意気込みが空回りしているように思える【第一章】
【萬年筆と科學】は1926年1月号から『パイロット・タイムズ』に連載されたもので、パイロットの製作部長だった渡部旭氏が記事を執筆している。
1926年といえば、ペリカンはまだ万年筆の製造に着手していない時期。そのころ既に万年筆の工業化の指針を語り、日本人こそがすばらしい万年筆を作れることを説き、基幹産業にまで押し上げようとした心意気に感心じゃ。
川端康成の【雪国】の書出しにも負けない、迫力のある文【用うる限りの物、見る限りの物、それは神のみの造り給うた物でなく、人の力で完成されたものであります。即ち原料と労役との和の結果であり生産の歴史は天興の物質と人類のエネルギーとの和の物語りに外ありません】で始まる第一章は・・・・結局何が言いたいのか良くわからない。
非常に意気込んで書き出しているのだが、湧き出る想いのスピードの方が、渡部氏の書くスピードよりもはるかに速く、結果として話が飛びに飛んで、読むほうは翻弄されてしまう。
ただし、渡部氏の熱い想いは読者の心も熱くさせ、いっしょに万年筆を造っていきたい!という気にさせられてしまうから不思議じゃ。
【科學という舵を持たない萬年筆製造所は必ず難船の悲運に陥るに相違ない】として、あちこちから部品を集めて萬年筆を組み立て、それに自社の商標を貼って売り出す家内工業を批判している。
渡部氏が書いた言葉にはいにしえの製造業が陥った【自前偏重主義】の思想が見える。外注を嫌い、全ての部品まで内部で作ってしまおうというものじゃが結果として人件費が膨れ上がり生産性が下がって会社存亡の危機に遭遇した企業が多かった。その反省から下請け制度が発達したのが日本、専業メーカー化が進んだのが独逸じゃ。
実は現在では、ペン先製造をOEMに頼っている萬年筆ブランドがほとんどじゃ。ペリカンでも1929年に万年筆を売り出した時にはペン先はMontblancのOEMだったし、現在も独逸の大手ペン先製造メーカーに外注しているらしい。Montblancとモンテグラッパ社が同一のペン先製造メーカーに外注しているという噂もある。ペン先に関しては専業メーカーの方が圧倒的に低コストで作れるので万年筆業界全体としては【MakeからBuy】戦略が進んでいる。また独逸ではペン先製造メーカーの方が万年筆製造メーカーよりもはるかに大規模で、設備投資も出来る環境にあるらしい。製造個数だけで言えば、金ペンから鉄ペンまで、世界中のペン先の大半がドイツ製かもしれないですぞ。
自分でイリジウムを作らないで、どうしてちゃんとした萬年筆が造れようか!という思想が根底にあるパイロットは例外的な会社と言うべきじゃろう。
拙者はペン先外注は受け入れている。しかし、ペン芯まで外注してしまって良いものか?という気持ちは持っている。ペン芯が万年筆の命。ペン芯を外注している会社は【科學という舵を持たない萬年筆製造所】と呼ばれても仕方ないかもしれない。ペン芯はペン先との相性よりも首軸との相性の方が重要じゃから。首軸を作る会社がペン芯を製造しなければインクフローなんてコントロール出来ないと思うのだが・・・
【お客様のニーズを知るものが流通を支配する】という現代から考えれば、【良いものを造ってこそ製造業。万年筆の利用者も科學を勉強してちゃんと良い物を見分ける努力をすべきだ】との渡部氏の考え方は、ある意味ほほえましい。しかし製造業全盛期の製作部長の心意気は現在の日本の製造業が再度見直すべき【天の啓示】かもしれない。
こういう製造部長の下で【ものづくり】をやってみたかった・・・・
この第一章では渡部氏は科學ではなく情熱を語った。第三章くらいから本格的な科學話になりそうじゃ。お楽しみに!
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