今回の依頼品はNo.149のM。依頼者は最近UpしているほとんどのNo.149の所有者じゃ。こういう場合の調整は簡単で実質30分くらいで終了する。ところがBlogにUpするとなると、これが3.5時間ほどかかってしまう。生産性から言えばチャチャチャと調整した方が楽なのだが、記録に残すとなるとどうしても時間をかけるしかないので、調整待ちに方々はもう少し待ってね!
1980年代のNo.149で14Kニブ。中白だが開高健モデルではない。非常にニブが分厚いモデルじゃ。ペン芯もかなり前に出ているし、ペン先のスリットもガチガチに詰まっているのでインクフローは良くない。依頼者が一番気にしているインクフローが悪いのでインクを入れて試し書きしてすぐにイヤになって持ち込まれたものだろう。
ひっかかりは無いが、ザラザラした書き味なのは、イリジウムの角【右上画像のイリジウム先端の右下コーナー】のみが紙に当たるため。このコーナーを削らない限りはヌメヌメの書き味は実現できない。拙者はザラザラの書き味は嫌いでは無いので、もったいないな・・・と思いつつの調整になった。 調整にはペン先をはずさねばならない。尻軸を外すには前回の裏定例会でらすとるむしゃんから皆さんに披露した改造スプーンを用いる。実はこの改造スプーンを使うほうが純正工具を用いるより力がいならくて楽ちんじゃ。最近はもっぱらこちらを使っている。なをこのNo.149のピストンガイドはプラスティック製のものじゃ。重心が後ろになるのがイヤな人にはこちらが良いはず。最近のNo.149は全て総金属製ピストンガイドになってしまった。
調整前のペン先の裏と表を並べてみた。見事なまでのエボ焼け。表のエボ焼けは美しくて大好きだが、裏のエボ焼けはインクフローを悪くするので完全に除去した方が良い。また、ペン先だけではなくエボナイト製ペン芯の方も十分に清掃しておく必要もある。
こちらが清掃し、ペン先のスリットを多少拡げた状態のペン先の裏と表の画像じゃ。裏のエボ焼けが見事に落ちているのがわかろう。これには金磨き布で相当力を入れてゴシゴシと擦る必要があった。表のほうは軽く金磨き布で撫ぜる程度で十分。それでこれほど差が出る。金磨き布恐るべしじゃ。
こちらはペン先を首軸に取り付けた後で研磨を施した画像。ペン先がかなり前に出ている。ペン先の【149】の刻印が表から見えている。横画像の調整前と調整後を比べて見ると、首軸より前に出ているペン芯のフィンの数はいずれも16枚。実はペン芯はこれ以上奥には押し込めない。要するに、ペン先とペン芯の位置を変えた事が【ペン先が首軸から前進する】という状態を引き起こしたのじゃ。
キャップの奥行きを釘で計測してみると、ペン先がこの状態でも十分に余裕があるので、この状態を良しとした。ペン先を首軸から前に出す際には必ず事前計測をしないと危険じゃ。後日、それを怠った挙句ペン先が曲がってしまったNo.146の修理画像もお見せしよう。 こちらがイリジウム部分の拡大画像じゃ。腹のエッジは完全に削られ、滑らかな書き味になった。元々がMなのでドクドクとはインクは出てこないが、原稿用紙を埋めるような場合にはMが一番適しているように思う。
万年筆を設計した人や、インク切れを嫌う調整師の人々から見れば、拙者のNo.149のペン先とペン芯の位置関係は【ありえない状態】なのじゃ。事実、拙者もそう思っていた。ところが【萬年筆と科學】を読んでからインクフローは毛細管現象だけではなく、ペン先の開きが作るポンプ運動からも得られる事を知った。それならポンプ運動が働きやすい状態【イリジウムとペン芯先端の距離を長くする】ことも可能との仮説を立てた。こちらの状態の方が横からのシルエットが美しいので前々からトライしたかったのじゃ。
そこで実験を開始したのだが、まったく問題は発生しなかったので現在ではこの調整方式に変えた。ただし日常的にNo.149を使っていない人にはお奨め出来ない。スリットのインクが乾燥した際には、より長い距離をインクが移動しないと書き始められないので、インクが紙につくまでの遅延が大きくなるからな。