今回の調整依頼はMontblancの限定品デュマ。ヘミングウェイの二番煎じを狙ったNo.149ベース。全体的な仕上がりはヘミングウェイ以上!ただ、最初に出したモデルのサインが子デュマと間違っていたため、回収して正しいサインの物を出しなおした。いわば、リコール状態。まだ消費者の手に渡る前で、販売店の段階で食い止められたらしい。
ただし、サインミスは値上がりすると踏んだ販売店が、逆にサインミス品を集めようとしたため、あまり回収されず、結果として当初の倍近くの数のデュマが市場にあふれ、デュマ相場が下落した。なぜ造りの良いデュマが値上がりせずに、製造上の欠陥で天冠にクラックが入るヘミングウェイの価格が高騰するのか、販売側としては理解出来なかったようじゃ。 そういう不幸な運命を背負ったデュマだが、実験もしている。ペン芯が大きくなり、フィンの数も増えた。空気穴の設計にも凝り、ヘミングウェイの時代よりは明らかに複雑な構造のペン芯になった。
ところが、これが上手く機能していないようで、デュマはインクフローが悪いとして、拙者のペンクリにも数多く持ち込まれた。拙者の見立てでは、ペン芯の根元の部分が絞り込まれているが、これが原因ではないかと考えている。
カートリッジ式のペン芯は、空気とインクを細い管から通すために、ペン芯の根元が必ず絞り込まれて管が出ている。これは必然!ただ回転吸入式のデュマで絞り込む必要は無いのにな・・・
デュマは調整がちっとも楽しくない万年筆。ペン先とペン芯の位置は固定されており、位置をずらすとグラグラする。ペン芯は太いにもかかわらずかなり緩い。非常に神経質なペン先じゃ。写真のペン先はまったくスリットの隙間が無く、非常にインクフローが悪い。 横から見ると、ペン芯先端が前に出すぎていて、寝かせるとペン芯を紙に擦ってしまいそう。拙者はこういう状態が嫌いだが、この位置でしかちゃんと止まらない設計になっている。非常にフラストレーションが溜まる。手を下せない状態じゃ。
ペン芯の設計は凝っていて、いつまでルーペで眺めても飽きない。これでペン芯根元のボトルネックが無ければどんなにすばらしいかと思う。 ペン先は根元にコストカットの穴が空いている。この穴はヘミングウェイには無かったはず。当時のNo.149と同じニブがついていたからな。メディチにはコストカット穴あり。ということはヘミングウェイだけがコストカット穴のない限定品か?
ペン芯はエボナイト製ではないので、当然ながらエボ焼けは無い。従ってエボ焼けがインクフローを悪くしている訳ではない。スリットの詰まりすぎじゃ。写真で見てもまったく隙間が見えない状態。さすがにこれではインクは通らない。
こちらは、スリット間隔をやや空けて、イリジウムのつまりを無くしたもの。インクフローを毛細管現象だけで語ろうとするのは無意味で、紙にインクがいったん付けば、ペン先を走らせるとインクは紙に吸いだされる。このインクが引かれる力もインクフローに影響している。
これを仮に【インク引力】と呼べば、インク引力はイリジウムが詰まっている状態では働かない。一番良く働くのは、ハート穴先端のスリット幅とイリジウム先端のスリット幅が、同じ時に最大となる。ただしその状態では、毛細管現象が小さくなる。インクフローは、毛細管現象とインク引力の関係から導き出されるので、経験則+実験で最良のポイントを探すしかない。ペンクリでチャーチャーと出来るものではなく、1〜3週間かけてじっくりと調整する必要がある。このデュマには約一ヶ月かかった。 もうひとつ重要なことは美しさ。一番上の画像では、軸の金のラインと、ペン先のスリットの延長戦がわずかにずれている。これは美しくない。調整後の左の画像では、ちゃんと合わせてある。こういう所を微調整するのも、いわゆる【広義の調整】なのじゃ。
今回の調整はペン先の段差を直して、Mでヌルヌルの書き味を実現する事。かなり懐かしい調整要望。最近は、シャラシャラ調整と呼ばれる筆記音を出す調整や、ペン鳴りをわざと出すような超困難調整を依頼されることが多い。ヌラヌラ調整というのは珍しい。依頼者も、ちと懐かしくなって、ヌラヌラを楽しみたいのだとか。
一時のヌラヌラ調整全盛時代は峠を超え、書き出し無掠れ調整も一段落し、最近では筆記音を楽しむ為の調整依頼が増えてきている。万年筆の楽しみ方も一様ではなくなってきている。良い傾向じゃ!