今回の調整依頼はMontblanc No.74のクーゲルニブ付き。KMくらいの太さじゃ。ただしスリットはガチガチにつまっているので、このままではインクがほとんど出ない。書いていてちっとも気持ちよくない状態・・・・それにしてもNo.74の姿は美しい。拙者は黒軸に金キャップというのが非常に好きなのでしばしうっとり・・・
こちらがクーゲルニブを横から見た画像。イリジウムがペン先の金の部分から下にほとんど出ておらず、反対に金より上に醜く盛り上がっている。けっこうもてはやされているニブじゃが拙者はこの横から見た時の形状が好きではない。ツッパリのリーゼントのよう・・・せめてオールバックくらいであって欲しい。
この画像からはわからないが、イリジウムを取り付けてある根本からハート穴側に金を薄く抉り取ってある。キシャゲでひと擦りしたように抉られかたじゃ。これがクーゲルが柔らかいと勘違いされる理由かもしれない。クーゲルでなくても60年代のMontblancのニブはいかようにでも調整可能ですぞ。
このイリジウムの形状だと依頼人の筆記角度と違うので、かなり斜めに削り取ることになる。最初は耐水ペーパーの280番、次に1200番、次に2000番、次に5000番で形を整え、金磨き布での8の字旋回100回を角度を変えて12回繰り返す。その後で仕上げじゃ。60年代 Montblancはラッピングフィルムで仕上げをしてもインクがスキップしないのでありがたい。 ところで、このNo.74はハイブリッド。キャップには左のようにNo.84との刻印がある。No.84は全体が金貼りでNo.74の上位モデルじゃが、キャップに限れば設計も素材もまったく同じ。キャップの番号が違うだけ。刻印さえ入れなければ部品の共通化が図れたのにな・・・
分解するまで気付かなかったがニブもNo.74のニブではなくNo.24用のニブ。No.74のニブは18金でNo.24のニブは14金。ただし万年筆の素材としては14金の方が優れているので、わざわざNo.74のボディにNo.24のニブを取り付ける人もいるが、これがまさにそれ!
クーゲルの調整は慣れているし、依頼人の書き癖も好みも熟知しているので調整自体は簡単じゃった。苦労したのはペン先のスリットを開く事。あまりに強くペン先が寄っており指に渾身の力を込めてもビクともしない。隙間ゲージを差し込んで広げようとしても素材の戻りが強いので、ほとんど効果が無い。このあたりが14金ペン先の逞しいところ。18金ペン先なら素材が変形しやすいので、少々力を入れれば【ほにゃらか】と曲がってくれるのじゃがな。
そこでお出ましになるのは1200番の耐水ペーパー。これでスリットの内側を擦って隙間を作る。さらにペン芯をそらせて、ペン先をセットした時に隙間が出来るようにする。そういう苦労の結果、写真のようにかすかなスリットを作ることが出来た。このスリットがあればインクはドロドロと出て、ヌラヌラとした書き味を堪能出来る。 左は調整後の画像じゃ。上から2番目の画像と比べて違いがわかるかな?紙に接する部分を大胆に削ってある。表で書けば太字程度の筆跡、ひっくり返して書けば中字程度の筆跡となる。いずれもインクが盛り上がるほどのインクフローが実現出来た。
クーゲルには独特の書き味がある。偏平足の足で【油をなみなみと塗った大理石の床】の上を滑っている感じ。ところどころで大理石の切れ目にあたり、ツルー・・・ゴツ・・・ツルー・・・ゴツ・・・ツルー・・・ゴツ・・・と反応がある。それを嬉々として楽しむのがクーゲルニブのお作法。ヌルヌルにしただけではクーゲルの魅力の半分も楽しめていないように思う。多少の当たりを残しておかないと書き味に飽きてしまう。調整後の試し書きの段階ではヌラヌラの方が相手を感動させられるが飽きるのも早い(Parker 51がその代表)。多少の筆記感があるほうが飽きない。今回は裏書きしてもクーゲルの書き味を楽しめるように調整してみた。
今回も 大成功 じゃと思う。
これまでの調整記事
2006-07-15 シェーファー ノスタルジア・バーメイル
2006-07-08 シェーファー ニュー・コノソアール
2006-07-01 アウロラ 88 オールブラック
万年筆は刃物! その1 【研ぐとは?】
万年筆は刃物! その2 【心構え】
万年筆は刃物! その3 【準備する工具類】
万年筆は刃物! その4 【インクフローの調整】
万年筆は刃物! その5 【書出し掠れの調整】
万年筆は刃物! その6 【引っ掛りの調整】
万年筆は刃物! その7 【ガタツキ、ズレの調整】
万年筆は刃物! その8 【書き味硬め調整の極意】
万年筆は刃物! その9 【書き味柔らかめの調整】
万年筆は刃物! その10 【ペン先曲がりの調整】