今回の依頼品はFaber-Castellのスネークウッド。2003年の “The Pen of the Year” じゃ。ブラジルや南アジアが産地の高級木材を使ったもの。古くはプラチナ70周年記念の万年筆。最近ではOMASの軸で使われている。木材としては非常に綺麗な物で、眺めていて飽きない。
依頼者は長い間このスネークウッドを捜していて、やっと入手したそうじゃが、オークションで落して、手元に到着するころには、既に執着心は消えていたとか。究極のコレクターとはそういうもので、実は収集する事が趣味であり、対象がたまたま万年筆であっただけかもしれない。【世界の万年筆】の著者として有名な、日本の万年筆コレクターの草分け【中園宏】氏は、万年筆コレクションの後、和時計のコレクションを経て、現在は相撲関係のコレクションをなさっているが、そのどれもが【至高】のレベルらしい。新しい分野に入る際には前のコレクションはすっぱりと処分するのがコツだとか。過去に未練を残しては新たな分野には挑戦出来ないのじゃろう。
中園氏はWAGNERの会員で、たまに会合にいらっしゃるが、その枯れた風貌に似合わない若々しい情熱を秘めた方じゃ。今回の依頼者も中園氏にコレクション道を教わっているらしい。【コレクションには柱が必要】というのが珠玉の名言なのだとか。 全体で70g以上あり、【文鎮倶楽部】の入会資格をかろうじてクリアーしているスネークウッド。キャップが重く、キャップを後ろに挿して筆記する人は少ない。拙者は少数派じゃがな。
“The Pen of the Year”のペン先&ソケットの設計はPelikan M800とまったく同じじゃ。互換性もある。多少でも柔らかい書き味が好みの人は、【pf】マークつきのM800のペン先ユニットを取り付けると絶品の筆記感を提供してくれる。
スネークウッドに元々装着されているニブは、現行のM800と素材や性質は同じと考えられるが、刻印が派手にあるだけ硬さが増している。ペン先の刻印は無い方が柔らかいらしい。
この個体はペン先の先端の詰まりは無いものの、先端がかなり背開き状態になっていた。最近のM800にありがちな症状じゃ。背開き状態ではガリガリと紙を削るような書き味になる危険性が強いので、M以上に太いペン先を選択する場合には、出来るだけ調整をして販売する店で購入するのが良い。巡回型のペンクリでは背開きを直すような調整は、時間の関係で出来ないと思われるからな。実際やっているのを見た記憶は無い。 背開きを直すには左のようにペン先とソケットとペン芯の状態に分解してから、ペン先の根元と先端をツボ押し棒で拡げることで直す。またペン芯に真直ぐに乗せてもイリジウムの段差が出る場合がある。ペン先のゆがみのほかにペン芯のねじれの可能性もあるので、熱湯につけて柔らかくして、ねじれを少しずつ直す業も必要じゃ。
ツボ押し棒の作業はやりすぎると、ペン先を正面から見て、カモメの翼のように波打って、スリットの位置が低くなるケースも発生する。この状態になると、上からペン先を見ると非常に気持ち悪い!やりすぎは禁物。実際に何度か失敗し、苦労して直してこそ身に付く業じゃ。試してみなされ。 今回の個体は、いくつかの不良状況が複合的に備わったペン先ユニットじゃったが、約30分ほどで調整は終了した。慣れているのでな。ちょちょいのちょいじゃ。調整がうまくいけば現行のM800用のMは【pf】付きのMよりは良い!というプロの方もいる。調整を施して売る店の品に【酷い背開き】は無い。可能であれば検品の厳しい店、調整を施して売る店で購入するのが良かろうな。EFやFならば多少の背開きは問題にならない。
最近、新品万年筆のペン先を見ると、Montblancの方が基本に忠実に調整されている。Pelikanは調整が乱れている。少なくとも日本市場で販売するのであれば、日本の消費者のニーズを満たすような微調整をしてから出荷した方が良いと思う。Pelikanファンとしては寂しい状況じゃな。