今回の依頼品はOmas D-Day。日本販売時の名称は【オマス ノルマンディー上陸50周年記念】。ノルマンディ上陸作戦は史上最大の上陸作戦で300万人以上の兵士が参加した。D-Dayとはその上陸作戦の開始日【1944年6月6日】のこと。
なんで伊太利亜の会社であるオマスがそんな万年筆を作ったのか不思議じゃ。伊太利亜は日独伊同盟の一国であり敗戦国。連合国側の上陸作戦記念万年筆を作るのは、広島が本拠地のセーラーが【原爆投下記念万年筆】を作るようなもの。伊太利亜も不思議な国じゃな。
今回の依頼者は万年筆溺愛者ではない。日常的に一本の万年筆を使っている人にすぎない。拙者がD-Dayをプレゼントしたら、何と誕生日が6月6日ということで大変喜んでいただけた。
依頼内容は【インクが出なくなった・・・漏れて手が汚れる】というもの。 なるほど首軸からペン先までを見るとインクカスだらけじゃ。首軸内にインクが附着したままキャップの開け閉めを長期間繰り返すとこうなってしまう。
昨年、一度水道で10分ほど洗浄してさしあげたのじゃが、すぐにこの状態に戻ったようじゃ。オマスのペン芯には溝が一本しかない。空気は上を通り、インクは下の狭いスリットを通る。ほかに空気が入る通路は無い。プラスティック製ペン芯であれば空気を迂回させてインク漏れを防ぐ細工も出来るのじゃが、エボナイト製ペン芯では複雑な工作は無理。従ってインク漏れの確率は高い。
インクフローを重視し、万年筆をペンケースに入れて持ち歩く人には、エボナイト製ペン芯の方が良いが、ポケットに挿してバリバリビジネスで使う人にはプラスティック製ペン芯の国産品がお奨めじゃ。日本の気候を熟知した上で、インク漏れ対策を最重点課題としてペン芯を設計しているように思われるのでな。 こちらが完全清掃したものじゃ。清掃に100時間近くかかった。胴体を全て分解し、超音波洗浄器で通算80時間以上。またロットリング洗浄液内にキャップとペン先、首軸を12時間以上浸けておいた後で、綿棒に同洗浄液を浸けて拭きまくり・・・綿棒50本ほど使った。
さらに各所にシリコンスプレーを噴霧し、動きをスムーズにする。噴霧した直後よりも2日ほど経過した時の方が動きに無理が無くなる。馴染みってのがあるのかな? ペン先はB。ややスタブっぽい書き味にしている。汚れたペン先も嫌いではないが、やはり清掃した後は気持ちよいものじゃ。不精な拙者ではあるが、万年筆と靴の清掃は大好き!【靴は1ヶ月ほど前から凝り始めた・・・浦島しゃんの指摘でな】
洗浄で最も時間がかかるのは、首軸のネジに入ったインクと、キャップ内部のネジに入ったインクの除去。これにはヘッドルーペと、歯医者用の尖端鋭角工具を用いた。絶対に自分の口の中には入れて欲しくない、痛そうな工具。それで丹念に溝の中をさらっていく。 研ぎの状態は左図のとおり。かなりペンを立てて書く人で、イリジウムの先端が紙にあたる場合もある。また時にペンをひっくり返しても筆記するので、裏側も研磨してある。筆記角度を45度まで寝かせれば、別世界の極太文字も書けるようになっている。3点スイートスポット研ぎじゃ。
元々は拙者の筆記角度用に合わせて調整してあった物。それを微調整しただけなので拙者が書いても実に気持ちが良い。
拙者の周りは万年筆愛好家ばかり。彼らは一本の万年筆を使う時間はそれほど長くはない。愛情は均等に与えるのでな。しかし万年筆を一本しか持っていない人は、何にでも万年筆を使う。しかも使い方は荒い。万年筆の都合は考えない。
こういう使い方を前提とすれば、海外ブランド製品は辛い。これが朽ちるのも時間の問題のように思われるので、次を考えておく必要がある。さて何を考えようかな・・・こういう悩みも万年筆の楽しみ方じゃ!