今回の依頼品は1950年代後半のMontblanc No.142のKM【クーゲル M】付きじゃ。1950年代のテレスコープ式は、稀代の失敗作?というべきか、吸入機構に重大な欠陥がある。構想はすばらしいのだが、製造技術が付いていっていない。またコルクを替える際の配慮が足りないので苦労する。出来上がった形は美しいのじゃが、修理する度、仕上りにムラが出来てしまう。1930年代のPelikanの方が修理屋からすればはるかに優れている。
コルク交換は首軸を外しただけで行えるようになっているのだが、首軸のネジの部分がセルロイド製。かなり変形しやすいし脆い。一方のPelikanはエボナイトとか硬い樹脂。精度が違うのじゃ。Pelikanはインク屋。インクの恐さを十分に知っているからこそ、軸の精度・強度にこだわったのかもしれない。
拙者は1950年代のMontblancに惚れて、一時何本も所有していた事があるが、現在ではNo.256ほか数本しか残っていない。テレスコープ吸入式に至っては一本も所有していない。ペン先の書き味の魅力は大きいが、ピストンの不安には勝てない・・・
その【ペン先の書き味の魅力】の中でも筆頭は【クーゲル】。最近とみに人気が上がっている。しかしその書き味を試そうと高いお金をはたいて購入しても、ガッカリすることがほとんどじゃろう。【クーゲル】はペン先を削って手にあわせないと、えらく書き味の悪いニブとしか思えない。りっぱで大きなイリジウムなのに、紙に当たるポイントは球上の一点のみ。ニブは通常のものより薄いとされているので、ほわほわの弾力は感じる。が、ほわほわで接点が一点のみであれば、書き味は最悪となる。試してみればわかるがな・・・
クーゲルで良い書き味を得るには調整が前提じゃ。そうでなければ【書き味の良い物にめぐり合う確率】は極めて低い。文化保存の為には調整しないで保存してあげるのがベストだと思う・・・ さて依頼品のクーゲル・Mであるが、やはり書き味は最悪。ペン先のスリット間隔が狭すぎてインクフローが悪い上に、典型的なクーゲル形状のニブなので、紙に当たるポイントは一点のみ。さらにはエッジがカミソリで切ったように立っており段差もある。
厄介なのはクーゲルのペン先が薄くて弾力があること。エラを張らせようとしてエラ部分を外側に反らしても、すぐに元の状態に戻ってしまう。面倒でもペン先とペン芯を外してから調整するしかない。この個体ではペン先とペン芯をホールドしているソケットが簡単に外れたので時間はかからなかった。ラッキー! こちらが調整前の横顔じゃ。ペン芯は後期物で前期物より丈夫。イリジウムとペン芯の位置関係も理想的に近い。もう少しペン芯が後ろの方が美しいかもしれないという程度。それにしてもクーゲルの弾力は凄い。そして弾力のある【未調整クーゲル】の書き味は何とも・・・・
調整後の味を知っているだけに、このまま放置は出来ない。通常は寝かせて書けばクーゲルの書き味、立てて書けばヌルヌル・・・という調整を施すのじゃが、依頼者の筆記角度が多少高いので【立てて書けばクーゲルの書き味、寝かせて書けばヌルヌル】に調整することにした。クーゲルの書き味とは・・・書いて見なければ理解できないじゃろうが、ヌルヌルとは違う、独特の筆記感がある。ヌルヌルはどの万年筆でも味わえるが、【クーゲル感】は【そのような調整を施したクーゲル】でしか味わえない。 こちらが調整前のペンポイント。ツール・ド・フランスを走る選手のヘルメットのような突起がイリジウムの上に付いているのがクーゲルの見分け方。上から見てもそれとわかるので、オークションでそれらしいのを見つけたら値動きを見ていることをお奨めする。何度もbidを繰り返している人がいればクーゲルに間違いない。一度本物をルーペで眺めれば上から見てもわかる。
こちらが調整後のイリジウムじゃ。ほんの少し丸めただけのように思えるが・・・その通りじゃ。元々素質はあるが、正しい訓練を受けてこなかったスポーツ選手みたいなもので、ちゃんと育てれば恐ろしいほどの力を発揮する。ただし素のままでは単なるやっかい者。【明日のジョー】みたい? そして調整結果は・・・・大成功じゃ!