万年筆の修理や改造を趣味にしていると、自分では買えない高価な品や、非常に珍しい素材の品や、めったに見る事が出来ないニブに遭遇することがある。
いくら萬年筆愛好家の集会【WAGNER】とは言え、人の万年筆を無遠慮に書き比べたりはしない。持ち主から【どうぞ使ってみてください】というお奨めがあって初めて、おそるおそる書かせていただくのじゃ。
その光景は、茶道に近い。キャップをそっと抜き、胴体の後ろに挿し、ペン先を四方八方から眺め、おもむろにルーペを取り出して凝視し、手に握って軽く紙に当て、おっ!とか小さな声をあげ、檸檬薔薇魑魅魍魎歯槽膿漏とか難しい文字を書き、最後にバランスや書き味やインクの色についての感想を述べ、キャップを嵌めてお返しする・・・ 拙者の場合、修理改造に持ち込まれたペンに対して、無言で工具を取り出し、あっというまにバラバラにすることが出来る。役得じゃ!すぐにバラバラに出来ない場合は、アルコールランプで沸かした熱湯に入れてボディを膨張させ、強引に引き離したりする。トンカチと五寸釘の先端を平たくしたもので、ペン芯を叩き出す事もある。すさまじい音響に所有者は震え上がる事になる。
通常、メーカーさんのやっているペンクリでは、持ち込まれる万年筆の数が尋常では無い。従って毎度分解調整していては時間が足りない。そこでペン先の研ぎを中心とした調整になっている。
WAGNERには通常のペンクリで直らなかった物が持ち込まれる事も多い。ほとんどの場合は調整戻りじゃ。調整終了した段階では完璧な状態だったが、ペン先の金の弾力によって、寄りが多少戻ってしまう状態。これを無くすには、調整に一ヶ月ほどかけて、何度も寄りを微修正することが必要。
WAGNERのペンクリを含めて、【ペンクリ】というのは対症療法の応急措置。後で戻りが出る可能性はある。そこで、出来るだけ戻りを少なくする為に、ペン先だけではなく、内臓から治療しようというのが拙者の調整じゃ。やりすぎて壊すこともあるので、【好きにしてい良い?ヒッヒッヒー・・・】と確認しておる。もし拙者の眼が爛々と輝いていたら、すぐにペンを取り戻した方が良いかも・・・ 今回の依頼品はMontblanc No.252のOBBB。No.252自体は小さな万年筆で拙者も大好きじゃ。この小さなボディにOBBBの傾斜超極太のペン先が付くと印象が一変する。
ペン先はソケットに組み込まれているが、このソケットはPelikanのM800のように手で捻れば外れるような代物ではない。ソケットの切れ目に専用工具を当てて捻る必要がある。通常はゴム板でペン先とペン芯を挟んで引っぱればよい。多少お湯でピストン運動を繰り返してからの方がスムーズに外れる。ソケットは胴体に残したままでも何の問題も無い。ただ前に使ったインクがソケットと胴体の間のネジ溝に附着している場合が多いので、Vintage物を入手した際には、一度分解掃除する事をお奨めする。 左の画像はニブを外した状態。あまりにインクが出ないとのことだったが、確かにペン先がガチガチに詰まっている。これではインクが紙に付く前に遮断されてしまう。毛細管現象を誘発するためにはイリジウムはピッタリと引っ付いている必要があると考えている人がいるが、そうではない。毛細管現象は途中のスリットが狭ければ先端が開いていても誘発されるので問題は無いのじゃ。
こちらが先端のスリットを拡げた画像。これくらいの幅が無いとインクは紙に付かない。またOBBBのような幅広イリジウムの場合は、最初に紙に付いたインクをイリジウムの接紙面に拡げ、筆記することによってインクを紙に引っぱる感覚じゃ。従って最初の紙当たりの時点でたっぷりとインクが紙に触れないと極太文字は書けない・・・すなわちスリット先端は毛細管現象が効くギリギリまで拡げておく方が良いと考えている。書いていると、紙に附着するインクによって、スリットを通じてインクを胴体から吸いだしている錯覚に陥る事がある。こういう状態がインクフロー最高なのじゃ!
これがニブをソケットに再装着した画像。刻印の【585】の【8】の部分がソケットの切れ目にのすぐ上にある状態にしておく。これでないと専用工具を差し込めない可能性があるので十分注意のこと。現状では専用工具無くてもスポスポ抜き差しできる状態であっても、将来インクが固まったりして抜けなくなる可能性もある。その際には専用工具に頼るしかない。そこまで見越して位置関係を正しくしておくのが、真のアマチュアじゃ。プロはいろんな道具と知識を持っているので、なんとでもなる。アマチュアは道具も知識も経験も少ないので、基本に忠実であらねばならぬのじゃ。
これがソケットを首軸にねじ込んだ画像。拙者の趣味は、この位置関係が好きじゃ。もっとペン先を前に出す人もいるが、設計上は【8】を切れ目のすぐ上までペン先をソケットに押し込まないとペン先とペン芯がしっかりと安定しないようになっている。ご注意を!
これまでの調整記事
2006-11-29 Montblanc No.149 ピストンガイド交換
2006-11-25 Montblanc No.149 ニブ塗分け
2006-11-22 Namiki Vanishing Point ペン先のロジウム鍍金
2006-11-18 Pelikan M910 トレド ペン先の三層鍍金
2006-11-15 Pelikan M800用 ペン先の三層鍍金
2006-11-11 カランダッシュ ボールペンの銀鍍金
2006-11-08 Montblanc No.149 ペン先裏のロジウム鍍金
2006-11-04 Montblanc No.149 O3B でも・・・
2006-11-01 Parker Duofold International XXB
2006-10-28 Montblanc 1970年代 No.146 ああ無残!
2006-10-25 Montblanc 1980年代前半 No.146 B
2006-10-21 Montblanc No.149 B 至高のペン先
2006-10-18 Sheaffer Snorkel 青/ 赤
2006-10-14 Senator President B
2006-10-11 プラチナ #3776 セルロイド 極太
2006-10-07 Conway Stewart Churchill IB
2006-10-04 OMAS パラゴン BB
2006-09-30 Montblanc No.254 OBB
2006-09-27 Montblanc Np.146 丸善120周年記念
2006-09-23 Montblanc No.149 BBB
2006-09-20 Pelikan 140 赤
2006-09-16 Sheaffer Crest 黒 & 赤
2006-09-14 Soennecken Pony
2006-09-13 Montblanc No.742-N
2006-09-09 Montblanc No.252
2006-09-07 Montblanc No.22 緑
2006-09-02 Montblanc No.744 OBBB
2006-08-31 Montblanc No.1465 高筆圧対応化
2006-08-30 Montblanc No.149 開高健モデル
2006-08-26 Montblanc No.644 グレイ縞
2006-08-23 Montblanc 1970年代 No.146
2006-08-19 Montblanc Monte Rosa
2006-08-16 Sheaffer Tuckaway
2006-08-10 Montblanc No.256 KOB
2006-08-05 Conway Stewart Floral
2006-07-29 Montblanc 1950年代 No.146
2006-07-22 Montblanc No.74改 Kugel
2006-07-15 シェーファー ノスタルジア・バーメイル
2006-07-08 シェーファー ニュー・コノソアール
2006-07-01 アウロラ 88 オールブラック