今回の依頼品はMontblanc No.149のM。初期角型クリップ+二段式ペン芯+開高健型ペン先(14C鋭角斜面)なのだが今までに経験した開高健モデルとは書き味が若干違うようじゃ。インク窓内部はいろいろな洗剤や超音波洗浄を施したがブルーに着色されていて落ちない。ルーペで調べてみるとインク窓内部にインクで侵された部分があり、其処にインクが溶け込んでいる状態らしい。溶け込んだインクの色から察するに・・・Parkerのペンマン・サファイアを長期間入れて使用していたと推測される。
以前からペンマン・インクとMontblanc万年筆との相性の悪さは指摘されていたが、No.149での被害は初めて確認できた。青系のインクにも危ない物があるので要注意じゃ。VintageのMontblanc製水色インクも50年代No.14Xの首軸を着色しているものがある。要するに普通以外のインクは疑ってかかる必要はある。もっとも軸がやられたらペン先だけ生かして、別の軸を入手することも難しくない時代なので、それほど神経質になることもないかもな。 これは調整前のペン先を上から見た状態。非常に綺麗な形のペン先!スリット先端は多少隙間があるので、インクフローは悪くない。ただ依頼者は【インク・ドバドバ】が好きなのでもう少しスリットを開く必要がある。ペン先を首軸に押し込んだ状態の位置関係はこれで良い。
こちらは調整前の横画像。ペン芯が前に出すぎじゃ。インク・ドバドバにするにはペン芯を出来るだけ前にしたほうが良いと考えている方も多かろうが、そうでもない。ペン芯先端をイリジウムに近づけるとインク切れは少なくなるが、ペン先の運動が制限され、【萬年筆と科學 その13】で紹介した【運筆微動によるインクの表面張力がもたらすポンプ機能】が弱くなり、インクフローは悪くなる。従ってインクフローを良くするには可能な限りペン芯を後退させた方が良い。インク切れとインクフローのバランスが取れた位置が必ず見つかるはずじゃ。
ペン芯から外したペン先の表画像。例によって表面にはエボ焼けが見られるが、それほど酷くは無い。イリジウムもほとんど磨耗していなかったので、先代の利用者は筆圧が非常に低かったと思われる。また黒インクより青インクを使っていたのでエボ焼けの量が少ないのかもしれない。
このMニブの書き味は独特で、何かに似ていると思ったら【セーラーの長刀】じゃ。横線を引くときにシャラシャラという音がする。ヌルヌルに飽きてしまった拙者はこのシャラシャラが好きだが、一般的にはシャラシャラよりもヌルヌルが好まれる。限りなくFに近いMなのでヌルヌル化はあきらめて、スラスラ化を目指した【魔法】を施した。 こちらはペン先裏側画像。やはりペン芯が密着しているところにはエボ焼けが見られる。ただ金磨き布で擦ったらすぐに綺麗になった。黒インク使用によるエボ焼けは頑固だが、青系インクのエボ焼けはすぐに除去できる・・・使用頻度の問題かもしれないがな・・・
こちらはペン先のスリットを拡げ、ペン芯とペン先の位置を変えて首軸に突っ込んだ状態。ペン先が首軸に入っている量は調整前とほど同じにしてある。開高健モデルはペン先の厚みが薄いので、比較的奥までペン先が入るので、押し込み過ぎないようにする必要がある。ただし前過ぎるとペン先がグラつく事も多い。【ペン先とペン芯の結婚】が非常に難しいモデルじゃ。利用者の好みを熟知した上での調整が必須となる。
こちらは調整後の横画像。まだイリジウムは研いでいない。ペン芯が驚くほど後退しているのがわかろう。実験の結果、この万年筆ではこの位置がインクフローとインク切れから考えた最高点のようじゃ。この段階でもイリジウムはまだ研いでいない。オリジナルの美しい曲線が堪能出来る。ただし書き味は【シャラシャラ】であり、セーラーの長刀よりは音が下品で、ザラザラ感も強い。
それに魔法を施したのが左。一見初心者の調整のように見えるが・・・依頼者にとっては【これがMか!】と驚くような書き味になっているはず。特にペン先を裏にして書いた場合の書き味は・・・細字としてはこれ以上は無い!といえるレベルになった。たまたまじゃがな。やはり開高健モデルは奥が深い。