【萬年筆と科學】によればステノグラフとは速記者用のペン先。穂先は長く丸研ぎで柔らかく、くねくね続いた長い文字列を書いてもインクが途切れないことが必須。穂先が長くて柔らかいのは、スリットのポンプ運動を促進させる為と思われる。通常は細字に研ぎ、場合によっては中字に研ぐ事もあるとか。
PelikanのST【ステノグラフ】ニブはM60と140で体験した事があるが、穂先の長さは通常モデルと同一だったように記憶している。ただしペン先の厚みが薄いのか、たしかにペコペコと細い字巾の文字がインク切れすること無く書けた。
筆記速度が遅く、速記者とは正反対のNeedsを持っている人にはSTニブの必然性は無いように思われるが、実は細字でインクフローが良く柔らかいニブというのは日本人なら憧れる書き味じゃ。残念ながら最近のモデルには存在しない書き味。BBBやクーゲルと比べてもはるかに少量しか作られていないので、めったに出会う事は無い。 今回持ち込まれたPelikan 400NNにはステノグラフが付いていた。詳細に摘んだり捻ったりしてみたが、単なる型から打ち抜いたペン先ではなく、それ以前に槌で鍛錬されたような弾力を持っている。日本刀というよりは、フェンシングの剣のような弾力じゃ。怪傑ゾロが【Z】の文字を現場に剣で【シュシュシュ】と刻んで立ち去るが、その【シュシュシュ】の切れ味に匹敵するのが【ST】の書き味といえば・・・わかるかなぁ・・・
依頼品のニブには薄っすらと【ST】の刻印がある。メーカーによっては【ST】はStubを意味するところもあるので注意は必要。PilotではSTUBは【SU】と表記して、往年の【ST】とは区別しているのはさすが!
手帳に書くにはインクフローが良すぎて裏写りする危険がつきまとう。それを防ぐためか、依頼品はペン先のスリットをガチガチに締めてあった。柔らかいペン先でスリットを締めるのはあまり意味が無いように思う。出だしが掠れる確率が上がるだけで、書き出してしまえば、ポンプ運動によってインクはドバドバと供給される。そもそも手帳に刻む時の筆記速度はかなり遅い。高速筆記、かつ、略字用の【ST】は低速筆記かつ楷書の【EF】とは分けて考えた方が良い。葉書などへの行書であれば【ST】がむいているかもしれないがな。 今回の調整は簡単じゃった。スリットをやや開いて、書き出しでのインク掠れ確率を落すとともに、低筆圧でもインクがヌラヌラと出るよにするだけじゃ。
ただし詰まったペン先を拡げることによって、イリジウムのエッジが引っ掛る確率は高くなる。特に柔らかいペン先はあらゆるエッジが紙に接する可能性があるので、丸めは慎重にせねばならぬ。
1920年代に【ST】は丸研ぎが良い!と【萬年筆と科學】に書かれていたが、実際に拙者がそれを理解出来たのは最近(1年以内)。書物を読んだだけでは真実はわからない。手を動かして初めてわかる事も多いと実感させてくれたのが【ST】じゃな。