアルカリイオン除菌クリーナーとの併用の方が、はるかに効率的。

 また手のひらではなく、指先の指紋の部分を綺麗にする場合には併用効果が一段と高かった。

 ちなみにプラチナカーボンインクも綺麗に落ちた。ただし爪の間に入ったカーボンインクを綺麗にするには、やはりロットリング洗浄液との併用が必須!

 アルカリイオン除菌クリーナーは、ほとんどのインクを一瞬で薄くしてくれるpH12.5の強アルカリの液体だが、水酸化ナトリウムのように手を冒したりはしない。ただのなので飲まなければ人体に影響はない。

 水道が近くにない場合には、アルカリイオン除菌クリーナーを噴霧してインクの色が消えたら、そのままハンカチで拭えばよい。実に便利じゃ!

 気をつけるとすれば、インク誘導液に浸してインクフローを良くしたペン芯を浸すとインク誘導液効果が無くなってしまうこと。

 消費量が多いので、そう安いクリーナーとは言えないが、効果から評価すれば超お薦め品じゃ!これで【色彩雫】が再び楽しめることになった!

  
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2008年09月11日

解説【インキと科學】 その6−2

2008-09-11 01 前回はパイロット製インキ粒子の電荷が【】に統一された事によって自然沈殿の量が激減した事がわかったが、今回はインキ破壊試験の成績でもパイロットインキが優れている事を示している。

 当時は萬年筆はまだ高級品であり、鉄ペンを使う人も多かった。拙者の母も1983年にPilot 65を買い与えるまでは家計簿、年賀状等は全てGペンで書いていた。

 たまに父のParker 75を試してはいたが、線に表情が出ないということで、気に入らなかったらしい。Pilot 65を使うようになってやっとGペンの使用頻度が減ったがゼロにはならなかった。Gペンにはそれなりの良さもあるのであろう。

 ということはこの文章が書かれた1932年ごろには、ツケペン使用者の数は比較にならないほど多かったはずじゃ。パイロットも萬年筆だけではなく、インキ販売による利益も相当に大きかったと思われる。

 上の図は、インキ瓶の中に鉄ペンが不注意で落ち込んで、そのままになった場合どうなるかという説明に用いた図。そんな事があるのか?と不思議に思うが、当時では【度々経験すること】であったらしい。

 たしかに筆記途中に、ペン先ホルダーからツケペンが外れてインキ瓶の中に落ちたとしても、とりあえずは別のペン先を付けて筆記を続け、あとで拾い上げよう・・・と考えていて忘れてしまう事は良くありそう・・・身近にピンセットなどは無かった時代だったろうからな・・・

 当時のインキは、どんなインキでもその中に硫酸や塩酸が混入してあるので、鉄ペンが中に落ち込めば、どんどん腐食していく。すなわち鉄と酸との間に化学作用が営まれる。するとそこに水素が発生して気泡となり、液面に浮かび上がる。

 水素イオンは陽性なので鉄ペン全体が陽性に荷電されることになり、周囲にある陰性コロイドをどんどん吸収してしまう。電荷統一をしていないインキではタンニン酸色素粒子は【陰性】なので、当然陽性に荷電した鉄ペンに吸着されてしまう。

 3〜4日も経って鉄ペンを引き上げると、色素の天ぷら揚げをしたようになり、インキの方はすっかり破壊されて酷い沈殿が出来、インキの色も薄くなり使用不可能の状態になってしまう!

 ところがインキ粒子が【】に統一されていれば、鉄ペンがインキ中で【】に荷電されても、周囲にある粒子と吸引する心配はないことになる。すなわち、インキ中に不用意に落ちた鉄ペンによるインキの破壊に極めて強い抵抗力を発揮するのじゃ!

2008-09-11 02 これはある調査期間が並木製作所の依頼により、インキの破壊試験をした結果。鉄ペンを投入して密閉した容器に入れた各社の青インキの退色度合いを示した図。

 パイロット製インキだけが他社とまったく違うカーブを描いているが、これが電荷統一の効果である。もっとも時間が経過すれば、いくら電荷統一したインキであっても破壊は進んでいくものらしい。このあたりの原理も知りたいものじゃ。

 渡部氏は、【インキを混ぜると言う事は、血液型を考慮しないで輸血する事に等しい!】と断言している。たしかにこれまでの説明を見ていると、電荷統一がなされたパイロットインキとなされていないアテナインキを混ぜるなんてのはとんでもない愚挙!

 昨日、萬年筆に詳しくない友人から【インキが出なくなったんだけど・・・】という連絡があった。よく話を聞いてみると、【インキが少なくなったのでブルーブラックと混ぜて使っていたらインキが出にくくなった・・・】とか。

 今回のblogを読んで、インクの混合使用の恐ろしさを理屈としてわかっていただければ幸いである。

 渡部氏は、一本の万年筆には一種類のインクで行かねばうそであると断じている。そしてもしインキを変えるのであれば、萬年筆を隅から隅まで洗浄し、使用すべきインキを注入したら、十分に振り混ぜた後これを廃棄して、二度目に注入したインキから使うぐらいの心がけがありがたいと結んでいる



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2008年09月04日

解説【インキと科學】 その6−1

 この章において初めて、渡部氏がおもわせぶりに書いてきた事実が判明した。パイロットが画期的なインキ製造方法の特許を取得していたのじゃ!

2008-09-04 右側【第三図】は、ブルトン試験器の仕組みを示したもの。

 この装置は、【】の部分に入れたコロイド溶液中のコロイド粒子の陰陽を判定する物。コロイド粒子の電極がであるならばの陰極側のU字管に集合し、コロイド粒子の電極がであるならばの陽極側のU字管に集合していくというもの。

 たとえば、白金、金、銅、鉄、水銀、タンニン酸、水素、酸素、空気、炭酸ガズなどは電荷をもち、水酸化第二鉄、水酸化アルミニウム、没食子酸、カゼイン、アラビアゴムなどは電荷を持っている。

 インキの中には陽性コロイドと陰性コロイドが混在しているのが普通だが、これを全て陽あるいは、全て陰に統一する方法は無いものか?と工夫したのがパイロットだったわけじゃ。

 もしそれが実現出来ればインキ内で陰陽の両粒子が吸着凝集することが無くなり、いつも愛反発する一方でブラウン運動も衰減せず、従ってストークスの粒子沈殿律も働く余地が無くなり、根本的にインキの沈殿を防止出来ることになる。

 ではインキの電荷を統一するのに陰にするのがよいのか、陽にするのがよいのかと検討した結果、鉄ペンとの作用を考慮すると性に統一する事が理想と決まった。とはいってもそう簡単に出来るわけではなかった・・・

 ただ渡部氏らは、ゼラチンの水溶液は、その液がアルカリ性の場合は性コロイドであるが、液が酸性になると電荷が変換して性コロイドになるという事実があったので、必ずインキ粒子の電荷変換も出来るはずだと確信していた。

 その結果、昭和5年8月1日に特許第88847号として、2つの内容を含む特許が認可された。2つの内容とは【インキ中のコロイド粒子の電極を陽性に統一する方法】と【インキ中の酸と鉄ペンの間に営まれる腐食作用に対する負触媒作用の応用】である。今回は前者の効果を説明する。

 英国におけるコロイド化学の大家であるリデアル博士が彼の主催する化学研究所においてパイロットインキの試験を行い、その成績を1932年1月25日付で報告したものをまとめたものは以下のとおり。

 米国シェーファー のスクリップインキではU字管のいずれの側にもタンニン酸を検出しなかった。すなわちタンニン酸を用いていない色水性インキである。すなわち洗えば流れ落ちるウォッシャブルインキだった!

 英国のステフェンスインキ、米国のウォーターマンにおいてはタンニン酸がU字管の陽極側に移動したので、これらは性であることがわかる。

 それに対して並木製のパイロットインキにおいてはタンニン酸がU字管の陰極側に移動したので性である。

 すなわちパイロットインキが性であることが証明された。もっともこの報告を読んだ時、シェーファーは耐水性にこだわらず既にインキ色のバリエーションで売上げを増やす方向にシフトしていたのだと感心した。

 これでインキの粒子の電荷が陽に統一されたが、はたしてそれで沈殿が減るのか?というのが問題!そこで各社のインキで沈殿量を調べたのが、上記画像の左側、【第五図】じゃ。

 従来世界一と言われてきた米国製インキにくらべて半分程度の沈殿量ということがわかった。これはいち早くコロイド化学に目をつけたパイロットの科学(化学)の勝利!拙者もこういう仕事を生業としたかったなぁ・・・



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2008年08月28日

解説【インキと科學】 その4

 本章の要約は【従来唱えられていたインキの理論の如く、タンニン酸第一鉄や没食子酸第一鉄が表面酸化または内部酸化により、水に溶けない第二鉄塩に化成し、依って沈殿が生起する!と説いていた酸化説だけではどうにも説明の出来なかった所も、コロイド化学を助太刀を得て頗る明確に了解する事が出来るに至りました】という文章に尽きる。

 中身を読むと、新たな課題が出てきたように感じられるのだが、渡部氏は【そして必ずしも粘稠剤を入れてベトベトしたインキにしなくとも沈殿の防止は不可能ではないという希望を呼び起こす事が出来たということは、お互いに大きな収穫であったといわねばなりません】と意見を述べている。おそらくは既に結論として出てはいるが、文章としては出したくない機密事項などを踏まえてこのような発言になったのであろう。文章を読む限りは暗い話ばかりなのだが・・・

 まずブラウン運動が永続的に続く物ではなく、減衰してしまうことについての説明がある。すなわちブラウン運動を行うコロイド粒子も電荷を持ち、+の電荷を持つ物、−の電荷を持つ物、どちらでもない物がある。

 そして衝突を繰り返す中で、+と−のコロイド粒子が衝突した場合には、お互いに吸引したきり再び離れられなくなり、それだけ粒子は大きくなってしまう。

 その際、両者の粒子が放電中和して電荷を失ってしまう事もあるが、多くの場合は一方の粒子の電荷が強くて一回二粒子の吸着だけでは放電中和せず、数粒子、数十粒子を吸着して初めて中和することとなり、粒子はだんだんと大きくなっていく。それがある程度に達するとブラウン運動が出来なくなり、ストークスの粒子沈殿律が働きかけ、沈殿が出来るというわけじゃ。

 当時は陰陽電荷の話などほとんどの人は知らなかったので、非常に多くの(無意味な)たとえ話も用いて理解させようと苦労している。一夫多妻制とか、男の腐ったのか女の生煮えかわからぬ態の奴・・・とか

 陰陽電極の吸着による沈殿の効果としていくつか例を出している

 ★石鹸に浄化作用があるのは、石鹸中の粒子が垢を吸着するから

 ★染料が織物の繊維に染まり付くのは両者の電荷の正負により吸着作用が働くから

 ★濁り水の中に水酸化鉄コロイドを少量加えると忽ちにして綺麗な水になるのは、濁水中の粒子が陰電極を持つに対して、水酸化鉄の粒子が陰電極であるため、急激に中和凝集して粒子が巨大となり急速に沈殿するから

 ★濁水中に明礬(みょうばん)を投入すると水が澄むのは、明礬の陽イオンを応用した物で、コロイド粒子が電荷が中和するのとよく似た働き

 ★黒砂糖を脱色して白砂糖にしたり、豆腐を固めたり、こんにゃくや寒天を作ったり、ビールや葡萄酒を清澄にしたりするのは全てコロイド化学の吸着作用または沈殿作用に属する

 ★昆布は濁った海には生えないと言われており、たしかに昆布のあるところの海水は実に澄んでいる。が、ある学者の研究によると昆布の葉から抽出した有機物は強力な陽性コロイドであって、これを濁水中に加えると忽ちにして濁水が清澄になる。昆布があるから付近の水が清いのかも知れない・・・

 ★大河の河口に出来る三角州にもあきらかにコロイド化学が作用している。河の濁水が海に注ぐや海水中の塩類の陽イオンと相作用する以外に、海水中の陽性コロイドとも相作用して沈殿の生成を助け遂に三角州を沖積するものと見ることが出来る。ナイル下流のエジプト文明はコロイド化学の上に打ち立てられた!

 などとだんだんスケールの大きな話をしている。これらは全てコロイド化学の重要性を読者に少しでもわかっていただこうと工夫した物であろう。

 それにしても良く本を読み、勉強している!やはり渡部氏はただ者ではない!

 しかし、以上の話は全て濁水沈殿によって綺麗にする話。濁水の代表であるインキにとって何か良いことがあるのだろうか?という疑問をのこしつつ次号へ!


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2008年08月21日

解説【インキと科學】 その4 

 当時のインク製法では、インクの沈殿を如何に防ぐかが最重要課題だった!そこで渡部氏らはコロイド化学に目をつけ、調べているうちに、ブラウン運動に目行き当たった。(本文ではブラウン運動と表記)。

ブラウン運動は、溶液内の分子衝突によって、微粒子が不規則な動きをする現象で、動きを発見したのがロバート・ブラウンであり、理論を証明したのはアインシュタインらしいが、本文中にアインシュタインの名は出てこない。

 なぜ渡部氏がブラウン運動に魅力を感じたかと言えば、もしブラウン運動が永久に発生し続けるならば、沈殿物は溶液中をさまよい、決して底には溜まらないのでは?という期待があったからじゃろ。


2008-08-21 01左はスモルコウスキー(Smoluchowski)によるブラウン運動の振幅方程式であり、本文で紹介されている。

 渡部氏の凄さは、この方程式からインク化学にとっての啓示を引っ張りだした事。方程式を理屈として理解するだけではなく、自分の仕事に対する解釈を施して紹介している。こういう方程式は、高校生ぐらいの時なら興味津々理解しようとしたであろうな。


2008-08-21 02 左が各パラメーターの説明だが、要約すると・・・

【1】ブラウン運動の振幅Aは粘度ηの平方根に反比例する

 すなわちブラウン運動は粘度が大きくなるほど遅鈍となり、反対に粘度の小さなサラサラインクほど活発になるということ。

 これまではインクの粘度を上げることによって沈殿を防ごうとしていたのが、ブラウン運動を応用するなら、サラサラインクでも沈殿を防げるということになる。渡部氏が最も貴重とする解釈じゃ。


【2】ブラウン運動の振幅Aは粒子の大きさの平方根に反比例するが粒子の重量には無関係である事

 すなわちブラウン運動は溶液中の粒子の図体が大きくなるほど動きがのろくなる!これは粒子の大きさがある一定以下になると、地球引力から解脱してブラウン運動を始めるということ。従って、インクの粒子をある一定以下の大きさにすれば、引力による沈殿を防げることを意味する。粒子の細かいインクを作る意味を教えてくれる部分じゃ。


【3】ブラウン運動の振幅Aは、溶媒1モル中の粒子数Nの平方根に比例する

 溶液中のインク粒子が少ないほど沈殿は少ないことを意味している。つまりは少数の粒子でも濃い色が出せる色素があれば、沈殿は防げることになる。これも研究テーマとしてはおもしろかったであろう。


【4】ブラウン運動の振幅Aは、絶対温度Tの平方根に正比例する

 すなわち、温度が上がると運動が活発になるということ。温度が上昇すれば溶液の粘度も下がるので、ますます好都合と言うことになるが、逆に温度が下がった場合は?

 沈殿だけを考えれば、暖かいが、直射日光の当たらないところに保存するのが良いとなる。


 ブラウン運動自然衰滅するものらしい。渡部氏はブラウン運動の若返り策が無いものか?どうして自然衰滅してしまうのか?・・・と、沸々と興味が湧いてきたようじゃ。次回は【ブラウン運動は自然衰滅】がテーマ!楽しみじゃ!


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2008年08月12日

解説【インキと科學】 その3−2

【コロイド化学から見たインキ】

2008-08-12 01 以前の章で、インクの沈殿を防ぐ目的で蒸留水を使ってみたが、案外効果が認められなかったとの報告があった。そこで渡部氏はさらなる化学的なアプローチが必要と考え、コロイド化学の研究も始めたようじゃ。

 左図のようなビーカーを用意する。内側のビーカーは底を抜き、そこに膀胱膜を貼り付ける。いわゆる透析器

 この内側のビーカーの中に食塩水を入れ、外側のビーカーに真水をいれておく。時間がたつと外側のビーカーの水に塩味が付くのがわかる。

 ところがインクの主成分の一つであるタンニン酸溶液を内側のビーカーに入れておいても、外側の真水にはいつまでたってもタンニン酸独特の渋みが付かないことがわかる。すなわち溶けたタンニン酸膀胱膜を透過出来ないことがわかる。

 このように、ある物は透過させてある物は透過させないような膜半透膜と言い、この半透膜を通過する作用を透析と呼び、そして半透膜を通過する物をクリスタロイド透析しないものをコロイドと呼ぶ。

 いままで透析とか半透膜という言葉は知っていたが、具体的な事は何一つ知らなかったので非常に勉強になった。やはり学問は継続、継承が大事なのだなと痛感・・・


 渡部氏はこの時点で何らかのヒントを得ていたように思われる。なぜならここから先の説明に勢いがある。人は誰しも自分の頭の中にあるアイデアを人に伝えようとするときに早口になる。渡部氏の文章はここから急に早口になっていると感じるのじゃ・・・

2008-08-12 02 左の表のように、タンニン酸はごくわずかは透析するが、実用上はコロイド(透析しない物質)と考えて良い。

 そして透析するクリスタロイドの中には食塩の他にアルコールとかアンモニアがあるが、インキに関係のある物に限れば、没食子酸硫酸第一鉄硫酸石炭酸、赤インキに用いるエオシンなどがある。

 一方のコロイドには、タンニン酸、アラビアゴム、蜂蜜、青色素などがある。

 赤インキに沈殿が無いのはその主成分である色素のエオシンクリスタロイドであるから。ところがブルーブラックインキでは半透膜を通過できないコロイドの青色素タンニン酸が多量に混在しているため、ストークス氏の粒子沈殿律が発生しやすくなるらしい。なを透析出来るかどうかは、粒子の大きさに依存する。その限度は1μ程度とされている。

 没食子酸硫酸第一鉄クリスタロイドであり、タンニン酸のみがコロイドである。また別の実験においては、空気を遮断した容器にブルーブラックインクを入れて3年間封印したものを取り出し、インキ中の鉄分を調べたら、鉄分は一切減っていなかったが、沈殿物は出来ていた・・・

 このことから渡部氏は、硫酸第一鉄が3年間沈殿しなかったのはクリスタロイドであるから、またコロイドタンニン酸だけが沈殿したと結論づけた。そして、タンニン酸を用いないインクが作れれば沈殿問題は一挙に片づくとも考えた。ただし、当時の技術では没食子酸鉄分のみでインクを作るのには、まだだれも成功していなかった・・・


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解説【インキと科學】 その2−3    
解説【インキと科學】 その2−2  
解説【インキと科學】 その2−1  
解説【インキと科學】 その1   


  
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2008年08月07日

解説【インキと科學】 その3−1

【粘稠剤が沈殿を防ぐ理由】

 ここでは、何故沈殿を防ぐためにインキの粘度をあげざるをえないが数式で表現されている。

  拙者の経験では、粘度の高いインクほど書き味が良い。以前よりインキの水分を飛ばすとインキの色が濃くなると同時に書き味も向上すると言われていたが、これも粘度向上によるところが大きいのであろう。

 ところがインキ製造者の立場からすると、インキにアラビアゴムなどを入れて沈殿を防ぐのはあくまでも苦渋の選択であり、粘度の低いサラサラしたインキで、しかも沈殿の少ないインキを作る事こそが理想である結んでいる。


2008-08-07 022008−08−07 01






  この数式は、ストークス氏の粒子沈殿律じゃ。数式を漫然と眺めても意味がわからないが、渡部氏が明快な解説をしてくれている。


 【第一の解釈】:粒子の沈殿する速度Vは粘度ηに反比例する

 つまりインクの粘度を大きくするほど沈殿は遅くなるということ。インキ技師達は経験的にストークス氏の沈殿律を悪用していた・・・とこき下ろしている。

 たしかにインキの中にアラビアゴムなどを大量に混入させられたら、萬年筆製造業者はたまったものではない。


 【第二の解釈】:粒子の沈殿する速度Vは粒子の半径rの二乗に正比例する

 すなわちインキ中の粒子は小さいだけ沈殿は遅くなる。しかも粒子の大きさ(直径/半径)が半分になると沈殿の速度は四分の一になる事。これからみてもインキに使う色素、その他の薬品等は出来るだけ粒子の小さくなる物を選定しなければならない。

 そういえば各社のカーボンインクは【ナノカーボン粒子】なんてことをうたっていたような記憶もある。カーボンインクでは染料系インキと違って、どうしてもカーボン粒子が必要となる。従ってインキの沈殿を防ぐためには【ナノカーボン】化とインキの粘度を上げる事が必要になってくるわけか・・・ただ【極黒】などは粘度はそれほど高くない。プラチナカーボンよりは粒子が細かいのかも知れない。もっとも書き味ではプラチナカーボンが圧倒しているが・・・


 
【第三の解釈】:粒子の沈殿する速度Vは粒子の比重d1と溶媒の比重d2との差に正比例する

 すなわちインキ中の粒子の比重が大きいほど沈殿が早いことを示している。もし粒子の比重が水と同じであったら沈殿は一切発生しないことになる。


 このストークス氏の粒子沈殿律は粒子の大きさが0.1μ以上の比較的大きな場合にのみあてはまり、それ以下になってブラウン運動をはじめるようになると適用出来なくなるらしい。それにしても渡部氏の説明はわかりやすい!



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解説【インキと科學】 その2−3    
解説【インキと科學】 その2−2  

解説【インキと科學】 その2−1  
解説【インキと科學】 その1   

  
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2008年07月31日

解説【インキと科學】 その2−3

【インキの沈殿について】

  このインキの沈殿に関しては、当時各メーカーが死にものぐるいで解決策を模索しつつも、まったく回答が出せない状態であったらしい。渡部氏の口調からもその状況が分かる。

 ただ、どうやら解決へ向けてのヒントを得てはいたようじゃ。もちろん、そのような重要事項をペラペラと話したりはしなかったはずなので、口調から推察するだけではあるが・・・

 【インキ瓶の底に溜まる不気味な沈殿、それを私はインキの悪魔と呼びました】というセンテンスで、この問題がいかに万年筆メーカーにとって大きな問題であったかがわかる。

 そして、それに続く【この悪魔をどうして征服するか?研究は自然白熱化せざるを得ません】によって、当時の研究者たちの燃える思いを感じさせてくれる。【戦前のプロジェクトX】かも・・・

 渡部氏らは、インキ瓶中のインキは、その液面において常に空気と触れているため、絶えず酸化が発生しているに違いないとまずは考えた。インキが酸化すると水に溶けない黒変粒子が生成され、重力のため漸次容器の底に向かって沈降し、ついには沈殿物となって堆積するのじゃ。

 この沈殿であるが、一度も栓を開けたことのないインキ瓶の中でも、夥しい沈殿物が出来る事実は、インキが空気と触れて発生する酸化だけでは説明できないことでもあった。

 しかも沈殿物を調べてみると、黒変粒子だけではなく、常に多量の色素が共に沈殿していることも分かる。これは従来唱えられてきた沈殿の原理だけでは説明がつかない・・・

 渡部氏らは、まずは、インキ中に存在する空気を疑った。空気はインキ面より上にあるだけではなく、インキの中にも大量に溶け込んでいる。むしろこれが原因ではないかと考えた。魚が住めるような井戸水や水道水ではなく、蒸留水を使ってみようと考えた訳じゃ。

 もちろん、蒸留水には有機物はおろか、一切の不純物は入っていない・・・ということで、大いに期待してインク製造実験を行ったらしい。

 当時はイオン交換樹脂など無かったであるから、莫大なコストがかかったと思われる。しかし沈殿物がないインキを作ることが出来れば、いくら高額になっても商品の差別化は出来ると考えていたのであろう。

 ところが、ある程度の効果はあったものの、思ったほどの効果は出なかった・・・沈殿物が相変わらず出たが、色調の鮮やかさや色相の不動とか、インキのこなれとかには絶大な効果があったとか。不純物がないのだから当たり前と言えば当たり前だがな。

 そこでパイロットでは、数年前から研究していたコロイド化学の研究に没頭し、結果としてこの難問題を解決することが出来たと想像される。この賢については後の章でも語られるであろう。

 ところで、蒸留水をネットで調べてみても、中に空気が混入していないとの記載を見つけられなかった。45年ほど前に理科の実験で蒸留水を作ったときには、アルコールランプで沸騰させた水を、フラスコの大型のようなものを通して冷やして作ったと記憶している。とするならば水が気化してから冷えるまでの間にいくらでも空気が混入すると思われるのだが・・・違うのかな?

 そもそも蒸留水を使ってもインキ中には空気が溶け込んでいたのでは?という気もするのだが・・・


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解説【インキと科學】 その2−2  
解説【インキと科學】 その2−1  
解説【インキと科學】 その1 
  
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2008年07月24日

解説【インキと科學】 その2−2

【インクのカスについて】

  まずはインクの(カス)と沈殿の区別が明確に示されている。沈殿と言うのはインキ瓶の底に、いつとはなく溜まる(おり)の事。
とはペン先やインキ瓶の口回りに付着凝固する汚物のこと。

 今回は(カス)について述べ、次回(おり)について述べる。非常に重要な部分なので、理解できる分量だけ提示する。

 では(カス)は何故出来るのか? 理由は二つあるが、まずは未酸化インクの組成を見てみよう。

1:タンニン酸
2:没食子酸
3:硫酸第一鉄
4:強硫酸
5:アラビアゴム
6:ブドウ糖
7:サルチル酸
8:染料

アラビアゴムとブドウ糖は、インクの中の粘度を調整する目的で加えられている。すなわち沈殿物を底に落ちないように粘度を高くして吊っておくわけじゃ。ここでは粘度調整剤と呼ぶことにする。

サルチル酸は防腐剤として入れた物。

 そして、(カス)となるのは・・・

(1):インク中の色素(染料)とか、粘度調整剤とかの不揮発性物質が水分が乾燥した跡にこびりつく

(2):インキ中のタンニン酸第一鉄、または、没食子酸第一鉄が空気中の酸素と結びついて、水に溶けない青黒色の第二鉄がそこら中にこびりつく

 という2つの原因がある。

 この(カス)の防御策としては3つの方法がある。

(1):なるべく濃度の強い上等の色素を用いること
(2):粘度調整剤はなるべく最低量にすること
(3):酸を適量加えて酸化黒変作用を遅らせること

 濃度の高い色素は値段も高いので、コスト競争力が無く、メーカーとしては今一歩踏み出せないでいた分野。

 粘度調整剤を入れる理由は、インキ瓶中で、インキの液面が空気と触れている為、そこで酸化黒変作用が営まれ液中に不溶性の粒子が出来、それが底に沈殿しようとするのを途中で吊り支えて淀ませないようにするための苦肉の策。

 ここが面白いのだが、当時はインキの粘度を最小に保つ事がインキ製造技術の評価だった!それで今でもインキの粘度は低く作るのかなぁ・・・ 

 現在最高の書き味と評価の高い【プラチナ・カーボンインク】も当時では【粘度が高】として評価されなかったかも知れない。

 酸を加えてインキの酸化黒変作用を遅らせるのは、(カス)の予防策として要領を得た方法。ただし調子に乗って酸を強くすると鉄ペンを溶かしてしまう。また紙にも悪い。

 翻って、現在国産インクで酸性というのはプラチナのブルーブラックしかない。あとは全て中性かアルカリ性に分類される。という事は、インキに関しては当時から大きな技術革新があったということ。

 しかし、安全なインキがあふれかえっていると、敢えて【あぶないインキ】を使ってみたい誘惑にかられる事もある。拙者はこっそりと何十年も前の危ないインクをインクに入れて楽しんでいる。特に匂いに惹かれる・・・強酸性ほど匂いも魅力的!危ない世界じゃ!


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解説【インキと科學】 その2−1  
解説【インキと科學】 その1 

  
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2008年07月16日

解説【インキと科學】 その2−1 

 この記事が発表されたのは1931年9月30日Pelikanが回転吸入式のPelikan 100 を発売してから2年も経過していない。ペン先はMontblancから供給を受け、かわりにMontblancにインクを供給していたころ。

 パイロットに限らず、萬年筆各社は品質の悪いインクに悩まされていた時代。逆に言えば品質の良い自社製インクを持っていれば、Pelikanのように、萬年筆を他社に遅れて作り始めても、またたくまにキャッチアップ出来たのだろう。

 現代とは全く違う【インク優位】の時代だった・・・。最近であればインクが原因で軸を痛めたりすれば、それが【事件】となってしまうほど、インクトラブルは少ない。当時はインク事故などあたりまえでニュースにもならなかった。改めて幸せな時代に生きていると感ずる。

 一方、既に完成されていて、画期的な機構発明がほとんど無く、装飾のバリエーションで目先を変えている萬年筆と違って、インクには今後大きな変化が予想される。と同時に大きなトラブルも予期される。

 当時のインクはすべからく酸性だった。現在のインクは海外製には酸性インクが多いが、国内製には酸性インクはプラチナのブルーブラック一個だけ。あとは全て中性かアルカリ性インク。しかもpHの値が高くなってきている。アルカリ性の国産インクを使った後、良く洗浄しないで海外製の酸性インクを吸入したらどうなるのか?

 じつは、そのせいではないかと思われるトラブルに頻繁に遭遇するようになってきた。ペンクリでは職人技だけではなく化学者としての知識も必要になってきている。実におもしろい。

 この当時、インクの研究は5つの分野に分けて考えられていた。

1:筆跡の耐久力を高める研究
   タンニン酸、没食子酸、硫酸第一鉄の割合を過不足無く調合することで、当時既に完成の域にあった

2:色相と色濃度の研究
   色相の研究・・・・・色合いの落ち着きさとか鮮やかさの研究
   色濃度の研究・・・色の濃さ、薄さの研究
   一見簡単そうだが、人々の習慣や好み、地域性があり理論では取り扱えない分野

3:インク滓(カス)と沈殿の防止策の研究
   萬年筆用インクでは最も重要な研究課題で、数多くの化学者が悩み抜いていた・・・
   当時【手も足も出ない!といった完全に手詰まりの状態だった

4:鉄ペンの防蝕に関する研究
   沈殿物の防止には酸を入れざるを得ず、酸を入れると必然的に鉄ペンを腐食する
   当時は鉄ペンの比率が圧倒的に高かったのか、この問題は大きな課題であった

5:インクの物理的問題の研究
   インクの粘度、比重、氷点、表面張力、乾燥度など
   萬年筆と科學には【インクの表面張力】がインクフローに影響するという件もも出ていた。また当時の暖房状況では、室内でインクが氷結する可能性も十分にあった?

 実は、この【インキと科學】を執筆し始めたのは、パイロットが本格的に研究に乗り出そうという時期で、上記5つの研究課題について結論が出ているわけではなかったらしい。

 読者に順次研究結果を報告するという事を予告することによって、会社としての研究活動にプレッシャーを与えようとしているかにも思える。まさに有言実行型経営者である。

 蛇足ではあるが、今現在【】なのは【色相と色濃度】かもしれない。萬年筆用瓶インクとして4色しか発売していなかったパイロットが一挙に10増やし、セーラーインク工房という形で無限の種類のインクを発売している。プライベートリザーブは混合出来るインクで差別化を始めた。

 非常に楽しい時代になってきたが、時代の変化点ではトラブルも多発する。今一度、古(いにしえ)の研究成果を振り返り、今後発生しうるトラブルの予知に応用したいものじゃ。



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解説【インキと科學】 その1   
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2008年07月10日

解説【インキと科學】 その1

 当時ウォーターマンやシェーファーをはじめとする萬年筆メーカーはこぞってインクを自社製造し始めた。それは何故か?そこから【インキと科學】がスタートする。

 当時は化学製品であるインクは、作るのが非常に難しかった割には、売れる!儲かる!ということで、粗製濫造されていた。

 そして、そういう品質の悪いインクを入れて、萬年筆に不具合が起こったとしても、誰もインキメーカーを責めず、しわ寄せは全て萬年筆メーカーへ来てしまう。

 それに辟易した萬年筆メーカーが自社生産でインキを製造し、他社製インキを入れてトラブルが出た場合には保証しない!という手段を講じたのであろう。

 たしかにインキの製造は難しいのだろう。拙者が初めてOMASの萬年筆を購入した1984年。純正のオマスインキの黒を購入したら、グレー?かと見紛うばかりに薄い色だった。日本製の黒はしっかりしていたが、海外製、特にヨーロッパ系の黒はいまいち色が薄くて気持ち悪かったのを思い出した。実は黒インクというのは難しい・・・と販売店の人から聞いたことがある。

 ペリカンなどは萬年筆製造のずっと前からインクを作っている。それでも萬年筆を製造する際には、相当苦労したであろう事は疑いようもない。

 それにも関わらず、昨今では萬年筆を製造したことのない企業や個人が販売するインクブランドが増えてきている。ペンクリをやっているとわかるが、インクフローに問題がある・・・といって持ち込まれる萬年筆の半分はスリット問題、残り半分はインク問題じゃ。

 1930年代に解決の目処がたっていたはずの問題が、また脚光を浴びてきている。すなわち70年前のパイロットの技術レベルに達していないインクブランドが多いと言うことか?


2008-07-10 01 第一章で最も貴重な情報は、左の図じゃ。これはブルーブラックインクの組成と、それが黒くなる仕組みを記述している。

 瓶に入っている時には、タンニン酸も没食子酸も硫酸を加えることによって黒変作用が遅れ、インクの底に沈殿物がたまらなくなるのじゃ。

 いずれにせよ、全てが【】。これが昔のインクのpHの値が小さかった(酸性が強かった)理由。

 ところが最近はがらりと様相が変わり、アルカリ性のインクが多い。パイロット、セーラーを例にとれば、販売されているインクの全てが中性【pH 6〜8】か、アルカリ性【ph 8〜12】で酸性のインクは皆無!このあたりの全容は、今月販売される雑誌で公開されるのでお楽しみに!

  
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2008年07月03日

解説【インキと科學】 序説

 【萬年筆と科學】に関しては、第4分冊の内容が白ペンにかたよっていることから、解説を中止した。かわって今週からは【インキと科學】を連載することにした。

 こちらの方が拙者には断然面白いような気がする。【萬年筆と科學】が物理の世界だとすれば、【インキと科學】は化学の世界!化学好きにはたまらない名著じゃ。

 まずは、【インキと科學】復刻にあたってのパイロット筆記具資料館あとがを引用しよう。


 渡部旭は、【パイロットタイムズ】に【萬年筆と科學】を連載するかたわらで、1931年(昭和6年)9月号より1941年(昭和16年)9月号までの約10年間にわたって、【萬年筆と科學】の姉妹編にあたる【インキと科學】と題する61講に及ぶ論文を執筆しています。  ・・・・中略・・・・

 【インキと科學】では、万年筆にとって重要な問題であるインキの原理を化学の視点から考察しています。インキの主成分であるタンニン酸、没食子酸、硫酸第一鉄といった化学上最適な成分の研究、そして色相と色濃度の研究、インクの滓(かす)と沈殿の防止策、さらに鋼鉄ペンに対する防蝕問題などが論じられています。

 これらは当時欧米各国の特許を得て、既に優秀性が認められていたパイロット・ブルーブラック・インキの完成により集大成された研究成果の立場から、インキの根本問題を時代的な返還を交えて、論述・展開したものです。

 より立ち入った専門分野に関する事柄なども、独特の筆法により身近なものとなっています。また、インキ点滴図の吟味は、処方研究の重要な役割を担う物として氏が位置づけているものです。

 粉末インキやインキと犯罪、秘密インキといった時代的な色合いの濃い話題もまとめられています。



 また、1979年発行の【パイロットの航跡−文化を担って60年】という社史に以下のような記述もある。


 パイロットインキ

 当社は大正15年10月パイロットインキを発売した。そのころ市販されていたインキは質の悪いものが多く、インキカスで万年筆のインキ溝がつまってしまうという苦情がよくあったので、当社が独自で万年筆に合うインキを開発したのである。

 その後、品質の改良に努め、昭和5年10月ブルーブラックインキを開発、日本、イギリス、アメリカ、フランス、オランダの5か国で特許をとった。これはインキをコロイド物質としてとらえる化学的研究によって、自然沈殿をほとんど皆無にし、鉄ペンの腐食を極めて少なくした世界的に優秀な製品であった。

 昭和9年にはインキの自動注入機を自社で設計、製作して大量生産に着手し、日本のみならず世界各国への輸出を開始した。ブルーブラックインキが、蒔絵万年筆とともに、この時期における当社事業の国際化を担った意義は大きい。



 どうやらパイロットがインク製造に乗り出したのは、無法インキに困り果てた結果のようじゃ。そして、パイロットは自社製ブルーブラック・インクを使っていればインク詰まりの問題は発生しないという神話を作り出した!

 それが今でも、【万年筆にはそのメーカー製のインクを入れるべし】という言い伝えとなって残っているのかも知れない。

 第一章を読んでみたが、実に面白かった。というか、全61章を理解する上で、最も重要なのが第一章のような気がする。上記のあとがき程度の内容なら第一章を読んだだけで書ける。

 それほど面白い第一章は・・・来週まで待たれよ!

  
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2008年06月19日

解説【萬年筆と科學】 その79 ハンガリー・イタリアの萬年筆業界

 今回で【萬年筆と科學】第三巻の最後の回となる。ここでは単なる訪問記というよりも、渡部氏の決意のような物も書かれていて面白い。そちらを中心に抜き出してみよう。

 6月30日に一行はウィーンを立ちブタペストに向かった。汽車の窓から飽かずに沿線の景色を見ているうちに、ある考えがムクムクと沸き上がってきた。 いまに、あの車掌さんも、税関の役人さんたちも、畑のお百姓さんも、村の人も、町の人も・・・パイロットの愛用者になってくれる、いや愛用者にしてみせる 決意した。

 そう考えると、多くの旅行者がするような 【旅の恥は掻き捨て】 という気分にはどうしてもなれません。と同時に東京の工場の諸君が一人残らず、今の私の気分で各自持ち場の仕事を真剣にやってくれることが何より大切だとつくづく思うのでした。

 旅の途中ではこういう心境になることが良くある。雑念が消えるため、ピュアな心になるからであろう。自分の属する組織のありもしないネガティブ情報をまき散らすような輩には、こういう渡部氏の前向きな姿勢を伝えていかねばなるまい。日本が発展した背景には、こうした先人の意志があったのじゃ!

 真の発展の為には飲み込むべきところと、表に出して鼓舞するところを慎重に選ばないといけない。不平不満を書きつらねても世の中は変わらない・・・まずは自分が一歩を踏み出さねば誰もついてはこない。

 不平不満は誰にでも言える。しかし自ら変革行動を起こせる人は1000人に1人もいない・・・拙者はやるぞ!

 世界を旅してみると、日本が何もかも大変な立ち後れであることを痛切に感じます。ことに経済的な規模組織活躍というものが目立って貧弱です。今の日本は「よく働きそしてよく遊ぶ」というような英国流の考え方をする時代では断じてありません。どうしても「よく働き、そしてまたよく働く」のでなくては英米独にとても追いつけません。 ・・・・中略・・・

 私共お互いは子孫の為の捨て石になるのです。それを忘れて欧米流に一週間40時間労働の尻馬に乗ったりするのはとんでもない間違いです。人並みになるべく少なく働いて、なるべく多くエンジョイしていたのでは、いつまで立っても日本は浮かべません。

 渡部氏は自分の心に向かって話しかけているのか?はたまた手強いパイロットの労働組合に対して言っているのであろうか?いずれにせよ三現主義:現場、現物、現実を欧米視察で実践した結果、相対的な当時の日本の状態が良くわかったのであろう。

 ハンガリーの万年筆市場は、政治を反映して独逸製の天下!Montblanc、Pelikan、Luxor、Adria、Vandyke、Normix、Turcsany・・・などが多かったらしい。

 拙者は最初の3社しか知らない。Luxorはルクソールと思っていたが、渡部氏は発音に忠実?に【ルクザー】と呼んでいる。どちらが正しいのかなぁ?

 次に伊太利亜である。ローマでは早速日本大使館に出かけ、伊太利亜との商取引事情を尋ねてみたが、返答は・・・

 【物々交換ならともかく、万年筆を売っても代金を取り立てる方法がない】とのこと。ムッソリニー君、ケツの穴が小さいぞと言ってみたところで話にならず・・・商売は当分見込み無し。

 いやはや、戦前は伊太利亜気質もすごかったようですな。一時の中国よりもはるかにひどい!こんな国で作っている万年筆なんて信用出来るのかいな?

 ちなみに、当時の伊太利亜の万年筆業界は不振で、米国製をたまに見かけるくらい。英国製は皆無、独逸製もほとんどなく、あとは伊太利亜製の安物。

 その安物とは、AURORA、OMAS以外は聞いたこともない・・・Montegrappaは記載されていない。渡部氏はAURORAオーロラと呼んでいる。ダイヤのおばちゃんの呼び方は渡部流ですな。またOMASオーマスとか・・・

 渡部氏は166日間かけ、15ヶ国、53都市、20工場を視察した。そして出した戦略とは、世界で戦うには高級品路線に方向転換すること。

 当時に日本の万年筆の価格は、世界と比べると3割程度。これは安物、実用、中級、高級、最高という各等級毎にわけて比較した結果、どの等級でも日本製は3割程度!このままの価格帯で安物を世界に出していっても相手にされない。輸出高を増やすのに、安物を量産するのではなく、値段の高い物を同じ数だけ作れば売上げは三倍になるではないか!というのが渡部氏の考えの根底にあるのであろう。

 そして、それが今、蒔絵万年筆という形で実現されている。1939年に渡部氏が語ったことは、脈々とパイロットの中で受け継がれ、2000年ごろより花開いたということになる。

 今、渡部氏がパイロットの万年筆部門だけの会社の社長になったらどうするか?利益を確保することだけを考えれば、自社ブランドは海外向けに蒔絵万年筆だけに絞り、のこりは小ロット限定万年筆製造(WAGNERXXXXなど)、そして海外ブランドの部品製造に絞るかも知れない。

 現在では、販売品メーカーよりも部品メーカーの方が数が少なく技術も高い産業はいくらでもある。大型TVメーカーは多くあるが、TVの前面に使うガラスメーカーは数が少ない。すなわち儲かるのじゃ。

 大企業は複合体なので個の最適が全体最適になるかどうかはわからないが、万年筆生産だけを抜き出せば、あながち外れていないかも知れない。新機構のアイデアでは伊太利亜にかなわないかも知れないが、総合的製造技術では世界一ではないかな。もちろん、品質管理も含めた上での評価じゃよ。


過去の【萬年筆と科學】に関する解説

解説【萬年筆と科學】 その79−3   
解説【萬年筆と科學】 その79−2  
解説【萬年筆と科學】 その79−1       
解説【萬年筆と科學】 その78−3  
解説【萬年筆と科學】 その78−2  
解説【萬年筆と科學】 その78−1    
解説【萬年筆と科學】 その77                  
解説【萬年筆と科學】 その76  
解説【萬年筆と科學】 その75  
解説【萬年筆と科學】 その74 
解説【萬年筆と科學】 その73   
解説【萬年筆と科學】 その72   
解説【萬年筆と科學】 その67  
解説【萬年筆と科學】 その58    

解説【萬年筆と科學】 その56 
解説【萬年筆と科學】 その54−3 
解説【萬年筆と科學】 その54−2 
解説【萬年筆と科學】 その54−1 
解説【萬年筆と科學】 その48 
解説【萬年筆と科學】 その47  
解説【萬年筆と科學】 その45 
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解説【萬年筆と科學】 その13  
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解説【萬年筆と科學】 その11 
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解説【萬年筆と科學】 その9
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解説【萬年筆と科學】 その7
解説【萬年筆と科學】 その6
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解説【萬年筆と科學】 その3
解説【萬年筆と科學】 その2
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2008年06月05日

解説【萬年筆と科學】 その79 ドイツの萬年筆業界

 6月21日に、一行は独逸のハンノーフェル市【Hannovern】に到着した。ペリカン萬年筆の工場を見るのが目的であった。(注:日本語表記は原文のまま)

 なぜか渡部氏はMontblamcを問題としていない。同じ【P】の頭文字を持つゆえか、Parker、Pelikan、Pilotが今後世界市場で戦うブランドと考えていたようじゃ。

2008-06-05 012008-06-05 02 左の図は渡部氏が歩測して書いたもので、右はペリカンの社史に書かれていた挿絵。

 ペリカンがいた位置は入口の右だったのか!拙者の予想は正門左だったのだが・・・

 ちなみに、渡部氏が訪問した時、池にいたペリカンは三羽だったとか。渡部氏は【ペリカン工場にペリカン鳥を門番させれいるとは洒落ています】とけっこう気に入っていた。

 事務室は五階建てで床面積245坪、真ん中の一番かっこいい建物は、動力室と機関室らしい。右側のA工場は四階建てで床面積840坪、左側のB工場も四階建てで同じく床面積840坪。総計床面積が2,000坪を越える堂々とした工場じゃな。

 渡部氏によれば、当時のペリカンの本業はゴム工場が主業と書いてあるが・・・そうかなぁ?画材を作っていたのは事実だが、ゴムが本業だったとは思えないがな。

 もちろん、萬年筆、ペンシルだけではなく、画材、インク、カーボン紙まで作っている総合工場だったと思われる。

 渡部氏をはじめとする3人の日本人は、ペリカンの工場を見ながらファイティング・スピリッツの高鳴りを覚えたとか。その予感は正しかったようじゃな・・・

 不思議なことに、ペリカン萬年筆工場では、生産数の予測をしていない。当時の独逸の萬年筆生産高は年間300万本で、そのうち国内需要が188万本、112万本が輸出だったとか。なを国策として萬年筆の輸入は禁止されていた。

 ペリカン以外ではモンブラン(Montblanc)、ゾンネッケン(Soennecken)、オスミア(Osmia)などが有名です・・・と書かれている。彼らが講評した各ブランドに対する意見は・・・

 モンブラン萬年筆・・・金ペンの種類にはEF,F,M,B,BB,O,OB,OBB,KEF,KMの11種類があり、いすれも14金です。3マルクから50マルクまで23種類あり、多くはエボナイト製でモンブラン山の白雪を意味する白色の模様が鞘の脳天にあるのですぐわかります。

 カステル萬年筆・・・これは木鉛筆で有名なA.W.フェーバー社の製品で金ペンの種類が16種(EFH,EFN,EFW,EFS,FH,FN,FW,MN,MW,B,BB,ML,BL,BBL,FK,D)あり、定価は15マルクから22.5マルク。モンブランに比べると価格差が少ない。

 ゾンネッケン萬年筆・・・定価12マルク前後を中心としてあります。日本でも40年前(1800年代最後)には相当売れた万年筆ですが、今では名前を知る人もないくらいです。ちなみにランブロー本によれば、1890年のカタログには150種類のアイテムが掲載され、その中心は独逸で最初の萬年筆だったとか!

 なおインキは断然ペリカンインキが圧倒していたらしい。


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2008年05月22日

解説【萬年筆と科學】 その79 フランス・ベルギーの萬年筆業界

 その79の1回目は、フランスとベルギーの萬年筆事情。両国には熱烈なPilotファンの代理店があり、その縁で訪問したと思われる。

 拙者はまったく誤解して、渡部氏の外遊を船旅と考えていた。しかし今回【6月10日に飛行機でロンドンを発ちパリに着き、古風なエドワーズ七世ホテルに宿をとりました】と書いてあるのを見つけた!

 日本から米国への旅が飛行機であったかどうかはわからないが、少なくとも英国からフランスへの旅は、飛行機であったようじゃな!

 パリにはダンヒルの支店があり、そこにはパイロット贔屓のコート氏が支店長をしていたとか。渡部氏にとってはコート氏とは7年ぶりの再会であった!

 ダンヒルのルードラペー街の小売部を訪問すると、驚くほどのパイロットの進出ぶりに渡部氏は目頭が熱くなるのを覚えたとか。そして、そうした誇らしげな場面に出会う毎に【良い萬年筆を作らねばならぬ、魂を打ち込んで作らねばならぬという考えが腹の底からこみ上げてきます】。これが技術者魂じゃ。

 当時のパリには文具店308店、筆記用インキ業者が16軒、萬年筆専門業者47軒あった。しかし、萬年筆はほとんどが米国製または英国製(カナダ製)であり、萬年筆生産国としては問題にするに値しないとの評価を下した。

 当時パリで販売されていた萬年筆のブランドは、Bayard(仏)、Edacoto(仏)、Unic(仏)、そしてジフ・ウォーターマン萬年筆があった。長年疑問に思っていたのだが、このジフ・ウォーターマンというのは、ダンヒル・ナミキと同じように、ジフ商会がウォーターマンの代理店をやっているからだとか。

 なを渡部氏がジフ・ウォーターマン製萬年筆の販売現場でおもしろい物をみつけている。曰く【定価50フランの萬年筆とは別に、インキを入れた硝子筒が10個入り一缶で3.75フラン。萬年筆のインキを使い終わると新しい硝子筒といれかえてやる仕掛けの物です】とある。いわゆるカートリッジであるが、この時、渡部氏はとおり一遍の反応しかしていない。

 5万円の萬年筆に対して、10本入りカートリッジが3,750円するようなものだから、高くて日本では売れないな・・・と考えたのかもしれない。

 それから5日後の6月15日には渡部氏はベルギーの首都ブラッセルに到着!ここでも大のパイロットファンのナショナル・パブリシティ商会の若旦那サンスキー氏と会っている。

 この店ではダンヒル・ナミキを大々的に展示しており、パーカーウォーターマンはショーウィンドウの隅っこに並べられていたとかで、さらに気を良くした様子がわかる。渡部氏もわかりやすい性格のようじゃ。

 ベルギーで販売されていた萬年筆には以下のようなものがあった。

 Belmondo萬年筆:英国製安物。軸はガラリス製(日本の安物萬年筆用)

 Helios萬年筆:独逸製安物。軸はガラリス製。製造は独逸のOsmia萬年筆

 Regency萬年筆:軸はガラリス製。これもOsmiaによる製造

 Osmia萬年筆:高価モデルは黒セルロイド軸。Osmia社は元々Parkerが独逸に工場を建てて進出をはかったものの、独逸の国策で米国資本では工場経営が禁止されたので、やむなく独逸人の経営になおしたといういわく付きの萬年筆工場で、HeliosやRegencyではインク吸入機構もパーカーそっくりのスタッドフィラーになっていたとか・・・

 Pelikan萬年筆:ペン先バリエーションにEF,F,M,B,BB,O,OB,OBB,K,Dの10種類あった。

 その他ParkerやWaterman、Eversharpなどもあったが、全てカナダ製だったとか。ただしチルトン萬年筆だけは米国製が売られていた・・・よくわからんな

 欧州における萬年筆の相場は、日本の5倍、インキは2倍というところらしい。






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2008年05月15日

解説【萬年筆と科學】 その78 Stephens工場と英国Parker

 その78の3回目は、ステフェンスのインク工場と英国パーカーの調査報告、ならびに、これまで得た情報をまとめて、当時の世界の筆記具統計じゃ。特に後者は非常に重要な資料。今と違って各種調査会社が無い時代に独力で調べ上げたものだけに、その重要性は比べるべくもない。

 当時のステフェンスインクは日本でも相当有名であったらしい。当時のステファンスのポスターなどには何度かお目にかかったことはあるが、実物も、インク瓶も見た事はない。

 本社はロンドン、インク工場もロンドン、リーズ、グラスゴー、バーミンガム、マンチェスターの5箇所にあり、さらには、オーストラリアとニュージーランドにも製造会社を持っていたらしい。

 渡部氏によれば、ステフェンスインクは世界最古のインキ工場として有名で、1832年ヘンリー・ステフェンスが操業したとある。インキ自体はそれ以前にも作られていたような気もするので、萬年筆用インキのことかもしれない。もちろんウォーターマン以前の萬年筆用ということだが・・・

 1938年の時点では、ペリカンと同じく、萬年筆用インキだけではなくゴム糊やタイプライターリボン、カーボンペーパーなども作り、1935年からは萬年筆も製作も始めたらしい。このあたりは1930年ペリカンの萬年筆発売に刺激を受けたのかも知れない。非常に似た会社であったと思われる。同じ欧州にあり、ドイツと英国と言うことで、ライバル心も強かったであろう。

 ただし、インキ製造に関してはペリカンを圧倒しており、米国のカーターインキであってもステフェンスに比べると三分の一の規模でしかなかったとか。まさに世界一古く、世界一大きいインキ製造会社であった!正し、萬年筆は幼稚で問題にするに値しなかったとか・・・


 パーカーの英国会社であるが、創業当時は米国の親会社から萬年筆やペンシルを輸入販売していた。しかし英国での国産品愛用運動が盛んになるに従って、輸入品では商売が出来なくなったので、カナダに工場を作ったらしい。Made in Canadaというのは英国にとっては国産品の位置づけであったとか・・・

 カナダは女王陛下の国であるから英国連邦とはいえ、1931年 
ウエストミンスター憲章により、英国議会がカナダの自治権を法的に保障(実質的独立) しているはず。そこで作ったインクが国産品とはこじつけのような気もするが・・・

 ところで、英国のパーカーの役員構成を調べていた渡部氏がおもしろいことを発見した。1923年にパーカーがビッグレッドを発売した時に、セールスマンから一躍支配人に抜擢されたゾコラ君が、英国パーカーの重役の3人の一人に名を連ねていた!常務取締役だった。実質的にはトップと言って良かろう。

 当時の英国パーカーの施策がことごとく成功していたこと、将来パーカーが英国に本社を移したこと・・・を含めて考えると、ゾコラ君は個人の才能のみならず、後輩を育成する能力にも秀でていたと考えられる。

 それにしてもゾコラ君について書くときの渡部氏はまるでアイドルを人込みで見つけた人のよう・・・かなりゾコラ君にあこがれていたか、そういう人材を欲していたかであろう。萬年筆屋物語を読む限りでは、渡部氏は何でも自分でやらないと気が済まない人のようであった。しかし、一方でゾコラ君のような人が自分の下に現れてくれることを期待していた面もあったのかもしれない。

2008-05-15 01 左は当時の英国連邦の萬年筆、ペンシル、インキの製造量の想定、米英のそれぞれの生産量、日本や独逸を含む世界の萬年筆製造数、その輸出割合、インキやペンシルの国別生産数、世界全体の統計を一表にまとめたものじゃ。

 驚いたことに、当時の日本は独逸よりも萬年筆製造本数は多かった!

 もし現在の世界統計があれば比較してみたい!製造本数は中国が圧倒しているはずじゃな・・・






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2008年05月09日

【電通報】

2008-05-09 01 先日Googleで色々と検索していたら、この【電通報】がひっかかった。

 どうしても読みたくて、電通のCC局からこの新聞を送っていただいた。

 どういうタイミングで発行されている新聞かはわからないが、購読料は年間6615円(送料・消費税込)とのことである。

 この【電通報】の最終頁にあるものが掲載されていた・・・ 

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2008年05月08日

解説【萬年筆と科學】 その78 ConwayとMentmoreの萬年筆工場 

2008-05-08 01スワンオノトを上級萬年筆とするならば、今回訪問したコンウエーステワート(原文に忠実に表現)やメントモアの萬年筆は中流萬年筆との位置づけ。

 同じ中流萬年筆といっても渡部氏の評価は大きく異なっている。コンウエーステワートに批判的であり、メントモアにはずいぶんと好意的じゃ。

 当時のロンドン市内を歩いていると、いたるところの小売店にコンウエーステワート社製の萬年筆を陳列してあった。そして同じ会社の萬年筆でありながら、数多くの商品ラインナップを持っていたらしい。

1:Conway Stewart 萬年筆(高価品)・・・10シリング6ペンス〜25シリング
2:Duro萬年筆・・・・・・・・・・・・・ 5シリング6ペンス〜21シリング
3:Dandy萬年筆 ・・・・・・・・・・・・ 7シリング6ペンス〜10シリング6ペンス
4:Conway萬年筆・・・・・・・・・・・・ 5シリング6ペンス〜8シリング6ペンス
5:Dinkie萬年筆・・・・・・・・・・・・ 5シリング6ペンス〜7シリング6ペンス
6:Universal萬年筆 ・・・・・・・・・・ 5シリング6ペンス
7:International萬年筆 ・・・・・・・・  4シリング
8:Scribe萬年筆・・・・・・・・・・・・ 2シリング9ペンス〜3シリング3ペンス

 それにしても中途半端な価格・・・1シリングは12ペンスだったかな?

 それほど規模の大きくない会社で、なんと8種類もの製品ラインを持っていた!


 渡部氏の表現を借りれば

 【・・・といった風に勝手放題な名をつけて出しており、販売上の節操だとか確たる方針なんかあったものではありません・・・

 だとか、

 【以上の如く実に複雑多様な商品を作っており、それらが雑然とウィンドーに並べてある店を英国の各都市でよく見かけました。私どもにさえ何が何だかわかりかねるくらいで、これで製造元が1つだとはあきれるほかはありません

 【こうしたやり口では新聞広告にしろその他の宣伝にしろ、不利不便この上ないわけですが、そんなこと一向に無頓着のようです。英国外では見られぬことです

 と、半ばあきれ気味!

 工場の大きさは、四階建てで、総延坪数は840坪もあるが、3割ほどだけを自社で使用し残りはは貸工場にしていたらしい。

 生産能力は萬年筆が38,000本/月、ペンシルが4,000本/月というところであったとか・・・

 1937年の配当は13%ということで、相当優秀な成績であったと感心している。


2008-05-08 02 メントモアは中流萬年筆としてコンウエーステワートに次ぐ存在であったらしい。この会社はコンウエーステワートと違って、1つの確たる営業方針を堅持しており、その主義主張で押し通していた。この点を渡部氏は非常に評価している。

 その方針とは・・・

 【元来ペンを使う人の90%は、スタブ型の鉄ペンを好む物である。その他の鉄ペンは特別な用途と特殊な趣味性を満足されるにすぎない

 【鉄ペンのスタブ型とは金ペンにおけるリリーフ型のことである。当社製の萬年筆をリリーフと名付け、リリーフ型の金ペンに主力を注ぐ

 というもの。これに対して渡部氏は【この主張には一理も二理もある
】と賛同している。

 渡部氏は米国のホテルに常備してある鉄ペンを見て、それらが全てスタブ型だったことを記憶しており、ロンドンでも鉄ペンといえばほとんどがスタブ型である事を知って、彼らに同調していたのじゃ。

 ペン先は細字、中字、太字があったが全てスタブ!徹底している。ただし渡部氏の評価によれば、軸の格好は実に不格好とのこと・・・拙者はこの時代のMentmoreは大好きなので、ちっとも不格好とは思わないが、この時代の流行ではなかったのであろうな。

 この章の収穫は、Platignum【プラチグナム】というのが、メントモアの安物ブランドだとわかったこと。海外オークションでプラチナの萬年筆を捜していた時、この名前を発見して、いかなる理由で【g】が入ったのかと疑問に思っていたのじゃ・・・まさか【グー!】ではあるまいしな・・・。ああ、すっきりした!

 メントモアの工場は三階建て、延坪675坪であった。貸している部分も一部あるらしい。生産力は萬年筆25,000本/月、ペンシルは3000本/月

 このMentmore萬年筆のペン先には非常に柔らかい物がある。大好きで一時買いまくっていたことがあるが、軸が貧弱でどうしても愛着が持てず、いつのまにか一本も無くなってしまった。また入手しようかな・・・安いので。



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2008年05月01日

解説【萬年筆と科學】 その78  オノト 萬年筆工場

2008-05-01 01 1937年の5月23日に一行はオノトの萬年筆工場の調査に赴いた。当時の日本ではオノト萬年筆は相当有名で、英国でもスワンと並び称されている一流萬年筆であった。制作しているのはトーマス・デ・ラ・ルー社。この会社は現在でも存続している。ただし萬年筆の製造はしていない。

 訪問して一行が驚いたのは、その大きさ!その時の渡部氏の表現をそのまま記載すると・・・

 【これは堂々たる大工場です。真正面の煙突のでかいこと、直径四尺は優にあります。煙突には”STAR WORKS"と大きく商標が書いてあります。五階建ての煉瓦造り、第284図の如き構えです。建坪448坪、延坪2,240坪ですから相当なものです。ところがこの工場の外に1,000坪前後の工場が近所に3つもあり、全てデ・ラ・ルーの表札が出ており、合計では5,000坪以上の延坪があります】

 いくらなんでも萬年筆工場としては大きすぎると考えた一行は、道ばたで工事中のガス職人3人に、たばこをすすめて情報を聞き出した。なんとダンヒルの薫り高きシガレットをあげたようじゃ。ガス職人は大喜びで質問に答えてくれたとか。その話しを要約して、渡部氏の言葉にすると・・・

 【この会社を単に萬年筆製造会社と思うと大間違いでありまして、むしろ本業は印刷なのです。萬年筆および文具はの方は副業としてやっているのにすぎません。従業員3,000人、日本で言えば凸版印刷という格に当たります】

 【営業科目は公債証書、手形、小切手類、紙幣、切手、印紙などの印刷、トランプ札製作、麻雀やチェス等の室内遊戯具、電気絶縁用テープ、プラスティック、シンセチックレジン、および高級文具といった風に頗る広範囲にわたった仕事をしている会社です】

 現在でもデ・ラ・ルー社はお札の印刷として有名。当時から事業内容が変わらないのは脅威じゃな。それにしても英国で麻雀牌が作られていたというのはビックリ!

 高級文具関連では、オノト萬年筆、デラルー萬年筆、オノトペンシル、デスクセット、オノトインクを作っていたらしい。そういえばオノトが作ったインク瓶を収容するインクコンテナを持
っていたが、底には”ONOTO”の刻印があったなぁ。

 渡部氏が推測したオノトの生産力じゃ萬年筆19,000本/月、ペンシル2,000本、インキ8,000ダースという程度で大した量ではない。

 商品は真空式が主体だったがレバー式もあった。真空式は10円70銭以下の萬年筆はなく、最高は43円くらいまであったらしい。【実に高価な萬年筆】と書かれているので、円表示の1万倍程度と考えれば良いのかも知れない。

 レバー式はオノト萬年筆と呼ばないで、デラルー萬年筆と呼ばれた安価品だが、それでも最低が4円70銭、最高が13円70銭で、スワンのブラックバードに比して平均で2円ほど高価であったらしい。

 オノトインキのはブルーブラック、ブラック、ブルー、レッド、グリーン、バイオレット、ブラウンの七種類があり、全てネジ栓だったとか。先ほど述べたベークライト製の旅行用インクコンテナ1円30銭で売っていったらしい。

 この値段から考えると、さきほど拙者がのべた、当時と現在の円の価値の差は1万倍もはない・・・5000倍以下であろう。




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2008年04月24日

解説【萬年筆と科學】 その77 Swanの萬年筆工場

2008-04-24 01 渡部、和田の両氏は米国視察を終えて、5月10日にはロンドンに到着した。ここから英国の萬年筆工場の調査に入ったわけじゃ。

 最初はスワン萬年筆。当時日本にもスワン萬年筆があったが、英国のスワンとは何の関係もなかった。そこで英国のスワンを本スワンと呼んで区別していたらしい。

 英国のスワンはブランド名で、会社はMabie Todd & Co.,Ltd。和田氏は正確にメービー・トッド社と書いているが、通称ではマビー・トッドと国内では呼ばれていたふしもある。

 スワン萬年筆は生粋の英国生まれと渡部氏も考えていたようだが、実は米国生まれであった。1843年にニューヨークに設立されたメービー・トッドしゃが設立され、後の1880年にロンドンに支店が設けられたが
、ロンドンの方が興隆して本店を移したのだとか。後のParkerのような経緯となっていたのだな・・・

 当時のメービー・トッド社のブランドは、萬年筆がスワンとブラックバード、ペンシルがファインポイント、インキがスワンというものだった。

 ロンドンにある本工場は、敷地面積が984坪、全てが平屋の工場の坪数は448坪。すなわちパイロットの大塚工場の半分しかなかった。

 従業員は150人ほどで、非常に旧式な工場に見えたらしい。その他にもロンドンのインク工場、やリバプールにも萬年筆工場があったらしいが、時間の都合が付かず行けなかったらしい。

 信用調査の結果によれば、三工場の萬年筆生産量は月産62,000本、ペンシルは月産3,000本、インキは月産25,000ダースというところで、
当時最大手のパーカーの25%程度の生産量。

 渡部氏がメービー・トッド社に好感を持っているのは、創業以来90年以上、萬年筆、ペンシル、インキのビジネス一筋でやってきたことのようじゃ。


 ここまで各社の比較記事を読み進めてきて、この旅行中に渡部氏の中で大きな心の変化があったのではないかと感じた。

 萬年筆工場が旧式だとか、生産本数がどうだとか、規模が、売り上げが、資産が・・・という評価はしているが、製品の出来はどうか、書き味はどうか・・・というような事は一切語られていない。

 すなわち、技術者から経営者へ変わってしまっているのじゃ。萬年筆会社の評価は経営数字や生産本数ではなく、出来上がった萬年筆の書き味で語ってくれたらもっとおもしろかったのにな・・・


過去の【萬年筆と科學】に関する解説

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2008年04月17日

解説【萬年筆と科學】 その76 Watermanの萬年筆工場

2008-04-17 01 今回はウォーターマンの工場の視察。文章を読むと渡部氏の精神が非常に高揚しているのがわかる。ずっと目標にしてきた会社の主要工場ということで、いよいよやって来たぞ!と意気込んでいたのであろう。甲子園に初出場した野球部の監督の心境かも知れない。

 【車がウォーターマンの工場の前に止まった時には、さすがに胸のおどる思いがしました】・・・この一言が渡部氏の心境をうまく良い表している。

 左上の写真は、工場を飛行機から見た姿、下は正面の道路を隔てて見た姿で、下の手書き図面は構内配置図じゃ。

 それにしても驚くほど大きな工場じゃな。ここは工場だけで、本社機能はニューヨークにあったとか。ちなみに、この工場はニューヨークから30キロほど離れていた。所在地はニューーク


2008-04-17 02 この見取り図によれば、敷地面積は5,940坪、工場建坪1,161坪、ボイラー室建坪162坪で、建坪合計1,322坪。そして延坪数では、工場(五階建て)5,805坪ある。パイロット工場の総延坪数の4倍

 渡部、和田の両氏は、工場の表玄関の受付にいって、工場見学したいと申し出たが、本社の許可が無ければ見せられないとキッパリと断られたらしい。何社も調査していたので、度胸がすわり、正面突破をこころみたらしいが、両氏の予想どおりの反応しか返ってこなかったようじゃ。

 当時のウォーターマン社の子会社の一つに、Ailin-lambert Co., Inc. があったと書かれている。通称:エイキンランバートというのは、てっきり萬年筆製造会社だと思っていたが、1889年創立、1906年にウォーターマン社に合併された会社で、この時点では販売会社であり、製造には関係せず、商品はウォーターマン社から供給されていたらしい。ブランドとして残っていたかどうかは不明だが、Ailin-lambert
の萬年筆は使ったことがないこともあり、急に興味が湧いてきた。

2008-04-17 032008-04-17 04 左はこの当時の米国における各社の状況をまとめたものである。非常に貴重な資料!

 現在では、項目名は左側と上側に記述するが、この表では右側と上側に項目名があるので、非常に見にくい。

 当時の米国での総生産本数は1,600万本程度で、日本の約4倍。

 考えていたよりも日本の生産本数が多いような気がする。あるいは、渡部氏が想定した、【無名萬年筆メーカーの製造本数が全体の40%】がもう少し多いのではないかな?

 それにしてもこの時点で、パーカーがウォーターマンの製造本数を超えていたのは、渡部氏にとってもショックだったようだ。

 それから70年経過して、この表ではParker、Waterman、Sheafferしか存続しておらず、さらにParkerとWatermanが同じ資本、SheafferはBic傘下
。独自資本で経営されているのは、実はパイロットだったりする。そのパイロットも企業防衛策をとることがHPに掲載されている。社長メッセージとして。ガンバレ!パイロット!と応援したくなる。なんせこのところ業績はすごく良いからな・・・

  
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2008年04月03日

解説【萬年筆と科學】 その75 Conklinの萬年筆工場

 今回はコンクリンConklin)とムーアMoore)の見学紀じゃ。ムーアについてはライバルとも思ってなかったようで、たまたま電話帳で見つけて訪問した程度。本命はコンクリンであった。ただあまり大した内容ではなかったのか、本文の内容はお笑い話に近い。

 コンクリンの工場はオハイオ州のトレド市東ウッドラフ街(E.Woodruff Ave.)にあった。フォードの自動車工場で有名なデトロイト市の南方約400里・・・エリー湖の西隅に位置する人口35万人の町。

 1937年4月にフォードの工場を見学したあと、その足で2.5時間ほどハイヤーを走らせてコンクリンの工場に行ったらしい。

 途中でお昼になったので、田舎町のレストランでランチをとったが、チーズ臭くて参った・・・というような話しが記載されている。いかに工場見学で見るべき物がなかったかが想像される。

 タクシーに2.5時間も乗っていたので、運転手とは話しがはずんだらしい。

 【ゼントルメンはハッケーを知っていますか?】と聞かれてなんの事かわからなかったが、質問しているうちに【ホッケー】だとわかった・・・

 米国人は【O】を妙に鼻にかかて発音する癖があり、綿を【カットン】、角を【カーナー】、在庫品を【スタック】などとまくし立てられるのでまごついたとか・・・運転手と在庫の話までしたのかな? フォードの工場で聞いた話と混同しているのでは?

 トレド市のどこにいくのかという話しになり、【コンクリン社】と何度言っても通じないので、【Conklin】と書いて見せたら【オー、カンクリン!】という落ちまでつけている。【それにしても、なんて勘の悪い奴だ、コンクリンでもカンクリンでもわかりそうなものだ】というふうに結んでいる。

2008-04-03 渡部氏、和田氏は、コンクリンはれっきとした独立工場を持っていると考えていたが、実際には巨大な4階建の貸工場の2階の一角だけだった。

 事務所20坪、工場272坪というこぢんまりしたスペース。当時のパイロットの工場の四分の一程度だったらしい。

 従業員は150名、萬年筆生産本数30,000本/月、ペンシル生産本数2,000本/月程度との予想。

 事務所では販売もしていたらしく、2〜3本購入しながら出来映え等を精査したようじゃ。

 両氏は米国到着以来、各地の萬年筆店での陳列を見て、コンクリンの製品がいかにも田舎くさく見えて仕方なかったらしいが、工場見学してみて、なおいっそうその感を強く持ったらしい。

 既に日本市場からは姿を消していたらしいが、両氏の評価は【二流品】ということだった。なを上海では永安公司の力もあってかなりConklinが売れていたらしい。

 当時のコンクリンの商標としては

Conklin 【コンクリン】 創業者の名前にちなんだもの
Endura 【エンデュラ】 Endurance(耐久性)を意味する
No-Zac 【ノウザック】 No Sac  真空式ポンプでサック無し
Ottawa 【オツタワ】  別ブランドの安物萬年筆


を持っていたらしい。

 直近減資してはいるが、ウォール社のような苦境には無く、極めて健全な会社であったらしい。


 なをムーアの工場も見学しているが、こちらも貸工場で総面積170坪、従業員75名、萬年筆生産本数 6,300本/月、ペンシル生産本数 400本/月程度の弱小メーカーだった。

 和田氏が中国語が堪能なので、2人は中国人(志那人)に化けてカタログをくれとか、色軸を見せてくれとか言いながら探ったようじゃ。作業台の上に不良品が山のように積まれていて、これが日本で有名なムーアか!ともの悲しくなったとか。

 ムーアは1933年に莫大な損失を出したが、その後業績は立ち直り、1936年には5,000ドルの黒字化は達成したようじゃ。



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2008年03月27日

解説【萬年筆と科學】 その74 Warlの萬年筆工場

2008-03-27 022008-03-27 01 シェーファーパーカーに続いて三社目の工場調査はウォールじゃ。

 左側の写真は、渡部、和田の両氏が訪問した20年近く前の写真らしい。右の図が歩測を元に書き上げた地図。ほとんどワンブロックほどもある大きな工場!


 敷地面積:1,332坪
 建坪  :1,161坪
 床面積 :5,805

 パーカーの床面積:2,300坪、シェーファーの床面積:3,400坪と比べると断然広い!ちなみに場所は【米国イリノイ州シカゴ市ロスコー街1800番地】、まあ都市型工場といえよう。

 これほど大きな工場を見せつけられても、渡部氏はまったく脅威に感じていない。訪問したのが日曜日で、工場に人の影が見あたらない事もあるが、建物自体が病んでいたからじゃ。

 工場の裏口の所には【Go On Strike!ストライキをやれ!】と落書きがあり、窓ガラスは汚れ放題、煉瓦は所々剥がれ落ち、錆びた鉄管がだらしなく窓の外に垂れ下がっていたり、工場の中を覗き込んでも何一つ機械らしいものがあるでなし・・・まるで空屋同然・化け物屋敷の風情だったとか。

 当時の米国では【座り込みストライキ】が全土で流行していたこともあり、ここそこで荒れた風景がみられたとはいえ、あまりに陰惨な光景に驚いたようじゃ。

 それもそのはず、当時のウォール社の業績は赤字続き・・・

 1934年度:$1,126,060の赤字
 1935年度:$1,013,046の赤字
 1936年度:$921,599の赤字

 当時の貨幣価値から考えれば莫大な赤字額!

 ウォール社の生い立ちは、パーカーやシェーファーとは異なっており、元々はウォール計算機という会社であった。設立は1905年で、1911年には同業の計算機会社2社を合併した。

 そして1913年頃からは当時ペンシルを製造していたEversharpの事業に関係し始め、1915年末には株式の51%を獲得した。

 1916年からは萬年筆の製造に手を染め、1917年にはEversharp社を完全に手中に収め、社名も【The Warl Adding machine Co.から【The Warl Co.】に変更した。さらに1920年には計算機事業を【Remington Typewriter Co.】に譲渡している。それ以降は萬年筆とペンシルに専念したわけじゃ。

 渡部氏が訪問したのが1937年であるから、この工場が建ったのが1920年頃。すなわちウォールが最も華々しい時代が工場建設時。おそらくは計算機事業の売却益で工場建設をしたのであろう。

 当時のウォールの会社運営は、驚くことに執行役と重役会機能が、きちんと分かれていた。

 執行役社長は39才で、前身はE.I.Dupont de Nemours & Co.に勤めていた。7年前に入社したらしい。第一副社長も中途入社、第二副社長と秘書兼監査役は長年勤務していた。

 ちなみに、重役会の長(CEO)は社外の人。ボードメンバー9人のうち、6人が社外の人で、社長、第一副社長、秘書兼監査役だけがウォール社。現在の日本でも上場企業では数えるほどしかないはず。

 ボードメンバーに締める社外取締役の比率を除けば、現在の日本でも普通の経営スタイルだが、当時の渡部氏にとっては【業界経験の浅い人々が会社をもてあそんでいる】というようにみえ、強い義憤を感じている・・・

 入社から7年目で社長になったCarl W. Priesingについても、【仕事を転々としたあげく抜擢された若造で、どうも信用がならん】と評価している。

 今の日本がまさに、こういう時代。社員や社業を大切にするプロパー経営陣が良いのか、M&Aやリストラを株主の為に即断即決でやる経営陣がよいのかが試されるのではないかな?

 よい製品を作るには前者、株価を守ってくれるのは後者。遺言で株を持つことを禁止されている拙者にとっては前者が良いな・・・




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2008年03月20日

解説【萬年筆と科學】 その73 Parkerの工場

2008-03-20 01 前回のSheafferの本社・工場の調査に続いて、今回はParkerの本社・工場の調査。読み進めていくと、渡部氏と和田氏は、製造工場の設備だけを重視して調査したのではないことがわかる。

 かなりページを割いているのが経営分析。当時は損益計算書(P/L)分析手法が確立していなかったのか、P/L分析は一切されていない。あくまでも貸借対照表(B/S)の分析じゃ。

 驚くことに、当時のParkerは既に持株会社(Holding Company)となっており、傘下に米国とカナダに製造会社、カリフォルニアとロンドンに販売会社があったとか。

2008-03-20 02 持株会社の本社と製造工場は、ウイスコンシン州Janesvilleにあった。シカゴから汽車で三時間のところ。現在とは列車のスピードが違うので、かなりシカゴと近いのであろう。人口は26,000人ほどの小都市。

 この本社・工場は、敷地面積723坪。A工場(工場兼事務所)は六階建てで建坪289坪、延面積1,734坪。B工場(増築工場:二階建て)は建坪209坪、延面積418坪。パーカー倶楽部:福利厚生施設は三階建てで建坪50坪、延面積150坪

 いずれにせよ、敷地いっぱいに建てられており、これ以上の増築は困難な状態じゃ。それもあってカナダに製造工場をたてたのであろう。

 薄い記憶を辿れば、Parkerヴァキュマティック・マキシマカナダ・パーカーの製品だったような・・・

 この敷地内にいる従業員は工場労働者:800人、営業・事務:400人の大所帯で、生産力は萬年筆が250,000本/月ペンシルが25,000本/月インクが50,000ダースほどと想定している。当時としては世界一の生産力を持った工場だったらしい。

 それにしても社員の福利厚生施設(あるいは食堂もはいっているか?)が堂々としているのにビックリ。以前紹介したPelikanの社史でも、社員を非常に大切にしていた状況がうかがえた。

 たとえ株式会社であっても、株主よりも社員を重視していたのが、創業者社長の時代。そういえばトーマス・ワトソン(IBM創業者)は【個人を尊重し、サービスを重視し、何事においても最高を追及せよ】と言った。最初に【個人の尊重】があった。ここでいう個人とは社員のこと。すなわち社員が一番大切だと言っていたわけじゃ。

 日本でもオーナー企業ではこの風潮が強い。創業者は社員のありがたさを知っている。それが企業が大きくなり、サラリーマン社長になっていくにつれて創業時の精神が失われて企業は荒れていく。

 これは社員にも言えることで、創業時の社員は会社のために身を粉にして働くが、会社が大きくなってから入社した社員は、会社に対して不満しか持たなくなってしまう。

 【企業は経営者の器量以上に大きくなると破綻する】と言われている。それもあって、持株会社と事業会社にわけて、個々の経営者の器量にあった会社経営をすべきなのじゃ。Parkerの創立者のG.S.Parkerはそのことを知っていたのかも知れない・・・

 当時のParkerの販売ラインとしてはヴァキュマティック(Vacumatic)の萬年筆とペンシル、デュオフォールド(Duofold)の萬年筆とペンシル、チャレンジャー(Challenger)の萬年筆とペンシル、パルケット(Parkette)の萬年筆とペンシル。そしてデスクセットクインク(インク)だった。

 そして営業利益は1934年:39万弗、1935年:45万弗、1936年:62万弗とうなぎ登りになっている。

 経営上の特色は生産設備の最新化を常に図っているとみられること。固定資産総額が137万弗であるに対して、減価償却費が62万弗もあるのじゃ。

 このことは、Parker成功の2大要素の一つを証明している。二大要素とは以下の二つ。

1:莫大な広告費を使ってParker神話を作ったこと
2:作業改善に惜しげもなく金をかけたこと

この二番目を証明しているのが、多額の減価償却費の計上。法定償却期間の前であっても最新設備に変えて、社員一人当たりの生産性を上げたかったのであろう。社員を幸福にするには、それが一番だからな。もちろん、莫大な市場がさらに膨張しているという環境下での事だが・・・

 売上高ではもちろんWatermanには及ばなかったであろうが、前回紹介したSheafferよりも大きなシェアを獲得しており、経営状態もさらに良いようじゃ。

 Sheafferの工場との最も大きな違いは、鉄道の引き込み線が無いこと。Parkerでは当時からトラック輸送を前提としていたのは明らか。図の右より中央にある部分よりトラックを入れ、荷積みして各地に走り出して行ったのであろう。

 Sheaffer方式だと、基幹駅に運び込むまでは安いが、そこでトラックに積み替えて配送することになる。Parkerでは、その時間を短縮してでも販売店に品物を届けたかったのであろう。どこまでも顧客重視の会社であった。

 その気持ちを今も持ち続けてくれていればありがたいのだが・・


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