2007年02月01日

解説【萬年筆と科學】 その18

筆記時のざらつきの続きを簡単に述べた【第十八章】

第十八章はざらつきの追加説明じゃ。ここでの説明も現在解明されているざらつきに関する拙者の知識から考えると疑問を呈さないわけにはいかない部分も多々ある。ただし第十九章で渡部氏は

 【私はこれまで小うるさく万年筆の理論を書きたてて見ましたが、それさえ日進月歩で二年前のそれが只今でもその通り訂正の必要が無いかといえば、大いにある。これから先も盛んに訂正しなくてはならぬかもしれない】

 と書いている。まさに科学者じゃ。実際、拙者も渡部氏の意見に一部異論をはさんでいるが、これとて解明が進めば訂正する必要があるかもしれぬ。第一、拙者の意見は経験則であって、科学ではないからな・・・

 渡部氏が夜店で万年筆屋のトリックを見学した部分の説明が非常に面白いので引用しよう。もちろん略してな。

  渡部氏が夜店の万年筆屋に立ち寄った。渡部氏が万年筆界の重鎮とはつゆ知らぬ万年筆屋は、渡部氏の前に葉書のお古をつきだして【これは有名なブランドの万年筆で3円50銭。こちらは弊店特製の万年筆でわずか1円50銭。どちらが紙当たりが滑らかであるか書き比べてください。長年研究の結果、最近ようやく完全無欠の加工法を発見しました】と言う。

 実際にその2本を書き比べてみると、なるほど非常な差がある。1円50銭のほうは吸い付くような紙当たりで、いかにも素人受けしそうな味がある。

 渡部氏は〔何も知らぬ客はこれにひっかかるな〕と思いつつ、とぼけた顔で【なるほど良い紙当たりだね。だが、柔らかくてすぐ磨耗してしまうのじゃないかね】と素人らしく聞いたとある。とても素人の質問とは思えないが、それは万年筆屋にとっては想定内のことだったようじゃ。

 万年筆屋は、【冗談言っちゃいけません。これを見てください。硝子板の上に書いてみますと、このとおり傷がつくでしょう。ところが3円50銭の方は何にもつかない。これからみましても弊店特製の金ペンは図抜けて硬いという事がわかりましょう】と言って、硝子板の上についた筋を忙しそうに見せては引っ込めてしまった。この実験だけは何故だかやってみろとはいわなかったそうじゃ。

 トリック:1円50銭の万年筆のペン先は、金鍍金のペン先へハンダ鉛の粒子をくっつけたもので、柔らかいだけに葉書のお古へ書いてみると滑らかだし、硝子板の上に書くと傷が付いたように鉛の痕跡が残るというわけじゃ。

 イリジウムをどう調整しても、ハンダの書き味には勝てない。これは拙者もずいぶん前に経験した。イリジウムを研磨しすぎてなくなってしまい、金だけのペン先になった。試しに書いてみるとものすごく滑らかな書き味!感動したものじゃ。しかしすぐに磨耗してエッジが立って引っ掛るようになった。ソフトコンパウンドのタイヤをサーキットに塗り込みながら走るようなものですぐ磨耗する。

 要するに硬いイリジウムよりは柔らかいイリジウムの方が紙辺りは良いのじゃ。ところがPilotの当時のイリジウムは非常に硬い。その矛盾をこの挿話で解消しようとしたのかもしれない。硬いイリジウムそこが本物の証なのじゃと。

 そういえば初期の中国製【英雄】は【Parker 51と比べてはるかに書き味が柔らかいが、すぐに磨耗してしまう。でも600円なのでどんどん書き潰せば良い!】というのを高校生の時に聞いたことがある。噂ではペンポイントが鉛だとか・・・おそらくはガセであろうが、その当時から拙者は柔らかいペンポイントの方が書き味が柔らかいという事は知っていた・・・エッヘン! 37年前じゃが。

 渡部氏は【優秀なイリジウムを持つ金ペンは使えば使うほど書きやすくなる】と書いてある。これは今まで万年筆業界の【定説】であった。それに対して拙者は【個人の書き癖にあわせて絶妙に調整された万年筆は、調整直後が最高の書き味で、使うほどに書き味は劣化する。気が付くほど劣化したらまた調整すれば良い】との新説を出した。調整師の方々は内心そう考えているのではないかな?ただ明言している人はいなかったようじゃ。

 【定説】が成り立つには、書き癖が死ぬまで一定であること、ペンポイントが書き癖に合ってない事という2つの前提が必要。実際には書き癖はどんどん変化するし、調整師にお願いすればペンポイントを書き癖ピッタリに合わす事は可能じゃ。

 あとは利用者個々人が微調整の技を獲得すれば【定説】は覆えり、最初から最後まで良い書き味の万年筆を楽しむことが出来る!そのためにWAGNERの調整講座を始めた。いわば【定説への挑戦】

 明日、川口さんに聞いてみようかな・・・【定説って間違ってない?】


解説【萬年筆と科學】 その17 
解説【萬年筆と科學】 その16 
解説【萬年筆と科學】 その15 
解説【萬年筆と科學】 その14 
解説【萬年筆と科學】 その13  
解説【萬年筆と科學】 その12  
解説【萬年筆と科學】 その11
 
解説【萬年筆と科學】 その10 
解説【萬年筆と科學】 その9

解説【萬年筆と科學】 その8
解説【萬年筆と科學】 その7
解説【萬年筆と科學】 その6
解説【萬年筆と科學】 その5

解説【萬年筆と科學】 その4
解説【萬年筆と科學】 その3
解説【萬年筆と科學】 その2
解説【萬年筆と科學】 その1



Posted by pelikan_1931 at 07:00│Comments(12) このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック 情報提供 
この記事へのコメント
原材料が放射性あることは英雄のWeibo(中国のTwitter)公式accountのリプライです。

ガイガーカウンターとエアーカウンター。。。分かりません。

1976年の#188の資料の中、#601以上、主要原材料が海外輸入

今確認したの#617を使った中華万年筆は上海金星の60金星(上海社のローマ字表記はKinsinです。1960-1978年製)と英雄の英雄100(1993年前の製品)です。

1993年から英雄のイリジウムが自社生産されて、1993-2004年生産された英雄100のイリジウムが#617ですか、#601ですか、確認できません。

元#617の生産会社は上海イリジウムポイント廠(上海銥粒廠、aka.上海貴冠文化用品有限公司、略称上銥/SIPF、イリジウム業務休業中)と英雄の子会社イリジウム工場です。

Posted by Tefolium at 2017年12月23日 14:22
Tefoliumさん

詳細な技術情報ありがとうございます。

#617のブツが欲しくなりました。見分け方はガイガーカウンター?

家庭用エアーカウンターでも使えるのかなぁ?
Posted by pelikan_1931 at 2017年12月23日 09:45
こんばんは。

1970年ぐらい
中華マンのイリジウムポイントは3種類
高級金先は#617(Os、Ir、Pt)
特に海外販売の金先万年筆
普通金先は#823(Ru、Cr、Ni)
(高級な)非金先は#601(Ru74%、W20%、Co6%)

1976年から、普通非金先は#188(Cr90%、Ni10%)

2004年から
金先
18金先は#823
18金以外、#601

#617生産・使用停止
公開理由は汚染
原材料が放射性あり

#617生産用刃物は日本製、2004年から中国へ輸出禁止、だから#617生産・使用停止の噂があります


Posted by Tefolium at 2017年12月22日 17:24
よくわかりました。ありがとうございます。
Posted by オットー at 2007年02月06日 19:33
オットー しゃん

慣らすまでは筆圧強く!
慣らしてからは筆圧弱く!

を守ればピークは長引くかせられるものじゃよ。
それでも劣化したら調整師に持ち込めばよい。
またピーク、いや、それ以上の書き味になるのは間違いない。
慣らしたと思っているピークは調整師の人から見れば、まだまだピークではないことが多い。
Posted by pelikan_1931 at 2007年02月03日 05:54
ぽん太郎しゃん

ぬらぬらの大好き度で、お主の右に出る者は少なかろうな。
昨日、岡山のペンクリで川口さんに聞いたら、最近は極細好きが急増しているらしい。

このままでは太字はヲタクだけのものになってしまいそうじゃ。
極太の普及をお願いしたいものじゃ。
Posted by pelikan_1931 at 2007年02月03日 05:47
記事もコメントとも実に興味深い内容で参考になりました。ありがとうございます。
小生は、古手のペン先のすべらかながら、ねっとりと紙に吸い付くような書き味を愛しておりますが、そのようなペンにはそれほどにやわらかいイリジウムがついているのでしょうね。小生は、使い込んで書きやすくなるのが気に入って、集中的に使い込んで馴らし終えたものを数本控えさせているのですが、やがて書き味も盛りを過ぎて変化していくのかと思うと、儚くも余計にいとおしく感じられます。
Posted by オットー at 2007年02月02日 21:23
 「定説」が成り立つためには、「良い書き味=引っ掛かりやザラつきのない書き味」という前提も必要になりそうですね。

 私は「定説」を信じておるのですが、師匠の新説にも興味あります。
Posted by ぽん太郎 at 2007年02月02日 11:58
京都和文化研究所しゃん

自分で調整して使っていると、調整直後はえもいわれぬ気持ちよさなのじゃが、使えば使うほど違和感が出るのは体験出来る。
昔はピークをいつに持ってくれか?ピークをいかに長引かせるか?を考えたあげく、硬いイリジウムを選択し、慣らすまでに疲れきってしまったのではないか?

今なら調整専門家がいる。調整師との共生が万年筆生活を楽しむコツじゃな。
Posted by pelikan_1931 at 2007年02月02日 09:54
5
新説 良く解りますした。 
考えれば理論的に そうなりますね!! 定説を私は全く疑わず 書いて・書いて・かきまくり で 万年筆の書き味 を 無理やり ねじ伏せて と カン違いしてました 最高の書き味の後 も ペンポイントは 変化するのですから?
又 もしかしたら 最高の書き味は 書いてるだけでは 味わえ無いかも?しれないな とも考えられ 非常に興味深く拝見しました。
又教えられました ありがとうございました。

Posted by 京都和文化研究所 at 2007年02月01日 21:13
こまねずみしゃん おひさしぶり。

手に入れた直後から書き味が良くなるのは、未調整ということでイリジウムが使いやすい方向に研磨されるのと、手が万年筆に慣れていくのじゃ。書きやすいように持ち方が微妙に変化していく・・・従って書きやすくなっているように感じる。

それがある時期から持ち方の変化が大きくなると書き味が悪くなったように感じる。

いずれにせよ、万年筆は調整しながら使うものじゃから定期点検は必要じゃな。
Posted by pelikan_1931 at 2007年02月01日 12:22
 是非通説に挑戦して、覆してください!
 実は昨日から、私も通説に対して疑問を持ち始めました。

 今まで書き味の大変良かった80年代のモンブラン146が原因不明のトラブルでここ一週間の間、徐々に書けなくなり、遂に昨日使用を断念することになりました。
 この四箇月ばかりこの一本を使用し続けたので、それがペンポイントに何らかの影響を及ぼしたのではないかと考えられますが、詳細は診断していただかないとわかりません。
 確かに手に入れた直後からしばらくは、通説どおりどんどん書き味がよくなっていきましたが、今度は徐々に書き味が悪くなっていきました。使用頻度と書き味の相関関係は、右肩上がりではなく、山形カーブを描くのではないか・・・と思います。
Posted by こまねずみ at 2007年02月01日 05:31